オンド村 1
五日魔火竜の縄張りで休むと、七人はオンド村に出発する。
しかし場所を知っている二人以外が拍子抜けするほどにすぐに着いた。
正確には村ではなく漣鳥の湖だが、レオが村はすぐそこと指を差して、見て村があることがわかるほどの距離感だったので、村に着いたに等しい。
朝に出て昼前には着いてしまい、そういえば魔火竜に襲われたとき、漣鳥の湖まで逃げろとヴェルメリオが言っていたのを思い出し、逃げられそうな距離感ではあるなとは思った。
「絵本に書いてあった大木はこれでしょうか」
村に行く前にまずそこに行く。
サクラは周囲を見渡して、それらしい木が一本だけだったのでそう言う。
「さぞいいもん置いていってくれてるんだろうな」
ヴェルメリオは手で掘ろうとするが、ロキが土魔法で木の周囲を掘り起こしたので、あっさり出てきた箱を取って手で土を払う。
「ヴァルカンのサインが入っているからそれで間違いなさそうだな」
箱を見てロキが言う。
そういえばロキと再会したときにもらった宝石箱にも同じサインが入っていたようなと、サクラはそれを見て思い出す。
ヴェルメリオはもったいぶらずさっさと開ける。
みんな箱の中を覗き込んだ。
「扇子、でしょうか?」
閉じた状態だったので、サクラは確信は持てなかった。
「西の方の国の文化なのに、よく知ってるな」
そう言ったヴェルメリオは取り出すとバッと綺麗に広げ、それこそなぜそんなに取り扱いに慣れているんだ、とはみんな思った。
「そういえば嵐鷲獅子の保持者だったグライフさんは扇を武器にしていたな」
「お前もよく知ってるな」
「それでどうやって戦うんですか?」
アズールは扇子を指差して尋ねる。
「魔導士の実戦用の杖みたいなもんだ。そもそも魔導士は剣持って戦おうとはしない人種だからな。どうやって戦うと言われても、魔法で戦うんだから」
「……あ、魔導士、そりゃそうか」
「風の性質を持つ者が多い国では魔法使いは杖じゃなくて扇を持つことが多い。別に突っ立ってようが寝てようが魔法は起こせるが、初心者が火を灯すときにまず指先に灯すのと同じで、イメージしやすい方が現象を起こしやすい。だから扇で仰ぐことで風魔法をコントロールする魔法使いは珍しくない。風魔法は特に制御が難しいと言われるからな」
「へー」
ロキの説明に、アズールだけでなくサクラとレオとエイデンも同じような反応をする。
「親骨が魔色石になっているんでしょうか」
「ああ、よく知ってるな」
「私の国では普通の扇子も身近でしたし、親骨が鉄になっている鉄扇は護身用の武器として有名だったんです」
「魔法使い以外が使ってるのは見たことないな。西の方の国ではわからないが。アズールがどうやって戦うんだと言っていたが、閉じれば普通に鈍器だからな、案外戦えるぞ」
ヴェルメリオが扇を閉じて縦に振るう。
「……殴られたら痛そう」
「……短刀の代わりにもなりそうですね」
アズールとエイデンはそんな感想を出す。
「剣を持ちづらい状況ってのは割とあるからな。そういうとき便利なんだ」
「燃えないか?」
中は普通に木と布の扇子であるため、カイはヴェルメリオにそんなことを言う。
「漣鳥がいれば燃えない」
「……いなければ燃えるということじゃないか」
「ヴァルカン作なら、これ黒一色じゃなくて」
ロキに誘導されて、ヴェルメリオは開いた扇子に魔力を込める。
みんな感嘆の声をもらす。
「やっぱり、あの絵本と同じように、魔色石のインクで模様が描かれているんだな」
「……これ本当に俺にか? こんな凝ったのもらっても」
「それはたぶんヴァルカンのただのこだわりだな。自分が作りたかっただけってやつだろ」
「……ああ、そういう」
魔色石の親骨が赤く染まり、木製の中骨に黒い布、そこに赤く文様が浮かぶ扇子を閉じて、ヴェルメリオは腰に差す。
「そういえばお前剣を扱えるのに、持ってないな」
「目立つしな。魔導士だし。切るより焼いた方が早いし」
「……魔獣を手放したときに代わりに持てよ」
