せっかくの異世界転生
「怪我が治ったのでついのんびりしてしまっていましたが、王子様大丈夫なんですか?」
野菜スープとパンの朝食をのんびり一緒に食べていたとき、サクラはそういえばそんな状況ではなかったのではと思い出す。
「ヘルシリアに入ったときに安心している」
「護衛の方が探しに来られたりは」
「ヘルシリアには来ないだろうな」
「それは、大変ですね」
ヘルシリアにいればおそらくは安全、しかしヘルシリアで待っていては護衛とは合流できない。
一人でアマルテアに戻るしかないが、ならばせめて体も魔力も万全の状態にしてと考えるのが当然。
サクラはずいぶん呑気なようなロキに納得する。
魔力が戻るまで待つ以外にすることがないということだ。
「聞かないんだな」
サクラはロキを見る。
「数日後に別れて一生会わない隣国の王子様のそんな事情知ってどうするんですか」
「運命の相手だろ、また会うかもしれない」
「……やめてくださいよ」
「アマルテアの薬医になりたくなったらいつでも言ってくれ」
薬医は前世風に言うなら国家資格を持つ医者、その中でも聖魔法を使えない医者を言う。
この世界には聖魔法が使える聖医と使えない薬医、そして民間の医者の三種類がいる。
「私は医者じゃありません」
断られるのはわかっていたロキは苦笑でこの話を一旦引く。
朝食を食べ終えて、二人で食器を洗う。
「王子様にお皿を洗わせるのなんだかすごいドキドキしますね」
「魔法が使えたらもっと上手くやったのに」
「こんなことに魔法使うんですか」
「普段は魔力有り余ってるからな」
「今はすっからかんなのに」
ロキはサクラを見る。
複雑な顔をする。
「……万全のときに一回会おう。湖出せるから」
「へー」
「……すごいどうでもいい反応された」
それをすべて使いきるほどのいったい何があったのかと、サクラは口には出さず心の中だけで思う。
「そういえば昨日の時点でどうして全然魔力が戻ってなかったんでしょうか。少しは戻っていてもいいはずですよね?」
五日で完全に戻るなら、単純計算半日で一割戻るはずで、湖を出せるというほどの総魔力量なら、その一割でも相当なものだ。
「魔色石を通してお前が無意識に俺の魔力を使って治癒魔法を使ったからだろ」
「…………」
「死にかけるほどの傷が綺麗に治るほどの治癒魔法を使ってお前がほとんど魔力を消費していないなんておかしいだろ。治癒魔法なんて魔力の消費は多いはずだ」
「……それは勝手に使って申し訳ありませんでした」
「……いやそもそも俺の傷なんだから」
「運命の相手って、何なんですかね」
あまりにも奇跡的な偶然だ。
見つけて治療してくれた人が治癒魔法使いで、魔力が低い治癒魔法使いが大怪我を治せたのは患者と魔力の相性がよかったから。
サクラはまるで世界がロキを生かそうとしているようだと思った。
「何なんだろうな」
「王子様もそんな感じですか」
「アマルテアには今二組しかいないんだ。いや、二組もいる、と言った方がいいかもしれない。少し遡ればもう一組いるが、そのくらいだ。世界中探したって今現在十組もいるかどうか」
「……普通は相性が合うってあり得ないことなんですね」
ロキが試させたのもわかる。
まさか合ってしまうなんて思うはずもない。
「ちなみに三分の一が結婚してる」
「少数派じゃないですか」
魂の片割れ、運命の相手とか言うならせめて過半数がそうなっていてほしかったとサクラとしては思う。
「昨日話した探知魔法使いがヴォルフの相方なんだが、俺には怯えたのにヴォルフには怯えなかったんだ。胡散臭いと言われるようなやつなのに、彼女は最初から信じていた。彼女と一緒にいるヴォルフを見て、ヴォルフの友人が、初めて彼が人間に見えたと言った」
「……魔力の相性がいいというのは、魂の相性がいい、ですか」
「俺は王子で、アマルテア王家の中でも特に魔力が高い特殊な立場だから、警戒心のようなものは強い方だと思う。ましてやあんなことがあった直後だ」
「私は前世の話をしたのはあなたが初めてです」
