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嫌な予感

 王都の噂は日に日に強まっていき、村の人たちも落ち着かないのか、どこかそわそわしている。

 井戸端会議のおばちゃんたちも、いつもより声が一段階大きい。

「物価が上がるかもしれない」とか、「また税が変わるのか」とか、そんな話題ばかり。

 小麦を買い付けている商店のおじさんは、いつにも増して気難しくなった。

 時折り村に来る商人ディードは、王都がざわついていることを話してくれた。でも、さすがに王族や貴族の云々はわからない。せいぜい、王都の警備が厳しくなったとか、どこそこの貴族が捕まったらしいとか、その程度だ。

 地方の小さな村には、直越的な変化は起こっていない。けれど、なんとなく空気が張りつめている。


 そして、この状況に関わっているであろう王子様。

 先日の側近事件は、どうやら噂になっていない。王都の噂のおかげだと思う。あとは、すぐに家に入ってもらったのも、目撃者を出さずに済んだのだと思う。グッジョブ、私。

 リアムは、相変わらず生活能力は残念だけど、彼の態度には迷いが少なくなった。

 薪割りはまだ下手だし、掃除も壊滅的だけど、動きが前より落ち着いている。

 心が決まった人間って、こういう風に見えるのかもしれない。

 覚悟を持つと、表情まで変わるものなんだろうか。

 私は、ふと買い物籠を持って前を歩くリアムの背中を見る。


 ――なんか、嵐の前って感じだなぁ。


 いやいやいや。

 嫌な予感しかしない。

 私はただ平和にパンを焼いて暮らしたいだけなんですけど。

 なのに、なにこの空気。

 フラグ? これ絶対フラグだよね?


 ――ただ、もしも……もしもの話だ。

 もしも、ここが本当に乙女ゲームなるものだとして。私がヒロインポジションだとしてだ。

 もしも、リアムがヒーローポジションだったとして。

 全力で逃げた私は、彼の人生に少なからず影響を与えたのではないだろうか。

 馬鹿馬鹿しいとも思う。

 どれだけ自意識過剰だよ、とも思う。

 私は、この世界のことを知らない。起きたらピンク髪だっただけだ。誰かをどうしようとか、そんなこと思っていなかった。状況判断で動いてきただけだ。私が何かをしたことで、あるいは何もしなかったことで、誰かの人生を大きく変えることなんて、きっとない。

 けれど、彼が“王子”であるとわかった時から――いや、彼が自己嫌悪を告白してから、そんな気がしてならなかった。

 

「――でも、私は私を生きたい」


 風に拐われるくらいの声で、ぽつりとつぶやく。

 ふと空を見上げると、痛いほど澄み切った青が目に映る。

 それは、リアムの瞳の色のようで――


 その瞬間、視界の端を妙な影が横切ったような気がして、私は反射的にそちらを見た。

 気のせいかな?

 ため息をひとつついたところで、リアムがこちらを振り返る。


「……ミア、疲れてないか?」


「うん、とりあえず前見て歩いて。台車にぶつかるよ」


 ガタン、と軽い衝突音。

 リアムは苦笑いしながら頭をかいた。

 嵐の前でも、リアムはリアムだ。

 それがなんだか、救いみたいに思えた。

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