第17話 俺の心は燃えているか
12月の虚幌須市。
空一面の黒雲が雪を催し、もったりと膨らんで浮かぶ。
「もしもし、トリニティだ」
冗談を冗談らしからぬトーンで口にし、スマホにかかってきた着信へ応じる、トリニティ。
鶏マスクの頭頂にねじりハチマキを巻き、店名の入ったプリントTシャツを着ている。
現在は、ラーメン屋でのアルバイト真っ只中だ。
客の迷惑にならないよう厨房の奥に入り、電話をとる。
電話口の相手は、出張蒸したまごプリン屋のマネージャーだった。
「どこ、って、今は第一(みもみじ商店街)のラーメン屋だが。……何ッ、第二で火事ッ!? 安否確認……それどころじゃない! 火事って、ホントなのかッ?」
トリニティが声を荒らげる。
客の喧騒とラジオの音の中に、異質な緊張を生じさせる。
電話口の相手は、小さく、だが確かに「うん」と言って肯定する。
トリニティは口をつぐんだ。
かと思えば、電話がつながったまま、ラーメン屋のTシャツ姿のまま、足早に裏口へと向かう。
「トリニティ、もしかして現場に行くつもり?」
すかさず、店員の1人が言葉を投げかける。
「別に……早退はいいんだけど! 消防でもないのに行ってさ、何もできないでしょ? 野次馬になりたいわけでもないだろうし」
「何もできないかは、行ってわかることだ」
「やめとけって! あんたは別に万能なスーパーヒーローでもないんだから――」
「そうだよ! 万能じゃねえから、行くしかないんだよッ!」
トリニティは鬼気迫る声音で返す。
引き留めようとしていた店員も、押し黙ってしまう。
「裏にバイクがある。使え」
そのとき、厨房にいる店長がぶっきらぼうに告げる。
自身のポケットからバイクの鍵を取り出し、トリニティへとオーバースローで投げわたす。
トリニティは息を詰まらせた。
電話を切ると、また別の着信が入りバイブレーションが起こる。
「店長……ありがとう。あとこれ、全員に『大丈夫』って言っといてくれ!」
トリニティは同じくオーバースローで、スマホを店長へと投げ返す。
キャッチボールの要領だ。
「……ああ。ケガするなよ」
店長の言葉を聞いたかどうか、トリニティはすぐにも裏口から出て行ってしまう。
「――はい。俺はバイト先の店長で。ええ、あいつは元気ですよ。さっき出ていきました、ハハ」
店長は受けとったスマホから、トリニティの代理で、無数の安否確認連絡に応じながら仕事を再開した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
虚幌須市は、双成町第二みもみじ商店街。
鶏冠を上からヘルメットでおおい、小型バイクを駆るトリニティが現場へ到着する。
ラーメン屋を出発してから、およそ25分が経過していた。
屋根付き商店街を見通す。
天上へ向かって、黒煙が立ち昇る。
幸か不幸か、まだ火の勢いが弱いのだろう。
黒煙の筋もほそぼそとし、周囲に焦げ臭さや熱気はない。
商店街の入口には、必死の形相をした大勢の人が密集する。
避難してきた人々だ。
その数は、火災発生が昼食どきのためか、ざっと見ても50名に達している。
「トリニティ!? あんたもいたのか……」
バイクを停める彼の姿に気づいた男性が、近づいていく。
「……いや、今来たところだ。もう消防は呼んでるのか? ケガ人は?」
「大丈夫だよ。消防車はあと10分もしないで来る、って。避難も済んでる。店のみんなでくまなく見て廻ったから。全員無事だ」
「ああ……そうか。……はあ」
災害に際して、救いの言葉を聞いたはずのトリニティ。
表情は隠れており不明だが、わかりやすく、安堵や冷静さではない暗澹たる思いを抱いていた。
再び、商店街の方を見通す。
心なしか黒煙が大きくなって風になびいている。
もう、屋根まで燃えてるだろうか?
そうでなくとも、火の勢いは、一層強まっているに違いない。
「商店街が、燃えてんのに……やっぱ、何もできないのか……」
トリニティはがっくり肩を落とした。
自身の無力さがいやになる。
斜め向かいで、口論が起きている。
トリニティの当然知人である、商店街の精肉店を営む夫婦。
パニックになってわめく夫を、妻がなだめようとする。
痛々しい会話は拡声器もなしに、火元が精肉店であることを周知している。
ただ、錯乱した男性はしきりにこう主張していた――、
「いきなりッ、デカいヒツジがやって来て、火をつけたんだよ!」
と。思わぬ証言に、トリニティの直感が目の裏でけたたましく鳴る!