二人の間に沈黙が落ちる。
片付け終わって、二人はタオルで手を拭く。
「気持ち悪いな」
「気持ち悪いですね」
この特別は、ともに長くいれば愛に錯覚してしまいそうだ。
しかし現状二人は、そこに気持ち悪さを感じた。
「つらくなければ何か前世の話をしてくれないか?」
壁にもたれて、一つ息を吐いて、ロキはサクラを見る。
何か面白い話をというならたくさんあるような気がするが、前世の話を誰かに話すのは初めてなのでサクラはすぐにこれというものは思いつかない。
自然と普段から思っていることが頭に浮かぶ。
サクラはテーブルの上に置いたままになっていたカゴから一つ草を手に取る。
「植物図鑑を見ていたら、これの別名がセイヨウタンポポって書いてあったんです」
「アマルテアでただのタンポポなら見たことがあるな」
「いえそれはセイヨウタンポポです。この世界ではローランシアの人以外はセイヨウタンポポがただのタンポポで、ローランシアの人だけローランシアタンポポがただのタンポポになります」
ローランシアはアマルテアの南にある国で、アマルテアの北にあるヘルシリアとは接していない国だ。
「ローランシアにだけ固有種があるのか」
「ローランシアタンポポだけはセイヨウタンポポと共存してるんですが、他はセイヨウタンポポに殲滅されました」
「……殲滅」
「はい」
「その別名がどうしたんだ?」
「この世界は北洋と南洋とは言っても西洋や東洋とは言わないじゃないですか」
「そう、だな」
「前世では言ったんです」
ロキは驚いた顔になる。
「やはりお前以外にもいるのか」
「今まではただ不思議だなとしか思わなかったんですが、そうなのかもしれないと思えてきました」
「そもそも言語は同じなのか?」
「いや違います。似てはいますけど。ただ単語は同じものや似たものも多いです。前世の言葉では[セイヨウタンポポ]で、[セイヨウ]は西洋という意味なんですが、[タンポポ]はまるっきりそうですし」
「ごちゃごちゃしてきそうだな」
「本当に。知らない名前だと思ったらこれかーみたいなのとか、前世と同じ名前が一番有名な名前のものもあればそうじゃないのもあって。まあ前世でも植物名なんて別名たくさんあって地域によって呼び方違うなんて普通でしたけど。そもそもまるっきり知らない植物もありますし、なんか似てるし名前一緒だけど違う気がするなーみたいなのも。だから前世の知識はそのまま有効活用できるわけでもなくて」
サクラに手招きされて、ロキは奥の部屋に入る。
サクラが座ったので、ロキも横に座る。
植物、薬学、医学、魔法の本がたくさん並んでいて、こんな村にこんな人間がいれば浮くだろうなと、ロキはそんなことを思う。
「サクラって、花の名前なんです。花というか、木に咲く花なんですけど」
「聞いたことがないな」
「探してみたんですけど見つからなかったです」
植物図鑑を見てもなかった。
たまに村を訪れる旅人に聞いても知っている者はいなかった。
「見てみたいな。どういう花なんだ?」
「ピンクの花で、満開になるとすごい幻想的で、もう一度……見たいなって」
植物図鑑の背表紙を撫でて、ぽつりとこぼす。
「この世界では違う名前で通っているだけで、ないと決まったわけじゃないだろ。探せばいいじゃないか」
「でももうずっと探していて」
それにロキは笑う。
「こんな小さな村の中にずっといて、何を言ってる。お前の今世は、この狭い世界で完結か?」
サクラは目を見開く。
「前世は魔法がない世界だったから魔法が楽しいと言ったな。前世でできなかったことを今世でできるようにというのは当然、前世で幸せを感じたことを今世でも叶えられるものはすべて叶える。人生に二度目はない。だがお前にはあった。どうせなら、その特別を使い尽くしてやるのはどうだ」
