魔火竜 2
竜も一緒に七人山に向かって歩いていたら、昨日はまったくなかったのに魔獣が集まって来て、雨宿りできる空間なのに昨日この光景がなかった原因に察しがついて、ロキ以外の六人は笑いがこぼれる。
「ロキの恐ろしさに竜の安心感が勝ったんですね」
「俺は化け物か!?」
サクラにしみじみと言われる。
「よかったじゃないですか、竜は仲間か何かだと思ってるんじゃないですか?」
「……俺はS級の魔獣並みではないだろ、さすがに」
カイにまでそんなことを言われる。
「でもみんな王子様とは微妙に距離取ってるんですね」
「ヴェル様相変わらず大人気」
「魔獣に好かれる人と避けられる人ってこんなにわかりやすくあるんですね」
アズールとレオとエイデンの言葉に、ロキはヴェルメリオを見る。
「コツ」
「ねぇよ」
魔獣に囲まれているヴェルメリオに対して、ロキは一定の距離を保たれている。
「あれ、この子怪我してますよ?」
肩にとまっていた鳥と同じ、ピンクと赤の間のような色の綺麗な羽根の鳥が竜の背に降り立ったので、サクラは同じ種類かなとじーっと見たら、模様などではない赤を見つける。
「珍しいな、竜の土地で怪我なんて」
「俺初めて見ました」
ロキとレオが不思議そうに、確かに怪我だなあと見る。
「魔獣も薬とか付けんのか?」
「でも私動物の治療とかできないから」
アズールに聞かれるが、サクラはたとえそうでもどんな薬を使えばいいのかはわからない。
「飼われてる魔獣は、魔色石の中に入ると治る」
ロキが魔色石の剣を魔獣の前に出す。
「たとえ治ってもロキの魔色石に入るのは嫌だそうです」
「……知ってた」
「魔力量が多いと魔獣に好かれるんだと思ってた」
そんなヴェルメリオの反応にロキはとどめを刺される。
「魔獣は……魔力で治るなら、薬必要ないんじゃないですか?」
カイがふと思ったというふうに、サクラを見て言う。
何を言ってるんだ? とヴェルメリオとレオとエイデンは不思議に思う。
「試してみましょう」
サクラが魔獣に手をかざす。
三人は不思議そうにそれを見ていたが、怪我がさーっと消えて何もなかったかのように翼を動かすので、目を見開いてサクラを見る。
「なんか今の治癒魔法っぽい!」
「感動が今更だな」
「だって治癒魔法って名前は付けてますけど、私のなんかちょっと違いません?」
「比較対象がないものに何言ってんだ」
「……そうですけど」
「……軽いな」
ヴェルメリオはぼそっとこぼす。
とんでもないことをしているのに。
「この能力はどこかで役立つことがあるんでしょうか」
「なさそうだな」
「恩に感じて私の魔獣になってくれたりは」
「……なさそうだな」
右耳のピアスを外して鳥の前に出すが、竜の背で羽繕いをしている鳥は見向きもしない。
雨が晴れて、「あっ」と空を見上げたら、竜の背の鳥が空に飛び立って「あっ」となる。
「あっ……」
「「「「あっ……」」」」
肩にとまっていた鳥が消えた。
「え?」
サクラは左耳のピアスも外す。
自分の瞳の色と同じピンク色一色だったはずの魔色石に濃いピンク、鳥と同じ色が混ざっていた。
お前が入るんかい、と男たちは思わず心の中でそんな突っ込みを入れてしまった。
治療してもらった方はもうどこかに飛び立っていってしまって姿が見えない。
「……俺が魔獣持ちたかったのに」
ロキは雨が晴れたことで雨宿りの必要もなくなってさっさと立ち去ってしまった他の魔獣たちと違って相変わらず横にいる魔火竜の背に項垂れる。
「ロキもこれから持てるかもしれないじゃないですか」
「……俺が知ってる三組はすべて片方しか持ってない」
