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休息

「「あっ」」


 ピシっと、ヒビが入ったと思ったときにはもう遅かった。

 ガラスの割れる音に、近くで朝ご飯を作っていたアズールとレオとエイデンがビックリしてそちらを向く。


「だから俺がすると言ったんだ!」


 ロキはサクラを抱き寄せて、割れたガラスの下部分を持っているヴェルメリオに言う。

 中に入っていたものは全部こぼれてしまった。


「……大変申し訳なく」


 飛び散ったガラスでサクラやロキが怪我などはしていないようで、そこはホッとする。


「魔力がなくて治癒魔法を使えないと言っているのに、なんでお前は追加で怪我するんだよ!」


 カイは割れたガラス瓶を持っているヴェルメリオがガラスの破片で怪我をして、中に入っていた緑の液体と一緒に赤い血が流れているのを見て叫ぶ。


「……まずヴェルさんの手の治療をした方がよさそうですね」


「……こんなの放置しても別に構わないから」


「レオさん、水を出してもらってもいいですか?」


 頼まれたレオはちょっと嬉しそうに来る。

 このメンバーでは魔法を頼まれることなんてまずない。


「……別にちょっと水出すくらいの魔力は余裕で戻ってるのに」


 ロキは不満げにこぼす。


「ヴェル様豪快ですね」

「……見習いに言われるの恥ずかしいからやめろ」


「まあ魔導士なんて繊細な魔法は下手なやつばっかだからな」

「……今のはただ下手だっただけだと思うんだが」


 ロキがフォローしてくれるが、ヴェルメリオは複雑だ。


 レオが水で洗い流してから、タオルで拭き、サクラが紫軟膏を塗って包帯を巻く。


「おー、なんかもうすでに痛くないわ」

「意図的に込めなくても魔力は出てますからね。それだけでもそれなりに影響はあるみたいです」

「治癒魔法までしてもらわなくても十分だな」


 ヴェルメリオは礼を言って、包帯を巻かれた右手をまじまじと見る。

 そういえばと、ずっと外したままだった黒い手袋を久しぶりにつける。

 しっくりきた。


「昔の火傷の痕はそのままなんだな」


 ロキは治っていなかったそれに触れる。


「治せそうな気はしますが」

「いいよ別に、痛いわけでもない」


 消したくない痕というのもあるだろうからなと、それ以上はみんな言わない。


「せっかく朝から探してきたのに、無駄になったな」


 地面に落ちてしまったものを見てロキが言う。


「……すみませんでした」


「ま、まあ、まだユキノシタはありますし、別にレアな植物というわけでもないですから」


 サクラは新しい空瓶を出すと、洗ったユキノシタの葉をそこに入れて蓋を閉める。


「次は俺がする。この程度、魔力を消費したの内に入らない」


 ロキはサクラの手からガラス瓶を取る。


「まあロキ様の場合本当に消費してない可能性も」

「……消費量に回復量が勝ってるってか」


 小さなガラス瓶の中で竜巻が起こって葉がぐちゃぐちゃに混ざるのを見て、サクラは拍手する。


「さすがロキ、なんでもできますね」


「……その化け物みたいな魔力でどうやったらそんな繊細な魔法コントロールできるんだよ」


 サクラは鍋を出すと、その上に布を広げて持つ。


「それじゃあロキ、この上に中身を出してください」


 ロキがガラス瓶の中を出すと、サクラは布の口をしばってユキノシタの葉の汁を搾る。


「この程度で大丈夫なのか?」


 ロキは鍋の中を見て、搾り汁の少なさにそう言う。


「まあ……そもそも何もしないよりはマシかなって思ってしているものですしね」


 またレオに水を出してもらって手を洗い、サクラは今度は氷鹿の角を出す。


「氷鹿の角なんてどうするんだ?」

「これ、魔獣具として使わなくても、元々冷たいんですよね。だから冷やしたいときに使えると思って。熱さまシート作れないかなー、偉大な商品だったなー、開発できたら大金持ちになれちゃうなー」


