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リュシアンの想い

遅くなりました。熱が下がったと思ったら、喉と鼻と耳がやられて、悪化しました……皆様も風邪にはお気を付けください。

『きっと、あなたを迎えに行く』


 心の中でそう誓ったのは、留学するリュシアンのことをずっと心配そうな顔で見ていた姉に対してだった。

 リュシアンの片翼。

 あなたの笑顔も泣き顔も全て手に入れたいのだと言ったら、怯えるのだろうか。

 だけどきっとその怯える姿も、愛おしくてたまらない。

 そんなどろっとした想いを決して悟られないように、良き弟として接してきた。

 欲しくて欲しくてたまらないけれど、諦めるしかなかった女性。

 レティシアと血が繋がっていないと知った瞬間、歓喜に震えた。

 これで、手に入れられる。


「嬉しいかい?」

「えぇ、もちろんです。だってこれで堂々と姉上を手に入れられる」

「いいなぁ、君は。姉上を手に入れられて。俺は出来なかったのに」


 そう言ってすねたのは、初めて会った実父だった。

 バルバ帝国で要職に就いているという実父は、そういえば昔、この辺の貴族に息子をあげたよな、と何となく思い出してふらっと寄ったのだそうだ。

 遊び歩いている彼だが、子供が出来たのは後にも先にもこの一回だけ。

 その時は子供にたいして興味もなく、母にあたる女性も生まれた子供をおいてさっさといなくなったので、さてどうしようかなと迷っていた時に、死んだ息子の身代わりに欲しいと言われたのでそのまま渡した。

 自分で言うのも何だけど、ひどい話だよね、と何の罪悪感もない笑顔で言った実父を、さすがに一度くらいは殴るべきか悩んだ。

 だが、そのおかげで赤ん坊の頃からレティシアの傍にいることが出来たのだから、それで相殺ということにしようと決めた。

 というより、殴る価値もない男だ。

 ふらっと現れた実父がリュシアンに気が付いて、面倒なことになりそうなのに声をかけた理由は、リュシアンが彼の亡き姉にそっくりだったからだそうだ。

 

「女だったら、俺、離さないのにぃ」

「実の姉の身代わりを実の娘にさせる気ですか?気持ち悪い、止めてください」

「えぇー、だってお姉様をこの手で育てられるとか最高じゃん」

「勝手に夢だけ見ててください。それに巻き込まれるのは迷惑です」


 両親がほとんど家にいない状況で歳の離れた姉に育てられたという父は、完全に姉に精神的依存をしていた。

 その姉が幸せに生きて死んだのならここまで壊れなかったのだろうが、政略結婚によって嫁がされた姉は、夫から暴力を受けて死んだ。

 ほんの些細なことでいつも殴られていた姉は、その日も夫に言いがかりをつけられて殴られ、そのまま帰らぬ人となった。

 父はその日、心の一部が壊れたのだそうだ。

 なまじ優秀だった彼は、姉の夫と実の両親に復讐はしたそうだが、壊れた心は元に戻らなかった。

 だから、父はいつも年上の女性とばかり関係を持った。

 リュシアンの母は、どこか彼の姉に似ていたのでお気に入りだったらしい。

 だが、姉に似ている女性に興味は持っても、生まれた実子に興味が湧かなかった彼は、あっさりとリュシアンを手放した。

 そして今は、姉にそっくりなリュシアンのためなら、何でもしてあげようという気持ちになっているらしい。

 ものすごく身勝手な男だが、これでもバルバ帝国の要人。権力はしっかり持っている。


「よく皇帝陛下は、あなたを重用してますね」

「んー?陛下は、自分に忠実でありさえすれば、性癖は問わない方だから」

「性癖……?」

「極端な話、俺が陛下の目の前で、女性に踏まれて恍惚としながら報告しようが、眉一つ動かさないだろうね!」


 さすがに趣味が快楽殺人とかなら許されないけど、死んだ姉に恋い焦がれて年上の女性と遊んでるくらいなら問題はないらしい。


「で、どうする?お前と姉君の問題は、この国とあの家にいる限り解決しないだろう。うちに来るか?」

「えぇ、それが一番良さそうですね」

「じゃあ、まずうちに留学して来い。その後、陛下に会わせてやる。最低限、帝国に留学出来る程度には優秀だと証明しろ。お前が無能だと、紹介した俺が怒られちまうからな」

「いいでしょう。ですが、留学したら、とことん利用させてもらいますので、覚悟しておいてください」

「楽しみに待ってるさ」


 実父との初めて会った時にこれから先のことを大まかに決めて、そこからは父の知り合いを通して手紙でやり取りをした。

 リュシアンが帝国に行くまでの間に、レティシアに婚約者が出来たが、虫除けにはちょうどいいと思っていた。まさか、ジョエルがレティシアのことを本気で好きになるとは思ってもみなかった。ただ、ちょうどいいから婚約を申し込んだだけだと思っていた。

