第31話 場外戦 後
後継生物ク・コロを捕まえる手がかりはないかと、厘月町の貝釣大学附属図書館へと訪れたトリニティ。
館内をさまよっていたところ、2階の読書スペースに見知った真っ赤な人物を見つけた。
「アルウゥス?」
その人物はいくつか書物を積み上げ、机の前に張りついている。
燃える炎の髪に、真っ赤な肌。
大きいオレンジのような髪飾りが2つ、髪をツインテールに束ねる。
セーラー服にスカートを穿いた、少女らしい見た目。
特徴を列挙して、そこに「生物学的オス」だと注釈を入れれば、人物――アルウゥスはただの女装性癖の変態のようだった。
「園治ッ! え、っと、奇遇だねこんなところで、アハハ……」
「ク・コロのことで、何か調べられないかと思ってな。ってかなんでセーラー服着てんだよ」
「変装、みたいな?」
「違和感が服着て歩いてるってのに、服まで違和感にしてどうする!」
トリニティは声を抑えながらツッコミを入れる。
アルウゥスが椅子の背もたれにかけた上着を、無理やりセーラー服の上から着せる。
よく見ると太ももの上を、巨大バエのマジモスが温めている。
「ペルウィアが後継生物の場所をだいたい絞ったら、ボクはそこに行って周辺を調べたり、本体を見つけたら戦ったりする役割だったんだ。その場所になじむよう色々変装とかもしてて」
「ああ、だから最初会ったときもセーラー服だったのか……って、納得はできないが」
「でも……びっくりした。園治のことだから、自分1人で何かすると思ってたけど、まさか図書館でばったり会っちゃうなんてね。ンフフ」
「考えなしに森ん中探し回ってるとか、思ったか? そりゃ合ってるな。このあと行こうとしてた」
「そっか、アハハ! ボクは園治のそういうとこ、好きだよ?」
図書館で目的迷子になった自身を振り返り、トリニティは自虐を言う。
アルウゥスは上機嫌に笑いを返す。
そして、突っ立ったままのトリニティを隣へ座らせる。
「ずっと疑問だったんだ。園治もだと思う。ク・コロがマジカルパウアーを使った場所が、双成町と御露出町ばかりなのは、なんでだろうって。普通なら、このあたりに棲処があって、『マジカル症』にならないよう力の発散をしてるっていうのが理由、なんだろうけど……」
「『マジカル症』って、あれだろ? マジカルパウアーを長期間使わなかったらなる病気」
恐らくテラ・ケルの話だろう、記憶を思い起こしてトリニティが言う。
アルウゥスは首肯する。
「うん。ほとんどの後継生物は、少なくとも月に1回くらいマジカルパウアーを使わないと、『マジカル症』になる可能性があるの。ボクはマジモスと分担できるから、もっと少なくて済んでるけど。ボクたちが地球に来て1年とちょっと……その間に7回、ク・コロは力を使ってる。少ない気はするけど、発散の回数としてはあり得ると思って」
「わかった。ちなみに、アルウゥスは図書館で何調べてるんだ?」
「もちろん園治と一緒! ク・コロについて……力の発散をした場所に共通点がないか、調べてたの」
「共通点、か……」
「そしたらビンゴ! って、使い方合ってる? とにかく、この地図を見てッ!」
アルウゥスは隣のトリニティに、手書きの用紙を見せる。
「グラマラスな妊婦」たる虚幌須市の会陰部。
……と言うと聞こえは悪いが、そう言う他にない場所に位置している、双成町と御露出町をピックアップした地図だ。
ク・コロがマジカルパウアーを7回行使した、地点と日時が記されている。
「この地図自体は、ペルウィアからHCCで同じものを見せてもらったと思う。この中の2か所――去年2月9日御露出町牛巴と、4月15日御露出町縫に、共通点があったんだ!」
はしゃぎ回るアルウゥス。
もたついた手つきで、御露出町の「発掘調査報告書」と名前のついた冊子をとり、目当てのページをめくって探す。
「園治、この2つの町にまたがってる『御露出コールドロン』って知ってる?」
「いや、知らな……ってるか? なんか中学の、社会の授業で聞いたような気がしてきた」
「えっと、コールドロンっていうのはむかし火山地形があった場所のことらしくて。色んな自然現象が重なって、今はその名残だけになってる。でも大事なのはそこじゃない! なんと『御露出コールドロン』ができた一因として、隕石が落下した可能性があるらしいんだッ!」
「なッ、なんだってえ!」
驚愕する2人。
さすがにうるさすぎた。
図書館職員が飛んできて、2人は注意を受ける。
「……ホントなのか? い、隕石って、厘月町に落ちたってむかしから言われてるが。ホントだったとしたら、2つあったってことか?」
「……そこまではわからない。でも、この報告書では隕石の落下があった前提で、発掘調査がされたって書いてある。そしてその場所こそ、御露出町の牛巴と縫なんだよ!」
アルウゥスが断言する!
