表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

鍵のない檻

 私を拐った公爵は、アレイン公爵と名乗った。

 現当主らしい。

 正直、貴族のことはわからない。だって私、ただのパン屋。

 でも……小さい時に、母に叩き込まれた知識の中に、アレイン公爵家の名がある。知識のロートス公爵、武のグランツァ公爵、そして策略のアレイン公爵。この三家を三大公爵家といい、他の貴族とは別格としている……らしい。母よ、貴族名鑑を叩き込むなら、私の出自も教えておいてくれ。

 ――あ、私が家出したんだった。


 ごほん。

 

 公爵邸の客間は、豪華さが暴力だった。

 ふかふかの絨毯、重そうなカーテン、窓は広いのに妙に静か。

 まるで音すら逃げられないみたい。

 ものすごく高そうなドレスが隣の小部屋に並んでいて、見なかったことにした。

 それを朝、着替えです、と持ってこられた日には、怖くて泣きそうになった。

 交渉の末選んだのは、シンプルなワンピース。次の日には、小部屋にワンピースが大量に追加されていた。

 もう何も言うまい。


 そんな三日目。

 今日も私は恐る恐る扉を開ける。


「……あの、少しだけ、外を歩いてきてもいいですか?」


 部屋の外に立っていたメイドさんが、優し〜く微笑む。


「もちろんです、ミア様。でも、お一人歩きは危ないです。ご一緒いたしますね?」


 ――ひえっ。


 監視、やんわり開始。

 この屋敷、鍵がかかってない。

 ほんとに。

 部屋を出ようと思えばいつでも出られるし、廊下も庭もどこでも歩ける。他の部屋だって、入っちゃいけないところなんてない。

 だけど。


「ミア様、そちらは風が強いので……」

「お庭でしたら、ご一緒いたします」

「その先は少し足元が危険ですわ。お手をどうぞ」


 ――全部、にっこり笑顔つき。

 その“にっこり”が、地味に怖い。

 気づけば私は、“鍵がないのに出られない”という、なんかホラーみたいな生活にいた。


 *


「ミア。ここでの暮らしには慣れたか?」


 アレイン公爵は毎日、必ず一度は顔を出した。

 慣れたか、欲しいものはないか、不自由はないか。

 まるで親戚か何かのように、親身に接してくれる。

 柔らかい声、柔らかい笑顔。

 外面は完璧すぎて、逆に裏が透ける。

 今日のお話は、庭でお茶をしながらだ。


「……おかげさまで、慣れました。でも、帰りたいです」

 

「そうか。帰りたいのだな」


 公爵は優しく、そして残念そうに微笑む。

 演技力が高い。プロか?


「だが、あの村では守れまい。君の瞳は三大公爵家の一つ、ロートス公爵家の血の証。“欲しがる者”は必ず現れる」


 怖いことを優しい声で言わないでほしい。

 やっぱりそういう設定かー。あのまま家に帰ると、ストーリーが開始したのか、していないのか。

 まあ、「あの時こうしていれば」なんて考えても、どうしようもない。だって、私は今ここにいる。リアムだって――


「王族は、そういった事態に対応できないんだ。古い体制に縛られているから。現王家は……そうだな、優しい」


 なにか、憂いを帯びた笑顔に見える。


「優しい人間ほど、守りたいものを守れないことがある。王族を責めるつもりはないんだ。彼らは善良だ。しかし、時代の流れに置いて行かれている」


 そりゃあ、まあ、王族ってどこの世界でもそんなものではないだろうか。伝統を大切にするというか? そう考えると、確かに変化しにくく、動きずらいと言えるかもしれない。


「君が気にしているのは、第二王子殿下だろう? 彼は確かに優秀だな」


 いえ、ポンコツです。


「だが、彼もまた、王家の制約に縛られている。君を守ろうとはしているのだろうけど、彼にも難しい。王族は――そういうものだからね」


 守られると言うか……落っこちてた彼を勝手に拾ったのは、私だ。

 そういえば、リアムは私の瞳の色のことを、知っていたのだろうか?


「彼は、“赤い瞳”の君を守ろうとしていたんじゃないかな」


 やっぱり知ってたよね。王子様だもんね。


「けれど、古い制度がそれを許さない」


 守る守られるは知らないけど、なんで“赤い瞳”のことに触れなかったのかな。


「守られなければならない王族と、保護されるべき君の存在」


 少しずつ笑顔も出てきたと思ったけど……

 もしかしたら、リアムは――


「彼は辛かっただろうね」


 *


 私の行動は、常にメイドさんと共にある。

 話し相手は専らメイドさんだ。

 

「第二王子殿下は、きっと今ごろ混乱されているでしょうね」

「殿下は冷静さがなくて……そこが素敵でもあるのですが」

「一途なのは理想ですが、周りが見えなくなることもあるようで」


 気づけば、“リアム=頼りない”みたいな空気がじわじわ浸透していた。

 生活レベルゼロすぎて、唖然としている姿が脳裏をよぎる。


(……あれを見た後だと説得力あるのがつらい……)


 モヤモヤする。


 *


 一週間もすると、

 私は屋敷の中に“居場所”ができていた。


 美味しい食事。

 ふかふかの部屋。

 にこやかなメイド。

 花が飾られた廊下。

 優しい声で話しかけてくる公爵。

 穏やかに流れる時間。


 誰も怒らない。

 誰も乱暴しない。

 押し付けもない。


 ――でも、外に出る道は一つもない。


 その上、公爵が優しく囁く。


「君はもう、村に戻れない。いずれ、すべてが分かる日が来る」


 甘くて、冷たい声。


 その日、公爵は静かに付け加えた。


「……王子殿下より、我々のほうが君を大切にできるよ」


 胸が、ざわりと揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