鎮火
「よう、お互い悪運強いな」
目を開けたら、隣からそんな声が聞こえてきて、ロキは右を向く。
木にもたれて座ったヴェルメリオは、ロキの方を見ることなく前を向いていて、目は合わない。
「……俺たちだけ死んだのならよかった」
「勝手に道連れにすんな。全員生きてるわ」
「そうか、ならよかった」
「……確かに俺たちだけ生きてるのは、お前からすれば絶望だろうけど」
立てた右膝に腕を乗せて、ぼーっと前方を見たまま言う。
「なんだ、お互い悪運強いって」
「俺たち死にかけた仲間ね」
「……魔法使いは柔にできてるのか?」
「……俺鍛えてる方の魔法使いだと思ってたんだけどなぁ」
「俺もそのつもりだった」
沈黙が落ちる。
「俺が倒れてるの見て死んでると思って、お前が倒れてるの見て死んでると思ったカイのメンタルが終わったって話からしとく?」
「お互いさまだろ。俺のメンタルも大概だったからな」
「そりゃな」
「なぜ、生きてる」
「たかが三例じゃ確定じゃねぇってことだ」
「……何の話だ?」
「幼体の魔火竜がお前の前から動かなかった」
ロキは再度ヴェルメリオの方を見て、顔を見るが、やはり目は合わない。
「……仲間意識でも持たれていたんだろうか」
「次代の竜がお前を殺すなと言って、守護の鷲獅子が俺たちを守って」
「鷲獅子が来てくれたのか!?」
「あいつらが助けた魔獣が逃げずに残って、魔獣の怪我を治したサクラがいて。それだけそろってやっと引いてくれた気がする。助かった人間が言うのもなんだが、竜なんてやっぱ怒らせたら終わりの生き物だよ」
「……同意見だ」
「お前の空の短剣ちょっと借りたぞ」
「魔色石か? それは構わないが」
「凪鷲獅子を入れた」
「はあ!?」
起き上がったロキに、ヴェルメリオは動かない体動かすほどのことかよと内心突っ込む。
ヴェルメリオはやっとロキの方を見た。
「お前やカイ見てて思うけど、やっぱ一芸特化は駄目だな、いろんなことできないと」
「自分で身につけろよ!? なんだその解決方法!? 才能の暴挙か!?」
「……お前が言うか」
「これでまだ漣鳥もいるって、お前うちのヴォルフの世界最強の肩書を危うくさせる気か」
「……いや一番危うくさせてんのお前な?」
「は?」
ちょんちょんと、右手の小指を左手の人差し指で叩く。
ヴェルメリオのそこに何もないのを見て、ロキは自分の手を見る。
「サクラの指輪か? だがどうして魔力が体内に……」
小指にはまる桜の指輪は、サクラが人差し指につけていたものだろう。
自分の桜の指輪は人差し指にある。
黒く染まったままのそれに不思議に思ったロキは、ハッとしてヴェルメリオを見る。
そして周囲を見て、再度指輪を見た。
自分の漆黒じゃない。
どこか赤黒さを感じる黒だ。
「どうやら、俺たちは間違いなく激動の時代ってやつに生まれてしまったらしい。S級の魔獣が複数、人間に保持された時代が平穏だったことはないと歴史が証明してる」
そんなことはもうどうでもいいとばかりに目を輝かせて指輪を見ているロキに、ヴェルメリオは苦笑をこぼす。
「そいつに出てきてもらってその指輪の魔力で治癒魔法使おうかサクラが迷ってたけど、どうせ全部は治しきれないだろうしなってことで、最低限になった」
ロキは指輪から顔を上げる。
「サクラたちは戻ってきたのか?」
「戻ってきたってか、俺とカイのとこ来たよ。だから俺は助かった」
目を丸くしたロキは、苦笑をこぼす。
「……そうか」
「そのときも、他にも酷い人いるかもしれないからって最低限の治療で魔力温存して、案の定お前がボロボロだったけどサクラもお前も魔力全然だからみんな最低限……で、この状態」
ロキは改めて自分の体の状態を確認する。
「……立てるかも怪しい」
「俺も」
「ところでみんなは?」
場所は最後に魔火竜とやり合っていた場所だとわかるが、空の檻が積まれた荷馬車があるだけで人がいない。
辺りは少し薄暗くなってはいたが、まだ夜にもなっていないくらいだった。
「レオとエイデンとアズールは放り出してきた荷物の回収。カイとサクラは陽鳥で他に捕まってる魔獣がいないかの確認。たぶん、人は他にいないだろ」
ちらっと見ただけのあの集団も、もう……とヴェルメリオは、口には出さないが。
「ならまだそんなに時間は経ってないのか」
「ああ。ちょっと気を失ってたくらいだろ」
「そういえばサクラは薬鞄持っていた気がするが」
「アズールが薬鞄だけ捨ててこなかったらしい。おかげで俺たちはすぐ治療してもらえた」
「……さすが荷物持ちだな、もう立派な役職だ」
「魔力が回復するまではここに留まることになった。竜の縄張りほど……安全な場所は、ないからな」
「……何の皮肉だよ」
「本当にな」
その安全な場所で全滅しそうになったばかりだ。