「……その発想は、ありませんでした。前世でできなかったこと、こういう世界だからこそできることをという考えはありましたが……でも、確かにそうですね。一度知っているからこそもう一度と強く思うものかもしれませんし、幸せなことは何度あっても嬉しいものです。死んでしまえばもう二度と叶わないのに、私は叶うんだから、確かにそうです。肩までお湯に浸かってのんびりお風呂に入りたいですし、美味しいもの好きなだけ食べたいですし、花見も、したいですね」
「花を見る改まった機会があるのか」
「はい」
「ずいぶん優雅なイベントがあったんだな」
「いえ……桜を理由に食べて騒いでっていうイベントで」
「ああ……桜とはそういう花なのか。それで誰も桜なんて見てないってやつか」
ロキはサクラの満開になるとすごい幻想的でという言葉にその光景を想像し、そしてその下で桜なんてそっちのけで騒ぐ人たちも想像する。
「それです」
「そういうイベントができるくらいだからさぞかし綺麗な花なんだろう」
「それはもう」
「俺も見てみたい。もし花見をすることがあれば呼んでくれ、俺もイベントごとはそんなに好きな方ではないが、騒がない花を見て食べるだけの方なら」
「ではもし桜が見つかったときは付き合ってください。桜の下で大人数で食べて騒ぐ花見ではなく、桜を見ながら二人で静かにお弁当を食べるような花見をしましょう」
二人ともおかしなやり取りをしている自覚はあったが、どちらもそれは言及しなかった。
しかしどちらも約束という言葉を使わなかったのは、偶然ではないだろう。
「……毒の本」
ロキは『自然毒本』というタイトルの本を見つけて、微妙な顔で手に取る。
「それすごく面白かったですよ」
「……医者はこっちにも詳しいんだな。知らないと対処できないしな」
「薬と毒は表裏一体ですからね。前世でも薬剤師の勉強で毒性学の授業がありましたし、薬剤師になると毒物を取り扱うための資格を取れたり」
「毒は前世と同じか?」
「植物毒は、植物が全体的に共通点が多いので。動物毒は似た点もありますが全然違う部分の方が多いです」
「魔法がない世界ということは魔獣もいないということだしな。植物より動物の方が違いが大きいのはそれはそうか」
「魔色石の話を聞いて思ったんですが、この世界、色に性質が現れる傾向が強い気がします。絶対ではなですが、私ピンクで水の性質ですし」
「兄は金で水の性質だ」
アマルテア王家は水の性質と言う割に瞳の色には全然その性質が現れていないことに、サクラはちょっと微妙な気分になる。
魔法で有名な一族なのだからそこはやっぱり青であってほしかった。
「私医者としては全然そう名乗れるほどのものではないんですが、自然毒にはちょっと詳しい自信があるんですよ」
「……身近に溢れていそうだな」
ロキは自然豊かな田舎の村に、この辺りの風景を思い出す。
「そういうことですね」
「では一つご教授を」
そう言われ、サクラは少し考える。
「それではさっきの色に性質が現れるという話を踏まえて。動物毒で、赤は痛い、青は危険、紫は死って言われてるんですけど」
「……砂漠の辺りではムラサキサソリで毎年死者が出るという話くらいは」
「一番有名な紫毒の生物ですね。クモだとマダラドクイトグモですかね。どちらもこの辺りにはいないですが」
「この辺りでいるのは?」
「ヒアリが一番有名だと思いますね。背中が赤いアリで、噛まれて三日は激痛、一週間はすごく痛い、一ヶ月はじくじく痛い、そうです」
「……聞いたことがある」
「聖魔法で簡単に解毒してもらえるので、王子様はそんなに心配しなくていいですよ。庶民はとりあえず一週間耐えれば」
「耐えられる痛みなのか?」
「聖医なら本当に簡単に解毒できるそうなので、一部の神殿では庶民にも頑張れば出せるお金で診てもらえるそうで、でも決して安くはないんですが、我慢するのは無理だお金出そう、って思う程度には痛いらしいです」
「それはつまり耐えられない痛みってことだろ」
「聖医なんてその辺にいるものでもないですし、耐えるしかない場合っていうのが」
「死者は?」
「聞かないですね」
「……それが救いだな」
「前にヒアリに噛まれて五日目という方に会いましたが、気休めで鎮痛薬を出したらすごく喜ばれました」
