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魔火竜 1

 早朝にカステルを出て、とんでもないトラブルはあったが夕方にノルダーに着くと、七人はまずギルドの食堂に行く。

 ロキとサクラ、そしてヴェルメリオはフードを被る。


 なんとなくくらいではあるが、ヴェルメリオを奥の席に座らせ、みんな席につく。


「不思議です、こんな状況で、俺は何普通にご飯食べて、ちょっと不味いなって思ってるんだろう」


 スープを一口飲んで、レオはそうこぼす。


「そりゃまあ、だって“ここ”は安全な場所でしょ。神殿から追いかけてきても、ヘルシリアの王子敵に回しても。理解したら怯える理由がなくなる」


 普通にご飯を食べながら、アズールがそう言う。


「まあ、ヘルシリアでの脅威なんてヴェルが殺しに来るくらいだったからな」


 ロキは軽く言うが、シーンとなる。

 その唯一が起こってしまった。


「あ、あの、皆さん全員魔法使いなんですか? 自分は水ちょろちょろ出すくらいのことしかできないんですが」


 エイデンが全員の能力の確認を求める。


「仲間だと思ってたのに!?」

「剣を扱える時点で仲間ではないだろ」


 アズールはカイにバッサリ言われる。


「神殿で働くくらいだからな、まあそれなりに有能ではあるだろ」

「……えぇ」


 ロキにもそんなことを言われる。


「魔力量は7あるが勉強中」

「まったく魔法使えません!」


 ロキが指差して言った後に、アズールが宣言する。


「私は魔力5で、最低限の水魔法と火魔法を扱える程度ですね」

「あ、俺も同じくらいです。魔力量は8で」


 しかしサクラはレオのそれに、同じくらいではないんじゃないかな……という顔になる。

 ただ水を出すだけでも5と8では大きな差が出る。


「魔色石に魔力を溜める程度のことしかできない非魔法使いだ」


「もうちょっとマシな嘘つけよ」


 カイの自己宣告に対してのヴェルメリオの反応に、レオとエイデンも確かにとは思うが、いまいちカイがどういう存在なのかは今もよくわからないままだ。


「……お前もおかしな自己評価だろ」


「火魔法のみ。頑張れば水数滴」


 簡潔に言われるが、みんなヴェルメリオの魔力量で水数滴というところになんでだよと突っ込みたい。


「思ってたんだが、ヴェルのそれって、火魔法じゃなくて特殊な魔法じゃないか? 俺は仮で炎魔法と呼んでたが」

「……は?」

「特殊な魔法はたいてい四大魔法とは感覚が大きく異なる。ヴェルは特殊な炎魔法の感覚で普通の四大魔法を使おうとしてるから使えない。他の人からしても火魔法は使えてるように見えるから他が使えないことになんでだよってなる」

「…………」


「よかったな気付けて」

「十年前に言って!?」


 他人事のカイに、ヴェルメリオは全力でそう返す。


「まあ、レオに教えてもらえよ」

「……見習い魔法使いに基礎教えてもらう魔導士何」


「……俺がヴェル様に教えるんですか?」


 レオの方も複雑だ。


 ***


 ノルダーは明日の朝出ようということで、今日はもう宿でゆっくりすることになり、それぞれの部屋に分かれる。


「この部屋分けも変だと思うんだが」


 椅子に座って、ベッドに横になっているヴェルメリオを見ながら、カイはそうこぼす。

 ヴェルメリオがカイと同室を求めたためこうなった。


「俺は安眠したい」

「しろよ」

「お前が一番安心だ」

「……寝首かかない安心さならレオが一番じゃないのか?」

「あいつに命は預けられないだろ」


「……安心さは力じゃなくて心で決めろよ」


「お前蒼狼だろ?」


 カイはヴェルメリオをちらっと見る。


「俺をあてにするなよ」

「それ漣鳥いない俺に言う?」

「……実際どうなんだ。昨日のは自棄的な戦い方だっただろう」

「何もできないってことはねぇよ。ヘルシリアの魔導士たちは俺が本当に全然コントロールできないみたいに思ってるみたいだが、実は大がかりな炎は上手く扱えるんだ。細々としたのがあまりに下手で」

「それは炎魔法はちゃんと使えて火魔法は下手だったという話では」

「……たぶんそう。だからそこに気付けば改善されるとも思う」

「なら」

「それでも俺は炎だ。ロキの水や氷とは違う。それにロキが特別だってことはお前もわかってるだろ」


「いや、なんというか……お前も見てるところがとんでもなく高いな。さすが国一番の魔導士」


 ヴェルメリオはカイの方を見る。


「俺は……この国でそんなに評価されてない」

「お前はロキ様と似てるよ。ロキ様は細かい技術は評価されてるが、それは強さの評価ではない。お前は火力は評価されてるが、技術はないと思われてる。ロキ様とお前は、強さを侮られてる」


