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番外編:ミアの受難?

本編で回収し損ねた二人のその後

 結局ダリルさんとギルバートさんに置き去りにされたリアム。

 いいの!? 王子の扱い、それでいいの!?

 私は軽く頭を抱えたが、そこにいるものはしょうがない。三年前に戻るだけだ、と腹を括ることにした。

 そんなこんなで、平和な私の生活は一気に流れ去っていった。

 

 リアムが帰って来て二週間。村の人たちは、案外彼をスムーズに受け入れた。

 ――曰く、寡黙なお兄さんは、ミアの家族なったのかい?

 いや、違うから。

 

 パン屋の朝は早い。火を起こしてパンを焼き、店の掃除をしてから焼けたパンを並べる。並べながらも次のパンをどんどん焼く。

 この前まで一人で黙々としていた作業は、今はリアムが手伝ってくれる。

 ――ただし、掃除とパン並べだけ。

 この前は、パン並べをお願いしたら、トングを目の前に固まっていた。

 

「……これは何だ?」


「トングだよっ!」


 その日は、トングの使い方から教えた。

 落としそうになったパンをキャッチしたり、潰してしまったパンを加工したり、大変だった。

 そんな生活に、当然のように現れるディード。

 村に来る頻度が多くなってないか?

 にこにこと穏やかに言葉を交わして帰っていくディードは、来店頻度以外にも変わったことがある。


「ミアに会いに来たんだよ」


「ミアのことが好きなんだ」


「ミア、俺と一緒に暮らそうよ」


 両手を持ち上げられてそんなことを言われる。

 その度に、リアムが店に現れて(どこで聞いてた!?)凍てつくパン屋。

 ――ここパン屋だからね!? 事件現場じゃないからね!?


 *


 今日はとうとう、ディードが店に来た瞬間にリアムが現れた。

 さっきまで、裏で薪割りしてたよね? ほんとにどこから見てるの!?


「やあ、リアム。今日は早いね」


「……」


 にこにこ笑顔のディードに、無表情のリアム。

 私の日常って、これでいいのかな?

 ――いや、よくない。

 ここはパン屋だ。みんなのパン屋。

 今、お店には他のお客さんもいる。

 この前なんて、入ってこれずに困ってる人がいた。

 迷惑、だめ。そして立派な営業妨害。


「――二人とも、いい加減にしなさいっ! お客さんの迷惑です! 喧嘩は他所でやりなさい……っ!」


 理由なんてどうでもいい。

 ここは村のパン屋です! TPOを考えてっ!!

 原因二人は、私の方を見て固まっている。

 お店に来ていたカーズラおばさんが、ニコッと笑って小さく拍手をした。


 ディードは、平謝りして帰っていった。

 しょんぼりしているリアムを放っておいて、私はいつも通りパン屋を閉めて、夕ご飯を準備した。


「リアム、ご飯だよー」


 ……返事がない?