「ヴェル様は持ってますが姫様は持ってないですね」
「……今四組になった」
「……ま、まあ、たかが四例っていう考え方も」
「……ご、ごめんね、ロキ」
「そんな例の中に入れるなよ。関係ねえよ」
ヴェルメリオは冷たく言う。
ロキはハッとすると顔を上げる。
「1級の魔色石に入れた方がいい。B級の魔獣に2級の魔色石では耐えられないかもしれない。それとなるべく大きい魔色石の方がいい」
「じゃあこれに」
服の中に入れていたペンダントを出すと、ロキの魔力を返して自分の魔力を溜める。
「こっちに移ってくれと言えば移る。そいつはもうお前の魔獣だ」
「お前本当に魔獣欲しかったんだな……」
「……言うな、俺は今夢破れてすごく悲しんでるんだ」
すごく詳しいロキにちょっと同情を浮かべてヴェルメリオが言う。
大袈裟なロキに少し笑ってしまいそうになるがそこは大人として抑えた。
言われた通りサクラは「こっちに移って」と言えば、鳥はペンダントに移った。
「すごーい……B!?」
サクラは遅れてそこの驚きがやってきた。
「え、あんな可愛いただの鳥みたいなのがB級なんですか? 炎犬や氷鹿より上?」
アズールは信じられないという顔で言う。
可愛いただの鳥とは言うが、鳩サイズではあるが見た目はもっと神秘的で、サクラは漣鳥の仲間って言われても信じるなと思った。
「何を言ってるんだ、こいつは陽鳥、アマルテアの第一王子の陽狼と同じく火魔法と光魔法を使う魔獣だ。複数の魔法を使う魔獣は珍しくて、B級以上にしかいない」
「光魔法ってどういう魔法なんですか?」
聖魔法も実際は状態異常魔法のことらしいし、神聖な魔法とかじゃないんだろうなと思いながら、アズールは聞く。
「光魔法は光魔法だ」
「どういうと言われても、光るとしか」
ロキとカイに、名前そのままなのに聞かれていっそ不思議そうに答えられる。
「……じゃあ強い火魔法を使うんですか?」
B級ってことは、そういうことだろうと、サクラが聞く。
「いや陽鳥が使う火魔法はそんなに強くない。光魔法は強力だが」
「……光魔法強力でも」
光るだけだろ、とアズールは思ってしまう。
「じゃあどうしてB級なんですか? 脅威のランク付けですよね?」
サクラが不思議そうに、魔色石から出てきて肩にとまっている陽鳥を見ながら言う。
「物理的に強いから」
「「……物理的に?」」
サクラとアズールは可愛い鳥にしか見えない陽鳥を凝視する。
「何度竜の土地に通っても魔獣に選ばれないものは一生選ばれないが、選ばれる者は通り過ぎる一回で選ばれる」
「村人は一度も水神様に選ばれたことはないのにヴェル様は一回たまたま近く通っただけで選ばれましたから」
「……雨は晴れたのになんかじめっとしてますね」
「まだ雨は乾いてないからな」
ロキとレオ、アズールとカイのそんなやり取りにサクラは苦笑をこぼす。
「でもほら、これでロキがいなくても大丈夫ですから、ロキは楽に」
「俺がいないと大丈夫じゃない方がいい」
「私を自立させてくれない人ですね」
「……レオよく平然としてるな」
アズールはもう慣れてきたが、二人のこういうやり取りに反応のないレオにすごいなと思った。
エイデンはちょっと最初の頃の自分と同じような反応をしていた。
「……姫様とヴェル様で慣れてる」
「……あ、魂の片割れってみんなこんな感じなんだ」
そのやり取りに、横で聞いていたヴェルメリオは顔をしかめる。
客観的な立場になって初めて気付くことがある。
「そうだサクラ様、陽鳥の羽根を少しいただいても構いませんか?」
「どうぞ」
