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魔火竜 3

 三度目の雷の音が聞こえたとき、ロキが足を止めて振り返ったため、四人も足を止める。

 最初は手を引くサクラが、もう一方の手を膝について息を整える様子に、これ以上走り続けるのは限界だったからかと、レオもエイデンもアズールもそれぞれ息を整えながら思ったが、遠くを見るロキの表情に、みんなそうではないことに気付く。


 それはどう見ても、絶望の表情で、希望がついえたかのようだった。


「……今の、カイさんですよね?」


 つまりまだ生きている証明で。

 アズールはしかしそう思ってから、ハッとした。

 まだ、なんて……まるで、もう彼の死を受け入れているかのようだ。


 ロキはこんな表情なのに、レオはそうではないのを見て、エイデンとサクラは、ヴェルメリオの立場を想像して、あのときの様子を思い出して、少し苦しくなる。

 最強は、孤独だ。

 よく言えば強さへの信頼、しかしヴェルメリオは、心配してもらえない。

 

「……カイが雷を落とせるのは三度までだ。あれは、ヴォルフの、S級の、魔狼(バルク)の魔法で……戦争に行くわけでもないのに、こんなもの必要ないだろうけどと、旅に出る前にもらったもので」


 使い切ってしまうことなんて、ヴォルフも、カイも、誰も……想定していなかった。


「S級の魔獣って、本当に、どうしようもないんですか? だってヴェルさんはヘルシリア最強の魔導士で、カイさんはS級の魔獣の魔法が使えるくらいの人で」


「歴史上、S級の魔獣を倒した人間は存在しない」


 聞いたアズールも、横で聞いていただけの三人も、等しく言葉を失う。


 ***


「やめろヴェル!」


 辺りはもう一面火の海で、二人が立っている半径五メートルほどだけが火が回っていない唯一だった。

 魔力の、炎のごり押しで一帯を焼き尽くしにこられれば、もう人間の成すすべはない。


 ヴェルメリオの炎で魔火竜(セキア)の火を押し返すが、それも徐々に狭められていく。

 ヴェルメリオの腕の火傷の痕が広がっていくのが見えて、カイは叫ぶ。


「……悪いな、俺は焼くしか能がない無能なもんで、これだけ魔力があっても、水出してやることもできない」


「お前だけならこの火の中でも逃げられるだろ!」


「お前見捨てて寿命五分伸ばすくらいなら、このままあがいた先で死んだ方が幾分かマシだ」


 カイは、その言葉に、首からさげたペンダントを握りしめ、俯き、そして覚悟を決めて顔を上げる。


「……ヴェル、なら、俺と一緒に、寿命を五分短くしてくれるか?」


 ヴェルメリオはちらっと後ろのカイを見て、目の前の炎を見て、その先の魔火竜を見る。

 笑みを浮かべる。


「代わりに、俺の主に謝ってくれるなら」

「なら、お前が代わりに俺の主に謝ってくれ」

「いいだろう」


「あの世で会ったら親友になろう」


「俺にそんなこと言ったお貴族様はお前が初めてだよ」


 カイはペンダントを外すと、魔力を込める。


 人生で初めて持った魔獣具。


 そして人生で初めて、主からもらった……宝物。


 目を閉じて、心の中でロキに謝る。


 次の瞬間、二人ごと、辺り一帯……魔水竜の水魔法によって水に飲みこまれる。


 ***


「……最悪の予想が当たったな」


 森を抜けたところで無人の荷馬車を見つけて、中から聞こえる暴れる音と鳴き声に荷を確認すれば、檻が積まれていて、ロキは苦虫を嚙み潰したような顔で絞り出すように言う。


「これ、まさか全部、魔獣……」


 エイデンは、呆然としながら檻を確認する。


「……まさか、竜の縄張りで、魔獣を捕まえて」


 レオも呆然と呟く。

 竜が怒っている理由に納得する。

 納得はするが、それをできてしまう人間への恐怖で震える。

 理解できない。

 竜の縄張りでそんなことをできる人間がいると思わなかった。


「まさか、カステルの雪猫も」


 サクラは、予想していたというロキの言葉に、その可能性に気付く。


「魔獣を呼ぶのは簡単だと言ったが、そもそも魔獣を呼ぶための魔獣を用意することは簡単なことじゃない。ヘルシリアなら尚更、魔獣は、民間人なら、一生の間に一度も見ることもないまま死ぬことも多いくらいのものだ。だが一つだけ、簡単に、魔獣を捕まえられる場所がある」


「……竜の縄張り」


 アズールは呆然と呟く。

 昨日、雨宿りした洞窟で、警戒心なく近寄ってきて人に撫でさせた火猫を思い出す。


 神妙な空気が流れて沈黙が落ちたとき、バッとロキが振り向く。

 四人はビクッとしてロキと同じ方を見る。


 凄まじい音とともに凄まじい水流が森の中を横断し、みんな呆然とそれを眺める。

 見えていた炎はすべて一瞬で消し去られた。


「……火じゃなくて、水?」


 水流が落ち着くまで呆然と眺めてしまっていたが、レオはだいぶ遅れてそこに疑問を持つ。


 なぜかずっとそばにいる魔火竜の子どもが顔を上げた。

 ロキもハッとして顔を上げた。

 森の中から飛び立った魔火竜が久しぶりに、五人の視界に入る。

 一直線で向かってきた。


 それが意味することに、悲しむ間もなかった。


 空から魔火竜が火を吐く。


 頭上にできた水壁によって、完璧に火は防がれる。


 もう逃げたってどうしようもない。

 ロキが止めてくれている間に逃げたところで、どうせロキが死ねば自分たちも死ぬ。

 アズールたちは馬車から檻を下ろすと、魔火竜の怒りの原因をなんとか解放しようとする。


「これなんとかならないんですか!?」

「剣じゃ無理です!」


 アズールとエイデンがロキに叫ぶ。

 アズールが押さえてエイデンが剣でこじあけようとするが、鉄の檻はびくともしない。


陽鳥(ソリス)がB級で強いなら、なんとかできないかな?」

「……あの鳥で?」

「でも他に方法も」

「試してみるだけ試して」


「「っ!」」


 四人で檻を囲んでいたら、なぜかまだそばにいた子どもの魔火竜が檻を踏んづける。

 アズールとエイデンはバッと離れるが、檻を壊そうとしていることに気付く。

 