「たぶんちゃんと効いてた」
「……だったら嬉しいです」
あのときはプラシーボでちょっと気が紛れているだけじゃないかなとサクラは思っていた。
「青は?」
「最近問題になっているミズドクグモが今は一番有名ですかね。一度見せてもらったことがありますが、綺麗な水色のクモでしたね」
「……お前本当にずっとこの村で住んでいるのか?」
持っている情報がとてもそうだとは思えない。
「一度診た商人さんとかはそれ以来この村を通るルートに変えて定期的に訪れたりしますので。本もそういう人がくれたりして」
村の外の人には優秀な医者だと認識されているじゃないか……と言おうとして、ロキはため息交じりに飲み込む。
「ミズドクグモと言うとアデオナから広がったという?」
アデオナはヘルシリアともアマルテアとも接していない国だが、アマルテアとは一つ国を挟んだ距離なので、近い位置の国ではある。
そしてローランシアの東隣にある国だ。
「はい、荷物に紛れて運ばれて、寒い地域でも生きていけるのが北の方で特に問題になっているみたいですね。北洋では元は毒性動物がほとんどいなくて、そうすると対処できる人がどうしても少なくなるので」
「アマルテアでもたまにそういう生物の目撃情報が出るな。新米の魔導士が行って焼いて帰ってくる」
「……それが一番安全ですよね。魔導士の数が多くて平和なアマルテアだからそんなことに魔導士を使えるんでしょうけど。ヒアリの巣はそれこそ魔法で焼いてしまうのが一番安全なんですが、ヘルシリアではそう簡単に魔導士が動いてくれないので、見つけるとヒアリ注意の立て札作って近付かないようにしたり。この辺りにも一か所あるんですよ」
「それならオレが……魔力がなかったんだった」
ロキは自分に対してのため息を吐く。
それにサクラは苦笑をこぼす。
「ミズドクグモは足で刺すんですよ」
「足で、刺す?」
サクラは本を開いて絵を見せる。
「危険を感じると足で刺して切り離すんです。足の一本一本に毒が溜められていて、そこから毒が注入されるわけですね。だから気付いてすぐ足を引き抜くとたいした問題にはならないんです。ちょっと痒いくらい? 子どもやお年寄り、体が弱い人なら熱が出るかも」
「気付かずすべての毒が体内に入ってしまったら?」
「実はそれでもそこまで問題になることは少なくて。毒に侵された部位は青くなるんですが、切ると青い血が流れてきて、出しきればやっぱりあとは少し熱が出るくらいです。ただ毒の量が多いと出さないといけない血の量も増えるので、輸血ができる神殿なら毒を出してしまおうとなりますが、そうじゃない場合は血を取るか毒を取るかという」
「毒が多少体に残ってようが命に別状があるわけではないから、大丈夫な量まで毒を出して、あまり血を抜きすぎると問題だから残りの毒はもう諦めて体内に残す?」
「そういうことですね」
「刺されたことに気付かずずっと放置してしまっていたら?」
そんなことはあるのかわからないが、と思いながらロキは一応聞く。
気付いていてもすぐに処置できない状況というのもあるだろう。
「それが赤い毒より危険度が上である理由ですね。放置すると壊死します」
「……それは危険だ」
「少量だと案外気付かないらしくて。痒い、熱が出た、でもまさかって。でもその場合は治療できますので。大量に毒が注入された場合は見るからに青くなりますしさすがにすぐ気付きますから」
「ならそこまで問題になることはないのか?」
「知識がないと危険ですね。おかしいと気付いても対処できませんから。近くに医者がいない、さすがにこれは診てもらわないと駄目だと医者がいるところまで行く、神殿でないと対処不可能なところまで悪化してしまっていた、とても神殿に行けるようなお金はない」
「…………」
「庶民には普通にあり得ることです」
「……そうか」
お金があれば大丈夫、王子なら大丈夫、ならいいか……なんて、言えるはずもない。
「あ、そうだ、補血薬を出そうと思って」
サクラは薬が並べられた棚に手を伸ばす。
「補血薬?」