肩で毛繕いしていた陽鳥のところに手を差し出せば羽根を落としてくれたので、サクラはそれをカイに渡す。
「そんなのどうするんですか?」
アズールが不思議そうに聞く。
「それが非魔法使いが魔法使えるカラクリだよ」
カイではなくヴェルメリオが答える。
「え、カイさんの特殊能力じゃなくてそんな仕組みだったんですか!?」
「アリサもそうだ」
「……そんな気配は感じてたよ」
カイは同類だと思った勘が当たっていたことに微妙な顔になる。
「え、じゃあミア様もですか?」
「ミア?」
初めて聞く名前に、ロキはヴェルメリオを見て聞く。
「水神様の巫女だよ」
「巫女なんていたのか」
「というかその巫女が水神様の保持者じゃないんですね」
アズールは、イメージ的にはそんな感じだけどと言う。
「水神様を使うなんて、巫女は力を借りるだけです」
「なるほど、魔獣具使いを巫女と言っているのか」
「「……?」」
アズールもハテナとなるがレオもハテナとなって、サクラとエイデンもハテナとなる。
「魔獣の欠片を使って魔法を使うものを、魔獣具使いと言うんだよ」
「それは知りませんでした」
「なんだあっさり受け入れたな。巫女の特別を否定したようなものだろう」
「アリサさんも使いますしね。あ、ミア様の妹さんです。それにそういうことを言い始めると水神様を使役する人間がいるのはいいのかという話に」
「それもそうか。まあ、特別ではあるんだがな。歴史上には何人か存在は確認されるが、俺はカイ以外見たことがない。魔法大国と言われるアマルテアでもそのレベルだ」
サクラとアズールとエイデンがカイを見る。
「でもヴェル様も使われますよ?」
「それは自分の魔獣の欠片使ってるだけだろ。そういうのはただの魔獣使いだ。自分が保持する魔獣以外のものを使うのが、難しい」
「ああ……でもどうして使う人がほとんどいないんでしょうか。オンド村の者は水神様の力を借りるなんて、恐れ多くて、巫女以外はという理由ですが」
「低級の魔獣ならそこまで難しくないんだ。E級の魔獣なら魔法使いなら誰でもできるくらいだ。だがAくらいになると……カイの習得過程を見ていた者たちはその力の強大さを知っても絶対にしようと思わない。まあ、まず死ぬな」
「……え」
声が出たのはレオだけだったが、同じような表情でみんなカイを見た。
「カイは魔力が低いから扱いやすい。それでも何回か死にかけてた。体が丈夫なカイじゃなかったら死んでたかもな」
「……ミア様はとても華奢な方で、とても丈夫そうには」
「だから巫女なんだろう。保持者ほどではなくても、漣鳥は力を貸してくれてたんだよ」
レオはこの話を聞いて、改めて巫女への尊敬のような畏怖のような神聖視のような感情が出てきたのか、表情に滲む。
まあたぶんアリサは死にかけたんだろうけど、とロキは内心でこぼす。
「だが村の巫女がハリボテではないならどうして村に魔獣が現れたとき……いやその巫女は当時子どもか」
「はい」
「先代とかはいなかったのか」
「素質があるらしいです」
「あー……まあ、うちも全員氷魔法使えるわけじゃないしな」
ロキほどの魔力はなくとも氷魔法を使えた者は今までも何人もいたが、総じて魔力は10以上だった。
「ミア様は聖魔法使いなんですが、魔力が多いので……」
「たまにいるな。逆に王宮に氷魔法使いだが魔力が少ないから薬医をしている者がいる」
「噛み合わないものですね」
「その薬医はそういう形もあるとは思うが。巫女が嚙み合っていないのなら、まだ、余地が残っているのかもな」
「魔力が少ない人と相性が合えば確かにそうなりますね」
アズールはサクラを見る。
確かに、サクラとロキは噛み合っているように思う。