「これ、広げられれば」

「あ、ああ」


 ただ変形させるだけの魔火竜に、二人は檻の向きを変えて踏んでほしい場所を示し、檻の支柱を歪ませて広げてもらう。

 スペースができると、中にいた子犬のような空色の魔獣がアズールにしがみつくので、アズールは抱えて立ち上がる。


「魔獣助けました! これで俺たちが敵じゃないって」


 しかし火の威力はまったく弱まらない。

 水壁越しにも熱を感じて、みんな無意識に後ずさっていた。


「言っただろう……この辺りにいる人間は殲滅させられると。もう竜は止まってくれない」


 しがみついて震えている魔獣を抱きしめるアズールは、諸共焼かれかねないことに、竜とは怒らせてはいけない生き物なのだと、やっと本当の意味で理解した気がした。

 ここはあの竜の縄張りだ。

 あの竜が望み、あの竜が定めたルールが侵された。

 それを許してはこの土地の支配力が弱まる。

 あの竜は、脅威を示すために山から下りてきている。

 気付いて、アズールは、絶望した。

 ロキとカイとヴェルメリオのこれまでの絶望の反応の意味を理解した。


「サクラ……悪いが、ここまでだ」


「……ロキ?」


 サクラの声は震えた。


「陽鳥の定員は二人ってとこだろう。サクラとアズールで逃げろ」


 その言葉で、そんな簡単に、諦めたかのようなことを言うロキに、みんなだからだと理解した。

 ロキが簡単にサクラを諦めるとは思えない。

 それはすべてを諦めたのではなく、自分を諦めたのだ。


「待ってください! 何言ってるんですか!? そんなのあんたとサクラに決まってるだろ!? あんた王子様だろ!」

「俺は残らないといけないんだよ!」


 それは怒声にも近い叫びだった。

 アズールは何も言えなくなった。

 

「魔火竜相手に空から逃げるなんて、自殺行為だ。逃がしてやるためには、俺が残って魔火竜を留めておくしかない。全員で死ぬか、陽鳥の保持者であるサクラともう一人誰かだけは逃げるか。選択肢はそれだけだ」


「「「…………」」」


「ごめん、サクラ」


「……私がいれば、怪我をしても、治してあげられます。だから……」


「竜の攻撃は単調だ。魔力が残ってるうちはやられない。竜が消耗するまで撃ち合いを続けられる人間が存在しないから、竜に勝てる人間は存在しないんだ。だから、魔力が切れるまで、俺は負けないよ。怪我もしない」


「…………」


「ヴェルとやったときの消費分がまだ完全に戻ってない。俺でもそう長くは持たない。サクラ、だから……早く、逃げてくれ」


「運命だって言ったじゃないですか!」


「うん、ごめん」


「これが運命なら、どうして私にあなたを救わせたんですか!? あなたの運命は、あそこで死ぬんじゃなくて、ここで魔火竜に殺されるものだったから、だから私に……だから、私に治癒魔法を、与えたんですか?」


「…………」


「……これが私の運命なら、あなたに会わなければよかった」


「俺は、これが俺の運命でも、あのときお前に救われてよかったと思うよ」


「…………」


「サクラ」


 それは有無を言わせない声だった。


 サクラは目を閉じる。

 涙が一滴、押し出されて、流れた。


「……陽鳥」


 ペンダントから陽鳥が出てくると、光に包まれ、そして巨鳥に姿を変える。

 こんなときじゃなければ、驚いて、感動して、撫で回して、助かっても、もう一生そんなことはないように、アズールは今のサクラの様子に、思った。


 サクラが陽鳥に乗って、アズールも乗る。

 レオとエイデンの方は見なかった。

 言葉もなく、陽鳥が飛び立つ。


 魔火竜ごと凍らせて、空に向かってそびえ立つ氷の柱ができると、陽鳥はその横を飛び去る。


「お前らも今のうちに逃げていいぞ」


 魔火竜から視線は逸らさないまま、ロキが言う。


「役に立てる自信はありませんが、残念ながら逃げられる自信もありません」

「右に同じく!」


 笑って言うエイデンに、レオも殊更に元気よく宣言し、ロキもフッと笑う。


 氷を解かしてすぐに柱から出てくると、魔火竜は飛び去ろうとするが、周囲に氷壁ができ、そして滝のように氷壁の内側を水が流れだす。


「……もはや天変地異」

「……どっちが化け物かわかんないよ」


 エイデンとレオはそんな感想をこぼす。


「俺も、自分の魔力量がどの程度のものか実はよくわかってないんだ。最後に、それを確かめてみるのもいい」


「「……自分の国じゃないからって」」


 二人は、どうせ逃げられないのならと、馬車から檻を下ろして、魔獣を解放する。


「……もしかしたら全員助けたら魔火竜も怒りを収めてくれるかもしれないし」

「……絶望のまま殺されるのを待つよりは、少しでも可能性に懸けよう」

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