名前
迎えた放課後。
相川先生に渡されたプリントに自分の名前を書いた俺は、残り2人の美化委員にも名前を書いてもらうためどうしようかと思っていた。
(結城さんと橋上さんか……普通に頼めば良いんだろうけど、断られたりしないよな)
昼休みの状況を思い出し、悪い考えが過ってしまう。
(結城さんは言わずもがな。そして、人気者にも関わらず結城さんとおそらく距離が近い橋上さん……どういう組み合わせだよ)
不良と人気者。相反しそうな2人だが、彼女達の相性の良さはクラスメイトたちの反応で分かった。ホームルームで2人が美化委員に選ばれた際、相性のことについては誰も話していなかった。むしろ、俺のことを話していたぐらい……誰だあいつ?といった感じで。
(昼休みに橋上さんがチラッと俺を見て来たのは、もしかして結城さんと話した後だったのか)
あの時、橋上さんが近くにいた理由は結城さんと話をしていたからだろうことが分かった。
そこであることを俺は思い出す。結城さんと橋上さんに向けられたクラスメイト達の視線。
昼休みに関しては、イヤホンを付け外の景色を見ながらボーッとしていたため分からなかった。でも、委員会決めの時は声こそは聞こえては来なかったが、橋上さんと結城さんというペアに対して負の感情に近い視線が、2人に対し向けられているのが感じられた。
(相性が良いから周りが認めるわけじゃない……)
難しいことかもしれない。トラブルの最前線は人間関係。だが、この学校において友達が1人もいない俺はその理由が何なのかは知る由もない。
と、考え事をしていると橋上さんが1つ後ろの席にいる結城さんの元に歩み寄り2人は会話を進めていく。
(考えても仕方ないか)
すぐ後ろの席ではあるが、俺はプリントを持って立つと話し込んでいた2人に、なるべく邪魔にならないようにしながら話しかける。
「話してるとこごめん。これ先生から渡されたプリントなんだけど、美化委員会全員の名前を書いて出さないといけなくて、漢字とか分からないから書いてもらっていい?」
プリントを見せながら俺は彼女達にそう伝えた。
「あーえーっと、確か鳴海くん?だっけ?」
「うん」
「オッケー、ちょっと待ってね」
橋上さんは笑顔で答えると、結城さんのシャーペンを使い快く名前を書き始めてくれた。自分の名前だけではなく、そのまま結城さんの名前まで。
その際、俺は橋上さんの書く達筆な字を眺めていたが斜め下、つまり椅子に座ったままの結城さんから鋭い眼光が飛んできているのがいやでも分かった。
「はい。私と嶺の分」
「ありがとう。後は俺が出しておくから」
「ごめんね。じゃあ、よろしッて…ちょっと嶺!」
橋上さんが俺へとプリントを渡してくれようとした時だった。そのプリントを、半ば強引に奪った結城さんは頬杖を付いたまま目線をプリントへと移す。
「嶺、何してッ」
「黙ってて」
橋上さんが声をかけるが結城さんは相手にしない。そして、プリントから目線を外した彼女が相手をしたのは俺だった。
「フッ、鳴海水季って女子みたいな名前」
空気が張り付いた。怒りを露わにしたのは俺ではなく橋上さんだった。
「いやいや何言ってるの。いいから早くプリント返して」
が、やはり結城さんの眼光は狂わず俺の目を離さない。俺しか見ようとしていない。
教室中にはまだ他の生徒も残っている。異様な雰囲気を感じ取ったのか、こちらへと段々視線が寄せられている。
「え、なになに?」
「うわ、結城さんじゃん。どうしたの?」
「橋上さんがいるのにどうしたのかな?」
「やっぱりこぇーよ。何だよあの目つき」
「あの男子可哀想ー」
ザワザワとし始めたが、俺はというと酷いほどに落ち着いている。多分この状況を、誰よりも理解しているし居心地の悪さも1番感じ取っている。
「え、何も言わない?変な名前って言われたのがそんなにショックだった?」
結城さんの姿に橋上さんは、怒りよりも困惑が勝ち始めていた。その様子は初めて見る親友の姿に動揺しているようだ。
今の状況に名前をつけるとしたら、それは矛盾。
「でも、女子のような名前以上に気に食わないのはそのッ」
「俺もそう思う」
「ッ………………」
俺はただ簡潔に感想を言った。嘘でも何でもない、自分の思ったことを淡々と音として出しただけ。
しかし、目の前の女子。結城さんは驚き目を見開き動きを止めていた。橋上さんも同様に。
「ありがとう、話の途中に邪魔してごめん。それじゃあ」
俺は、結城さんの手からプリントを取りショルダーバッグを肩に掛け教室を後にした。
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