 サクラはすり鉢で氷鹿の角を粉にする。


「……この子自分の片割れが大金持ちだってことに気付いてるか?」

「たぶん気付いてない」

「アマルテアはそういうところも含めて絶対的な大国なんですけどね」


「てかお前は雑用係とかではねぇの?」


 ヴェルメリオはスープとパンを渡してくれたアズールに聞く。


「言われればやりますけど、サクラ元々趣味で薬作ってたような人間ですし、それに、そういうの含めて王子様と楽しんでる旅なんで」

「……平和な大国様は呑気でいいな」


「ユキノシタの葉の搾り汁と氷鹿の角の粉末と水で作った……適当に氷雪水とでも呼びましょうか、熱さましです」


「その微妙な表情は何なんだ?」

「率直に言うなら、怖っ……て感じです。こんな勝手に感覚で薬作ったことないので」

「でも治癒魔法使いが作った薬なら大丈夫だろ」

「……たぶんそうだからこんなことしてしまっているわけですが」

「それで、どうやって使うんだ?」

「想定としてはタオルとかに染み込ませて患部に」


 サクラはタオルを折り畳んで数滴落とすと、少し考えてから魔法で水を出してタオル全体に馴染ませる。

 それを腕に当てる。


「改良の余地ありという顔だな」

「そうですねぇ……ただ効果的には悪くないと思います」


 ロキも腕に当ててみるが、率直に冷たくて気持ちよかった。


「へーいいな」


「カイさんとヴェルさんは腕が火傷気味でしたよね?」

「腕で顔庇ったりしましたしね」

「魔法使うのにどうしても手が出るから、火を相殺するにもな」


「湿布みたいにして包帯を巻いてみるのはどうでしょう」


 わからないけど、やってみてくれとヴェルメリオが腕を出して、カイがどうぞ試してみてくださいと腕を出す。


 サクラは氷雪水に浸した布を腕に置き、その上から包帯を巻く。

 二人の両腕を、手のひらから関節の手前まで。


「なんかめちゃくちゃ気持ちいい」

「ヒリヒリ感が和らぎました」


 二人はまじまじと包帯を巻かれた腕を見る。


「俺も試したい!」


 サクラは新しいタオルに浸してアズールにも渡す。

 アズールはタオルに顔を埋めて、感動した声を出す。


「……お前は本当に何者なんだ」

「……アマルテアの王子様の魂の片割れの治癒魔法使いのお医者様を相手に」


 エイデンとレオはアズールにちょっと引いた目を向ける。


「効果がありそうならもっと」


 立とうとしたサクラを、ロキが腕を掴んで止める。


「お前たち、ユキノシタと食べられそうなもの探してこい」


「了解」

「はい」

「わかりました」


 アズールとエイデンとレオは三人で森に入っていく。


「魔力回復は食べて寝てごろごろしてるのが一番だ」


 ヴェルメリオはそう言うと地面に寝転がる。


「お前も魔力は使い切っただろ。俺はもっと重傷だったはずだ。それがこの程度になっているのだから」

「推測なんですが、火傷薬で火傷を治すのにはそんなに魔力は必要ないと思うんです。それこそヴェルさんのあのくらいの重傷なら範囲とか重さでそれなりには必要だと思うんですが、それでも、私もロキも全然使い切るってほどではなかったですし」

「そうだな」

「でも、なんと言うか、薬草って基本的にいろいろな効果があるものなんですね。これは火傷、これはのどの痛み、これは貧血って言ってはいても、どれもそれだけじゃなくて。体の不調も、必ずしもシンプルではないじゃないですか。今回のロキも、たぶん骨や、内臓もダメージ負ってたし、表面的な火傷や、切り傷や、いろいろあったと思います。それを十割火傷に効く薬と火傷だけの不調なら、魔力はそこまで必要ないけど、薬の効果にもいろいろあるよね、体の不調もいろいろあるよねのいろいろの方で無理やり治そうとすると、治癒魔法が薬の効果を高める補助ではなく治癒魔法のごり押しで治している感覚で、そうなると魔力の消費がすごい……っていう、感覚を、今回持ちました」


「なるほどな。だから魔力を使い切るほどなのに、俺もヴェルも、カイたちもまだこんな感じと」

「はい」

「それがわかったのはいいことなんじゃないか?」

「……そうですね」


「つまり、治癒魔法を本気で使えばとんでもない効果を発揮して、火傷の薬で火傷を治すならサクラ様の手から離れて数日経った薬でも、十分普通ではあり得ないくらいの効果を発揮するということですか」


「そうだと思います」


「やっぱりお前ら一旦帰った方がいいんじゃないか?」


 三人はヴェルメリオを見る。


「お前はロキ様がいれば問題ないと言ってたんじゃないのか」


 だから好きに旅をさせてやれと。


「喉から手が出るほど欲しいと思う力だ。それこそ、命を懸ける価値を見てしまうほどに」


 サクラはぎゅっと手を握る。

 わかってはいたけれど、わかっているつもりでしかないのかもしれないとも思う。


「思ったところで、どうにもできないだろ」

「煩わしいし、いちいち危険に晒されるのも鬱陶しい。アマルテアに帰って、ロキが賢者の席について、魔火竜を保持したことを大々的に知らしめて、そんで婚約とかすりゃいい。そうすればロキは世界最強の魔法使いで、そのお姫様を狙うバカはまずいなくなる」

「……お前、自分は王女から逃げておいて」

「どうせお前ら他の相手と結婚できないんだから、形だけの婚約者は別に問題ないだろ」

「……他人事になると急に軽く言うな」

「周りもわかってるんだから、振りをする必要もない。要は、サクラに手を出せばアマルテアが怒りますって周知することに意味があるんだから。運命の相手がいたとしてもあなたと結婚したいですって言ってくる相手と両想いになったときはまたそのとき考えろ。どうせそんなことはないだろうけど」


「……とても当事者とは思えない他人事だ」


「それって、片割れがいる人同士で交際してみるとどうなるんでしょう」


 サクラはふと思ったというふうに、言った。

 男三人サクラを見る。


「俺とサクラ、ミレーナ様とロキでってことか?」


 ロキとカイはぎょっとした。


「そうです。なんか上手くいきそうな気しませんか?」


「確かに。一理ある」


「ない!」


 ロキはサクラを抱き寄せてヴェルメリオから遠ざける。


「……お前、王女が自分を想っていると知りながら」


 カイは遮るようにサクラとヴェルメリオの間に入る。


「いや身分的にもちょうどいいし」


「そうですね」


「……待て待て待て、話を進めるな」


 ロキはサクラと向かい合う。


「……ロキ様とミレーナ王女の年齢でサクラ様と結婚するのもヴェルと結婚するのもおかしくないが、お前とサクラ様では離れすぎてるだろ」


「貴族がこの程度の年齢差で何言ってんだ」


「最近はあんまりそういうのはよくないという空気感がだな」


 ロキも言う。


「へー、私も貴族は年齢離れてても気にしないと思ってました」

「普通に十歳くらい離れてる夫婦いくらでもいた気がするけどな」


 二人はどうでもよさそうに言う。

 魔力の相性が合った者はその相手以外とはそういう関係にはなれないと言うが、その片割れ同士なら運命の相手がいるとか気にせず付き合えるのではという仮定に……確かにー、だよねー、どうなんだろー、面白いなー……と二人は軽い気持ちで言っていただけだ。


「……サクラ、ヴェルメリオはよくない」


「じゃあヴォルフさん?」


「…………」


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