第18話★ 闘わずにはいられない 前
「てめえの血で償うんだよ、あんころ野郎ッ!」
トリニティの大剣が巨大な拳へと変形。
真っ黒いモコモコの生き物に振りかざす。
不意打ちの鉄拳制裁は、ぶち当たった巨大ヒツジをミサイルのごとき速さで吹き飛ばした!
「げへえぁッ!」
巨大ヒツジは油っこい音を立てて商店街の大路に倒れ伏す。
口元から、炭と遜色ない色をした焼肉がこぼれ落ちる。
人々が火災によって避難した後、精肉店から盗んだものだった。
「メヘぇ……やるな、オマエ。殺し合いはぁ、苦手ラけど……肉、焼くのは大好きだラ!」
下卑た笑みを浮かべる巨大ヒツジ――後継生物のホ・テル。
モコモコの黒い巨大なからだを激しいピンクに発光させる!
ホ・テルの口から唾液があふれ出し、唇らしき器官がべっとり濡れる。
すると、唾液は液状のまま、炎上したのだ!
マッチの1本も近づけていない。
気泡を立てて沸騰するといった変化も見られなかった。
「ホ・テルの、マジカルパウアー、『自然発火する体液を作る力』。粘膜触れたら、じゅわっと出て、燃やされる。トリニティ、気をつけて戦って」
すかさず横から、セーメンティスは情報を与え、トリニティが動揺しないようフォローする。
「関係ねえッ! オラッ、歯あ食いしばれやッ!」
――だが、もはや、ホ・テルの力の如何などどうでもいい。
トリニティは、より強大な「暴力」を存分に、容赦なく、際限なく振るうからだ。
彼の前に、ホ・テルはサンドバッグと化す。
皮と肉と骨、ついでに緩衝材代わりのエセ羊毛でできたサンドバッグ。
殴るたび、唾液に洟に涙に血反吐、色とりどりの液体をスプラッシュした。
商店街の大路や店舗にまき散らす。
また、トリニティへ振りかける。
液体は瞬時に発火。
彼は火だるまになるが、お構いなしに殴る。殴る。
まるで祭りだ!
「ぶへ、ほッ、へぇ、ええんてぃッ」
サンドバッグがかろうじてエセヒツジの容貌から奇声を上げる。
何か言っている。
命乞いだろうかと、トリニティは考えながら殴った。
瞬きの間に。
体液燦ときらめく戦地に。
拳が届くゼロとわずかの距離に。
――――
人型の、ムキムキの巨大バエがカットイン。
――――
トリニティの「暴力」を素手で、真正面から制した!
「――そこまでだよ、トリニティ!」
声が降る。
トリニティとセーメンティスが視線を遣る。
遠目にもわかる小柄で、身長1.5メートルもない子どもが1人、屋根付き商店街の梁の上に立っている。
燃える炎の髪に、真っ赤な肌。
大きいオレンジのような髪飾りが2つ、火災の明かりをあやしく反射する。
服はエスニックなツーピースを着ている。
普通の人間ではない。
やはり、尻がデカすぎる。
――シーンを目にしたトリニティ。
その脳裡に、ヒロイックなBGMが流れ始める。
それ自体は彼が、幼き日に観ていた特撮ヒーロー番組の主題歌。
自身があこがれたヒーローの、背にたなびいていた栄光そのもの。
――ただ今日頭に聞こえたものだけは、特別なアレンジがなされていた。
梁の上から、子どもが飛び降りる。
トリニティの拳を受け止めたムキムキの巨大バエのマジモスが、それを下から抱きとめた。
そして子どもを抱えながら、地面に伏せったホ・テルの壁となる形で立ちはだかる。
精肉店を火元とする火災も、すでに両隣の店舗、アーチ状の屋根までおよんでいる。
猛る焔と真っ黒い煙が、彼らの逃げ道を塞ぐ。
空気中から酸素が失われ、一酸化炭素へ置き換わり、戦場の緊張感がごとく満ちていく。
きな臭い……。
「お前らはいっつも、害虫みたいにどっからともなく湧いてくるなあ!」
トリニティが嫌味めいた言葉を発する。
安い挑発だった。
それでも一触即発の雰囲気爆弾に火をつけることはできると踏んでいた。
しかし……効果はいまひとつのようだ。
トリニティは口を慎む。
「悪魔の装束」のクリーチャーフェイスが首まで溶け落ちる。
その下から、『商店戦士トリニティ』の鶏を模した素顔が露出する。
沈黙の中、トリニティはふさわしい言葉を選び直し、声にした。
「――次は殺す、って前に言ったよな。それでも来たってのか、アルウゥス?」
「うん。これがボクの使命だから!」
真っ赤な肌の少女……ではまだない人物……でもない宇宙人型の後継生物・アルウゥスが答える。
ややこしい!
が、トリニティにとって重要な事実だ。
もしこれらの前提がなければ彼が、アルウゥスへ敵意と殺意を向ける理由などはない。
アルウゥスの足元に、血と体液まみれになった巨大ヒツジがひざまずいている。
アルウゥスは守るように立ちはだかる。
「だよな。なら、お前も駆除するまでだ……」
言葉に続いて、覚悟を決めたトリニティは右腕を水平に掲げる。
腕がグネグネと変形し、あらわれた肉色の大剣が、アルウゥスへと向く。
「覚悟しろ、侵略者どもッ!」
開戦の合図。
トリニティは大剣を構えると、アルウゥスに斬りかかった。
火の粉が舞う。
もっとも、結果は見えていた――。
ムキムキの巨大バエのマジモスが介入し、屈強な腕で、大剣の一撃を受け止める!
