第36話 セッション
御露出町前立寺の陥没穴内。
トリニティと後継生物ク・コロの戦闘のため、散らかった雪が、ハゲ木の枝や地面へ降り直している。
「さてと。お前に訊きたいことは山ほどある。『舟』に戻ったら、あることないこと全部話してもらうぞ」
普段の鶏マスクでトリニティは、笑い交じりに言いつける。
ク・コロは彼と正面に向かい合い、浅い呼吸をくり返しながら頭垂れている。
その巨大オオカミは、両腕と右脚を、自身のマジカルパウアー「触手の苗」によって「触手」へと置き換えた。
しかし意志を強くしたトリニティによって、「触手」は頭を斬り落とされ、寒さに凍てつく肉の残骸ばかりとなってしまった。
もはや、一切の力ももっていない。
テラ・ケルが自身の「触手」を広げ、ク・コロという敗者を見せびらかすように抱え上げる。
すると、途端にク・コロは身をよじって抵抗を見せた!
力も及ばない抵抗は、ただただ惨めで。
捕食者に足をもがれ、巣に運ばれる小型昆虫のむなしさに似た情感を思わせる。
「待てッ、ここで話がしたい! 急を要すんだよ。ゴテイチョーに持ちかえってどうこうしてる時間がもったいねえ!」
「どういうことだよ……」
あわれなク・コロの申し出に、当然と冷めた反応を返すトリニティ。
「そのまンまの意味だ。机の上でアゴつねってオレの信用を量るより、現場で目に耳、足を使ったほうがいいに決まってる。なあ? どうせ、陥没穴を見つけたのもそれが分かってる人間……お前なんだろ?」
もっとも、ク・コロの意味ありげな言葉遣いは、短時間にしてトリニティの心をかき乱した。
マスク越しに、少しの汗を催すトリニティ。
ク・コロを抱え上げるテラ・ケル、後方のアルウゥスやマジモスにひと通り目配せした。
――ク・コロはとにかく面倒な手合いだ。
彼が、欲望の向くままに乱暴を振りまく巨大生物に過ぎないのであれば、トリニティは一抹の不安もなく鉄拳制裁を執行することができる。
だが、実際の彼といえば、人間めいた言論を用い、また時としてこちらに交渉を持ちかけるほど高い知能を有していることが見てとれた。
そうであるのならトリニティたちも同様な手段で交渉する義務が生じる。
正義のための義務だ。
アルウゥスたちも、ク・コロの取り扱いに困っているのだろう。
トリニティの視線に対して、無言ながらに「あとは任せた……」と、甘ったれた消極的姿勢を返してきた。
(なんだその目! くそッ……断る理由も、思いつかねえし)
ひと通りは悩んだ。
しばしの後、トリニティは観念し、ひと言「わかった」とク・コロに伝えた。
ク・コロは敗者であり、同時に悪だくみを自白しなければならないという状況。
にもかかわらず、巨大オオカミの毛むくじゃらの顔は喜色満面といった様相を見せていた。
テラ・ケルが巨大ヘビの胴体の、尾の先でとぐろを巻いて、その上にク・コロの胴体を座らせる。
「――お前らが知りたいことはわかってる。オレがここで何をしてたのか……」
「御露出町に落ちたかもっていう隕石を探してたんだろ?」
「ッ、ヘへ、その通りだ。よくわかったな」
早押しクイズの回答者を気どって、トリニティが口を挟んだ。
ク・コロは気を悪くするどころか、それを素直に肯定する。
トリニティとアルウゥスは合図もなくお互いに振り返り、誇らしげにうなずいた。
「オレがそんな眉唾もんを探してたのは、マ・ラの命令だ。マ・ラは『界物種』を手に入れて……地球を、支配しようとしてるッッ!!」
ク・コロがすらすらと唱える。
トリニティは首をかしげ、疑問を投げかける。
「……『界物種』ってなんだ?」
「おい、マ・ラが地球を手にってのは――」
「そりゃ当たり前のことだろ。訊くまでもねえ」
「ああ……」
トリニティの妙な適応力の高さに、ク・コロはひるみながら説明する。
