変わってきた?
夕食のあとはお風呂に入って一休みが、私の寝る前の日課だ。
なんと、この世界にはお風呂があるのだ。日本人に優しい。中世ヨーロッパって、お風呂文化ないよね? やっぱり、乙女ゲームの世界かな。変なところで都合が良い。
ちなみに、上下水道が通っている。すごい。中世のヨーロッパにはなかったはずだ。ここらへんは古代ローマかな? ガスはない。電気もない。お風呂を入れるには薪。直火。小さい頃は、アパートに大きな浴場があって、管理人さんがしっかり管理していた。今思えば、やっぱりあのアパート、けっこういいお値段のお家だったんじゃないか?
電気もガスもないので、灯りは蝋燭だ。ランタンに入れた柔らかな蝋燭の灯りの元で、熱々のお茶を飲んでぼーっとする。至福の時だ。
最初は部屋に篭っていたリアムも、ここ1ヶ月くらいはリビングにいることが多くなった。
リビングにいる彼は、お客さんがくれたオルゴールを見つめていたり、ランプの灯を見つめていたり、虚空を見つめていたり、ぼーっとしていたり……つまり、会話はない。
「……ミア」
会話はない――が、今日はあった。
しかも、リアムから話しかけてきた。
驚いてむせたのは、普通の反応だろう。
苦しさに顔を顰めながら視線を上げると、リアムがしょんぼりしていた。
――傷つきやすい青年だ。
「……ごめん」
謝られた。そんなに怖い顔をしていただろうか。
「怒ってないよ。びっくりしただけ。どうしたの?」
「だが、むせていた。すまない」
――真面目か。
「わかった。大丈夫だよ」
リアムはちょっと息を吐いた。
「……その……ミアは、なぜ……俺を助ける?」
言っている意図が理解できずに、私はちょっと首を傾けた。
なぜ助けるって……
「……そこに落ちてたから」
「――は?」
「だから、そこに落ちてたから」
大事じゃないけど二度言った。
だって、リアムが心底意味不明って顔をするから。
「……………………そうか」
長い間をおいて、ため息を吐きながらリアムは言った。
そして、膝の上で組んだ両手をじっと見つめている。
どうしようかな、この沈黙。冗談言ったらまずいよね。眠いから寝たいな、なんて素直に言ったら、落ち込んじゃうよね。これって待つのが正解だよね。よし、お茶を飲もう。
手を動かそうとした途端にリアムの声がして焦ったのは、隠しておこう。
「――俺は、愚かな人間だ」
その言い方があまりに苦しげで、正直耳を塞ごうかとも思った。
だって、重い。私通りすがりの一般人。あなたは低く見積もっても貴族の人。どう考えても、人生交差することはない。だから、重要発言には何も返せない。返せるだけの経験がない。
この人は、私にどうして欲しいのかな?
「……俺は……多くの人を傷つけた」
蝋燭の火が、ランタンの中でゆらゆら揺れる。
私はただ話を聞いた。
「……自分が正しいと……思いこんで……」
彼は拳を握りしめた。
爪が手のひらに食い込むほど強く。
「……全部……拒んだ」
その声は、誰かを責める響きではなく、すべて自分への刃だった。
「……俺が、全て…………壊したんだ」
そこまで言って、彼は口をつぐんだ。
また、長い沈黙が落ちる。
(うわ……情報量ゼロ……なのに感情だけ重い……)
「……こんなヤツ、助けなくていいんだ」
俯いていて、表情は見えない。
ただ、声が震えていた。
後悔の理由は全くわからないし、何がどうなってこうなったのかも不明。でも、このままにしておくと、絶望の淵に沈みそうだ。
「……あのね」
リアムの反応はない。
「とりあえず、リアムは生きてるよ?」
「――?」
ちょっと顔を上げたリアムに、ニヤリと笑う。
「初日、箒の持ち方も知らなかったっけ」
「――言わなくていい」
「薪も横に振るし」
「忘れろ」
「洗濯は泡まみれで床水浸し」
「忘れろと言っている」
そう言いつつ、耳まで赤くなる。
(……だいぶ人間らしくなってきたなぁ)
「――ほら、失敗ばっかりだけど、進んでる――ちゃんと生きてる」
私は、リアムの目を真っ直ぐに見た。
リアムも、私の目を見返す。
また、少しだけ沈黙が流れた。
そして、リアムは一言だけ、吐息のように言葉を発した。
「――そうか」
少しだけ、空気が変わった気がした。




