楽しい提案
「思ってたより美味しい」
拳サイズのカエルの丸焼きを、足の骨を持って肉にかぶりついたロキは、意外そうに言う。
「躊躇なく食べるから面白くない」
アズールがそう言うとロキはフードの下で小さく笑みを浮かべる。
「セミの丸焼きとか出されると少し躊躇しますね」
「……それは俺も躊躇します」
「セミは羽化したてが柔らかくて美味しいらしいですよ」
「「…………」」
「私は食べたことないですけど」
「……今年の夏に食べさせられたらどうしよう」
「……頑張ってください」
「……トールさんはいないからって」
「本当に出してやろうかな」
サクラもセミを食べる文化圏の人間ではないが。
前世も。
「トールさんってどんな魔法使えるんですか?」
アズールのその質問に、サクラは驚いた顔を、ロキはフードの下で怪訝な顔をした。
「よく魔法使いだとわかりましたね」
「わかりますよ。商人とか旅人とかがたまに来ますけど、サクラが仲良くなるのはこんな村の子どもが薬や魔法の知識あることに面白がって本くれる人と魔法使いだけですから。サクラいつもたいしてお金も取らないし、お礼したいから手伝うなんて言われても普通なら絶対断るでしょうから」
警戒を解いたのはロキ側が無理やり手伝わせてくれと留まったのではなく、サクラ側が引き留めたと思ったからかと二人はそこで納得する。
「あなたは魔法に興味なさそうですね」
「こんな村で魔法に興味なんて持ったってどうしようもないでしょ」
こんな村で、使えるようになっている人間を目の前にそう言うアズールに、サクラはこの村で異質な存在なのだと察してはいたがロキは実感する。
「確かに、師もなく知識も道具も集めることが難しい環境では、誰だって頑張れば使えるようになるよと言うのも違いますしね」
その話はそこで終わる。
魔法に興味があっていつもなら知りたがるはずのサクラは何も聞こうとせず、ロキも結局質問には答えないので、自然と終わった。
食事の間、些細な雑談だけをして、昼からの予定をサクラが咄嗟に山でまた採取を手伝ってもらうと言えば、アズールはもう警戒もしていないのか三人で一緒に家を出て今度は同行は言い出さず帰っていった。
ロキはむしろもう少し警戒してもいいのではと逆に思う。
サクラはアズールとロキが普通になんでもない雑談をしている光景がなんだか不思議で、この人本当に王子様かなとちょっと思ったくらいだったが、二人になるとロキの雰囲気は旅の魔法使いのトールではなくアマルテアの王子ロキに戻って、やっぱり普通の人とは違うなと思い直す。
「彼、魔力7」
「え!?」
山の方に向かうロキに自然と隣に並んだサクラは、ロキの言葉に思わず振り返る。
もうアズールの姿は見えなかった。
「ヘルシリアでそのくらいあれば魔導士になれるレベルだ。アマルテアなら特殊な魔法や魔獣持ちでもなければ最低でも8は欲しいが」
「7あれば魔法使えなくても神殿で雇ってもらえるレベルじゃないですか?」
「大量に水を出せる雑用係は十分需要があるからな。水を出すだけならそんなに時間もかからずできるようになる。水を出せるだけでは魔法を使えるとは言えないからあくまで雑用係程度だが、それでも給料は悪くないだろうな。魔力が高いというのは、それだけで価値がある」
「どうして言わなかったんですか?」
「医療に応用する聖魔法は繊細だから魔力は並くらいがちょうどいいとされる。魔法が使えるようなるためにすごく頑張ったが魔導士にはなれない魔力量、医学をすごく勉強して魔力が並でちょうどいいが聖魔法は使えない」
「……うわすごくかわいそうな目で見られそう」
聖医になりたいと思ったことも魔導士になりたいと思ったこともないので、サクラはすごく他人事だ。
「アズールは言葉の節々で、サクラを理解できないと言っていた。お前が魔法をただ楽しんでいるのだということが理解されていないのなら、魔力量の話なんてして、アズールに高いといえばサクラはどのくらいなのかという話になるだろう。サクラは頑張っても聖医になることも魔導士になることもできないと知れば、どうせなれないのにと、言うだろう」
「もうすでに言われてますが。どれだけ頑張ったところで俺たちは魔導士や聖医にはなれない、と」
口では趣味と言っているが……というわけではなく心から趣味と言っていたサクラはそれを別に苦しげなどではなく普通に言う。
「この村はお前の価値をわかってない」
「そんなたいそうなものでは。治癒魔法を使うようになれば話は違うでしょうけれど」
「この医療費高騰の時代であってないような金額で医者の治療を受けられることがどれだけ恵まれたことか」
「それを王子様が言うんですか?」
「……ご尤もだな」
ロキがもうここを去ろうとしていることはわかっていた。