「マジカルパウアーってのは普通『無から有』って何かを生み出すもんだが、テラ・ケルの『舟』みてえに原則を破るやつがいる――それが『界物種』マジカルパウアーだ」
「いや、テラ・ケルも『舟』を作るって力だろ? 別に何も破ってないと思うが」
トリニティはさらに追及する。
これには、ク・コロに代わって、当事者のテラ・ケルが答える。
「私は以前、『舟』の性質は、内部の生き物に対する『生体活動の停止』とお教えしましたが?」
「そうだったか。悪い。んで、どういうことだ」
「……確かに、『舟』とは後継生物を収容しているあの空間を指しています。しかし、『舟』の本体は空間ではなく、空間内で作用する法則。『界物種』マジカルパウアーとは、『法を作る力』なのです」
テラ・ケルが言った「法を作る力」という語を、トリニティは小さな声で、震えながらくり返す。
「後継生物には3体、『界物種』マジカルパウアーをもつ者が――いました。テラ・ケルと、ヘレナ、ケリュス」
「……ヘレナとケリュス、どっかで聞いたような。うーん。……HCC、の別名、だったか?」
「HCC――ヘレナ・ケリュス装置。装置はヘレナの『通り道』と、ケリュスの『刻印』……2つの『界物種』マジカルパウアーを利用し、マジカルパウアーの発生源を特定しています。この作製のために、2体は殺されて機械化されました」
「……テラ・ケルも、あの惑星から逃げてなかったら、そうなってたかもしれないよね」
ぽつりとアルウゥスが言う。
それはテラ・ケルの説明に対する補足の体をした、ただの悲劇的憶測だ。
「おい、急を要すっつってんだろ! 話が逸れ過ぎだ! 博識ぶって、いちいちややこしくして来ンなッ!」
と、迷子になった話を、敵であるク・コロが正論でもって軌道修正する。
「オレも詳しくは知らねえが、セーメンティスのやつによると『界物種』を産むにゃ、隕石のナンチャラ? がいるらしくてな。マ・ラも、ソイツをオレが見つけてくるのを当てにしてたんだろうが、途中で化石骨ってのが見つかったとかなんとか」
「えっと、それでク・コロから、コ・キユとセーメンティスに役割が移ったんだね?」
「そう。オレはお役御免になったってことだ」
アルウゥスの問いかけに、ク・コロは自嘲ぎみに笑いを返す。
巨大オオカミの、ぎらぎら鈍く光る凶悪な牙がのぞいた、愉悦の表情。
――トリニティは、カラ元気を見せるあどけない子どものような印象を感じ取った。
そしてク・コロの身の上に、わずかばかりの同情の念を抱く。
「なんだ。お前、役目も取られて、そんなからだになっちまってもマ・ラのために働いてたのか……」
「ハハッ、違えよ! 元からオレは、やつと縁を切るつもりだったのさ。だから隕石を掘るなんつうくだらねえ話でも、一番乗りした。結果、2回しか掘ってねえけどな!」
「マ・ラと縁を切るって……なら、なんでマ・ラに味方してッ、『舟』を壊すようなマネをッ!」
「『自由』を得るためさ。ただ『自由』が欲しかった。それだけのことさ」
ク・コロは身も蓋もない述懐で、これで終いだと、その場にいる全員の思考を制してしまった。
(マ・ラは『自由』になるためアルウゥスたちを裏切って。それを手伝ったク・コロも……ッ、セーメンティスも、『自由』が欲しくてマ・ラから離れた……。ホント、お前らの『自由』ってなんなんだよ!)
ただ、後継生物の思考が、地球に暮らす人間には理解できない――それだけの結論で、済ませられる問題かもしれない。
けれど、トリニティはその結論を拒んだ。
叶え方が、受け止め方が違うだけで、皆がのぞむものは「自由」という名の、「幸せ」に変わりないと。
信じたいのだ。
「他に、遣りようはなかったのかよ……」
ついにトリニティ、アルウゥス……誰も、何もク・コロへ言い返せなくなる。




