第14話 食えない少……女?
虚幌須市は、双成町清栗駅北口。
同日、後継生物による襲撃事件があった。
しかし、市に務める警察官たちの臨機応変な対応によって、日没までに事件現場はもとの平和を取り戻していた。
学生と社会人の帰宅ラッシュがすぐにも、そこへ代わり映えしない混雑を生み出す。
皆一様に事件のことを口にしながら、痕跡がないからと、かつての現場の上を平然と歩いていく。
現場から徒歩すぐ、外観の綺麗なアパート。
外観同様に綺麗だが、味気ないバスルームでは1人、青年がシャワーを浴びる。
細身の長身は筋肉をまとい、デコボコしている。
泡立ったボディソープが入念に体へすり込まれる。
彼はくもった鏡を手でぬぐう。
泡がすこし鏡に移る。
同時に映し出された、傷ひとつないやや血色悪い首から上。
それと対照的に、傷だらけの胴体。
また腹部には異なる肉の色をしたカサブタが、じゅくじゅくと水気をはらんで腫れている。
「――トリニティ。セーも、お風呂入る、したい」
「ああ。今あがる。ちょっと待て」
バスルームの外から子どもの声。
青年は声に応じ、ボディソープを洗い流す。
同じ要領で『商店戦士トリニティ』の鶏マスクも洗浄し、全裸の頭へ装着。
青年……ではなくトリニティは、出入口のすりガラスに目を遣った。
人影がある。
そのぼやけたシルエットは、茶色と赤褐色と、白色をしている。
「おいッ、なんでもう脱いでんだ! 俺が出てからにしろよ!」
とっさに青年が怒鳴る。
すりガラスの戸の先にいる、バスタオル姿と思しき影への叱責のつもりだった。
青年の意に反して、肉付きのいい影はバスタオルを羽のように広げたり閉じたりして、挑発的なしぐさをとる。
「トリニティ、恥ずかしい? クスクス。セーは、まだ子ども、なのに」
「ああ、そうかよ。宇宙人にデリカシーを求めた俺がバカだった」
声に茶化され、いらいらしながらトリニティがバスルームから出る。
戸のすぐ外で、やはりバスタオル1枚のみの格好をした赤褐色の子どもと、目が合う。
「……トリニティは、なぜ、かぶり物してる? ここは、お風呂」
「うるせえ、これは素顔だ」
トリニティは声に耳をふさぐ。
足元のかごにかけたバスタオルを手に取り、体の水気を取りながら、声の相手の横を通り過ぎようとした。
――が、目が!
不本意ながら、少女の肢体にしがみつこうとするッ!
赤褐色の肌をした宇宙人。
もとい、後継生物の少女セーメンティス。
キャップを脱いだ茶色のミディアムヘアには、オタマジャクシを模した白い髪飾りが左右に2つ、ツインテールのようにぶら下がっている。
彼女は胸から下をバスタオルでおおっているが、巨大な尻のお陰でボディラインが浮き上がって見える。
また、その胸は胴とわずかな段差を生じ、俗に言うぽっちゃりした体型ながら骨盤によるくびれは女性的魅力に富んでいる。
極め付きは下腹部の盛り上がり。
見事なテントを張って――、
「ん?」
思わず、トリニティは少女のバスタオルを下からぴろっとめくってしまった。
「なぜめくる?」
「悪い。なんかついてるな、と」
「セーは、まだオスだから。ついてて、トーゼン」
少女の顔をして、セーメンティスが言う。
股ぐらの出っ張りがぴくぴくしている。
トリニティの思考はフリーズした。
「こんなこと、したら……メスになって、も、トリニティは、好きになってあげない、よ?」
「あー……ダメだ。睾丸力だの、マジカルパウアーだのはギリ理解できたが、これはわからん」
「それも、関係ある。お風呂上がったら、セーの、カラダのこと教えてあげる、ね」
セーメンティスは板についた挑発的な口ぶりで約束をする。
それを聞いてトリニティは、ただ疲労めいた感覚のみを覚えていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「どこまで、アルウゥスから、聞いた?」
「えっと……お前らの惑星の人類は、精子ん中に睾丸力って物質をもってて。こいつを脳に入れたら、マジカルパウアーが使えるようになったと。なんつう話だ……」
この世界の狂い様に、振り返りながら自身でツッコミを入れてしまうトリニティ。
「んで、最初にマ・ラが生まれて、マ・ラの力で他の生き物との間に生まれたのが――」
「そう、セーたち、後継生物」
リビングにて。
パジャマ姿に、鶏マスクをかぶったトリニティ。
そして彼のパジャマを借りたセーメンティス。
2人が対面しているのは、2人掛けの質素なダイニングテーブル。
しかしながら常人離れした彼らが座ると、途端にテーブルは聖域のごとき特別感をかもし出した。
「後継生物は、置いといて。セーたち(の人類種)は、オスで産まれて、20年くらいする、と、メスになる」
セーメンティスは親切さなど持ち合わせず、ただ淡々とそう告げる。
こいつは何を言っている?
