第10話 小さきヒーローの迷い
虚幌須市は、妊婦の下腹部にあたる双成町。
隣接する厘月町の3分の1というひかえめな広さをしている。
だが、そんな中にさまざまな施設をも抱える。
中学校・高校が計四つ。
主要道路に立ち並ぶ高層オフィスビル群。
さらには、市内最大規模の歓楽街。
まさに混沌とした町だ。
ある日の、夜闇が立ちこめた20時。
双成町南西の第二みもみじ商店街。
大路は、買い物目的の中高年層から、部活帰りの中高生を主とする若年層まで、まだら模様の人混みが形成されていた。
これから少しずつ若年層が姿を消し、夜の活気へと化粧直しする。
「いらっしゃい!」
商店街の端、くたびれた店にて。
雰囲気にそぐわない溌剌とした声で、店員があいさつする。
鶏マスクをかぶり、無地のポロシャツを着ている。
そんな人間は『商店戦士トリニティ』の他にいない。
だが、身長や体格は本人と同じものの、傍目にはコスプレイヤーか、本物の変態かを見分けることはできなかった。
「注文はスマホからたのむ。突き出しは柿ピーならタダ、普通のやつなら500円かかるが俺のオリジナルコースターも付くぞ。どっちにする?」
「あっ、え、じゃあ柿ピーで……」
トリニティらしき店員は、一見客相手に、こういうキャラだからと粗い言葉遣いで注文方法を説明する。
店は、カウンター席4つにテーブル席1つの小ぢんまりした居酒屋だ。
地元の客が騒がしくする日もあるが、ほとんど落ち着いている。
「あの、つかぬことを訊いても……この店は、どういうコンセプトなんですか?」
客が問いかける。
遠方から来て、趣きある店の佇まいに惹かかれて入ったのに。
出迎えてくれたのが小粋なマスターでも、クセのある古ダヌキでも、可憐な女主人でもなく。
鶏マスクの変態……というのだ。
賛否云々にかかわらず事情の一つも訊きたくなる。
「フツーの居酒屋だが?」
鶏マスクの常識的な回答が、一見客をますます混乱させてしまう。
「にいちゃん! 安心しな。この子は町の平和を守るヒーローってヤツでさ!」
しゃがれ声。
どこからッ? と、一見客がびっくり顔を向ける。
奥のカウンター席に2人、先客のオッサンが並んで座っている。
声の主はその1人、メンデルの法則を思い出させるシワシワでずんぐりむっくりした初老男性・阿部だ。
「『トリノニツケ』つって、商店街の見廻りしてくれたり、色んな店を手伝ってくれたりしてるんだ。本当にいい子でさあ」
「阿部さん、違いますよ。トリニティです」
「そうそう、トリニテー!」
先走りやすい性質の阿部に、隣から身なりのいい細身の中年男性・林が口をはさむ。
林は阿部と、歳の離れた飲み友だちだった。
一見客はへえと薄ら笑いし、注文の品をもって来たトリニティを一瞥した。
「そういえばエンジクン、今はいくつバイトしてるんだっけ?」
「林さん、今はトリニティで……」
「ごめんごめん。わかってるって。おじさんだから、その呼び方ちょっと恥ずかしくてさ」
林が声をかけるも、トリニティは気まずそうに指摘を返す。
林は飲み干したビールジョッキの縁を指でつつきながら弁明した。
「えっとー、今日は居酒屋と魚屋で。他は駅のプリン屋と、第一(商店街)のケータイショップの隣のラーメン屋、それと金物屋のじっちゃんが集めた秘蔵VHS倉庫2棟の掃除と……」
「オーケー、オーケー! 充分わかった。あと、最後のはよそで言ったらダメだよ」
金物屋の店主の体面に関わると、あわてて林がトリニティの言葉を制止する。
「でもさ、働きすぎは体に毒だと思うよ、俺は!」
赤ら顔をした阿部がふたたび口を開く。
「まだオヤジさんも元気だし、トリニテーだって若いんだから。おカネ貯めて欲しいものがあるにしても、何も急ぐことはないよ。時間をかけられるってのが若さの特権なんだ」
トリニティに対する物言いに、耳をそばだてた一見客もそうだよなぁと同意してうなずいている。
「それに、仕事なんて死ぬまでやることになるんだから」
「いや死ぬまでは仕事させる気なんですねッ! リタイア組だからって調子のって……」
「ガハハ! 何なら一緒に死んでやるぞ。それまで俺らのために頑張れ、若人!」
ツッコミを入れた林の肩を、高笑いして阿部が撫でさする。
阿部は今年の春、転んで利き手の骨を折ってしまい、40年近く続けてきた中華料理店を畳んだ。
トリニティも本人、店ともに長い付き合いがあり、彼の複雑な心境も理解していた。
冷酒の入ったぐい吞みを、つたない手つきで口まで運ぶ阿部の姿は、陽気な老人と痛ましい高齢者のいずれにも映る。
トリニティの知る、元気に鍋を振っていた彼はもういない。
「……粧町に、4つ目の(みもみじ)商店街をつくる計画があるだろ? いま稼いでる分は、その資金に充ててる。オヤジにも許可は取ってるし」
トリニティは、子どもが言い訳するようなたどたどしさで説明する。
「俺が欲しいものは、カネですぐ買えるようなものじゃない。仕事も、手段じゃない。なんつうか……無理はしてないよ。俺はヒーローやってるだけだ。――って、説明になってないか!」
マスクの下で勝手に赤恥をかいたと思い、笑ってごまかそうとするトリニティ。
他の3人はいずれも口元だけ笑わせ、彼のようすを眺め続けた。
深夜となり、居酒屋アルバイトを終えて帰路につくトリニティ。
夜道に自転車を駆る。
(ヒーローやってるだけ……だから俺は、やっぱ、アルウゥスのやり方は許せない。『後継生物』は町の人の脅威にしかならない! それを保護だの繁殖だのさせるなんざ……言語道断だッ!)
彼の、気がかりになっていたもの。
後継生物と戦うための力「マジカルパウアー」をもつアルウゥスを、拒んで本当によかったのか、という迷い。
今のトリニティには、脅威たる後継生物と戦う手段も、実力もない。
だから、たとえ信用に値しない存在と手を組むことになるとしても。
詭弁を弄してでも。
彼はアルウゥスの持つような力に頼らなければならなかった。
そうでなければ無力な……小さき幻想だ。
しかし! もう後悔しない。
無力なままでも、住民の安心の象徴になればいいと、彼は決心する。
象徴として、後継生物を倒し、町を守ってゆけばいいと。
そう、決めたのだ!
(今は、俺なりの戦い方を考えよう)
トリニティは、双成町中央の鉄道駅、その北口に面するアパートの1室に到着する。
彼の自宅だ。
もっとも、男の1人暮らしにしては広すぎる1LDK。
居間のクローゼットから、金属バットを手に取る。
草野球チームから練習用にとプレゼントされた品だ。
傷はまだ少ない。
「とりあえず素振りしとくか……」
考え足らずの鶏頭をして、変態は外灯だけが明るい夜闇へとふたたび繰り出した。