「お前も剣ない方が身軽なんじゃないか?」
「身軽が強いわけじゃない」
「そういうもんか?」
「魔色石が手に入ったんだから俺の短剣返してほしいんだが」
「まあちょっと待て、すぐ返すから」
「……なんでだよ」
今すぐ返してほしい。
「……アマルテア王家の紋章入ってる魔色石貸し借りしないでほしいんですが」
「さあ、用も済んだし、村行くか」
こういうところが王女の魂の片割れなんだよなとは、カイもロキも思う。
本人は気付いていないのだろうけど、同格のように振る舞う。
「まず俺が行ってきましょうか。急にこんな面子で行ったら村も驚くでしょうし」
「ああ、それなら大丈夫だ、俺が連絡しておいたから」
知らない間に雪蝶でも送ったのだろうかと、みんな不思議そうにする。
村に入ればヴェルメリオとレオに対して村人から声はかけられるが、不思議そうではあっても驚いてはいない様子で、確かに連絡は行っているようだった。
「この辺りって、もしかして雨が多いですか?」
サクラが唐突にそんなことを聞くと、レオとヴェルメリオは少し驚いた顔になる。
「え、どうしてわかったんですか!?」
「もしかして湿気も?」
「そうです! 漣鳥と魔火竜の影響だそうで、オンド村が一番酷いらしいですけど、この辺りはそういう地域らしくて。あ、雨は漣鳥がヴェル様のところにいってからはマシにはなったそうですけど」
「どうしてわかったんだ?」
知っていた、という言い方ではなかったサクラに、ヴェルメリオは改めて聞く。
「私の国もそうだったんです。高温多湿で。家が、私の国と似た造りに見えて」
「……そういえば、カエデも、同じことを言っていたような」
ヴェルメリオは重なって見えたサクラに、今それを思い出す。
サクラは少し笑う。
そして周囲を見て、少し寂しげに笑った姿にも、カエデを思い出した。
「……サクラ様って結局何者なんだ? ヘルシリアの村の平民なのか、西の国の人なのか、アマルテアの貴族様か」
エイデンは小声でアズールに尋ねる。
「ヘルシリアの村の平民のはずなんだけどな。俺は同じ村で生まれ育ったんだから。でも、たまによくわからなくなる」
「……なんだそれ」
アズールがあまり気になっていないようなのも、エイデンはなぜと思う。
「だが新しい雰囲気の村だな。独特な文化圏の雰囲気はあるのに、新しさと古さが並んでいる感覚だ」
ロキは言ってからサクラがたまに言っているのはこういう感じだろうか?と思った。
「俺が十年前に一度村全部焼いたからな」
静まり返った。
「ヴェル様!」
「お前が焼いたわけじゃないだろ。魔獣に襲われたと聞いたぞ」
「俺が焼いたことになってる。ミレーナ様は俺の尻拭いで村を復興させられた。グライフさんは俺が暴走しないように見張るための師匠で、俺はよく怖がられたよ。まあ今も怖がられてるけど。なんでそんなやつを王女の護衛にともよく言われた」
「……お前の環境は最悪だな。ミレーナがいなければアマルテアに連れて帰ったのに」
ヴェルメリオはふっと笑みをこぼす。
「俺捨ててくれるようにミレーナ様説得してくれ」
「この国ではもはやお前の方が立場は上だよ。お前はそれを一度も望んだことはないだろうけど」
「そんなときは一生来ない。俺はミレーナ様を殺せない。カイがロキを殺せないのと同じことだ。俺は王の首は落とせても、国は焼けても、ミレーナ様は殺せない。誓ったんだ」
「そうか、ならやはりミレーナ・ヘルシリアがこの国の王の素質ある者だ。歴史に名前を刻む魔導士に、国を滅ぼせる化け物に、そう思わせた。ミレーナの功績はそれだけでもう十分だ」
「だったら、同じように化け物になったお前がアマルテアの玉座に興味を持たないってことは、ラシード・アマルテアも王の素質があるらしい」
ロキはヴェルメリオをちらっと見て前に向き直る。
「俺がヴォルフ・ローウェルより強くなるときがくれば、わかるかもな」
「ロキ、いいことを教えてやるよ」
「なんだ」
「化け物は否定したがる。俺がそうだった」
「それがいいことなのか?」
