番外編3:リリアとミア(リリア視点)
村で一番かわいいのは、あたし――リリアだ。
これは事実であり、村の誰もが認めるところだ。
そりゃあ、村から出たらわからない。
大きな街には、あたしくらいかわいい子はいるだろう。
でも、かわいいだけじゃダメ。
家の手伝いだってするし、子供だって好きだ。困っている人がいたら手伝うし、ご老人からもウケがいい。その辺はちゃんとしないと。
まあ、かわいいからには、誰もが羨むくらいかっこいい人と結婚するんだ! そのためには“かわいい”を磨き、できるオンナを磨かなくてはっ!
――と思っていたのに。
「初めまして、ミアです。よろしくお願いします!」
ふらりと村にやって来た、家出少女、ミア。
ミアは突然、村のパン屋で住み込みで働き始めた。
パン屋のおじいちゃんもおばあちゃんも、「いい子だよ〜」と甘い顔で受け入れて、しばらくすると村の人たちもミアを気に入ってしまった。
――確かにかわいい。めちゃくちゃかわいい。
ふわりと揺れるピンクブロンド、宝石のような赤い瞳、お化粧もしていないのにほんのり色づく頬に、ふっくらとした唇、すっと通った鼻筋。近寄るとパンの良い匂いがして、しかも腰が細いのに出るところは出ている。なにそれずるい。
接客の時は、ものすごくキレイな営業スマイル。パンを焼いている時は、大人っぽい真剣な表情。一人でぼーっとしている時は、ものすごい抜けた顔。なんだこれ?
あの子の動作は、流れるようだ。パンを並べる時も、お金を渡す時も、なんなら歩く時でさえ、ついつい目で追ってしまうほど滑らかだ。あの生き物は、なんなの?
そして、一番ずるいのは――
「ミアちゃーん! 今日もかわいいねっ!」
「あはは! ありがとう、おじさん!」
――否定しないのかよ!? 無駄に自然体ってなんなの!?
*
ミアが来てからというもの、村の噂はミアばっかり。
「パン屋に美少女が来た」「働き者だ」「明るくてちょっと口が悪い」「でも優しい」などなど……なんなの?あれ。
いや、今日はディードさんが来る日のはずだ。
ディードさんは近くの町にある大きな商店の商人だ。確か、あたしより二つ年上で、付き合っている人はいない。茶色の髪はサラサラで、顔よし、性格良し、仕事よし、の満点さん。将来の相手にイチオシだ。
よーし! 気合い入れていくぞーっ!
さっそく見つけたディードさんは、一点を見つめて固まっている。
目を見開き、口は少し開いていて、呆気にとられているような、大事な大事な失くしものを見つけたときのような、そんな顔。
何かと思って視線の先を辿ると――またお前かっ!?
え、何!? この展開、この表情って、まさか――まさかねっ!
お店の前の掃除を終わらせた家出少女が、パン屋さんに戻っていくのと同時に動き出したディードさんは、そのままふらふらとパン屋さんに吸い込まれていった……
*
こうなったら実力ってものを見せるしかない!
ということで、今日はパン屋さんに行ってみた。
今日も村の若い男が二人、ミア目当てでパンを買いに来ている。
パン屋のおばあちゃんは、その様子を微笑ましそうに眺めている。
男たちと入れ違いに店に入ったあたしに、ミアが笑顔で対応した。
「いらっしゃい、リリアさん! 今日はクロワッサンがお勧めだよっ」
「……あんた、また男連中に囲まれてたの? ちょっとは自重しなさいよね」
ツンと言ってやったが、ミアは小首を傾げてからはっとした。
「え!? お勧めをお勧めするのって、押し売りだった!?」
「違うわよっ! 普通は『お勧めのパン』で顔赤くする男はいないって言ってるのよっ! わかる? わかってるの!? あんたの顔の仕業だよっ!」
「あー、私、顔はいいからねえー」
――なんか今、幻聴が聞こえた。
「それで、リリアさん、何にする? 今日はクロワッサンがお勧めだよっ」
「――さっきも聞いたわ!」
パン屋のおばあちゃんが、クスクス笑ってクロワッサンを詰めてくれた。
*
「ミア、あんたお子様にだけは人気よね」
「この前餌付けしたからねっ!」
――餌付けしてどうするつもり?
「この前のパン、焦げてたよ?」
「パン焼きながら寝てたのバレたっ!?」
――仕事しろよ……
「ミアさあ、無駄に愛想振り撒くのやめたら?」
「営業は笑顔でトラブル回避じゃないの!?」
――そんな話してないよ!?
この子……嫌味にまっっっったく気づかない。
しかも、反応が残念。
もうちょっと、こう、「え、そんなことないよお」とか「私、頑張ったのに……」とか言って目をうるっとさせれば、鼻で笑ってやろうと思ったのに。
どうして親指を立ててドヤ顔するの? どうして袖で口元をゴシゴシするの?(ヨダレはついてないよ?) どうしてパン屋さんのカウンターをバンと叩いて身を乗り出すの?
この子の中身どうなってるの? 詐欺?
ミアと話しているうちに、だんだん面倒になってきた。
ミアに喧嘩売ったところで、得るものはないと気づいた。だって、あたしがかわいいのは変わらない。
そもそも、ミアがあたしのことを「かわいい」と言う。
一度「嫌味なの?」と返したら、「は? 誰得?」と間抜けな顔で返された。なんか、力が抜けちゃった。
*
今日もディードさんは、ミアに一生懸命話しかけている。対するミアは、平常運転。
全く意識されていないディードさんには、後でミアの好きなお菓子でも教えておいてあげよう。
恋愛がポンコツのミアには、今のところ優しい王子様系ディードさんあたりから始めるのがいいんじゃないかな?
パン屋さんに入ると、いつも通りミアの声。
「リリア、いらっしゃい! 今日は何の噂話ー?」
「いちおう、パンを買いに来たんだけどねっ!」
奥でパン屋のおばあちゃんがにこにこと「いらっしゃい」と声をかけてくれた。
そういえば、この子よく絡まれてるけど、困ることってないのかな? 後で″上目遣いで「お願い」″を教えてあげよう。大体の人がお願いを聞いてくれる、あたしの必殺技だ。
いまだにミアをよく思っていない女の子はいる。その子たちは、たまにミアにちょっとした意地悪をしている。
そのうちそれも止むだろうな。
だって、ミアは全く気に留めてない。
この前なんて、「んー?」と腕を組んで、てちょっとは悩んでるのかなーと思っていたら、「ま、いっかぁ」とスタスタ歩いて行ってしまった。
よくない! 植木鉢が頭上から落ちてきて鼻先を掠めたのは、忘れていいことではない! 立派な相談案件よ!?
まったく……しょうがないから、あたしが気にかけてあげるわよ。