「王子様はつまり確かに大怪我を負っていて血をたくさん流していたわけじゃないですか」
「そうだな」
「昨日は暗くて気付きませんでしたけど顔色悪いです」
「自覚症状はあまりないが」
「まあ飲んでおいてください。補血薬はいろいろそろえてあるんですよ」
「こんなところで大量に血を流すような患者なんてそうそう……ミズドクグモ対策か?」
それにサクラは笑う。
「いいえ、婦人薬ですよ」
「ああ、なるほど、補血薬とはそういうことか」
「ヨモギにーネトルにー、それからー」
「……たいそうなものは必要ない」
「そうですか? じゃあネトル茶を淹れますね」
乾燥させたネトルの葉が入った箱を持って部屋を出る。
サクラがお茶を作っている間、ロキは朝ご飯を食べたときの椅子に座ってそれを眺める。
「ネトルとはどういう植物なんだ?」
「見た目はシソに似た植物で、ネトルも食用にも薬用にも使えますが触ると痛いので採取が大変なんですよね」
「痛い?」
「毒があるんですよ。あ、熱を加えると無毒化するのでご心配なく」
カップにティーバッグを入れて、今沸かした熱湯を入れる。
「なんだそれ?」
ティーバッグをお皿にどけてカップをロキの前に置いたら、ロキはティーバッグの方に興味を持つ。
「前世の商品を参考に作ったんです。ティーバッグって言って。便利でしょう? 薬草茶は村の人にもたくさん売れるんですよ」
「……いや村どころか世界で売れそうだが」
サクラはティーバッグを見て、ロキを見る。
「王子様商売したくなったら声かけてください」
「逆だろ。お前が商売したくなったら声かけてくれ、出資しよう」
「心が揺れる提案ですね」
「……なんでだよ。薬医は即断ったくせに」
サクラはテーブルを挟んでロキの正面の席に座って、昨日採った赤い実をヘタなどをよけてザルに移していく。
ロキはネトルティーを飲みながらそれを眺める。
平和な時間だった。
「春に採れる木の実があるんだな」
「珍しいですよね。ハルグミって言うんですよ」
「……春に生るからか」
その反応にサクラはふふっと笑う。
「植物の名前なんてそんなものですよ。ちなみにナツグミとアキグミもあります」
「面白いな」
「前世ではハルグミは聞いたことなかったです。私が知らなかっただけかこの世界特有かはわからないですけど、やっぱりちょっと違うなとは思います。この世界ではグミ系統はどれも有名な生薬ですけど前世では違ったので。だから安易に前世の知識だけ信じて薬は作れません」
「……大変だな、覚え直しか」
「でもそもそも薬剤師は一生勉強ってよく言うので」
笑ってそう言うサクラが、一生を小さな村で終える気でいるのが、ロキはいっそ不可解だった。
「そのハルグミはどういう効果があるんだ」
「咳止めです。グミはどれも呼吸器系に効くんですよ」
「どう使うんだ?」
「実を食べればいいんです。保存方法としては天日干しか、シロップや果実酒にしても効果はありますよ」
「あんな感じに?」
ロキは部屋の壁際に並べられた大量の瓶を指差す。
「そうですね。あれは果実シロップと果実酒とチンキ剤です」
「チンキ剤?」
「生薬をエタノールで浸出して作った液剤です。簡単に言うと薬用植物をお酒に浸けて作った薬ですね。私はウイスキーで作ってあるので薬用酒としても使えますよ」
「薬用酒」
「お酒好きですか?」
「魔法使いには酒好きが多いんだ」
「それは初耳です」
ヘルシリアやアマルテアの飲酒可能年齢は十八歳以上だ。
サクラはお湯に数滴チンキ剤を垂らして飲むことはあるが果実酒はすべて父親が飲んでいる。
「グミは美味しいのか?」
「生で食べて一番美味しいのはホクヨウグミらしいです。基本的に渋いですが、どの種類も熟すと食べられる範囲ではありますね。ハルグミは微妙側です」
洗って一粒くれたので、ロキは微妙側とは言われたものの一粒食べてみる。
「普通に食べられる」
想像していたより渋くなかった。
「真っ赤に熟したものを選んで採ってきましたから。まだ青いのを食べたらすごい渋いです」
「へぇ」
