従者
「カイ」
サクラの姿が見えなくなってからロキが名前を呼ぶと、ロキより少し年上の金髪に碧眼の青年がそう離れていない場所の木の後ろから出てくる。
なんともなさそうなロキに心からの安堵を浮かべ、ロキの前で跪いて頭を垂れる。
「ロキ様、ご無事で」
「ああ、お前も」
「お怪我は」
「まったく」
カイは顔を上げて困惑を浮かべる。
「……まったく?」
立てと手で指示されるので立ち上がると、ロキは歩き出すのでカイは隣に並ぶ。
「命の恩人だ」
それがさっきの少女のことを言っているのはカイもすぐわかる。
「……そのことでも聞きたいことはあるのですが、まず体のことを」
重傷に見えた。
ロキの無事を確認するまで生きた心地がしなかったくらい、隣国まで探しにきてしまうくらい。
「この山で倒れていたところを見つけて手当てしてくれて」
「そうでしたか」
「医者だ」
「それは、なんという幸運でしょう。こんなところに腕のいい医者がいるなんて」
医者を呼んでくれたのではなく少女自身が医者だということに驚いたように少し言葉を詰まらせたカイに、ロキは口元に笑みを浮かべてカイを見る。
「腕がいい、以上だ」
「腕がいい以上?」
「治癒魔法使いだった」
カイは目を見開いて言葉を失う。
何かの比喩か、冗談かと言わなかったのは、重傷だと思っていたロキが今怪我など何もないかのような姿でいるからだ。
「……ロキ様が彼女の瞳の色と同じ魔色石を使って魔法を使ったように見えたのは」
「錯覚じゃない」
「…………」
「まあ別にいいだろ。俺は元々結婚しない方がいいんじゃないかという話も出ていたくらいだし」
「一番重要なのはそこじゃないですよ!?」
「ピンクは似合わないなあ」
ピンクに染まった魔色石のペンダントを首にかけながら笑って言う。
それはこのペンダントだけの話ではなく、魔力の相性がいい者は互いの魔力を溜めた魔色石を複数身につけ合うからだ。
「……あなたがそんな呑気な方だと今初めて知りました」
「旅をしたいという方はいいのか」
「それはどうぞご自由に」
「……その即答もどうかと思うぞ」
「俺に野心がないことはロキ様が一番ご存知でしょう。あなたに野心がないことも知っています。ですから何に遠慮したわけでもなく、心から賢者の席は譲っても構わないと思っていることも」
「……似た者同士でよかったな」
賢者は魔導士の長の肩書、役職だ。
「ですがあなたが席を空けたところで、その席がテオ様に回ることはありません」
「テオは、賢者になりたかったのか。それとも……ただ俺が憎かったのか」
カイは何も言えなかった。
「テオは?」
「申し訳ありません、取り逃がしました」
その言葉に、ロキは表情を歪める。
親友を、取り逃がしたと言う。
自分たちはどこで何を間違ったのか。
「俺がいなければ上手く回っていたことばかりで、嫌になるな」
「……ロキ様」
「カイ、旅についてくるか?」
切り替えて、笑って尋ねる。
カイも切り替えて、少し悲しさや苦しさは滲んでしまったが、笑顔を浮かべる。
「それ以外の選択肢が?」
「魔法以外のことには興味が薄い人間だと思っていたんだが、なぜだか彼女との旅が楽しみでしょうがない」
「振られないことを祈っています」
「……好感触だっただろ」
「最後に贈るのがセミの抜け殻って……あなた仮にも十九ですよ、王子ですよ」
「プレゼントも礼も相手が喜ぶものを贈ってこそだろう」
「……セミの抜け殻が先にくっついた木の枝を一輪挿しに挿して部屋に飾っているのを想像してみてくださいよ」
「……何かおかしいな」
「だいぶおかしいです」
「……あの状況では最善の礼だったと思うんだけどな」
他に何か贈れるようなものも持っていなかった。
「それでアクセサリーの好みは聞いたんですか?」
ロキはきょとんとして首を傾げる。
「なぜ? お前も運命の相手とは当然そうなるものだという考え方か?」
「そうなっていただけなければ俺の主の生涯の独身が決定してしまうんですが、そこはまあ一先ずいいですよ。昨日の今日で彼女を愛していますと言われても反応に困ります」
「本当にな。そんなことになったら俺も自分の感情に戸惑うわ」
「魔力の相性がいい、お互い魔法使い、となれば魔色石を所持することになるじゃないですか。魔力の相性がいい者は魂の相性がいい、魂において同格というのが貴族の間の考え方です。それで王族がその辺の安い石を贈るわけにはいかないでしょう。アマルテアの第三王子と同格の方に対しての相応のものを一つくらい用意しておくべきです」
「……あー」
「彼女の好みは?」
ロキは苦笑いをする。
「戻って聞く?」
「……ロキ様」
「……無難なの用意しておこう」
「アマルテアの貴族の無難なものが、ヘルシリアの庶民に引かれないものだといいですが」
「先に言えよ」
「あなたが出てくるなと指示したんですよ」