しかし、そういう言い方は、なんだか、なんというか……とアズールは少し微妙な気分になる。
「お前ではなさそうだな、お前の魔力量じゃ意味ない」
「恐れ多い!? 姫様は別格としても巫女は村では特別な存在です!」
レオは全力であり得ないと顔の前で手を振る。
「ミレーナと相性が合ったのは庶民だろ」
「……ヴェル様は漣鳥に選ばれるような特別な方です」
「本人はそうは思っていなさそうだが」
「なんか、火の気配強くないか?」
唐突にヴェルメリオがそう言ったので、みんな最初は話題を変えたいのかと思った。
しかしヴェルメリオは真剣な顔で山の方を見ている。
「魔火竜の縄張りにいるんだから当然だろう」
「そういう全体に薄っすら充満してる感じじゃなくて」
「そいつのせいじゃないのか?」
ロキに、そいつ、と言われ、ヴェルメリオはすっかり意識外だった幼体の魔火竜を見る。
「……そう言われるとそんな気もしてくるが、でも山の方から」
ロキとカイとヴェルメリオがバッと顔を上げると周囲を見渡す。
魔火竜も同じように顔を上げ、陽鳥は魔色石に入るので、サクラとアズールとレオとエイデンはいったいどうしたのかと緊張感のようなものを感じる。
「火の魔力の気配が急に濃くなった」「森がざわついてる」
ロキとカイは顔を見合わせる。
「……な、なあ、竜怯えてないか?」
「……怖がってるように見えるね」
「まさか、この世で竜が怯えることなんて」
強張った表情のアズールとサクラに、レオも強張った顔でそんなことがあるはずがないと言いかけて、そして気付く。
「幼体の竜が怯えることがあるとするならそれは成獣の竜が相手のときくらいだろう」
強張ったカイの言葉に、三人の表情は凍り付く。
「魔火竜が、怒ってる」
ヴェルメリオは山から上がる煙に、最悪の可能性を覚悟する。
「……カイ、怒った竜に話は通じると思うか?」
「……無駄話している暇があったら逃げてください」
「どこに逃げろって? 魔水竜の湖にでも逃げろってか?」
ロキは引き攣った顔で笑う。
「え、そんな、逃げるとかって話なんですか? 俺らなんもしてないのに」
アズールは自分の声が震えていることに気付いて、状況の深刻さに実感が湧いてしまった。
二人はいつも余裕で、何があっても大丈夫な気がしていて。
それはヴェルメリオのときに確かに一度崩れたが、それでも、こんな顔はしていなかった。
それが今、何か、覚悟を決めたような顔をしている。
「よしじゃあ最初に壁になるやつクジで決めるか」
「確実に死ぬ役をそんな緩いテンションで決めようとするな」
山から上がる煙から目を逸らさないヴェルメリオの提案に、同じところを見ながらロキが突っ込む。
「最初に死ぬか二番目に死ぬか三番目に死ぬかの違いだ」
「よしわかった、ロキ様が三番目で俺とお前でどちらが先に死ぬか決めよう」
「俺が二番ならロキが三番目確定でいい」
「仕方ない、交渉成立だ」
「……あ、あの、三人一緒ならどうにかなったりしないんですか?」
絶望の種類が違うだけの選択肢から選ぼうとしている二人に、アズールが控えめな声で言う。
「俺は即死しない自信はある」
「俺は三十秒止められる自信はある」
「竜を倒せたら歴史に名が残るな」
カイとロキの絶望の宣言の後にヴェルメリオにそんなことを言われ、四人はもう何も言えなくなる。
そんな話の最中にカイが剣の柄を握ったため、みんなビクッとする。
「……竜じゃありません、人です。複数人の気配がありますね」
必要以上に怯えさせてしまってちょっと申し訳なく思う。
「ルート選択制になんねぇ? 竜と人、右と左」
