第9話★ 正義のために
(どうする……俺ッ!?)
動けないトリニティ。
そのとき胸元から、突如何かが飛び出した!
――意匠のはずの腕だ。
2本の肉色をした腕は、ミセ・ヤリの両前脚へと絡みつき、手で掴まえ、動きを封じようとする。
「……おや。何のマネかね?」
拍子抜けするミセ・ヤリ。
みじかい時間、からだをピンクに光らせマジカルパウアーを行使する。
直後、トリニティから伸びた2本の腕の片方が萎縮し、ミセ・ヤリの足首を掴まえる握力を失う。
もう一方も同じように縮められ、拘束が完全に解けてしまった。
「アルウゥス、ムダなことはするなッ!」
「ぼ、ボクじゃないよ! マジモスが……」
意表を突く拘束がアルウゥスによるものだと思い、叱責したトリニティ。
だが、本人によって否定され混乱する。
アルウゥスいわく、マジモスもその意思によってマジカルパウアーを行使することができるらしい。「マ、マジモス?」
それでも理解しがたい。
先の行動には何の意味が?
単なる無策か。予想通り、意表を突いたものか。それとも――、
「どうして、(トリニティの)両腕を同時に小さくしなかったんだろ? ……そうだ、さっきの砂粒もヘンだよ。もしそうならッ」
アルウゥスがぶつぶつ独り言にふけったかと思うと、卒然大声でトリニティに呼びかける。
「わかったよ! ミセ・ヤリは一度に一つのものしか大きさを変えられないんだッ!」
「なッ……」
真実を暴かれたミセ・ヤリが動揺の色を見せる。
「なるほどな。ってか、マジカルパウアーの内容知ってて、なんでそれ知らなかったんだよ!」
「力を使ってるのは初めて見たから……ごめん!」
「まあいい。それなら、子どもに手を出す前に――数でぶちのめすッ!」
トリニティの迷いを払った言葉を聞き、歓喜するように頭のマジモス部分が輝きはじめた。
無数の触手が、トリニティの体正面に生える。
シルエットはイソギンチャクだ。
しかし、触手の先端には固く握りしめた拳が形成され、内部には強力なパンチをうむ筋肉が詰まっている。
トリニティが走り出す。
2度目の肉迫!
抵抗のためミセ・ヤリが足元の砂を蹴り上げ、「巨大化した」砂粒を飛ばす。
――けれども1粒だけ。
それはどんどん大きくなる。
トリニティの身長を超え、乗用車ほどまで達する。
「ヒヒイィン、潰れろぉ人間――ッ!」
ミセ・ヤリのいななき。
トリニティに避ける隙などない。
これで――、
ドンッッ!
衝突音。ダイナマイトが炸裂でもしたか。
違う、乗用車大の砂粒が、アルウゥス色の肉塊とぶつかったのだ。
肉は脆いはず。
しかし出現したそれは、スロープのような傾斜を利用して、巨大物と正面衝突をするのではなく上方へと滑らせ、空高く打ち上げていたッ!
「終わりだ、ミセ・ヤリ」
トリニティが告げる。
次に繰り出されるのは、無数の拳によるパンチ。
鞭打ちに近い殴打。慈悲なき制裁。
鉄拳は、はじめアルウゥスの細くか弱い腕をコピーした非力なものだった。
ミセ・ヤリも応戦しようと、触れた触手を手当たりしだい小さくして無力化していた。
時間が進むと、マジモスが新たに生成した肉片を触手に貼り付け、バウムクーヘンの要領で、大きく硬く強く成長させた。
雨と降るパンチがミセ・ヤリの体を破壊せんと突く――。
ついにはミセ・ヤリが意識混濁し、マジカルパウアーを使えなくなる。
ミセ・ヤリは血みどろになっていた。
だが、関係ない。
闘争心を折れていないのではないかと、トリニティは一方的に殴り続けた。
「――めて」アルウゥスがうわ言のように漏らす。
「もうやめてッッ!」
髪を振り乱してアルウゥスが叫んだ。
燦と光り輝く。
すると、トリニティをおおっていた無数の触手が、ミセ・ヤリへの猛襲とともに消失したのだ。
一瞬にして。
トリニティはまったく理解が追いつかない。
能力を解除した……?
言わずもがな出血多量で、からだ全体を腫れ上がらせるミセ・ヤリも思考停止を余儀なくされる。
だが、わずかコンマ数秒の間に、動物的本能が彼を突き動かした。
――今がチャンスだ!