トリニティは鶏マスクの下でそういう顔になる。
会話が始まった以上、口にすることはしなかったが。
「地球人は、オスかメス、産まれる前に決まってる。セーたちと、根っこからちがう」
「なる、ほど……お前らは性別が変わる人類、ってか。考えもしなかったな」
トリニティはまたセーメンティスにからかわれまいと、迅速に理解したという態度を示す。
性別が変わる人類。
学術的には、「雄性先熟の性転換を行うヒト」とでも呼べばよいだろうか。
だからセーメンティスは少女の見た目をしながら、実際は「まだオス」であり、下腹部にそのあかしが今も確かにぶら下がっているのだ!
「トリニティは、勘違いしてる。マジカルパウアー、使うには、精子の頭分解する……『無頭症』という、それが必要。脳にある睾丸力は、『無頭症』起きた、感知してマジカルパウアーの物質出す」
「急になんの話だ……何が言いたい?」
「マジカルパウアーは、オスしか使えない。だから、セーもアルウゥスも、オス」
彼女……否、まだ彼ということか。
彼の発言に、トリニティは愕然とする。
トリニティのお下がりのパジャマは、セーメンティスにとってサイズが2回りも大きかった。
ダボダボの服を着た見た目は、土偶的色彩ではあるが西洋人形のように愛らしい。
――だが、オスだ。
その具を検めたトリニティすらも、いまだに信じられなかったが。
「まあ、オスなのは、わかった……けど、いずれメスになるってことはさ、セーメンティスたちは将来的にマジカルパウアーが使えなくなるのか?」
「わからない。前例がない、から。マ・ラのマジカルパウアーは、産まれる仔、必ずオスにする。でも、(後天的に)メスになる、ならない、わからない」
「じゃあ、もしオスのままだったら、死ぬまでマジカルパウアーは使えるのか」
トリニティが問いかける。
セーメンティスは静かにうなずきを返す。
トリニティは唸った。
「セーたち(の人類種)が、メスになる、理由……お腹の『キャンティマ』が、オスからメスに、なるから。キャンティマは、精子も卵も作る。今も。だから、わからない」
「キャンティマ……」
意味不明な名称を口にしたそのとき、短くトリニティの腹がきゅうと鳴き声を上げる。
空腹のサインだろう。
頭を使いすぎたためだ。
それに、気がつけば時刻はとうに20時を過ぎていた。
「お腹、空いた、でしょ? セーが、ごはん作ってあげる。セーは、ごはんうまいから」
「いや……ああ。ありがとう。キッチンなら好きに使っていい」
(宇宙人が作ったもんなんか食えるか! なんて、な。もう言えねえよな)
諦めと安心のない交ぜになった感情で、トリニティはセーメンティスの背を見送った。
それからおよそ、30分がたったころ。
着の身着のままで、料理の乗った大皿をもってセーメンティスがキッチンから帰ってきた。
「おまたせ。ボーボードリ、だよ」
「おい……なんだこの肉は? 冷蔵庫に肉なんて入ってなかっただろ。どこから持って……」
食卓に、大皿の料理が運ばれる。
ごまだれのかかった白い肉と、電子レンジで解凍した白ご飯だ。
事情を知らなければ、やや量に不足感がある、平凡な食事といった風情をしている。
トリニティの頭にはとある憶測が浮かんだ。
それと同時に、動揺から首筋に明らかな冷や汗をかき、声を荒らげた。
「今日の、収獲」
「俺は猟師になったおぼえはない……まさか、な。ハハ、あのクジャクなんてことは」
トリニティは、にこにこのセーメンティスと目を合わせる。
……血の色を知っている目だ。




