第16話 雌雄決意
11月を迎えた。
トリニティは、それまでに2体、月初めに1体――合計3体の後継生物を殺害。
いずれもコミュニケーションを取る時間も与えず、発見しだい斬り殺した。
3体目、齧歯目ビーバー科ビーバー属。
さしずめビーバー由来の後継生物を、打倒して数日の、とある夕方。
トリニティの食卓には毎回、ビーバーのジビエ臭い肉料理が上り、彼もそろそろ食事をとることにうんざりしてきた。
「――アルウゥス、どうしてるかな」
「急に、どうした、の?」
トリニティと向き合って食卓につく、赤褐色の肌をしたセーメンティスは訝しむ顔で訊ねる。
食が進まないトリニティに対して、セーメンティスは料理をつぎつぎ口へ運んだ。
ビーバーのカレー粉炒め。
セーメンティスが悪食であるだけで、市販の香辛料程度でジビエ肉がどうにかなっているはずはなかった。
トリニティは皿2分目にしてすでに食器を置いている。
「ここ最近、町に出てくる後継生物が多い気がする。俺が遭遇しただけで、5体……人目がない場所も考えると、もっといるはずだろ。何か知ってるんじゃないか?」
「特別なことは、ない。マ・ラが、仔ども、作ってるだけ」
「勘違いするなよ? 5体って言ったのにはセーメンティスも当然入ってる」
トリニティの容赦ない言葉を聞いて、セーメンティスは口をつぐむ。
「それに、万が一マ・ラに目的ってのがあって、セーメンティスが知らないとしても……1つだけ、お前が絶対に知ってることがあるだろ」
トリニティはじれったい言い方で牽制する。
これまで、散々はぐらかされてきた故の、強調だ。
「お前たちの行動に、大学から盗んだ化石骨は関係してるのか?」
彼のその質問を聞き、食事の手を止めるセーメンティス。
顔に仏頂面を貼りつける。
「……本当に、わからない。でもセーは、マ・ラと約束して、『自由』になった。あのホネを、手に入れたら、ゲノム、採取する。だから、今のセーは、『自由』」
「それは、要するにマ・ラの目的のため手伝いはしたが、目的の詳細は知らないって意味か?」
トリニティが簡単に言い換えて問い直す。
セーメンティスはおずおず首肯する。
「なんで、お前は『自由』になりたかったんだ。『自由』ってのは、家族を作ることと真反対の望みだろ?」
「反対じゃない! 『自由』、だから、家族になれる。『自由』じゃ、なかったら、ひとりぼっち……」
いっとき感情的になったセーメンティスの声が、最後には消え入る。
トリニティは思い返す。
巨大バエのマジモスから記憶を流し込まれた際、1つ目に見た光景を。
(アルウゥスは人体実験にあっていた。なら、セーメンティスも当然、そうか。いや……こいつの力を考えたら、もっと……)
それより先の考察は、妄想の域に踏み入ってしまうため、トリニティは思い留まる。
セーメンティスの主張が、彼自身の経験に根差していることは明白だった。
「セーメンティス、その『自由』は、『好きにする』ってのと、ホントに一緒か?」
だからこそ、トリニティは問い直す。
今、セーメンティスの行動原理の根底にあるものが、願望か、過去への清算か、と。
「わからない。わからない! 気持ちは、遺伝子じゃない。セーは、操れない。いらないもの!」
「そうか……けど俺にはわかる、少しだけな。俺も家族が欲しかった。ガキみたいだけどさ……セーメンティスに『家族になって』って言われて、ちょっと嬉しかった」
「トリニティは、ひとりぼっちじゃない」
「ひとりぼっちだよ。俺は親もいない、捨て子だからな」
マスクをかぶったままトリニティが打ち明ける。
一度、彼の歩み寄りを拒もうとしたセーメンティスは、思いもよらなかった告白に息をのんだ。
「すて、ご?」
――セーメンティスは踏み込んで訊ねなかったが。