 だがいくらジョエルがレティシアに本気でも、いや、本気だからこそ、母がそのうち、ジョエルをサンドラの婚約者にすると言い出すのは分かっていた。

 レティシアもそれを予測しているだろうから、決してジョエルに本気にはならないだろう。

 母と妹には、リュシアンの役に立ってもらう。

 あの二人がレティシアの好きなモノ、レティシアを好きになったモノ全てを奪っていってくれるからこそ、レティシアはここには何も残らない。

 リュシアンを除いて。

 小さな頃、お気に入りを奪われた悲しみで泣いていたレティシアに、リュシアンだけはずっと傍にいるからと言って慰めた。

 奪われ続けたレティシアが、最初から諦めるようになった頃、形あるものは奪われても僕の心は奪われませんから、と囁くと小さく微笑んでくれた。

 母と妹は、レティシアをリュシアンに縛り付けるための道具だ。

 可哀想なレティシア。こんな男に捕まった。

 本当の姉弟なら、こんな危ない想いは隠し続けるしかなかったが、リュシアンはレティシアを手に入れる権利を得た。


「レティ、あなたはジョエル殿と結ばれた方が幸せになれるかもしれませんが……もう、諦めてくださいね?」


 留学する前の晩、ぐっすり眠るレティシアの寝室に忍び込んでそっと囁いた。

 その晩は、しばらく見ることが出来なくなるレティシアをずっと見続けていた。



 バルバ帝国の皇帝ユージーンには、留学してしばらく経った頃に会うことが出来た。


「なるほどな。お前の好きな相手は姉か」

「はい。この帝国で、二人で暮らすことをお許しください」

「はははっ!父子そろって姉に恋い焦がれるとは、面白いものだな。だが、まぁ、いいだろう。知っての通り、俺の愛しい妻は他国から嫁いできた身だ。ここではどうしても帝国出身の者が多いから、妻のために他国出身の者を探していたところだ。お前の姉には、しばらくの間、皇妃の話し相手でもしてもらおうか」