「おじさん、ホントかッ? ホントにヒツジがやったのか!」
気がつけばトリニティは精肉店の男性へ、額が摩するほど接近していた。
おびえながらも男性は力強いうなずきを返し、トリニティに確信を植えつける。
できることがある。
それを知った人間に、恐れるものなどなかった。
「すぐにッ、セーメンティスを呼びに――」
「必要ない。もういる。トリニティ」
トリニティが身を翻した、陰から、あどけない声がする。
茶髪に、白いオタマジャクシの飾り。
チュニックを着た巨尻で赤褐色の肌の人物。
1人しかいない。
セーメンティスだ。
「(清栗)駅が、うるさくて、出てきた。みみみじ、火事って聞いたから、トリニティは、来ると思った。やっぱり会えた」
「ッ、さすがだ。んで、聞いてたよな? ……間違いなく、後継生物のしわざだ」
「聞いた。でも、火の中。トリニティは、行く?」
「ああ。遠慮はいらねえ。俺たちの出番だ!」
トリニティの声に、セーメンティスは返事する代わりとして激しいピンクに発光するッ!
少女のように可愛らしい彼の、マジカルパウアー「遺伝子を操れる力」は、トリニティの体をおぞましい「悪魔の装束」へと変貌させる。
腹部のカサブタがセーメンティス色の1枚の皮膜となって、全身をおおい。
鶏マスクは『商店戦士トリニティ』の面影もなければ、目も口も何もかも失われた、のっぺらぼうになる。
それは首と胴の境目すらない。
――まさしく、人型のクリーチャーという不気味さを帯びた姿だ。
しかし! 今のトリニティにとって、唯一無二の「ヒーローの証」でもあった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
トリニティとセーメンティス。
2人は足並みを揃え、危険地帯と化した商店街の中に踏み入れる。
第二みもみじ商店街の大路はゆるやかなS字をとっている。
一歩、また一歩と進むごとに、火炎の熱気がうねりながら2人の前方より迫ってくる。
「俺のそばから離れるなよ」
トリニティは片手を振り、セーメンティスがいることを確認する。
手に、彼のみぞおちほどの背丈のセーメンティスがしがみつく。
ついに、2人の視界へ炎の迸りがあらわれる!
同時に、炎を起こした元凶であろう姿も。
デカいヒツジ!
トリニティが聞いた、証言通りの見た目の生き物が、炎の光景と並んで4本足で立っている。
もっとも、その外見的特徴は家畜としてのヒツジと大きく異なる。
天を衝かんばかりの巨大な一本角を生やし、黒より暗い体毛におおわれている。
「ああー! セーメンティスラ! どぉこ行ってたんラ?」
巨大ヒツジは場違いなのんきさで、2人に声をかけてくる。
見ると前脚の蹄らしき器官の先に、焼け焦げた物体を挟んでもっている。
「セーメンティス、知ってるのか?」
「……ホ・テル。マ・ラの仲間。セーが、自由なるまで、一緒にいた」
セーメンティスがばつの悪い表情で答える。
ホ・テルなる巨大ヒツジの発言と併せて、ここでヤツと出会いたくなかったという感情がうかがえた。
「なぁ、聞いてくれんラ? マ・ラさまが久々ぁにウシをご所望されてラ。捕まえに来たんラ、けどどぉこにもいないんラよ。代わりに、うまそうな肉がたぁんと並んでラから、腹ぁ減っちまって。ちょっとぉ火加減を間違えたんラよ。メヘッ!」
ホ・テルはごうごうと燃える火災の炎と対照的、のんびりとした口調で事情を話す。
人間には理解しがたい内容だった。
後継生物の言動が支離滅裂であることは、今に始まったことではないが。
発言が、トリニティの昂りをさらに焚き付けることも、ホ・テルは意図していないだろう。
「そんなことで燃やしたのか。俺のッ…………いや。もういい。お前らと感情を交わしても意味がない。俺はお前を、いつでも殺せる」
憤怒が黒煙同様、もくもくと立ち上がりながらも、トリニティはかつてない平静さを保っている。
催促するようにセーメンティスが点滅し、トリニティの両腕に肉色の大剣を出現させる。
「そして、もうすぐ消防が来る。……それまで俺はお前を殴る」
「なんラってぇ!」
「てめえの血で償うんだよ、あんころ野郎ッ!」
トリニティの大剣が巨大な拳へと変形。
真っ黒いモコモコの生き物に振りかざす。
不意打ちの鉄拳制裁は、ぶち当たったホ・テルをミサイルのごとき速さで吹き飛ばした――ッ!




