異変
こんなにも憂鬱な気分で学校に来たのは久しぶりだった。
先週の金曜日。結城さんとの一件で、おそらく俺は少しばかり注目を集めてしまった。
(やっぱ色々聞かれるよな)
教室に辿り着くまでの間、どう言い訳を作り自分から興味をなくしてもらおうか、頭の中で考えを巡らせる。
(まあでも、結城さんは不良だしあんなことがあったから学校には来ないだろう。来ても昼からだろうし、午後は何とか頑張るしかないか)
席順も前後という最悪の近さだがそこは我慢するしかない。むしろ向こうの方が、俺のことを嫌っているだろうし。と、思っていると教室の近くまで来てしまった。
(我慢…するしかないな。ハァ……)
溜息を心の中で漏らし、少しばかり覚悟を持って教室に入ると同時に、その思いは打ち砕かれた。
「………えっ」
教室の窓際後方である俺の席。そちら側に視線を向けているが、更にその1つ後ろ。窓際最後方に、普段いないはずの女子生徒がそこにはいた。
机に突っ伏しているが、しっかりと顔は見えており起きていることは明白。いやむしろ、前の席をジッと見ているかのようにさえ見える。
教室に入るとすぐに、金曜は何があったんだよ?と、聞かれると思っていた。結城さんと話せる人間なんてのは、おそらくこのクラスいや学校では橋上さんぐらいだろう。彼女たちと少ししか関わってはいないが、それは間違いないはずだ。だからこそ興味を持たれると思った。
だが、そんなことは起きない。結城さんが朝の教室にいる。それがどれほどありえないことなのかは、クラスメイトたちの反応で一目瞭然。
コソコソ話が教室の至る所で起きているのは、イヤホンを付けている俺でも分かる。
(結城さん普通にしてるけど、絶対聞こえてるだろ)
おそらく、1年の頃から不真面目だったのだろう。そこは俺には分からない。1年の時なんて俺はずっと1人で生活していたし、周りにも何かを言われたりすることはなかったから。名前だって誰1人覚えていなかった。
(とりあえず目は合わさずにしよう)
ずっとこの状態でもしょうがないため、俺は自分の席に座った。
その時、イヤホンを付けているにも関わらず周りが騒がしくなったのが分かったが、相手にしてもしょうがない。
(時間が解決してくれるだろ)
願うしかなかった。人間なんて、新鮮さがなくなれば興味を失くす生き物だから。
そうして、いつも通り時間までボーッとしていようと思った。が、
トン
背中に僅かにだが小さな衝撃が来た。けど、間違って当たった可能性もあるし、そもそも俺の感覚の問題かもしれないほど小さな感触だったためスルーした。が、
トンットンッ
今度は先程よりも強く、そして1撃増えた。流石に理解はした。後ろの席の主が犯人なのは。周りも騒がしい。でもさらに騒がしくなったら面倒なため、ここもあえてスルー。が、
ズドンッ
「ッ!?」
デッドボールかと思った。正確には刺さったような感触だが明らかに前の2回よりも強く、そして敵意が感じられた。
早くこっち向け
と、言わんばかりに。やばいな。もしかしたら怒らせたのかもしれない。また先週の二の舞になるのだけは避けたい。それでなくても、周りの関心は更にこちらへと吸い寄せられている。
(何なんだよマジで)
そこでようやく俺はイヤホンを外し、身体を捻って後ろを見た。
「遅い」
一言。俺を見た結城さんは、手に持った3色ボールペンを転がしながらそう言った。
「………………ごめん」
俺…何されるんだろう?そう思いながら謝罪をした。てかそのボールペンで刺してきたのかよ。とも思った。
そして、結城さんは気にした様子もなく無表情で俺の顔を見て言った。
「おはよう」
「……………」
何を言ってるのか、理解しようと頭をフル回転するが分からない。
「お・は・よ・う」
「………………………おは、よう?」
「よし」
俺の拙い返事を聞いた結城さんは満足したのか、無表情は変えずに窓の外へと視線を向けた。
(ナニ、これ……………)
振り回された俺は、思考が停止するのが分かった。それは答えに辿り着けない合図。
結城さんもすでに1人の世界に入っている。
どうしようもないので、とりあえず大勢だけは戻し前へと向き直した。
(おかしいな。今日の教室こんな静かだったっけ?)
もう、俺の耳は仕事をしていない。
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