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一歩前進

 朝、村のはずれの小さな川べりに、金色のなにかが落ちていた。

 ……いや、正確には「金髪の男性が倒れていた」のだけど、最初に目に入ったのが髪だったのだ。陽に照らされて、まるで金塊。いや金塊がこんなところに落ちてたら、私が拾って逃げてる。


「……生きてる?」


 屈みこんで肩を揺さぶると、男性はうっすら目を開けた。赤くはない、澄んだ青だ。私の髪色と違って天然の宝石みたい。


「……ここは……」


「あ、起きた。はい、動かないでね。すごい熱だよ」


「……」


 青年はゆっくりと目を閉じた。

 その仕草が妙に「すべてに絶望しています」感を醸し出す。

 あ、これダメなやつだ。完全にウジウジ系。生きる気力ゲージ赤い。ついでにHPも真っ赤。

 放っとけないので、私はパン屋の開店準備前に、彼を家まで運ぶ羽目になった。

 私のHPも、朝から黄色くなった。


 *


 翌朝、青年はベッドの上で天井を見つめていた。

 いや、天井じゃなくて虚空を見ている。こわい。


「おはよう……ございます?」


「……」


「私はミア。あなたの名前は?」

 

「……」


「無視!!?」


 でも本当に無視というより、「喋る体力も心力もないです」みたいな雰囲気だ。

 うん、完全にメンタルが壊れている。

 とりあえず、放っておこう。


 *


 一週間後、青年――名前もわからないので「金髪のお兄さん」と呼んでいる――はまだ家にいた。

 というか、追い出せない。だってまだ虚無の海に沈んでる。

 とりあえず、ベッドからは出た。ご飯も食べたし着替えて清潔にもなった(リネンの洗濯が大変だった)。

 季節が初夏でよかったね。もう少し寒い季節だったら、凍えて肺炎くらい起こしていたんじゃないかしら。そうしたら、さすがにお医者さんのお世話になる方向だ。そして、村に医者はいない。とりあえずベッドに寝せておいたら、熱は下がった。疲れていたのかな?

 ちなみに、うちは広い。ベッドが一台占領されたとて、生活には問題ない。なぜかというと、ここが元々老夫婦が経営していたパン屋の家だからだ。部屋も家具もそのままだから、ベッドも2台だ(部屋は別!)。だからこそ、十八歳で開店できたのだ。設備資金もいらない!村に一つのパン屋だから客もいる!幸運以外に何があるというのだろう。これこそヒロイン補正?

 ――それはさておき。

 金髪のお兄さんは、今日も椅子に座って虚空を見ていた。

 私がパン屋の開店準備をしていると、彼はぼそりと、やっと聞き取れるくらいの声で言った。


「……迷惑を……かける」


「迷惑っていうか……まあ食費は払ってほしいけど」


 すると彼は眉を寄せて苦い顔をした。


「……金が……ない」


「言い切った!」


 お金ないのに王子みたいな髪してるな、なんて思ったけど黙っておいた。

 自尊心が死んだままの人に追い打ちはまずい。

 まあ、この世界金髪は割といる。中世ヨーロッパ風の国だから?金髪=王子のイメージは、私の日本人脳がなせる技だ。

 そんなわけで、余計なことは黙っておいた。


「じゃあ掃除と薪割りね」


「……ああ」


「――受諾した!?」


 ようやく一歩前進した気がした。

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