巨大バエの下に、人型の肉が癒合した化物。
ところが大剣の刃は、化物の腕を骨部分まで斬っており、残りわずかな筋肉のみに、両断を阻まれている状態だった。
「ああ、わかってる。まずはお前からだよな、マジモス?」
「いいやッ! それじゃ、ボクがここへ来た意味がない。トリニティに理解ってもらうんだ……」
そのとき、トリニティの予想しなかった事態が起こる!
マジモスのムキムキが消失し、巨大バエの姿となって、アルウゥスの顔を丸ごと呑み込んだ!
それから、新たに肉片をともない、かつてトリニティが身にまとった触手スーツの装いへと、変身する。
「『ボクたち』の正義を! 『ボクたち』が相手だ!」
トリニティは驚愕する。
やや背が低く尻のデカい、以前の自身、と対峙している。
自身ではないもう1人のヒーローが、目前に。
「……おもしれえ!」
こらえ切れないようすで、トリニティは喜悦のにじんだ声を上げた。
直後、変貌を遂げたアルウゥスへ、ふたたび腕と一体化した大剣を振りかざす。
骨が1本で断たれるのなら2本、3本と重ねればいい!
と、アルウゥスは自身の脊柱を大量に出現させ、手で束にもって大剣の一撃へそなえる。
2者の武器が衝突ッ!
肉の刃に、骨の束。
それは真剣による剣戟と、カンフー映画のSEを足し合わせたような、不気味で独特な音をかなでる。
アルウゥスの作戦は奏功し、トリニティの大剣を見事制止した。
どころか、弾き返した。
トリニティが上体を大きく崩す。
すかさずッアルウゥスの右腕の拳がトリニティにみまわれる。
無数の肉塊が付着し、バスケットボール大に強化された拳の反撃だった。
トリニティは吹き飛ばされる。
炎上する店舗の壁を突き破って入店する。
喫茶店だ。
生焼けのソファがトリニティを優しく受け止める。
(痛てえな……さすがアルウゥス、力業じゃ勝てそうにない。俺も頭を使わねえと)
トリニティは立ち上がり静かに退店し、後方にいるセーメンティスへ顔を向けた。
鶏マスクでじっと見つめる。
セーメンティスは、ピンクに点滅する。
トリニティの腕の大剣は即座に、細く鋭い剣といった形状となる。
剣であれば、打ち合いの反動も軽減でき小回りも利くだろう。
駆け出すトリニティ!
ハエフェイスの脊柱戦棍を構えるアルウゥス!
攻撃範囲に入るなり両者ためらいなく得物を交わす。
トリニティは両腕の剣で斬る突く。
対するアウルゥスは脊柱を攻防使い分けて、時折マジカルパウアーで肉片を飛ばして妨害し、ささいな隙があれば鉄拳を繰り出しダウンをねらう。
熾烈な戦い。
言葉はいらない! 言うが通じるからこそ、黙して放つ一撃には言葉以上のものが乗っていた。
「力」と「力」が、炎渦巻く中でぶつかり合うッ!
「メヘヘッ! ホ・テルのこともぉ忘れるラぁッ!」
「「うるせえ!」」
声が重なり、2つの蹴りが乱入者を一蹴する。
炎の唾液を分泌し、アルウゥス側に参戦しようとしたホ・テル。
トリニティに一度のされた体は、先の蹴りがダメ押しとなって力尽きた。
息はあるものの真っ黒い毛の巨体は、もはや転がらない西部劇のアレ的オブジェクトと化していた――。
またトリニティとアルウゥスは、誰の指図も受けず戦いを再開する!
お互いに実力が拮抗している。
スタミナの強さが勝敗を決する。
言ってしまえば、泥仕合の様相だ。
しだいに笑い声がもれ聞こえる。
笑っているとかろうじてわかる程度のもの。
しかし、膠着した仕合のエッセンスにしては主張がやや強かった。
トリニティとアルウゥス、いやマジモスからも!
戦士たちは、マスクの下から無意識に発していた。闘いを楽しんでいるのだ。
「飽きた」
――吐き捨てられた言葉。
セーメンティスのものだった。
彼は体を光らせ、マジカルパウアーを行使する。
「ッ!?」
アルウゥスが装着する、肉色の触手スーツがドロドロに溶け出す。
ゲル状となった肉が地面へとへばりつく。
セルフとりもちだ。
セーメンティスは、当事者でありながらトリニティの陰で傍観者となっていた。
そして、闘いの神にでもなった気分となり、身も蓋もない結末を用意するに至った。
「――はじめから、わかってたよ。セーメンティスがその気になったら、ボクは勝てないって……」
泣き言を言うアルウゥス。
マジモスとの合体も解かれ、前髪とおさない顔の一部が見えている。
「トリニティ。はやく、終わりにして」
「わかってる。けど、お前はそれでいいのか……?」
アルウゥスの殺害を、セーメンティスは冷酷に命じる。




