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番外編:その時のリアム(リアム視点)

ちょっと暗いです

 俺は、愚かな人間だ。

 俺があの時打ち出した『最適化政策』。王族派に権限を集中させる政策。当時最悪に激化していた王族派と反王族派対立、そして俺たち兄弟をそれぞれ王太子にしたい派閥、その混沌とした時代を止めたかったのだ。

 政治が乱れると、治安が乱れる。治安の乱れは、民の生活に直結する。

 俺は、それを止めたかった。


 俺は、記憶のある限り“完璧な王子”だった。

 王子として政策にも携わって来た。

 間違えていない……はずだ。判断したことは、正しい……はずだ。

 誰も答えを持っていない課題にも、正しい答えを出せる――はずだ。

 だから今回も、間違えていない“はず”だった。

 間違えてはいけないのだ、俺は……

 そんな恐怖は、誰にも表すことができなかった。

 そんな中、エリシアだけは違った。

 

 ――大丈夫です。エルリアムル様は、間違えていませんわ。


 彼女は、俺に言ってくれた。


 ――不安ですわよね。大丈夫です。私も同じように考えていますもの。


 何かをする度に、囁いてくれた。


 ――その政策は、民にとってより良い未来を描くでしょうね。


 学園時代、俺とトップを競い合ったエリシアは、ずっと俺を支えてくれていた。

 卒業してもそれは変わらず、彼女の言葉は俺の心を守ってくれているようだった。

 だから進んだ。

 側近の言葉は、エリシアの言葉に打ち消された。

 家族の反対は、俺に対する敵対に見えた。

 そして――パワーバランスが崩れた。


 派閥間の暗闘が激化、王族派が大量に殺され、側近達の命まで危険に晒された。

 俺はギリギリのところで王族派を踏みとどまらせたが、既にバランスを保つだけの体力は、残っていなかた。


「――俺は、間違ったのか……?」


 わずかな救いを求めて、エリシアに会いに行った。


「エルリアムル殿下は、何も間違えていませんわ。だって、ちゃんと成し遂げましたもの」


 妖艶に微笑む彼女に気づいた。

 この女は、最初から俺のことなど、何も見ていない。

 エリシア言葉が、まるで氷の上を滑るように、冷たく、抵抗なく、するりと心を滑り落ちていく。

 感情のないセリフ。心のない瞳。

 ――これは、なんだ?


 気づいた時には、手遅れだった。

 黒幕はアレイン公爵。王族派を装っていたが、反王族派。

 エリシアは、王族派に潜入して俺に近づいた、アレイン公爵の手駒。

 ――もう、限界だった。


 *


 何をどうしたのだろう。

 断片的に思い出すのは、側近たちの朧げな顔。

 何かを言っていた気がするが、思い出したくなかった。

 何日経ったのかもわからない。

 確か、感情のまま馬に飛び乗り城を飛び出して……

 身体が燃えるように熱いのに、頬が冷たかった。

 視界に色を感じない。

 ――もう、どうでもいい。

 そう思って目を閉じた。


 誰かの声に、目を開けた。

 濁った視界に、赤い瞳だけが鮮やかだった。


「……ここは……」


 どうでもいいと思いながらも、そんな言葉がついて出た。


「あ、起きた。はい、動かないでね。すごい熱だよ」


 ――いや、ほんとうに、どうでもいいんだ。

 俺は再び目を閉じた。


 *


 俺を助けた女性は、ミアと名乗った。

 ミアは、最初に俺の名を聞いた後は、何も聞かなかった。基本的には放置だ。何もしない。

 最初はそんなことも気にならなかった。

 ただ、失敗したことだけをグルグルと考えていた。

 しかし、衣服を整え食事をすると、不思議と他のことが考えられるようになった。

 彼女はなぜ、何も聞かないのか。普通は気にならないだろうか。

 なぜ、倒れていたのか、とか、俺が何者なのか、とか、どこから来たのか、とか。

 何も聞かれないのが楽で、そういえば何もかも与えてもらっていると気づいて謝った。

 すると、金の代わりに掃除と薪割りをすることになった。

 人生で初めての体験だった。

 今まで、初めてのことでもそれなりにできていたのに、掃除や薪割り、果ては洗濯まで、驚くほど何一つできなかった。

 何もかもを失敗する俺に、彼女はそれがさも当然かのように受け入れた。

 何もできないことに落ち込んでいると、慌てて「怒ってない」と弁明した。

 俺が喜んでいると、ミアも嬉しそうな顔をした。

 初めてだった。俺の感情に反応を返してくれる人が。

 俺は、生きているんだ。

 ミアの周りが、一気に色づいて見てた。


 ――ミアを、手離したくない。


 強く、そう思った。


 *


 ミアが拐われた一件が全て片付き、ついでに国の方もあらかた処理して、俺は城を出た。

 後ろからダリルとギルバートがついてきたが、勝手にさせておいた。たぶん、ミアの元まで着いてくるだけだろう。

 急いで向かったのに、ミアの手を男が握っていた。

 あいつは三年前にもいたやつだ。


 ――ミアに触れるな……っ!


 頭の中がカッとなり、気づけば窓から店に飛び込んでいた。

 それからは、あの男にミアを取られたくない一心で戦った。

 そしてあの男と戦うこと三度目、ミアに怒られた。

 俺はまた、失敗した。

 嫌われただろうか。


「俺は、いない方がいいのだろうか」


 つい、そんな言葉が口から滑り落ちた。

 悲しかった。苦しかった。

 俺はミアに救われたのに、ミアに迷惑をかけている。今までもずっと、失敗ばかりだ。

 ――それでも、助けて欲しいんだ……っ!


「だからね、次は気をつけてね」


 ――″次″がある?


 俺は、口の中で反復した。

 ″次″があるのか。あっていいのか。

 そういえば、ミアはいつもそうだった。

 何度失敗しても、何度間違えても、それはそれで受け入れてくれた。

 そうか、″次″は気をつければいいのか。


 俺の頭を撫でている手が、とても暖かくて心地よい。

 この手はどんな感触なのだろう。

 無性に知りたくなって、ミアの手を取った。

 きょとんとしているミアが可愛らしくて、その右手にそっと口付けた。

 

 ――幸せだ。ミアといると、暖かい。


 自然と笑みが溢れたのを、俺は気づいていなかった。

 ただ、ミアが耳まで真っ赤になって固まってしまったのがまた可愛らしかった。

 その赤い唇に吸い寄せられそうになったが、なんとか踏み止まる。

 きっとミアは、今情報処理に忙しい。だから、次。


 ――ミアの心に残る瞬間がくるまで、とっておこう。

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