かつて彼が爆破した貝釣大学の隕石資料館は、当然ながら隕石が「厘月町に落ちた」という認識あっての存在だった。
多くの町民・市民はこの認識を共有していた。
ところが、同大学の附属図書館には、隕石が「御露出町に落ちた」という立場で、発掘調査を行った報告書が蔵書されているという。
矛盾……とまではいかないが、トリニティの頭に違和感とオカルトを誘発するには充分な事実だった。
「忘れてたけど、マ・ラは隕石が関係してる化石骨を欲しがってたんだ。それでコ・キユに大学を襲撃させて、セーメンティスに運ばせたッ。……見えてきたな!」
「でも化石骨は厘月町で見つかったって、どの本かで読んだよ?」
興奮した情緒を声ににじませるトリニティへ、アルウゥスがおずおず疑問を差し出す。
「ああ、そうらしい。だから、今思ったけど……たぶん逆なんだ」
「逆、ってどういうこと?」
「一言一句正しくはないと思うが、セーメンティスはこう言っていた――『あのホネを手に入れたら、ゲノム採取する』って。ゲノムってのは、生き物の遺伝子がまとまったもんだよな?」
トリニティの言うゲノムとは、「遺伝子総体」とも呼ばれるように、生き物を構成する遺伝子の集合を意味している。
以前トリニティに、セーメンティスはそのゲノムを、マ・ラの目的のために化石骨から採取したと話したのだ。
「そっか……化石骨のゲノムには、隕石由来のレトロウイルスの遺伝子が入ってて、一時期厘月町で『宇宙人の化石』って話題になってた、って記事で見たよ!」
「れ、レト? まあいい、それだ」
理解力のある、なおかつ図書館で関連資料を精密に調べ上げたアルウゥスの言葉を、トリニティは真正面から受け止めることができない。
しかし、2人は意志を通わせ、ともに同じ結論に達しようとしていた。
「要するに……マ・ラの標的は化石骨そのものじゃなく、そこにあったウイルスの遺伝子とやらなんだよ。んで、それは隕石に付着いてきたもんだと。もうわかるな?」
トリニティがそこまで言うと、彼の心をアルウゥスも察知する。
「「ク・コロは『触手』を使って、隕石を発掘しようとしていたッッ!」」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
トリニティとアルウゥスは自宅までの帰途につく。
2人で叫んだ後、図書館を追い出された。
アルウゥスは図書館へ、輸入雑貨屋のアルバイト終わりに来ていた。
帰りはラーメン屋のアルバイト終わりのトリニティと小型バイクに同乗した。
マジモスをヘルメットにしてかぶる。
「まだ話したいから、ゆっくり帰ってね?」
たそがれ時の16時半。
二車線の道路は空いている。
しかし、アルウゥスにしたがい速度を落としてちんたら走っていると、商店街への買い物客やビジネスマンで込み始めてしまう。
トリニティは普段利用する一般道ではなく、河川沿いの田舎道から遠回りするルートに入った。
「ク・コロがやってたことはわかった。けど、セーメンティスが化石骨をもって帰った今、ク・コロが御露出町に残る理由はないはずだよな……」
「うん、ボクもそう思う。でも引っかかる……ク・コロが、ボクと戦う以外で力を使ったのは全部で7か所。そのうち隕石の発掘に(牛巴・縫の)2か所使ったとして。残り5か所は、8月以降に集中してるんだ」
「別の目的で動いてる……?」
「ク・コロはマ・ラへの忠誠心が強かったから、ありえるかも。……ううん、そう思いたい。たとえば、マ・ラが繁殖欲を発散するための生き物を捕まえてる、とか!」
「あんな『触手』を使ったら、捕まえるどころか食い殺しかねないだろ……」
トリニティがうんざりした表情で口にする。
アルウゥスの考えはいつも理にかなっているが、後継生物が、人間もそうだ……かならずしも合理的な動機のために生きているわけではないだろう。
「もし、隕石を掘り当てようとしてたってのが真実だとして……今のク・コロが何のため動いてるかは、結局わからん。だからこそ、俺たちは御露出町を徹底的に探す! せっかくの手がかりだ、こじつけだろうが使い倒してやろうぜ!」
外灯少ない田舎道を、ヘッドライトの明かりが導く。
ようやく2人は自宅近辺の道へと出る。
トリニティの見知った道。
トリニティを見知った人々。
たとえヘルメット(マジモスではない一般的なもの)の下に鶏冠を隠していても、彼のシルエットに親しみを覚えた通行人は、みな小型バイクに振り向いた。
「ボクらの惑星の後継生物は、人間に近い環境で育ったから、寒さとか雨風をいやがるはず。怪しい場所がないか、明日もう一回図書館で調べてくるよ!」
「水臭えな……ゴールまで2人で近づいてきたんだ、俺にも手伝わせてくれ」
「うん……うんッ! やろう、園治!」
アルウゥスが急に、後部座席からトリニティに強く抱きついてくる。
なんとなくいい雰囲気になる。
もっとも、2人がただのカップルであれば、誰も気に留めないだろう。
2人の乗る小型バイクは、自宅目前という清栗駅前で、信号待ちにあった。
駅前は利用客で混雑している。
トリニティは挙動不審に見回した先で、ニヤニヤ笑う何人かと目が合った。
そして寿命が縮む思いをした。