ミセ・ヤリが魂のいななきを上げ、目前のトリニティへ頭突きをする。
吹き飛ばした。
「……ぅあ? ……な、にが、起こって」
無警戒だったトリニティ。
地面に倒れ、甘い脳揺れに浮遊感を覚える。
そう、巨大ウマに頭突きされたのだ。
ヤツの大きさは約3メートル、体重も車ほどあるだろう。……よく死ななかったものだ。
「そう、じゃないッ、俺は!」
トリニティはヤツ――ミセ・ヤリに、トドメを刺し損ねたと思い出す。
痛みにしびれるからだを無理やりに起こした。
――ああ、最悪の光景だ。
目のレンズがそれをとらえるや否や、直感するように言葉がトリニティの思考をよぎる。
ミセ・ヤリが、元のサイズに戻した女児の服をくわえてトリニティに見せつけているのだ。
「フーッ! フーッ! さて、ここからどうする? ニンゲンッ!」
「その子をはなせ、ミセ・ヤリ……何もしないでくれ!」
人間の弱さをにじませながらトリニティが切願する。
意外にも、ミセ・ヤリは願いに応じた。
「フフフ、憐れだな。それでいて凶暴ときている。……オレサマはキサマのような獣とは違う、暴力で制圧などしないさ。子どもも好きなんでね」
ミセ・ヤリは女児を口から放す。
解放された女児は泣いている上にさらに号泣を重ね、公園の外へと走り去る。
公園の植栽と歩道との陰から、身を隠していた女児の母親があらわれる。
2人は抱き合う。
公園にいる得体の知れない集団から、ただちに遠ざかっていく。
「――オレサマは、お前に触れた! 動けばただでは済まないぜ?」
血と挫傷にまみれたミセ・ヤリだが、途方もない余裕をかもし出している。
トリニティはもう、その場から動かない。動くことができない。
闘志も反骨心も失せてしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
巨大ウマの後継生物、ミセ・ヤリは堂々と、厘月いんせき公園を後にする。
マジカルパウアーによって巨大化されたいくつかの砂粒はそのままだ。
元から公園のオブジェとして存在したジャガイモ的隕石と合わせ、今後は隕石群として見なされるだろう。
元の、鶏を模したマスクへ戻ったトリニティが立ち尽くす。
そばに、意気消沈したアルウゥスとマジモスもいる。
敗者の集いだ。
ただし、3者のいずれにも目立った外傷は見当たらない。
「なぜ俺の攻撃を止めた? ミセ・ヤリがもっと人間と敵対的だったら、子どもが、殺されてたかもしれないんだぞ。なあ、アルウゥス」
「……止めなかったら、ミセ・ヤリの方が死んじゃうと思ったから」
「はあ?」
トリニティは、アルウゥスの先の行為は判断ミスだと受け止め、これについて反省をうながす姿勢だった。
――当人の弁明を聞くまでは。
トリニティには信じられないものが、正面から返ってきたのだ。
「何言ってんだ。後継生物を『ぶっ倒して』、人間を守るのがお前の役目なんだろ?」
「ボク、『倒す』なんて一言も言ってない! 後継生物もボクにとって大切で、守る対象なんだ。兄弟だから。人間と、お互いに傷つけ合うことがないよう後継生物を『保護する』――それがボクの使命だよ」
アルウゥスは真剣な表情で、事実を包み隠さず述べる。
「……そうか。ああ、そうかよ。お前にしたら、俺が勝手に……殺そうとした、悪役なんだな」
「ちがッ――」
「地球を守りたい? マ・ラが遺伝子撹乱をしてる? 思えば、いかにも侵略者らしい他責的な言いわけだよな。元はと言えば、お前らが断りもなく地球に来て、マ・ラを逃がしたせいなのに。……どうせ、マ・ラに裏切られなくても後継生物は、いずれ地球を都合よく利用するつもりだったんだろッ!」
トリニティは声を荒らげる。
だが、これまでの凄んだ雰囲気はなく、純粋な怒りがあふれ出したような形だ。
「俺にとって、後継生物は等しく侵略者だ。絶対にこの町、いや地球から排除する!」
「ま、待って、お願い! まだボクたちは答えが出てないだけなの。今、地球にいられなくなったらボクたちは……。トリニティ、ボクを、信じて!」
「うるせえ」
切羽詰まったようすのアルウゥスを、トリニティは冷え冷えした声音で制する。
「助けられた恩もある。だから、今日はもう戦わない。……次は殺す、いいな」
それから口をつぐんだトリニティは、アルウゥスに背を向けた。
真っ赤な髪に真っ赤な肌の宇宙人が――愛する虚幌須市民と、何ひとつ変わらない涙を目に浮かべていると知って。
アルウゥスは、浮遊する巨大バエのマジモスを抱きしめる。
ゆっくりと、トリニティのいる荒らされた公園の外へと歩き出す。
「……ありがとね、トリニティ。バイバイ」
アルウゥスは最後に微笑みを浮かべ、ふたたびトリニティと地球の「敵」へと、戻っていった。