「なあ、俺たちは……誰に嵌められた?」
「…………」
その可能性は、ロキも気付いていた。
「カステルでも、俺にお前を殺させたい意思みたいなのは感じたんだ。でも俺は殺される気だったから、使われてやるわけでもないし、気にしなかった」
「……心当たりは、一つ、ある」
「王子ってのも大変だな」
背もたれにしていた木に頭も預け、ヴェルメリオは遠くを見る。
「お前よりはマシだ」
「まあでも、お互いにこれで本当に誰にも殺せなくなった。それこそ雷帝でも、俺たちが一緒にいるうちは無理だろう」
「……でも子どもの魔火竜ってどのくらいだ?」
「魔力はまああんま変わんねぇだろ。俺も子どものときから多かったし、成長するにつれて少し増えるとは言うが、お前も生まれたときから桁違いって言われてたんだろうし」
「そうだな」
「火ぃ吹いたらちょっとしょぼそう」
「自分の魔獣の力ってどうやって使うんだ?」
ヴェルメリオはロキを見る。
「教えて差し上げましょうか、王子様」
「お前実はちゃんとすごい魔導士だよな」
「なんだ実はって」
「火力ぶっぱの脳筋みたいな空気出しておいて」
「これでも一応王女の護衛だったんでね」
「なら俺が代わりに四大魔法教えてやろうか」
「……助かる」
明るさが近付いてきて、二人は顔を上げる。
陽鳥が下りてくると、そこから降りてきたサクラとカイと、ロキは目が合う。
お互いに、やっと本当の意味でホッとできて、特にそこに対しての言葉は交わさなかった。
サクラとカイはロキとヴェルメリオの前に座る。
陽鳥はペンダントの中に消える。
「ロキがいなくても一人で野宿できるようになりました」
サクラは陽鳥の羽根を四人の真ん中辺りの地面に挿して言う。
明るくなる。
「陽鳥いれば護衛も要らないしな」
ヴェルメリオも言う。
「……別にそんな予定ないだろ」
「できるという選択肢が」
「……おい」
「王子様! 起きたんですか!」
アズールが笑顔で駆け寄ってくる。
その後ろでレオとエイデンもホッとした顔をした。
「寝てたみたいに言うな」
「見てくださいこれ!」
青く染まった魔色石を見せる。
「おー」
「反応薄っ」
「命の危機に瀕して魔力動かなかったら、そいつは魔法勉強中じゃなくて本当に何もしてなかったやつだからな。お前は今まで魔色石ただ握ってただけのやつになるとこだった」
「……マジですか」
「あまりにそこ突破できないやつはたまにビビらせようって案が出る」
「……自然に命の危機に瀕しちゃった」
「ロキはまだボロボロだから休ませといてやろう。俺たちは今日の不寝番決めでも」
立たせてとカイに手を出したヴェルメリオと、自然にその手を取って引いたカイは二人してべしゃっと地面に倒れる。
「……あんたたちもボロボロだろ」
「不寝番は俺たちがするので休んでください!」
アズールとエイデンが二人に手を貸して立たせ、肩を貸して荷馬車の方に歩いていく。
「治癒魔法は使えませんが、鎮痛薬や睡眠薬でも」
二人になって……とは言っても少し離れただけですぐそこに五人はいるが……サクラはそこまで言ったところで腕を引かれて、ぽすんとロキの方に倒れ込む。
目を丸くする。
「ロキ?」
「生きてるな」
「……それは私の台詞では」
「サクラも、俺も」
「生きてますよ」
ぎゅっとロキの服を握りしめて、それはしがみつくようで、声は少し震えて聞こえ、ロキは抱き締める腕に力を込める。
「強くなるから。もっと、ちゃんと、強くなるから」
「……私も、もっと、頑張ります」
「竜に勝てるくらいにとは、言えないけど、竜からも逃げられるくらいには」
少し笑って言われたそれに、サクラも少し笑う。
「はい」
「もう……何も、諦めなくてすむくらいに」
「っはい」
***
「で、お前らそれ死にかけた対価?」
スープを一口飲んで、ヴェルメリオはレオの膝の上とエイデンの肩の上とアズールの頭の上の魔獣を見て言う。
「そういう、ことなんですかね」
「たぶん?」
「こんなみんなそろって魔獣に選ばれることってあるんですか?」
首を捻るエイデンとレオの後に、アズールが聞く。
「てか単純に、下位の魔獣保持するのって、そんなレア現象でもねぇんだよな。実際魔導士で魔獣持ってるやつは珍しくもないし」
「野生の魔獣に会うことがレアだからな。必然的にという話だ。魔色石を持っている、魔力の高い、魔獣に会う機会が多い、魔導士が魔獣を保持することはそう珍しいことではない」
ヴェルメリオの後にカイが補足する。
「でも竜の縄張り来たら会えるじゃないですか」
アズールが、普通に生きてて会うことはなくても、会いに行こうと思えば会えると言う。