「グミはいろんな種類を混ぜた方が美味しくなって薬効も強くなるって書いてある本があって果実シロップで試してみたいんですが、ハルグミとナツグミとアキグミはこの辺りの山にあるんですが、それ以外となると手に入れるのが難しくて」
「面白いな」
「面白いですよね。魔法がある世界だなーって思う植物の記述がいくつかあったのでそれも見てみたくて。あと動物が材料の薬もあるので、魔獣ってどうなんだろうって」
「サクラ」
名前を呼ばれて、サクラは作業の手を止めてロキの方を向く。
サクラはそこで自分が笑顔で話していたことに気付いた。
ロキも飲み終えたカップを置いてサクラの方を向いた。
戸をノックする音にサクラはなぜか思わず椅子を立った。
続けて呼びかける声があって、すぐに向かうと戸を開ける。
「こんな朝っぱらから申し訳ないんだけど、コルトのあれが悪化して……」
言葉通り申し訳なさそうな顔で少し目を逸らして言う同世代の青年に、サクラはすぐ察する。
「わかった、すぐ行くね」
「……悪い、サクラに診てもらうってきかなくて」
「それはそれは、光栄です」
サクラは笑って一度戸を閉める。
「患者か?」
「はい。すみません少し出ますね」
サクラは鞄に必要そうなものを詰めていく。
「あれ、とは?」
「春風病です」
「ああ……そういえばヘルシリアでも増えてきたという話を聞いたな」
「たぶん花粉症ですけどね」
「花粉症?」
「植物の花粉が原因のアレルギー症状です」
ロキはよくわからないという顔になる。
「植物の花粉が原因なのか?」
「ええ、だから外に出たときの方が症状が酷くなるんです。家の中には花粉が飛んでませんから。花粉が飛ばない冬には症状が出ないのもそういうことです。春風病とは言いますが、夏や秋にも同じような症状が出る人もいますよね? それは人によって反応する花の花粉が違うからです。春の花に反応する人は春に、夏の花に反応する人は夏に症状が出ます」
「では原因になる花は複数あるということか?」
「そうですね。この辺りだとシラカバです」
ロキは目を丸くする。
「原因不明と言われているのに」
こんなにもあっさりと答えを教えられてしまった。
「ヘルシリアとユークラントで友好の証として木を贈り合ったらしいんですけど、そのときユークラントからもらったのがシラカバなんですよ。それで、シラカバは花粉症の原因植物の一種なんですけど、たぶんそれでヘルシリアで春風病の人が増えてるんですよね」
ユークラントはヘルシリアの北に位置する国で、アマルテアとは接していない国だ。
「……なるほど。ユークラントは春風病が多いと言われている国の一つだな」
「あんまりこういうこと大きな声では言えないんですけどね」
「そうだな、ユークラントと仲良くしていることへの不満と取られかねない。ヘルシリアの王太子はユークラントの王女と婚約しているし、尚更だ」
「シラカバってユークラントではすごく大切にされている木らしいですしね」
「治せるのか?」
治療法はないとロキは聞いたことがある。
「いいえ、私も対症療法です。たぶん目が痒くて鼻水がすごくてつらすぎるからなんとかしてほしいってことだと思うので。さっき王子様が飲んだネトルは春風病の症状緩和や体質改善に効果があるので村の人たちはほとんどそんなに困ってないんですけど、美味しくないって飲みたがらない子もいて。あ、患者はさっきの人の弟で」
「俺は飲みやすいお茶だと思ったが」
薬草茶だと思って多少覚悟して飲んだという前提があったからかもしれないが。
「ですよね。重症化したならもうそんなこと言っていられずに飲むと思いますけどね。今まではそこまでではなかったので」
「そんなに突然悪化することが?」
「モーニングアタックと言って朝起きたときに突発的に悪化することがあるんです。たぶんそれだと思いますね」
サクラは鞄を持つと「いってきます」と言って家を出ていく。
それを見送ったロキは、これで趣味と言っているサクラも、そういう扱いをしている村も意味がわからない。




