第19話★ 闘わずにはいられない 後
セーメンティスは体を光らせ、マジカルパウアーを行使する。
アルウゥスが装着する肉色の触手スーツがドロドロに溶け出す。
ゲル状となった肉が地面へとへばりつく。
セルフとりもちだ。
「トリニティ。はやく、終わりにして」
「わかってる。けど、お前はそれでいいのか……?」
アルウゥスの殺害を、セーメンティスは冷酷に命じる。
その心が、トリニティにはわからなかった。
「……セーは、許してない。『舟』に乗せられる、アルウゥスは、止めなかった。マ・ラ逃げるとき、アルウゥスは、セーの手とらなかった」
怒気をはらんだ声で、セーメンティスは訥々と思いの丈を吐き出す。
「でも、アルウゥス殺すのは、恨みじゃない。セーの、使命、だから。ンフ」
セーメンティスは鼻を鳴らして勝ち誇った顔をした。
アルウゥスは表情に諦めを浮かべた。
決着に合わせて――ではないものの、ちょうど話し合いが終わったところで消防車のサイレンの音が響き渡る。
間もなく、消防隊の消火活動が開始された。
トリニティらが、火中の第二みもみじ商店街にいることを知ってか知らずか、放水は豪雨となって彼らの頭上に降り注ぐ。
巨大ヒツジの起こした火災は幻惑だったかのように、みるみる小さくなる。
「これは、命だけは、っていうのじゃないけど……話しておきたくて。後継生物はマジカルパウアーを使うために、精子の頭・尖体が取れるっていう病気をもっていなきゃいけなくて」
「ああ。『無頭症』だったか?」
「……そっか、セーメンティスが話してくれたんだ」
戦意喪失したアルウゥスは大きな尻を地面に下ろし、トリニティを見上げる。
鎮火の水を顔に浴び、一層の悲壮感を演出するが時すでに遅し。
トリニティから、剣の刃を向けられている。
「精子を犠牲にする……マジカルパウアーは『生殖の代償行為』なんだよ。ひとたび使えば、『無頭症』によって子孫を残せなくなる。なら、マジカルパウアーは種そのものだ! もしその仔が死んじゃったら、世界から種が1つ消えてしまう。……そうならないために、ボクはッ!」
「そうか。やっと、アルウゥスのことわかったよ。けどな、ホントに後継生物ってのは、お前がここまでして守る価値のあるもんなのか? 俺にはそうは思えない。いくら異母兄弟でも」
トリニティは訊き返す。
アルウゥスが後継生物を「生きて捕まえること」にこだわっていた理由が、「種の保存」。
だと言うのならば、これまでの振る舞いは正しい。
理解もできた。
トリニティにとって目下の疑問は、「それをすることに意味があるのか」ということだった。
「……ホントはね、まだわかんない。勝手に生み出されて。ひどい実験されて。立場を追われたら、無責任にポイされて――その仕返し、かもしれないし。科学者きどりのお節介かもしれない」
伏し目がちに語るアルウゥスは、後継生物撲滅を願うトリニティの意見を、暗に肯定していた。
「後継生物の問題は、まだ途中で、手探りしてて……トリニティを安心させられる答えを、ボクはもってない。から! 一緒に探してほしい! ホントはッ! みんな幸せになれるようにッ」
「トリニティいッ! もう、いい。アルウゥス、殺して」
「……ああ。言いたいことはそれで全部か、アルウゥス?」
危機感を覚えたセーメンティスが強い催促をし、トリニティも同調する。
もう、何を言っても意味がないと悟り、アルウゥスは固くうなずいた。
自身の仕事は果たした。
充足感ならざる言語化不能な心地よさが、アルウゥスの目を穏かに閉じさせる。
トリニティの構えた剣が今、振り下ろされる!
そして、アルウゥスとマジモスの首を断ち、彼という種を絶つ!
――かに、思われた。
「うおああああぁ――ッッ!」
トリニティが絶叫する。
剣が断ったのは、彼自身の左腕。
生来の腕ではなく、腹部のカサブタが拡張した皮膜、それが変形してできた剣状の組織だった。
断った中から左手を露出させる。
左手は、胴の皮膜を掴む。爪が食い込むほどに。
トリニティが全力で反対方向へ引っ張ると、皮膜は鮮血を噴きながら引き裂かれるッ!
ブチブチブチッ――裂帛のごとき音を立て、はがれ落ちる薄膜の肉色組織。
中から、「鶏塩ラーメン淡姫」とプリントされたTシャツがあらわれた。
「があああああ――ッッ!」
トリニティは自身の皮膜を破った耐えがたい激痛にッ!
消防隊の水を浴びてなお燃え続ける闘志にッ!
2度目の咆哮をする。
「トリ、ニティ……?」
何が起こったのか、この男が何をしているのか、理解できず後継生物たちは固まった。
「アルウゥス、お前の言う通りだ。この話はまだ途中にある。何が正しくて、何が間違ってるか……お前だけじゃねえ、俺もわからなかった。だから考えてッ、今のやり方を選んだ! 後悔はしてないッ!」
「うん。大丈夫、トリニティは自分の使命を果たそうとしているんだよね……」
「そうだ! けど、後継生物がひどい目にあってたこと……ただ『自由』に生きたいだけだってことを、知っていた。ウコッケイ人みたく『敵』なんて、単純な言い方はするべきじゃなかった」
トリニティの立場に寄り添うアルウゥスは、今や地面に座り込み、死にそうな顔となっている。
しかし……アルウゥスに面と向かって立つトリニティの姿は、いかにも自信に満ちあふれているのだ。
全身が舞台のスポットライトを浴び、輝いているようにさえ見えた。
「俺だって、できるんなら、殺すためじゃなくて守るために戦いてえんだ。もし、お前の言った言葉が本物なら……」
そして、トリニティは自身の血にまみれた手をそのまま、アルウゥスに向かって差し出す。
赤黒いグロテスクの色の中には――、
アルウゥスの小さな手を包み込もうとする、彼の思いの丈が確かに存在している。
「俺もみんなってやつを、幸せにしたい! また、一緒に戦ってくれ、アルウゥスッ!」
声を聞いた、アルウゥスの唇が震える。
すなおな言葉が出てこない。
心が躍動しても、理性によって発露を抑え込まれている。
心拍の上昇による息苦しさだけが、喉から舌先へと向かっていく。
「俺の『仲間』になってくれ!」
見慣れた鶏マスクから飛び出した赤誠。
それこそが、アルウゥスの思いのラスト1歩を踏み出させる!
「うん!」
アルウゥスは大声で返事をする。
ありふれたフレーズ。
あわせてトリニティの手を握りしめた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
気がつけば、第二みもみじ商店街の一部は屋根まで黒焦げになっている。
火事があったらしい。
いや、火事が先にあったのか。
どちらでもいい。
商店街にはヒーローがいるのだから、どうにかなるだろう。
「――セーメンティス?」
トリニティがその名を呼ぶ。
アルウゥスの手をとり、くたくたの小さなからだを抱き支えた後のことだ。
振り返った。
何もなしに声をかけて、返事がない方向を見遣ったわけではない。
トリニティは耳に、性急な足音が聞こえたため、方向を目で追った。
いるはずの場所に、セーメンティスがいない。
当然だ、あれは立ち去った足音なのだから。
けれど本当に、商店街の出口まで見渡しても小さな背中の1つとして見当たらない。
トリニティは日が暮れるまでは、同居人の帰りを待った。
しかし、何事もなかった。




