第33話★ 因縁を爪弾く
「いや、待てよッ? 陥没穴ってやつがただの落とし穴なら、アルウゥスの言う通りだ。けど、この大きさ……行ってみる価値はあるんじゃねえか」
虚幌須市は、御露出町前立寺。
雪景色の中にぽっかり空いた陥没穴へ、トリニティとアルウゥス、2人を抱えたマジモスが落ちた。
↓ ↓ ↓
穴の深さ20メートルは、7階建てのビル高と考えれば、飛び降りるのにさして難しさもない。
トリニティの懸念は、下で生えているハゲ木に、上から串刺しにされることだ。
穴の中間地点にさしかかったそのとき、マジモスが、腕と股の間に皮膜を広げる。
そうして滑空を行った。
滑空は気休め程度のものではあったが、位置調整によって木々のあいだを抜け、一行は無事地面へと着地することができた。
不安が杞憂に終わり、安心したトリニティが深く息を吐いた。
また深く注意し、周囲を見渡した。
穴内部の植生と景色は、御露出町のいかなる森とも大差ない。
だが、かつての地下空洞とされる壺型をした空間は、外側に向けて闇が根づいているようだった。
「……何も、ないか?」
トリニティはつぶやいて、少し歩いてみる。
陽光差す穴の入口直下に巨木が密集している。
1本を避けても木、また避けても木があらわれる。
それらはパチンコ釘のように、トリニティたちを思いもよらぬ方向へ進ませた。
そのとき、マジモス――ムキムキの人間形態の、頭部についた小羽が、かつてない不快音を上げる!
「なっ、なんだ! 脅かすなよ!」
トリニティはこの音が、周囲に警告する意図だと知らなかった。
アルウゥスだけが音に続いて、焦ったようすで視線をぐるりと飛ばした。
「――よお。こんな早くにどうしたんだ、兄弟?」
トリニティは聞き覚えない、それも人間の声よりも動物の鳴き声めいた調子の呼びかけを耳にした。
しかもそれは前方からのものだ。
やがて何者かは、胴太いハゲ木の後ろから正体をあらわす。
一面の雪に点と浮かぶ黒、濡れ羽色の毛並み。
生き物……そんな生やさしいものではない。
後継生物。
そのため体長は大きく、見かけ上2メートル、猫背を正せば3メートル以上もあるだろう。
それと猫背と評したが、実際はオオカミ、ないしはオオカミ男という見た目だった。
額から背にかけて毛が鋸刃状に逆立って生えている。
「ク・コロ……だよね?」
ただし、かの巨大オオカミを、探し求めた「ク・コロ」と呼んだアルウゥスは確信を得るのと同時に、困惑していた。
なぜならば。
ク・コロらしき獣は、両腕、右脚が食い破られ、内側からナゾの長い物体がはみ出し――、
「テラ・ケルと同じ……『触手』が生えてるのかッ?」
トリニティが答え合わせとばかりに、震える声を上げる。
ク・コロの「触手」は青い色と赤黒い色、2色の個体が絡み合い、手足があるべき場所でDNAの二重螺旋めいた構造物を形作っている。
確かに、テラ・ケルと同様、本来の胴体に「触手」が四肢の代わりとして伸びているシルエットだ。
しかしながら、テラ・ケルとは決定的に異なる。
巨大ヘビのテラ・ケルに対して、巨大オオカミのク・コロは生まれもった手足を捨て、「触手の苗」から生じた「触手」に置き換えているのだった。
「そっか……わかったよ。『触手の苗』は力の発散のために、無作為に生み出されたんじゃない」
と、寒さで紫色の肌になったアルウゥスが声を荒らげる。
「ク・コロの一部となって、移動していたんだ。だからHCCが記録した地点で見つけられなかった!」
「ご明察ッ! さすがは後継生物イチの秀才だな、おいアルウゥス。つっても、オレをこんな風にしたのもお前だがな。ケヒヒ!」
時間をかけず「御露出コールドロン」の「触手」捜索劇の真相へと至ったアルウゥス。
ク・コロが賛辞をおくる。
毛むくじゃらのマズルから鋭い歯をのぞかせ、笑ってみせる。
「どういう意味?」
「ああ? 忘れたのかよ。地球ではじめて戦った日だ。お前とそこのハエにやられて、オレはどうにか逃げられたが血を流しすぎて、今にも死にそうな状態だった。生き残るには、『触手』を贄に手足にするしかねえって、そんとき思いついたのさ!」
「贄ってのはわかるが、どう転んだら自分のからだに(『触手』を)入れるなんつう発想になるんだよ……」
愉快なようすで狂気の自分語りをするク・コロに、トリニティは共感できず頭を抱える。
「さて。目的はオレだろ? 丸腰の獲物を狩るのはシュミじゃねえ。とっとと準備しな、人間?」
「……ハハ! なんだよ。敵ながらお前とは気が合いそうだ。いいぜ、その余裕……正面からぶち破ってやる!」
トリニティが返事すると、ク・コロが犬面に喜色を浮かべる。
腕から生えた「触手」も◇をニタリ笑わせ、錨のマークにする。
「アルウゥス、マジモス――いくぞ!」
トリニティの声に応え、アルウゥスが体内から激しいピンクに光り輝く。
巨大バエのマジモスも呼応し、トリニティの武器へと変身する。
その装いはまさに戦闘特化の触手スーツだ。
トリニティはアルウゥスの出現させた脊柱戦棍を手に、ク・コロへ殴りかかる!