「一種の主従契約って言われるが、結局、魔獣もメリットあるから使われる立場になるわけで、ロキも言ってただろ、魔色石に入ると怪我が治るって。竜の縄張りは安全だから、そこの魔獣が飼われることを選ぶのは珍しいんだ。だからたぶん、今回の非常事態で、お前らは偶然魔獣が保持されるのを選ぶことが多い条件を満たしたわけだ。それでもそういう条件が重なれば全員そうなりますよってわけでもないが。魔導士が魔獣持ってることは珍しくないが、別に持ってない魔導士も珍しくはないし」
ヴェルメリオが死にかけた対価と言った意味に、三人は複雑な顔になる。
「でもE級の魔獣じゃ俺はまだ荷物番もできないままですね……結局自分で強くならないといけないってことですか」
なんで目指すところ荷物番なんだろうとレオとエイデンは思った。
「ん? お前の頭にいるそれはEじゃなくてCだろ。空狼の子どもに見えるが」
カイに見られて、空色の子犬のような魔獣は、アフッと声になってないような鳴き声で返事する。
「……え」
「まあ自分で強くならないとって言うのはそうだろうな。空狼は強い魔獣じゃない」
「……そりゃ魔導士基準なら」
「いや空って付いてるやつは空飛べるだけの魔獣がほとんどだ。風魔法の応用でも似たようなことはできるが、空魔法で風起こすことはできない。火魔法と水魔法の応用で霧出すことはできるが、霧魔法使いは魔法下手なときから霧出せても、それで火魔法や水魔法は使えたわけじゃないのと同じだな」
「でも空から襲ってくる狼は脅威だろ。だからC級にいる」
ヴェルメリオの説明の後のカイの言葉に、確かにそれは脅威……と、まだ一般的な感覚を失ってはいない三人は思った。
「空飛べるやつは重宝されるから、魔導士にはまだ遠くても魔術師にはもうなれるんじゃないか?」
「それで言うなら、エイデンの風鳥は速く飛べるから伝達役にはいい」
「風魔法は自分で持つより魔獣で使う方が使い勝手がいいとは言うしな」
「Dですか?」
「「Dだな」」
「小鳥でもDなんだから、やっぱ魔獣って危険なんだな」
何も危険なんてなさそうなエイデンの肩の鳥を見て、アズールはそんなことを言う。
「……俺だけ魔術師になれないじゃないですか」
白い狐を抱っこして、レオは言う。
「お前は魔導士目指せよ」
「D級の霧魔法の魔獣は嫌なタイプの魔導士になりそうだな」
「俺だってズルしてエリートになりたかった!」
「漣鳥持って最年少魔導士になった俺のことをズルって言うなよ」
「それはズルだろ」
「……国家犯罪者になってしまってそうなときに、魔術師になれるかもって言われても」
エイデンは複雑な顔だ。
「「まあ」」
「というか体全体なんかヒリヒリするんですけど、皆さん大丈夫なんですか?」
アズールは言ってから、みんな言ってもどうしようもないから耐えてただけというのを感じ取ってしまって、なんかすみませんとなる。
「魔力を使い果たした後の疲労感やだるさは、その後に魔色石から少し魔力を補充した程度じゃどうにもならない。ロキもサクラも休ませてやるべきだ」
くっついたまま眠ってしまっているような二人の方をちらっと見て、ヴェルメリオが言う。
「耐えられそうにないならこれを使え。サクラ様に直接治してもらうほどの効果はなかったが、十分すごい薬だった」
カステルで預かった紫軟膏を入れた容器をアズールに投げる。
「いやさすがに俺はいいですよ。カイさんとヴェルさんの方が」
「俺はもうそれ塗ってもらってこれだから」
「遺体を綺麗にしているような気分だったが、サクラ様は生きているから治るのだとおっしゃられた。本当は医者ではない、未熟だと言うが、あの状況で気丈に、安心させるように笑って見せるのだから、彼女はやはり、偶然治癒魔法を手にしただけの少女ではなく、医者だ」
「……当たり前ですよ、サクラはずっと治癒魔法なんて使わなくても村の医者で、旅の人に優秀だって言われてたんだから」
「本当はもう今すぐアマルテアに帰って、城の中で安全に守られていてほしいんだが」
「もはや城の中より魔火竜の保持者になったロキの隣が世界一安全な場所だろ。旅でもなんでも好きにさせてやれ」
「その結果が今なんだが!? ヘルシリアは滅ぼされたいのか!?」
「やめろアマルテアに言われたら笑えねぇ」
「なんで転移魔法使いと国一番の魔導士の魔力の相性が合うんだよ」
「アマルテアと戦争になったら俺とミレーナ様で特攻してアマルテアの王族何人か道連れにしよう」
「お前が言うと笑えない」
「ヘルシリアが魔法大国に一矢報いることのできる唯一の国では?」
「……お前のおかげでな」
「俺自殺するときはアマルテアで盛大に死ぬな」
「はた迷惑すぎる」
この人たちも死にかけて魔力も大量消費しているはずなのに元気だな……と思った三人は、戦場に出たことのある人たちかと気付く。