「ロキは、戦い慣れてないな。模擬戦は強くても戦場慣れはしてないみたいな雰囲気がある」

「……王子だぞ」

「まあ、そうなんだけど」


「お前から見て、ギゼル王太子はどういう人だ」

「浮浪児が想像する嫌な王子様」

「……なんだそれ」

「ゴミを漁って生きていた子どもを、ゴミを見るような目で見る、王族だ」


「……お前は」


 その言葉で、ヴェルメリオの魔力を見出される以前の生活はなんとなく察せられる。


「魂において同格ってのは、これ以上ない王女への侮辱だった」

「…………」

「俺の存在が、ミレーナ様を貶めていた」

「……それは、違うだろ」

「周知になる前に消えれば、なかったことにできれば、俺の過ちは、許されるだろうかと、思ったんだ」


「お前は、やっぱり、知っていたんだな」

「ミレーナ様が気付く前に、消えていればよかったんだ」


 限界だったのか、ヴェルメリオは本当に寝てしまったようで、カイはため息を落とす。

 きっと、ずっと、まともに寝ていないだろうことは察していたので、起こそうとは思わなかった。


「一番強いというのもつらい立場だな」


 ぼそっとこぼす。

 ヴォルフを思い出す。

 もう一度ため息がこぼれた。



 ***



「あんたたちせわしないねぇ」


 昨日の夜に着いて、朝もう出ていこうとしている七人に、宿の女将はそう言う。


「急いでるんだ」

「……追われてる身とかじゃないよね?」


 食事のときもフードを外さないロキとサクラとヴェルメリオを見て、少し表情を曇らせる。

 二人ではなくレオとエイデンがドキッとする。


「だったら呑気に食事なんてしてないさ」

「そりゃあそうだね。ピンクの目をした女の子が来たもんだからちょっと気になってね」


 その言葉に全員食事の手を止める。


「ピンクの目の女の指名手配犯でもいたか?」

「いやそうじゃないよ、長雨の前にここに泊まった客が、ピンクの瞳の若い女の医者を知らないかって」


「……えっ」


 サクラは声がこぼれる。

 女性の方を見た。


「最初はその探し人かと思ったけど、若いったって、さすがに若すぎるしね。まさかあんた医者じゃないだろう?」


 サクラは咄嗟に否定するべきか肯定していいものか言葉に詰まる。


「そいつはどうしてその人を探してるって?」

「さあ、そこまでは。でもその客も一泊だけですぐ行っちまったよ。まああのときは長雨前だったから急いでるみたいなのも気にならなかったけど」

「どんな男だったんだ?」

「その客もフード被ってたからねぇ、若い男だとは思うけど。うちのが恋人にでも逃げられたのかって言ったら、恩人だ……って」


 女性は夫の方をちらっと見て言う。


 七人は食事を終えるとすぐに宿を出て、街も出る。


「心当たりは?」


 サクラは首を捻る。

 ロキがさっきの宿でのことを聞いていることはわかったが、心当たりはなかった。


「村にいたときに診た旅人の誰かじゃね? すごい感謝してた人いっぱいいたし」


「だが探しているということは村にはもういないということを知っていることになる。なのに追い抜いてノルダーもすでに起っているというのは不自然だろう」


 アズールは軽く言うが、カイにそう言われ、確かにとなる。


「庶民と言っていましたし、村にいたということですが、サクラ様はどうやってあんな医術を?」


「才能だ」

「裏技です」


 ロキとサクラは顔を見合わせる。


「才能だって言っておけ」

「才能です」


「……はあ」


 レオは結局よくわからないままだ。


「他にピンクの目の若い女の医者がいるんでしょうか」


 サクラはそう言うが、さすがにいないだろ……という顔で男たちには見られた。


「まあでも恩人だって言ってたなら別に気にする必要ないだろ」


 アズールが会っても恩返ししてもらえばいいじゃんというふうに言う。


「なんか嫌だ」


 ロキはサクラのフードを目が隠れるまで引っ張って言う。

 なんでサクラじゃなくてロキが? とアズールはなる。


「「「あ……」」」


 みんな、手のひらを上にして空を見上げる。


「……長雨明けてすぐに雨が降る年は不吉って言いますよね」


 レオは微妙な顔でそう言う。


「もう手遅れだろうから、今更雨が降ろうがという気はするが」


 ロキは雨除けのドームを展開する。


「人間でこれするやつ初めて見た」

「人間で?」

「漣鳥はしてた」

「そういえば絵本にもそういう絵があったな」


 規格外の会話してるなと、エイデンとアズールは思った。


「手遅れってどういうことですか?」


 再び歩きだしてから、サクラがさっきロキが言ったことについて尋ねる。


「魔力の相性が合う者やS級の魔獣の保持者が多く現れる時代は荒れると歴史が語っている。そしてそういう時代は高位の魔獣の保持者や複数保持者、特殊な魔法の使い手も多く現れ、そういう者たちは関わり合う」