「おらぁッ!」
「おっと、そういう戦い方か。ならオレも出し惜しみはしねえぜッ!」
ク・コロの腕の赤黒い「触手」はたやすく攻撃を防いだ。
巨体らしからぬ俊敏さで後退すると、アルウゥスやマジモス同様のピンクの輝きをからだから放つ!
直後、ク・コロの周囲に約8センチ径の物質が複数生成される。
それこそがマジカルパウアー「触手の苗」の実態だった。
「オレの『触手』は、生き血をすするためなら同類も己も食らう、バケモノだ! 倒してみせろ!」
ク・コロが「触手の苗」を、自身の「触手」で弾き飛ばすッ!
「触手の苗」は拡散し、ハゲ木や雪の地面に植わるとすぐさま孵化を始めた。
内部の栄養素かマジカルな何かのみで、青い色の「触手」を生み出し300センチほどまで成長させる。
◇の中に反りかえった凶悪な歯が生えそろう。
孵ったばかりの青い「触手」、だが即座にトリニティへ噛みつかん勢いで迫ってきたッ!
トリニティの右腕からケラチンの塊が刃状をして伸びる。
彼はそれをもって「触手」をすべて斬りはらい、屠った。
――ものの、「触手」は第二陣、第三陣と彼のもとへ続々近づいてくる!
「くそッ、斬っても斬っても手ごたえがねえ! この数で持久戦に持ちこまれたら、まずいぞ!」
マジモスと合体したトリニティは頑丈な装備、人身を超えた武器を手にできた。
だが、やはりと言えばよいかク・コロ陣営の「数的有利」という正攻法の前に、太刀打ちするのは困難なのだ。
「……マジモスッ、俺たちも頭数をとるぞ!」
トリニティの号令。
刹那、彼の頭からマジモスが分離し、ムキムキの人間形態をとる。
「触手」を素手で取り押さえる。
一方、触手スーツはそのままに、元来の鶏マスクが露になったトリニティは木々の狭間をジグザグに走り抜け、ク・コロを目指す。
ケラチン刃を脱落させ、再度空中から脊柱戦棍をとる。
「おいおい、せっかく弱ってから楽にイかせてやろうと思ったのによッ!」
ク・コロが息巻いて、両腕の赤黒い「触手」を広げる。
トリニティへの呆れからくる発言の格好をして、当事者は全体に喜びか、快楽か、憐れみか……。
ともかく正反対の色を溢れさせていた。
ク・コロの「触手」は、絡み合い、鉄拳という別の「力」に収束する。
向かい来るトリニティの「力」と交じり合うッ!
――ただし、結果はとうに見えていた。
トリニティのそれは意志の強さをもっているが、所詮アルウゥスからの借り物の「力」。
対してク・コロはマジカルパウアーと、もって生まれた生き物としての強さ。
2つの「力」。
衝突したとき、それはあっさりと、無情に決した。
「くッ、そ……!」
苦しさを押しころしきれず、か細い声を上げるトリニティ。
彼を足蹴にするク・コロは複雑な表情を浮かべ、ブザマなヒーローを雪の大地に頬ずりさせた。
「はああ、力を分散した途端にこれたあッ……先が思いやられるってやつだな」