「陛下、ありがとうございます」


 皇帝の最愛の妻である皇妃の傍においてもらえるのならば、それは皇帝の庇護下にあるということ。

 レティシアは、うかつに手を出せない存在となる。


「代わりに、俺のために働いてもらうぞ。俺に忠誠を誓い、その能力の全てを俺に捧げよ」

「はい。よろこんで」


 レティシアと共に暮らせて、リュシアン自身も皇帝の元でその能力を生かせる。悪くない取引きだ。


「そうだな。リュシアン、まずは死ね」


 最初の命令を聞いた時は、やはりあの実父の上司だと思ったものだが。




 リュシアンは、レティシアを待機していた馬車に乗せると、まずは彼女の唇を柔らかい布でこすった。


「リュシアン、痛いわ」

「……消毒ですよ、レティ。ジョエル殿に触れられたでしょう?」


 リュシアンの言葉に口づけられたことを思い出したのか、レティシアが顔を赤くした。


「あ、あれは、その……」


 違う、とも言い切れない。思い出だと言っていたけれど、レティシアにとっては初めての口づけだ。


「……まぁ、いいでしょう。これから先、ジョエル殿にあんな機会はありませんから」


 万が一あったら、今度は叩き潰す。もう二度と、レティシアには触れさせない。


「それよりリュシアン、きちんと説明して。あなたは死んだはずでしょう?いったいどうなっているの?」


 夢なんかじゃ絶対にない。これは、現実だ。

 リュシアンは死んでいなくて、ちゃんと生きていて。

 そして、こうして迎えに来てくれた。


「あの家から出るためですよ。昔、約束したでしょう?」

「したけれど……でも……それに、これからどこに行くの?」

「レティは何も気にしなくていいんですよ。僕たちはこれからバルバ帝国に向かいます」

「帝国に?」

「そうです。皇帝陛下にはお許しをいただいています。僕とレティは、あの国で新しい戸籍をもらって生きていくんですよ」

「え……?」


 死んだはずの弟が実は生きていて、いきなり帰って来たと思ったら、帝国に戸籍まで用意されていて……、あまりの展開に頭が追いついてくれない。


「父母やサンドラのことを心配しているのでしたら、問題ありませんよ。僕とレティがいなくても、あの人たちは三人で完結してますから」


 リュシアンにきっぱり言われて、レティシアもそれは認めるしかなかった。

 三人で完結している。確かにそうだ。

 リュシアンが死んだと聞いた時も、母が心配していたのはサンドラのことばかりで、息子が死んだことに対しての悲しみはなかったと思う。

 レティシアがいなくなったらどうなるのだろう?

 サンドラは、レティシアのモノを奪っていた。逆に言えば、サンドラには自分の好みとかそういうのがないのだ。サンドラが好きなのは、レティシアの好きなモノなのだ。


「レティ、サンドラだってもういい年齢です。自分で考えていかないと。ね?」


 リュシアンに優しくそう言われて、レティシアはそれもそうかと納得した。

 サンドラだってもう一人前の女性になるのだ。

 いつまでも、姉の真似ばかりしているわけにはいかない。


「……そうね」

「えぇ、そうですよ。それに僕たちは、死者と行方不明者ですからね。幽霊は、関わってはいけませんよ」

「あら。でも、帝国で生きていくのでしょう?」

「それは、別の存在としてですから。子爵家のレティシアとリュシアンは、もういなくなるんです」


 子爵家のレティシアとリュシアンがいなくなる。あらためてそう言われると、寂しく感じた。

 家から出て行きたいと思っていたのに、こんな風に感じるなんて、レティシアはつくづく自分は冒険の出来ない性格なのだなと感じた。


「……私は、臆病者だわ」

「レティはそのままでいいんですよ。怖いのなら僕が一緒に行きます。レティがその場所から動けないというのならば、僕が道を整えて行けるようにしますから」

「……あなたは、私を甘やかしすぎよ……」

「そうですか?もっと甘えていいんですよ」


 急に帝国に行くことになっていてもあまり怖くないのは、リュシアンが全てを整えてくれているからだ。何より、リュシアンが傍にいてくれるから。

 ……深く考えてはだめなのに、ほんの少しだけ期待してしまう。

 リュシアンが、レティシアのことを一人の女性として見ていてくれるのではないか、と。

 何も知らないリュシアンが、そんな気持ちを抱いてくれるはずはないのに。

 ……だって、もしそうなら、それは禁忌だ。

 禁忌だけど、今だけ、今だけは……


「リュシアン、ありがとう」


 レティシアは、今だけだと自分に言い聞かせて、リュシアンにそっと抱きついた。

 リュシアンの胸元で目を閉じたレティシアには見えなかったが、その時、リュシアンは小さく口角を上げて笑っていた。

 

「レティ……」


 堕ちてきたレティシアを優しく抱きしめながら、リュシアンは確信を得ていた。

 あぁ、間違いなくレティシアは、リュシアンを愛してくれている。

 血の繋がりがないことを知らなくても、こうしてリュシアンを愛してくれているのだから、帝国に着いて真実を知れば、レティシアは喜んでリュシアンのものになってくれるだろう。

 それともしばらくの間は、姉弟の禁断の恋ごっこでもして遊ぼうか。

 それもいいかも知れない。

 禁忌の関係だと分かっていてもリュシアンを愛することを止められないレティシア。姉としての彼女も手に入れられる。

 いや、あまりやり過ぎると、横から誰かに持っていかれてしまう。

 レティシアは奪われることに慣れすぎているので、そこら辺はきちんと加減しないと、リュシアンの幸せのためとか言われてだまされかねない。

 何にせよ、これから先、レティシアはリュシアンの傍に居続けることになるのだ。

 決して逃がさない。


「何も心配することなどありませんよ、レティシア」

「えぇ、リュシアン」


 姉と弟を乗せた馬車は、そのまま帝国に続く道へと消えて行ったのだった。

 

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