「たぶん何選んでも竜は強制介入だ」
ヴェルメリオとロキが強張った顔のまま、内容だけなら気の抜けたやり取りをしていたら、さっきカイが複数人の気配がすると言ったように、遠くに集団が見える。
「あの集団が誰でも何でも関係ないと思うんだ。俺たちはこの後等しく竜に蹂躙される一個体」
「同感だ」
「……悟りを開いてしまってますね」
警戒も危機意識も本当になさそうな顔で、遠くの集団を眺めている魔法使い二人に、サクラはどういう気持ちでこの状況にいればいいのかわからない。
「でも向こうも必死でこちらのことはあまり気にしていなさそうな……」
一応自分も柄に手をやったエイデンは、こちらのことを認識はしていそうだがそれどころではなさそうな集団に、警戒意識が薄れる。
そばにいた幼体の魔火竜がビクッとした直後、山から黒い影が飛び立った。
さっきまで山の方から視線も逸らしていなかったのに、完全に意識が逸れてしまっていた。
みんな今の状況思い出す。
どんどん近付いてくる竜に、心臓が早鐘を打って、息がしづらくなって、体が硬直して指を動かせなくなり……そして頭上を通り過ぎると、ぽかんとアズールとレオは振り返る。
「え、魔火竜全然襲って」
きませんけど……と続けようとするが、カイに背を叩かれて、ヴェルメリオに「走れ!」と叫ばれ、アズールは半ば反射的に魔火竜が飛んでいった方とは逆に走る。
「どういう状況ですか!?」
走りながらということで、半分叫ぶようにエイデンが状況説明を求める。
「あっちに魔火竜を怒らせたバカがいるんだよ!」
ヴェルメリオも同じくらいの声量で返す。
「なんで逃げてるんですか!?」
自分たちは何もしてないのにと、アズールはさっき言ったそれを再度思う。
「竜を怒らせた原因が人間なら、怒りの対象は人間だ。竜に俺たちと竜を怒らせるようなことをした誰かが無関係の集団かなんて区別はつかない。人間だって動物にそんな区別つかないだろ。この辺りにいる人間は殲滅させられる」
カイの説明に、アズール含め状況を理解していなかった四人はゾッとする。
「人間以外の可能性は」
レオがそう言えば、アズールも確かにと思った。
「残念だが、過去竜を怒らせたバカは全員人間だ。他の生物はそんな愚かなことはしない」
「「「…………」」」
ロキに絶望の宣告をされる。
背後から、悲鳴が聞こえた。
断末魔にも、聞こえた。
竜が飛んでいったのが、結局何なのかわからなかった遠くに見えていた集団の方だったことに、みんな気付いていた。
表情が強張る。
羽ばたく音が聞こえた。
走る以外にできることがない。
そして、絶望が頭上に影を落とした。
最初に気付いたカイは即座にロキとサクラを視界に入れて、しかし判断に迷う。
ロキが間に合うなら、下手に手を出さない方がいい。
ロキは自分とサクラの身を守れる。
だが間に合うかどうかの判断がつかなかった。
カイ以外は、頭上に魔火竜がいることに気付いた直後にはもう熱を感じていて、見上げたときには火炎が迫ってきていた。
「お前ら何してる! 早く逃げろ!」
最初からずっとどこか緩い空気で、余裕のようなものがあったヴェルメリオが、魔火竜の火炎を自分の炎で完全に相殺して……できていて、その上で、焦った顔で叫ばれて、状況の深刻さは伝わるが、逆に足が動かない。
「に、逃げるって、どこに……」
さっきロキは魔水竜の湖にかと言った。
それが現実的ではないことなんて考えるまでもない。
アズールは乾いた喉からなんとか出した声で聞く。
カイはそれに反射的に逃げるべき方にアズールを押す。
言葉より先に手が出たのは切羽詰まって心に一切の余裕がなかったからだ。