 あ、部屋の隅っこでじめっとしてる。

 案外打たれ弱いのね。


「リアム、ご飯冷めるよ? ほら、こっち来て……」


 返事どころか動かない。

 部屋の隅で膝を抱えたまま、灰色のオーラをまとっている。


「……リ・ア・ム?」


 三度目の呼びかけで、ようやくリアムは薄暗い中でこちらを見上げた。

 無表情。いつも通り無表情。

 なのに、声だけやけに沈んでいた。


「……ミア、怒っているか?」


「いや、怒ってるというか……あれは注意であって……」


「俺は、いない方がいいのだろうか?」


「なんでそこまで飛躍するの!? 私、何か言った!? “出ていけ”とか言ってないよね!?」


 リアムは小さく首を振った。


「違う。迷惑を、かけてしまった」


 その言い方が、妙に素直だった。

 リアムを拾ったときは、人を傷つけただかでこの世の終わりみたいな存在になっていた。

 今は、落ち込んでいるけど、ちゃんとここにいる。

 私はため息をついてリアムに近づき、そのままその場にしゃがみこんだ。


「リアム。仕事中は本当に困るんだよ。お客さんもびっくりするし。喧嘩っていうより……空気がピリピリするの、わかるでしょ?」


「……ああ」


「だからね、次は気をつけてね」


 リアムの顔が、少し上がった。


「……次」


「そう、“次”。いつも言ってるでしょ? “次”は気をつけてって」


 無表情は変わらない。

 しかし、瞳の色は少しだけ、空の色を取り戻している。


「……“次”か」


 リアムは、口の中で“次”という言葉をなんども噛み締めている。

 そんなリアムは、道で転んで泣いているところを通りがかりの人にアメをもらって喜んでいる子供のようだ。

 そう思った私は、右手でリアムの頭をそっと撫でた。

 ――さすが王子様。一見硬く見える金の髪は、実はサラッサラでフワッフワ。なんだこの髪質!? 夜でこれってことは、お風呂の後とかどうなってるの!?

 衝撃に打ち震えていると、リアムの頭にあった手を取られた。


「……?」


 何をしているのかなー?と思って見ていると、リアムは私の右手を自分の顔に近づけていく。

 そして、私の手のひらに、そっと優しく口付けた。


「………………っ!?」


 ――何が起こった!?

 ここは異世界か!? いや、異世界か。

 ――じゃなくてっ!

 リアムが王子様だ! いや、王子様か。

 ――でもなくてっ!


「いま、いま、いま、いま――!」


 今何があったの!?

 は!? 王子様の微笑み!? キラキラエフェクト付き!?

 みんなー! 王子様がご乱心ですよーっ!!


 *


 数日たった、昼下がり。

 いつものパン屋のテーブルセットで、ディードが突っ伏していた。


「俺さー、頑張ったよねー?」


 彼の前に座ったリリアは、両肘をついて顔を覆い、肩を震わせている。修羅場ではない。リリアは笑いを噛み殺している。


「五年――五年だよ? ミアに認識されるまで一年、手を変え品を変え、それでも気持ちが伝わらない四年間。意を決したプロポーズは不審者が乱入。挙句に三年前にぴょこっと現れたヤツに掻っ攫われる? 俺の五年って、何の五年?」


 これ、私に聞いて欲しいの? 私、聞いていられないんだけど……誰か助けて?

 事の発端はリリア――いや、あの″リアムご乱心事件″から記憶がないことも含めてリリアに話したら、あろうことか、それを彼女はディードに話したのだ! 実演付きで!

 どこで見てたの? って言うくらい上手かった。

 やっぱり発端はリリアだ。

 そして今、打ちひしがれているディードがいる。


「――く……っ、く……っ! はあー…………あれだよ、ディードさん。ミアには、大きな大きなギャップがカギだったんだよ! 応援してたけど、力が足りなくてごめんねっ」


 ディードの肩をバシバシと叩くリリア。


「そう思うなら、その爆笑やめてねっ!? 俺、今失恋に泣いてるんだよ!?」


 ガバッと起き上がって猛反発のディード。いつの間にか、いいコンビだね。

 ん? 待って? ちょっと待って?


「ディードは、いつ失恋したの?」


 私の言葉に、場の空気が急停止した。

 え、何? 何で二人とも私をガン見??


「……だって、ミア、リアムさんが好きなんでしょ?」


「――どうしてそうなるの!?」


 リリアの言葉が、何かの呪文に聞こえる。

 確かにびっくりしたけれども! ちょっと記憶をなくしたけども!

 リアムが好きだからとか、そういうのじゃない……はず。


「むしろどうしてそうなるの!?」


 リリアにリターンされ、ディードはガックリと肩を落とした。


「――俺さあ、叶わない恋をしたってことでいいんだよね?」


「ディードさん、人のココロって、ままならないものなのよ……」


 リリアが、今度は優しくディードの肩をトントン叩いた。

 ――何だろう、こう、納得できない感?

 腕を組んで考えていると、裏からリアムが顔を出した。


「ミア、薪割りが終わった。手伝うことはあるか」


「ありがとう。でも特にないかな。休んでていいよ」


「――では、店にいる」


「え? 中で本でも読んでたら? 読みかけの本、面白いって言ってたでしょ」


 私の言葉に、リアムはちょっと考えた。

 そして、私の目の前に立って微笑んだ。


「ミアと一緒にいたいんだ」


 ――そこから先の記憶は、ない。

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