第34話★ 因縁を奏でる 前
「はああ、力を分散した途端にこれたあッ……先が思いやられるってやつだな」
ク・コロは複雑な表情を浮かべ、足蹴にするトリニティを雪の大地に頬ずりさせた。
「――どうでしょう。私は、先ほどのデュオ、好判断だったと思いますよ」
声。ク・コロに続いて発せられた。
うすら笑いを含んだ、何か「かぶり物」をしているようなくぐもった響き。
機械音声ではないものの、そうした作り物という印象すら与える。
何者だろうか。
トリニティばかりではない。
陥没穴の雪底に集った全員が、示し合わせたようにそっくりその方角を向いた。
声は、ク・コロの粗野な鳴き声めく声とはまったく異なるものだった。
だから、場所に、巨大な1つの影がたたずんでいることもまた当然の事実だ。
「誰だ? どこから来たンダ……?」
凶悪な獣の面構えをしたク・コロも、不意を突かれたことで戸惑いのようすをにじませている。
無理もない。
あまりに脈絡のない、不作法な登場だ。
現実味を最重視する者がこの場にいれば、遠慮なく野次を飛ばすに違いなかった。
それでも、乱入者は弁明することもなく。
ゆったりした口調のまま、ク・コロに講釈を垂れる。
「生き物がなんの障害もへずに能力を得ることなど、種を汚すがごとき行い。そうでしょう、ク・コロ。……その『触手』がなければ、今ごろ地に伏せっているのは貴様のはずです」
乱入してきた何者かはこの地の支配者きどりで、澄ました笑顔を顔面に貼りつけている。
おまけに当事者全員を見越す約2.5メートルの身長と、戦場に不釣り合いの紳士的なスーツの風貌なのだ。
ク・コロは動揺を隠しきれず、両腕と右脚の「触手」ごと固まった。
「何だお前ッ。人間、だよな?」
「な、んで、ここに……テラ・ケル?」
地に頬を摩し、意識もうろうとしたトリニティが、何者かの正体を明かしてしまう。
真なる名を呼ばれたそれはスーツの下から、不気味な鱗が敷き詰められた胴体、青い「触手」の四肢。
そして――人間のフェイスマスクの下から大蛇の頭を披露する。
「ペルウィアに無理を言って馳せ参じました。トリニティ様を助けるため、ではありませんが」
すべてをさらけ出した、巨大ヘビ(シルエットはトカゲ)の後継生物テラ・ケル。
対してク・コロは、また新たな動揺を来していた。
「ああ。な、るほどな……また、人間に化けるのがお上手なもんで。匂いでも気づかなかったぜ」
「おや……少し、予想していた反応とは違いました。生きていたのか! なぜ貴様もその姿をしている! と、香ばしい文句を期待していましたが。言うに事を欠いて、世辞とは。ク・コロ?」
「あッ、ああ、そりゃお前! アルウゥスに会ったときにゃ、生きてるだろうとは思ってたさ。ただテラ・ケルも『触手』を利用してたってのは、驚いたぜ。現にこうして2体ともども生きてるとは、まったく不思議なもんだよな!」
「白々しい犬芝居ですね。……しかし、いいでしょう。私は報復しに来たのです」
テラ・ケルはヘビの胴体を食い破って飛び出した、青い「触手」の両腕を、翼と広げる。
青い「触手」が伸びた先には、別の青い「触手」がいる。
ク・コロが生み出した「触手」だった。
ムキムキの体で抵抗するマジモスへ徐々にまとわりつき、かじりついて制圧しようとしていた。
テラ・ケルの青い「触手」も同類に加勢するような形で近づく。
次の瞬間、テラ・ケルの「触手」は、同類であるはずの「触手」を捕食した!
一切の計略、小細工もなしに真正面から。
強い者が弱い者を食らう必定のように。
ク・コロの青い「触手」から新鮮な血が噴き、テラ・ケルの青い「触手」に浴びせると――「触手」の体色はおぞましく変わり、真っ赤な色へと染め上げた。
「貴様に食らったこの力で、今度は貴様を食らいましょう。さあ、私が相手です」
テラ・ケルの芝居じみた言葉が、ク・コロを焚きつける。
そこへトリニティは待ったをかける。
「待てッ、テラ・ケル! 手を出すな。ク・コロの相手をするのは俺だ!」
「トリニティ様……心配されているのですか? 私が、戦いに向いたマジカルパウアーを有していないことを」
予測しなかったトリニティの発言に、テラ・ケルが平らなヘビ面をしかめる。
「確かに私も、ペルウィアも後継生物の中では弱者に分類される。マジカルパウアーを使った戦いで、まともな戦力とはなりません。ですが、それが何か?」
テラ・ケルは、自身が実力不足だと追及されている、そう受け取ったようすだ。
「ここは純然たる『暴力』が勝敗を決する場。私とてク・コロに後れは取りませんよ。それとも……ご自身よりも弱いと、私を侮っておいでですか、ニンゲン?」
「違えよ。これは、俺がアルウゥスとの約束を果たす戦いでもあるんだ」
「約束?」
「ああ……俺は、人間も後継生物も、誰ひとり死なせねえ。みんなッ、まとめて幸せにする。――ってな!」
傷まみれになり敵の足元で倒れ伏してなお、トリニティの正義による闘志は猛っている!
拘束が解かれたマジモスは人間態を切り離し、巨大バエの身ひとつでク・コロに突撃ッ!
時間をかせいだ。
これに乗じ、あらためてトリニティの鶏マスクと合体するッ!
わずかな時間に起きた、一連の出来事に立ち会ったテラ・ケル。
人間ほど発達した表情筋をもたないながらに彼は、はっきりと笑った。
「ようやく、アルウゥスがあなたを選んだわけを理解しました。それも、好判断だったようです」
「選ばれたっつか巻き込まれたんだけどな、ハハ……」
「妥当性がすべてです。……ク・コロは任せました。『触手』の処理はどうか、この私に」
「ああ!」
トリニティが武器を構え、背中を異形の巨大ヘビに見せる。
真正面に異形の巨大オオカミを見すえる。
もう、いかなる合図もなしに戦闘は始まった。




