渡り廊下にて
教室を後にした俺は、すでに渡り廊下まで来ていた。その時だった。
「待って!」
「うわっ?!」
ガシッと、腕を掴まれた。見ればそこには金髪の女子生徒橋上さんがいた。さらにその後ろには結城さん。
(追いかけて来たのか……さっきのこともあるし、あんまり関わりたくはないんだけど)
教室での一触即発の状況を思い出す。出来れば結城さんとは、なるべく接しないようにと考えていたけどどうやら不可能らしい。
彼女の俺に対しての敵意は更に強まったのか、俺を捉える視線は冷酷そのもの。
それに結城さんは美人ということもあり、怖さが更に膨れ上がっている気さえする。
(美人のキレてる顔ってこんなこぇーのかよ)
もちろん、何に怒ってるのかは分かる。だからと言ってそのことについて話すつもりは全くないが、まずは話を聞くことにする。
「何?」
「いや……その…まだ話したいことがあって。良い?」
「まぁいいけど…」
橋上さんに承諾すると、入れ替わるような形で腕を組んだ結城さんが前へと出る。後ろに下がされた橋上さんだが、すぐに俺と結城さんの間に仲裁のような形で入ってくる。
「ほら嶺、言いたいことあるなら言いなよ。誰もいないから」
橋上さんが結城さんへと話すよう促す。教室での橋上さんは、周りにも気を遣うような子だった。けど今の彼女は、どちらかと言えば結城さんのように冷たさがあるように見える。
そんな2人を前にして、俺は今から罵声を浴びせられるのだろうか。顔には出さないが、心の準備だけはしておこうと思った。
「悠はさ、コイツのことどう思う?」
教室の時にも思ったが、結城さんは女子にしては声が低い。それがより彼女の人柄を引き立たせてしまい、近寄りがたい存在になっているのだろう。
「別に普通でしょ。何が言いたいの?」
「普通ね…それはコイツがそうしているだけ」
何だこの人は。と、俺は思った。まだ結城さんとは1時間にも満たない関係。それなのに、まるでこちらを見透かしているかのように彼女は話し始めた。
「コイツの目を見て分かった」
結城さんは俺の目を見て、その言葉を突き刺した。
「あんた、どうでもいいんでしょ?」
俺は言葉が返せなかった。目を見開いて動揺してしまう。
「どうでもいいから、適当に流してやり過ごしているだけ」
ここにいるのは3人だけ。だから、結城さんも気にせずに続ける。
「あんた、人を見下してるでしょ」
グサっと、心を串刺しにされた気分になった。先程までは困惑していたが、彼女の容赦のない口撃をくらい周りが止まって見える。その後も彼女が何かを言っているが、俺の中には何も溶け込んではいない。
俺は今、どんな顔をしているのか自分では確認することは出来ない。目の前にいる結城さんは冷徹なまでの表情で俺を見ている。橋上さんは、結城さんの言葉を理解するので精一杯。
動揺してしまった。出会ってわずかの結城さんにここまで、俺の本質を見抜かれるとは思っていなかったから。
「うるせぇよ、お前に何がわかんの?」
言われ放題だった俺が、動揺の先に出た言葉。果たしてそれは出会ってわずかの人や女性に対し、していい発言かどうかは考えなくても分かる。
でもこの時の俺は、そんなことどうでも良かった。
「そもそもお前だろ?名前がどうとか言って来たの。それなのによく上からもの言えたな?」
「ッ?!………」
結城さんは驚愕していた。いや、それは震えだった。肩が若干だが、フルフルと小刻みに動いている。橋上さんまで、固まったまま微動だにしない。
「ハァ、何も言えねぇのはお前じゃねぇか」
そこで俺はハッとする。こんなことを言いたかったわけではない。ただ、ごめん。と、適当に言って許してもらってやり過ごせば良かったのに。
(何してんだ俺……)
今更謝ったところで何も意味を為さないだろう。俺は左手の手のひらで顔を覆い隠し、頂点まで達した後悔を溜め息と共に吐き出した。
「ごめん。結城さんは悪くない。俺が全部悪い。だから……ごめん……ごめん」
それでも、結局謝ることしか出来なかった。
もう言うことはない。俺は2人に何も言わずその場から離れ、渡り廊下の先へと歩いていくだけだった。
ーーーーーー
「………ハァ、これで3日連続」
月曜日、俺は目を覚まし一言呟いた。まだ4月、涼しい季節のはずなのに体は汗ばんでいる。
金曜日の結城さんとの一件以来。俺は、眠りの中で同じ夢を見ていた。
2年前、夢の終わりを迎え何者でもなくなった自分。どうしようもなく、ただ流されるまま生きていた時間。
それを3日連続で体験した。
洗面所に向かい顔を見れば、酷いクマが露わになっている。
「行きたくねぇ、学校」
声になったかは分からないが、それが俺の心からの叫びだった。
ブックマーク、評価等よろしくお願いします。