「認めるやつはどうしようもないほどの強者だ。雷帝ヴォルフ・ローウェルがそうだろう」
「これからの業火のヴェルメリオもそうだな」
「自称するやつは中途半端なやつだ」
「なるほど、興味深い話を聞いた」
淡々と話すロキとヴェルメリオの会話に、誰も、口を挟むどころか、視線を向けることすらできなかった。
人間ではないような温度感を抱いた。
それこそ本当に、化け物のような。
屋敷と言うには小さくても、周りの家より明らかに大きな家の前でヴェルメリオが立ち止まる。
「ここは村長の家だ。ミアとアリサの家でもある。ああ、村長は二人のじいさんだ。村にいる間はここに滞在する」
「滞在? グライフの形見の魔色石を持ったらすぐ王都に行くんじゃないのか?」
明日の朝に出るという言い方でもない。
「ここはお前ら、ロキとサクラは楽しい村だと思う。別に俺はすぐでもいいが、まあ、全員魔獣持ったわけだし、数日いてもいいだろう。楽しすぎてあんまり長居しすぎるのはやめてくれよ」
ヴェルメリオの言い方に、レオ以外はそこまで?となる。
「……全員ではないんだが」
「魔獣具師は絶対魔獣持てないだろ。例外除いた全員だ」
「……絶対」
ロキはカイの肩にぽんと手を置いた。
ヴェルメリオが中に呼びかけるとすぐにドアが開く。
「ヴェル様! お待ちしておりました」
若い男性で、ヴェルメリオとレオ以外がミアとアリサには男兄弟もいたのか、という反応をする。
「こいつは村の魔法使い、村長の家の人間ではねぇよ」
みんなが何を思ったかを察したヴェルメリオがそんな説明をする。
「この村の自警団のリーダーをしています、コーエンと申します」
ヴェルメリオの後ろに頭を下げる。
サクラやアズール、エイデンは会釈をする。
「ヘルシリアなら魔導士になれる程度の魔法使いだ。この村は魔力が多いやつが多いんだ。村が焼けてからグライフさんをはじめとしてこの村に魔導士が多く訪れて指導したから、この村の魔法レベルは高い。だから巫女や漣鳥がいなくなっても問題なくやってる」
「いえ、俺なんて全然」
「グライフさんや俺が基準だから感覚は狂ってる」
「……まあお前らと比べれば全然ではあるだろうよ」
ヘルシリア最強の魔法使いのヴェルメリオより弱いなんて、ヘルシリアの魔法使いでは何の参考にもならない情報だ。
「で、なんでここに?」
「お話ししたいことがありまして。あ、俺の用は後で」
コーエンが中にどうぞとドアの前を空ける。
ヴェルメリオが中に入り、勝手知ったるとばかりに歩いていくので、みんなその後をついていく。
広い部屋に入ると、中に白髪の老人が座っていて、みんなこの人が村長かと思いながら部屋に入る。
「お久しぶりです」
「ああ。悪いな急に大所帯で」
ヴェルメリオはその人の前に座るが、みんななんとなくヴェルメリオの後ろで立ったままになる。
その老人は、ヴェルメリオと向き合ってから、その後ろ、ロキを見た。
「ヴェルメリオ様と初めて会ったときもずいぶん驚いたものですが、まさかそれ以上の魔力の持ち主を目にするときがくるとは」
「火熊を倒せないくらいの魔法使いのようだが、わかるのか」
「そういうことだけは」
「それで、数日滞在させてもらっていいか?」
ヴェルメリオが言うと、その人はロキからヴェルメリオに向き直る。
「もちろん」
それだけの短いやり取りでヴェルメリオがもう立つので、入り口に近い者から外に出る。
「何も聞かないのか?」
最後に外に出ようとしたところで、ヴェルメリオは足を止めて聞いた。
「水神様は我々のものではありません。あなたが、保持者です」
「……そうか」
外に出たら鳥がヴェルメリオの肩に止まって、そして消える。
「お前だけズルだろ! いったい何体魔獣持ってるんだよ!」
「……お前は魔火竜があるんだからもういいだろ。ただの火隼だぞ」
「ヴェルさんくらいになると魔獣取り上げても意味ないんですね」
「……ヴェルくらいになると、というより、世界でヴェルだけです、そんなの」