サクラは何か言葉を探して、何も見つからなかったのではなくいろんな言葉に迷ったまま村を出て、そこで足を止めるが「もう少し付き合ってくれ」と言われ、サクラは首を傾げながら朝にも登った山道を今度は二人で登る。
「命の恩人なんて、心を許すのも当然だと思うんだ。警戒する必要のない相手であることは、すでに証明されているんだから」
「そう、ですね?」
「心では誰かに話したいと思っていて、それが今後の付き合いがない相手を前にして、前世の話がこぼれただけだったんじゃないか?」
サクラはロキが何を言わんとしているかそこでわかる。
「そうかも、しれないですね」
「魂の相性がいい、魂の片割れ、運命の相手とたいそうに名前が付けられているから、まるで何か得体のしれないものに支配されているような気持ち悪さがあったが、妙に気が合う相手も、すごく居心地がいい相手もいるなと思って。別に、普通に、いるなと思って」
「そうですね」
サクラは笑顔で同意する。
内側から支配されているような気持ち悪さなんてない。
そもそも最初に二人で運命の相手とわかったからって愛しく思えてきたりはしないというやり取りもした。
ハルグミの木の辺りでロキが足を止めたのでサクラも足を止める。
ロキが向き合ってフードを取るので、サクラは不思議そうな顔になる。
「過保護の従者がヘルシリアまで探しにきてしまったらしい」
サクラは驚いてロキを見る。
そして周囲を見渡した。
「ところでこのローブ買い取らせてもらってもいいだろうか」
何を言うのかと思えばそんなことで、ぽかんとした後サクラは笑って「プレゼントします」と言う。
「一つ、提案があるんだが」
「なんですか?」
そんな話から始まったからか、サクラは笑顔で首を傾げる。
「旅をしないか」
「……一緒に?」
「一緒に」
怪訝な顔で問うたら真面目な顔で即答される。
「私と王子様で?」
「一人二人増えるかもしれないが」
「本当に一人二人だけですか?」
「……説得する」
「問題は大丈夫なんですか?」
呑気に旅をしていい立場と状況なのだろうかとサクラとしては思う。
「むしろ解決するまで俺はいない方がいいかもしれない。一度王宮に戻って、すぐにまた出るつもりだ。迎えに来るから、一緒に旅をしてみないか」
「……どうして私と」
「お互いにいい案だと思った」
「どうして私とじゃなくて、どうして旅?って聞くところでしたか……」
「俺は魔法の勉強がしたい。お前も、いろいろ学びたいことや試してみたいことがあるんじゃないのか? この村にいてもほとんど何もできないだろう。だが旅をするのは簡単じゃない。ましてや女の一人旅ともなれば。金の問題もある」
「旅の間のお金はあなたが出してくれると?」
「その代わり俺が怪我をしたときは無償で治してくれ」
「……それは一緒に旅をするなら旅仲間からいちいちお金は取りませんけど」
「竜を見に行かないか。桜の花を探しにいこう。都会の大きな図書館に興味はないか。小さな火を出す程度ではなく強力な魔法を見せてやる。魔力が低くても教える者がいればお前ももう少し使えるようになるはずだ。前世の話ももっと聞かせてくれ。俺はサクラとの旅を想像するだけで楽しい。お前はどうだ?」
「……全部、楽しそうです」
少し悔しそうに言うサクラにロキは笑う。
「また来るときまでに考えておいてくれ」
「……本気にしますよ」
「してくれた方が嬉しい。旅に出てしたいことを考えておいてくれ。俺も考えておく」
ロキはペンダントを外すと、魔色石を握る。
「今は持ち合わせが少ないが、次に来たときに買い取る。それを治療費として受け取ってくれ」
春殻が付いた枝が降ってきて、それを掴む。
サクラは驚いた顔で見上げた。
鋭利なもので切られたかのように、手が届かない高さの枝が切れていた。
「それ、ください。お金は要りません。それで十分です」
どうせ高額で買い取った後渡してくるつもりのロキに、サクラは枝を受け取ってそう言う。
「神殿に目を付けられるようなことは」
「はい、気を付けます」
「……本当に気を付けてくれよ」
「王子様の魔力がどれだけ高いかよくわかりました」
サクラが少し呆れたように魔色石を指差してそんなことを言うので、ロキは不思議に思いながら魔色石を見て、あっ……となる。
「……未熟なもので」
魔色石はすっかり薄い色になってしまっていた。
「離れた場所で魔法を使うには魔力をその分消費する、魔法を攻撃に使う魔導士はだから魔力が多いことが必須……らしいですけど、私の魔力では魔導士にはなれないわけですね」
「……上手い魔法使いは魔力の節約も上手いんだ。俺が下手だから」
節約する必要もないくらい魔力が膨大だからではとちょっとサクラは思った。
「ロキ、ありがとう」
驚いた顔をしたロキに、サクラは笑って、魔色石を持つロキの手ごと両手で包む。
「魔力が空の患者に、医者から薬です」