「漣鳥の湖に行け!」
ヴェルメリオが叫ぶ。
「レオ!」
エイデンに叫ばれてレオはハッとすると「こっちです!」と先導して走りだす。
「カイ!?」
逃げる方に背を向けて剣を抜くカイに、ロキは逃げる足を止めて叫ぶ。
魔火竜に雷が落ちる。
雷轟と巨体が地面に落ちた音に、みんな足を止めて振り返ってしまう。
「俺が、一番ですから」
振り向いて、カイは笑って言う。
「だったら俺も一緒に」
「ロキ様」
「…………」
ロキは何も答えない。
カイの平淡な声に、サクラとアズールはロキを見る。
「なるべく時間を稼ぎます」
「……やっぱりみんなで」
「殺しにくる竜を相手に生き残れる人間なんてこの世でヴォルフだけだ!」
「…………嫌だ」
それは迷子の幼い子どものような声だった。
「ロキ・アマルテア!」
「…………」
「あなたはいつ、臣下のために死んでいい存在になりましたか」
ヴェルメリオに早く行けという目線を送られたエイデンは、ハッとしてレオとアズールの背を押して無理やりもう一度走らせる。
「……諦めるなよ」
ロキのその言葉にカイは笑みをこぼす。
「ええ」
ロキはサクラの腕を引いて走り出す。
「なんだ順番を変わってくれるのか?」
一緒に逃げずに残ったヴェルメリオに、カイは怪訝な顔をする。
「言っておくが俺は諦めてない」
「お前、勝算があるのか」
「鷲獅子が一体残ってる。魔火竜がこいつらの何に怒ってるのかはわからないが、鷲獅子なら怒りを鎮めてくれるかもしれない」
「人間の味方をしてくれるのか」
「……確証はないが、俺は子どものときから仲良くしてた」
「希望もなく寿命数分伸ばすために頑張るよりは鷲獅子が出てくる希望持ってた方がまだ精神的にはマシだな」
「……もうちょっと希望持とう?」
飛び立たず地面で体勢を立て直した魔火竜は二人の方を見て口を開ける。
カイは木の上に飛び乗る。
「……一発でも当たったら終わりだな」
火炎が通り過ぎた跡を見て何度目かもわからない絶望感を持つ。
「ねえ共闘って知ってる!?」
球形に展開された炎の中から無傷で出てきたヴェルメリオがカイを見上げて叫ぶ。
「竜の前でそんな元気なやつお前くらいだろ。人間単体としてはヴォルフより上なんじゃないか?」
「これが元気に見えるかよ!」
叫んだタイミングでヴェルメリオに火炎が噴くが、ヴェルメリオは右手を前に出して止める。
カイはあんなの体の横を通る火の熱だけで大火傷だろと思った。
「ほら見ろ、火傷しちゃった!」
ヴェルメリオは右手のひらをカイに見せて言う。
「……元気だな」
「なんでだよ!?」
魔火竜が翼を羽ばたかせると、熱風が吹いて、カイは剣を前に盾のように持つと、風魔法で防御する。
少し受けてしまった熱風に、体がヒリヒリする。
「カイ、雷の弾数は」
熱風の中で平然としているヴェルメリオが言う。
「……さっきの威力なら二発」
「水魔法は」
「どっかの業火に使っちまったよ」
「最悪だ」
「こっちの台詞だ」
魔火竜はカイの方を見ると、口を開けて火炎を吐く。
カイは枝から上に跳ぶと、“空中で”もう一度上に跳び、魔火竜の背後に降りる。
魔火竜は振り向くなりまた火を吐いてくるので横に飛び退く。
「……ちゃんと落としやすい方から狙ってくんのかよ」
「カイ、魔火竜がしてくるのは火を吐くくらいだ! 人間の魔法使いみたいに難しいことはしてこない! 竜がS級なのはただ頑丈で魔力が無尽蔵で攻撃の威力がすごいって理由で、つまり……シンプル怪物だ!」
「希望持てるみたいな言い方してくんな! それが一番どうしようもねぇんだよ!」




