番外編4:外見詐欺(ディード視点)
かわいそうなディードさん
――あの日、俺は運命に落っこちたんだと思う。
昼前に村についた俺は、いつものように雑貨屋と取引を終え、村の人たちからの注文を何個か受けて、村唯一の宿に向かっていた。
道を歩いていると、遠くにリリアさんが見えた。
リリアさんとは、村に来ると必ず話をする。そういう子は他にもいるが、リリアさんは何というか……違った。
黄色味の強い金の髪、気の強そうな翠の瞳は、いつも好奇心に溢れていている。俺と年が近いせいか、いつも気安く接しているし、嫌な感情はない。というか、リリアさんはとてもかわいくて、実は優し面白いところもあるから、話をするのは楽しくもある。
――楽しくもあるのだけど、常に評価をされている気持ちになるのは、なぜだろうか?
そのリリアさんが遠くに見えたので、噂話でも聞けないかとそちらへ向かう。
リリアさんも俺に気づいたのか、こちらに近づいて来た。
目の端にキラリとゆれる何かが入って、俺はふとそちらを見た。
それを見た瞬間だった。
息が、できなくなった。
――なんだ、あれは……
陽の光を受けて輝く髪は、王都の外れに咲いていた、アーモンドの花の色。風が吹けば、花びらが金糸のようにキラキラと波打つ。ルビーよりも深みのある紅玉の瞳は、本当に自分と同じ世界を見ているのか。
白く滑らかな指が持つのは箒なのに、それが見たこともないような特別な何かに見える。
ふう、と息をついたその仕草さえ、何かの意味を持っているようだ。
その人は視線を上げて、目の前のパン屋に入っていった。その動作も、流れるように美しい。
――もっと見ていたい……
気づいたら、体が前に出ていた。
声も出ないのに、足だけが勝手に歩き出す。
カランという音と共に、いつの間にか店のドアを開けていた。
「いらっしゃいませ!」
歌うような軽やかな声に、反応が遅れる。
――呆けてる場合じゃない。
「――あ……あの……っ」
その人は、ちょっと首を傾けた。
「あれ? 初めての人? ご旅行ですかー?」
待て待て待て待て! 俺はどうすれば!?
「今日のお勧めは、バジルの塩パンです。いかがですか?」
「――あ……そ、それを……」
その人は、「はーい」と元気に返事をしてカウンターへ向かった。
パン屋のお婆さん(いつの間にか現れた)に会計を済ませて、パンの袋を受け取って帰った。
村の宿で我に帰ったとき、彼女の名前を聞かなかったことを激しく後悔した。
*
よく考えなくても、あれはまさしく一目惚れだった。
彼女――ミアのことを知っていくうち、初めて彼女を見た時の衝撃は、だんだんと薄れていった。
今思い出しても、一目惚れって恐怖でしかない。何か強力な力で、視界さえ操作されていたのではないだろうか。
だって彼女、外見詐欺だ。
見た目や仕草は静かで儚げで、王子様に守られているような美人。しかし彼女は、物語に出てくるような楚々としたお姫様ではない。
イタズラする子供達を叱りつけるし、蜘蛛とムカデ以外は平気で虫も触る。パン屋のカウンターでヨダレを垂らして居眠りしているところも見た。
そして鈍感で、図太い。
リリアさんも最初は当たりが強かったけど、ミアは全く気にしていなかった。
いつだったか、ミアがしゃがみ込んでパン屋の前の落ち葉を手で拾っていたことがあった。
「あれ? 箒はどうしたの?」
声をかけると、ミアはいつもの調子で笑う。
「失くしちゃったみたいなの。まあ、手で拾えばいいかって」
……それ絶対よくないやつ。
どこの世界に、あんなでかい箒を失くす人がいる? 失くす前に見つかるでしょ。それ、誰かが持っていったんだよね?
鈍い。鈍すぎる。ありのままを受け止めすぎる。
ちょっと歌を口ずさみながら落ち葉拾いをする場面じゃないはず。
この子、この鈍さと図太さで生き抜いて来たんだ、きっと。
ちょっとため息をついてから落ち葉拾いを手伝ったら、帰りにチョコレートのパンを一つくれた。
その時の笑顔で、俺は恋に落ちた。




