屋外階段
午前の授業が終わり昼休みの時間となった。
朝でこそ結城さんに、変な絡まれ方をされたものの以降は特に関わってくることはなかった。
周りの生徒たちも、朝とは違い結城さんへの関心は薄れている。
俺は腰を上げ、ショルダーバッグを肩に掛ける。チラッと結城さんを見れば教科書は閉じたままで突っ伏して寝ていた。4時間目の授業からこの状態なのだろう。間違っても起こすことはせず、そのまま教室を後に。
そして、辿り着いた場所は昼休みの喧騒から最も遠い場所になる屋外階段。学校での俺が1人になる時に使う場所であり、その時ってのがこの昼休みの時間になる。1年の時に見つけ、それからはずっとここに来ている。屋上へと続いてはいるが、用がある奴は基本的に屋内階段を使うためこっちに来るやつはいない。
バッグからイヤホンを取り耳に付け、音楽をかけてからレジ袋を取り出す。
朝、家を出てバス停までの途中にあるコンビニで買ったおにぎりにお茶それからチキン。
(ずっとこの涼しさがいいな)
食べていると、心地よい風が身体へと溶け込んでくる。まだ4月ではあるが夏を間近に控えているため、何となくそんなことを考えてしまう。
やがて、全て食べ終えるとそのまま横になり目を瞑る。本当にこのまま眠ってしまうことは殆どない。何も考えずただ時間を潰すだけの行為。が、
(やべ、マジで眠くなってきた)
ただ今日に関しては、3日間の寝不足もあるのだろう。段々と意識が遠くなりそのまま全身から力が抜けた。
ーーーーーー
スーーー
寝息を立てている、1人の男子生徒。階段という睡眠には不向きな場所にも関わらず、自然体でリラックスしているのが分かる。
でも、目を覚ましたらその気持ちよさはおそらく吹き飛ぶだろう。彼の寝ている1段上に、ワインのように深い赤色をした髪の女子生徒が腰を下ろし、自分の寝顔を見られているのだから。
そして、昼休みも残り10分に差し掛かった時だった。
「ンンッ……あーー…………えぇ?」
果たして、彼は何を思うのだろうか。
ーーーーーー
「ンンッ……あーー…………えぇ?」
薄らと目を開けると、おそらく赤髪が見えた。視界がぼやけているため判別が出来ない。思考もままならない状態だが、ようやく人の顔があることに気付く。
「………かおじゃん」
「そうだけど」
まだ完全には起きていないため、思ったことを口にすると言葉が返って来た。
「…………」
「…………」
「……っうわぁ!?」
ゴッチィーン
状況を理解した俺は、勢いよく起き上がってしまった。いや、起き上がるつもりが思いっきりぶつかってしまった。互いの額同士が。その衝撃により、右耳のイヤホンが外れてしまう。
「いってぇー」
「いったぁー」
額を手で押さえながら、俺はそちらの方へと視線を向ける。彼女も同様に額に手を当てていた。
「結城さん…大丈夫?」
「うん……大丈夫。そっちは?」
「大丈夫だけど……」
「良くこんなとこで寝れる。まぁ、クマすごかったしね。朝見た時思ったけど」
「まぁちょっと寝不足だったから」
「ふぅん。今もまだ残ってるけど」
「そのうち消えるとは思うけど……って、いや…何でここにいんの?」
普通に話してしまっていた。まだ額には痛みも感じる。でもそれを通り越して、なぜ彼女がここにいるのか疑問が俺を支配した。
結城さんは、あぁ痛かった。と言いつつ、額から手を離し俺へと視線を向ける。
「あんたを探してたから。そしたらこんなとこにいた」
「え?」
「寝てたから起こすのも悪いと思って、そのままここに座ってた」
自分の座ってる段をトントンとしながら結城さんは答えた。いやそれよりも、
「俺を探してたって…何で?」
「話したかったから。本当は昼休みに学食に行く予定だったけど、気付いたら授業は終わっててあんたは居なくて。クラスの奴にも聞いたけど、誰も知らないって言うから自力で探したら最後の最後で見つけた」
「へ…へぇー。なかなかすごいことしてるよそれ」
「まぁ別に、他の奴なんてどうでもいいし。それよりもあんた友達いないの?あんたのこと聞いても誰?とか言われたんだけど。鳴海って名前で合ってる?間違ってたら悪いけど」
「いや合ってます」
「うわぁ、可哀想。本当に友達いない感じだった」
「ちょっと待て。さっきから言い過ぎだろ。そもそもここには話に来たって言ってたじゃん」
「そうだけど」
「だったら早く用件を言ってくれよ」
とりあえず、この場から離れたかった。こんなところに2人きりでいて、誰かに見られでもしたら変な誤解が生まれるかもしれない。しかもその相手が結城さん。学校で有名な不良女子。片やクラスメイトにすら、まともに覚えられてない男子生徒。
だから、早く切り上げようと話したい内容を聞いたのだが。
「してる、話。今、2人きりで」
結城さんは指を動かしながら、そして自分と俺にも指して語った。
「用件はそれだけ。でも終わりじゃない。ちゃんと話していきたい」
「いやいやちょっと待って。意味が分からないんだけど。そもそも俺たちってこの間、あんなに言い合ってたわけで…なのに急にそんなこと言われても」
「それは、あの時はわたっ」
キーンコーンカーンコーン
5分前の予鈴が学校中に鳴り響く。この屋外階段は教室から離れているため、それぞれの教室に戻ろうとする人混みに巻き込まれでもしたら、5時間目に間に合わない可能性もある。
それは、結城さんも把握しているらしい。
「じゃあ、この話は放課後にするから」
その言葉だけを残し、彼女はこの場を後にした。
俺も急いで戻らないといけないが、展開があまりにも怒涛すぎて頭が追いついてこなかった。
「しかも放課後って言ったよな。ハァ、本当に意味が分からない」
眠っていたことで心身共に心地良くいられたはずが、一瞬にして無に帰し嵐の中へと放り込まれてしまった。
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