トリニティの告白は、彼が扮した『商店戦士トリニティ』の設定などではない。
まごうことなき「彼自身」に起こった事実だった。
「商店街はさ、こんな得体の知れない捨て子を拾って、誰となく親代わりになって、育ててくれた。だから俺はここまでやって来れた。……それでも、ひとりぼっちではあった。それで、俺はヒーローになろうと思ったんだ」
「意味が、わからない」
「ヒーローってのは、誰も分け隔てなく守らなきゃいけない。ひとり、って『自由』を捨てることにもなる。けど、それは『みんなと家族』になるってことと、同じなんだよ」
「そんなこと、セーは、思いつかない……求めてくれる人、家族って、思ってた」
「一緒だろ。俺はトリニティを、お前はマジカルパウアーを、求める人へ示し続ける。俺にとってそいつがヒーローで、ヒーローになればみんなと家族! それで良くないか?」
トリニティは底抜けに明るい声で、セーメンティスへ語りかける。
「……ごめん。セーは、まだ、考えてる。わからない」
「別にいいよ。好きにすればいい。『自由』なんだろ、セーは?」
「セーの、真似しない、で!」
意趣返しのようにトリニティが言うと、セーメンティスは不満げに返事する。
けれども険悪さはまったくない。
そのとき、2人の間には絆と呼ぶべき、心の通路が生まれていた。
絆が、「家族になった証」なのかはわからかったが。
「あーあ。結局、化石骨についてはわからずじまいか」
「でも、戦い続けていれば、わかる。いつか」
セーメンティスの根拠もないなぐさめ。
トリニティは鼻を鳴らして笑う。
食後、セーメンティスは「最後の栄養剤」と称する注射器を取り出す。
これまでのものと形状が異なり、容器内部は見えない構造で、針もやや太い。
「これ注射したら、アルウゥスのカサブタ、マジカルパウアーに完全なじむ。セーが、力使っても細胞死なない」
「ああ。わかった」
疑う余地なく、トリニティは上着をまくり上げ、注射器の針を受け入れる。
そして、腹部のアルウゥスのカサブタ――今は、元の色とセーメンティスの体色とが混ざり合っている――へ、針が入った。
トリニティの筋肉が強張る。
また、清栗駅の戦いと同様に、腹部へ強い刺激が走る。
「トリニティ。セーの、家族になってくれて、ありがと」
セーメンティスがたどたどしく礼を言う。
何事かと、トリニティは落ち着かない気持ちになる。
すると、トリニティの鶏冠にとあるアイディアが閃いた。
「……前に、お前らの性別がどうのって話したよな? 思いついた。約束しろ、セーメンティス! 俺が、全部の後継生物を片づけたら、お前はメスになれ!」
セーメンティス以外の、一般人が聞けば関わり合いを断とうとされる発言を、堂々と口にするトリニティ。
地球単位の常識もすこし持ち合わせたセーメンティスも、思わず失笑する。
「全部……セーも、後継生物」
「いいや! マジカルパウアーが使えなくなれば、お前はただの『フツーの女の子』になる。そうすりゃ、俺はお前を何があっても守る。家族としてな」
「それまでは、家族じゃない? セーの手、とったのに」
トリニティの提案は、窮地を救ったセーメンティスの願いを反故にするものでしかなかった。
当然、彼は理解している。
その上で――反感を買うおそれがあるとしても、伝えるべきだと判断したのだ。
「悪い。……でも、仲間だ! 家族になるまで期限付きの、だ。俺は……お前と、家族になりたいと思ってる! だから、頼む!」
「……わかった」
セーメンティスは不満を顔ににじませながらも、最後は言葉を了承した。
交渉は円満解決と言えずとも、穏当に済んだ。
とはいえ、やりとりを終えたトリニティは自身の行いが、ドラマにありがちな結婚詐欺の手口のようだと気づき、深く反省していた。




