第2話 未知との遭遇?
いくらか月日が流れ、商店街を騒がせたナゾの光について憶測も多くなされた。
厘月町には、「太古に隕石が落下した」という伝承がある。
これにあやかり同町貝釣大学は、隕石資料館なる施設を建てたほどだ。
そうとはいえ、まだ正体が隕石である! あるいは、ユーフオーである!
と、断定できない中、事体の進展はあるはずもなく……。
住民の記憶から光も去りつつあった。
10月、季節は秋。
市街地の街路樹がオレンジに黄色にと色付く。
また厘月町の貝釣大学では華の大学祭が開かれ、さあさ出会いの場だとはき違えた若い衆がピンクに色気付き、会場へ密集していた。
しかし、構内の催し物も屋外の出店もどうでもいい。
砂利のグラウンドに用意された野外ステージこそ至高だ!
そうとばかりに学生・学外者問わず集結し、狂喜乱舞のフェスティバルにひしめき合う。
「――えぇ続きまして、最近話題のご当地ヒーロー、『商店戦士トリニティ』の登場です!」
何組かの反社会的なプログラムを終えたステージ上で、司会の男が告げた言葉だ。
すると本当にトリニティがあらわれる。
隕石騒動にやぶれたあの日から一切変わらない、みもみじ商店街のトレードマークである鶏足と鶏冠、肉垂をあしらったマスクをかぶって。
トリニティはステージ中央へと立つなり、マスコミ向けに威嚇する鶏のポーズで静止。
会場の空気も静止する。恐らく何人かは写真を撮っただろう。
司会の男からマイクを受け取ると、マイクとマスクでこもった声を観客へと届けた。
「トリニティだ。今日は大学祭に呼んでくれてありがとう。そしていつも応援ありがとう」
「皆さんご存じの通り、自主制作のドラマがストリーミングサイトで6.9万回再生! 路上ステージに始まり、たった1年半での快進撃! グッズまで手作りし、今では厘月を超えて全国のご当地ヒーローファンに愛される存在です!」
「ありがとう。それも、商店街のみんなの協力あってこそのものだ。けどカメラの前で戦うというのは初めてだったからな、色々見苦しいところがあったかもしれない」
「いや、演出のチープさに反してゾンビ映画顔負けなくらいエキストラがぞろぞろ湧いて出てくるし、いちいちキャラが濃いっていうギャップが良かったんじゃないですか!」
「ありがとう。商店街のみんながボランティアで出てくれたからな。……グッズもたくさん買ってくれて嬉しいけど、まだまだ生産が間に合わなくて」
「いやいや、流通品として未熟だからこそ逆に箔付けされて、マニア心をくすぐるんじゃないですか! 転売天国のご時世的にもマッチしてますし! 大量生産だったら、道の駅のお土産コーナーに置かれてはい終わりですよ」
「アンタもしかしてバカにしてる?」
トリニティと司会の漫才にオチがつく。
直後、待っていましたと、ステージに設置されたスピーカーからガサついた不穏なミュージックが流れる。
トリニティは演技者のスイッチを入れ、ステージから一番遠い観客にも見やすい大きさで身振り手振りをし、動揺を示した。
「なっ、なんだッ?」
大学祭ステージ運営とトリニティの練った脚本に沿ってここまで来た。
これから、チンピラに扮した演劇サークルの学生たちとミス貝釣の美女が壇上に上がり、ヒーローショーを披露する。
トリニティが記憶した脚本に則り、身構える。
さあ、いつ来てもいいぞ! その空気感を観客の全員が共有する。
――――長く、長い、1分が過ぎた。
いまだステージに、トリニティ以外の影はなかった。
(遅い……手間取ってる、なら何かサインを出すよな? それもない。アドリブが欲しいのか?)
硬直したままのトリニティ。
思い返すと、殺陣をするというのにハンズフリーのマイクが用意されていなかった。
ヒーローショーをアイドルのライブとでも勘違いしていたのか。
とにかく、ステージ運営の学生に手抜かりがあることは明白だ。
観客がざわざわし始めている。
トリニティはできうる限り最速の思考をしながら、時折体をブルブル震わせ、動揺の演技を続ける。
もはやそれは歌舞伎の見得を切っても切ってもきりがないような、もどかしい姿だ。
「――オマエ、ホネ、知らないラ?」
何者かに、トリニティは耳打ちされる。
司会の男の声ではない。
声のした反対の方向へと大げさに飛び退くトリニティ。
ステージ後方では、体長が2メートルを優に超え、3メートルに届かんばかりの巨大な着ぐるみ。
不思議なことに、一切の音もなく登場していた。
演出で焚かれたスモークによる目の錯覚であれば、着ぐるみが忽然とあらわれたことに説明がいくものの、違った。
確かに存在し、立っている。
「着ぐるみ」は牡ウシの顔面に雄々しい角を生やして、ただし胴体は筋骨隆々とした人間に酷似したものだ。
神話の怪物・ミノタウルスをオマージュしたのだろう。
(そうか、そういう筋書きだな! けど、ホネってなんだ?)
一部納得がいったトリニティはいったん標的を着ぐるみへと定め、ざわめく観客に余裕を見せつけるべく演じた。
「お前は……ウコッケイ人の操る怪獣ッ! 大学祭に集まった人々を資源化しようとあらわれたんだな!」
「ちがう。コ・キユ、ホネ探しに来たんラ」
トリニティに返事した「着ぐるみ」は、天を仰ぎ見て、うなり声を上げるッッ――!!
声は地面を岩盤ごと揺さぶるような力をもち、大学一帯に地震を引き起こす。
構内のいたる部屋がかき回される音、悲鳴と怒号を、野外ステージの観客たちもみずからの地震と戦いながら聞いた。
間近にそのうなり声を浴びせられたトリニティは一回転半、転倒してステージに伏せった。
マスクによって表情はうかがえないが、困惑していることは明らかだ。
「……ホネ! インセキのホネ、どこだラ!」
大地を揺さぶるほどの実力をもった声で、牡ウシの頭がトリニティに詰め寄る。
――それが着ぐるみでないことはもう、誰もが察していた。
強大でおぞましい尋常ならざる「生き物」であると。