「「「……え」」」


「ただ視点を逆にすれば多く現れるから荒れて、そういう存在は事件を起こし解決する中心に自然と集まるだろうから関わり合う。そういう話では、という考え方もあります」


 カイの話に、そういうことじゃん、とみんな思った。


「……魔力の相性がいいのを運命の相手にしたり、なんでそういう運命論にしたがるんですか」

「過去の人間に言ってくれ」


 サクラにそんなことを言われても、ロキとしてもそう言うしかない。


「あ、こっちに行くと夕方ごろに雨宿りできる場所の前を通るんですが」


 レオが道から逸れる方を指差す。

 日中はいいが、寝るときまでロキに雨除けし続けてもらうわけにもいかない。


「お前の案内で行こう」

「現地の人がいるとこういうとき有り難いですね」


 ロキとカイは道にこだわりはないとレオに案内を任せる。

 エイデンはあまり詳しくないと言って、ヴェルメリオはそもそも何も言わなかったので自然とレオが案内役になった。


「獣とか出ないですか? まあ王子様がいれば心配する必要なんてないのかもしれませんけど」


 通るのが大変というほどではないが、木々の合間を歩くことにアズールがそう言う。


「まあ、この辺りはもう大丈夫だろ」

「そうですね」


 ロキの言葉にレオもそう言う。

 サクラとアズールだけが首を傾げた。


「あそこに見えているのが魔火竜の山ですが、あの山と周囲の森では獣は驚くほどおとなしいんです」


カイが前方の山を手で指し示しながらそう教えてくれる。


「え、どうしてですか?」


「争いを起こすと魔火竜が怒るからだ。竜は穏やかな性質だが、縄張りを荒らすものには容赦しない。おとなしくしているなら人も獣も山に入ろうがそこに住もうが気にしない。竜の目の前通り過ぎようが、何なら目の前で寝たって別に怒らないが、狩りなんてしようものなら灰にされるな。竜の縄張りは王すら決して手を出せない土地だ。竜という絶対的な力によって平穏が約束された誰も荒らすことのできない土地」


「「…………」」


 サクラとアズールはロキの説明にゾッとする。


「竜の縄張りは特殊な土地ですから、サクラ様は楽しい場所だと思いますよ。森を抜ける前に雨が晴れるといいのですが」


 カイにそう言われ、サクラは周囲を見渡す。


「ここにしか生えてない植物とかがあるんでしょうか」

「おそらく」


 わくわくして探しながら歩こうとするがつまずいてこけかけるのでロキに禁止され、そのためレオが言った通り夕方に洞窟に着いて今日はここで野宿しようとなってからサクラは嬉々としてロキを連れて周辺の散策に出かける。


「あ、カイさん、先客がいました」


 小瓶を光らせて地面に置いて座ったカイに、アズールが洞窟の奥にいた“ネコ”を持って見せる。

 さらっとおかしなことするな……とアズール以外の三人は小瓶とカイをじろじろ見る。 


「誰にも危害加えられないから全然逃げないんですね」


 アズールは笑って言ったら、レオに苦笑をこぼされるので不思議に思いながら“ネコ”を見る。

 驚いて思わず落とした。


「……え」

「火猫だな。D級の魔獣だ」

「…………え?」


 平然としたカイにアズールは足元の火猫とカイを何度も視線を行き来させる。


「竜の土地は魔獣も普通にいるんだよ。もちろん魔獣も襲ってきたりはしない」

「……マジですか」


「俺は魔獣には嫌われるんだが、やっぱりこの土地は特殊だな」


 カイは火猫を撫でて言う。

 火猫はゴロゴロと喉を鳴らしている。


 アズールも不思議だなーと思いながら撫でていたら、火猫は突然毛を逆立ててヴェルメリオの足にしがみつく。


「もっと魔獣に嫌われる人が来ました」


「……違う、俺は低級の魔獣には怖がられるだけだ」


 ロキがすごく複雑な顔で洞窟の中に入ってくる。


「……さすが、桁違いの魔力の持ち主」

「不思議ですね、ヴェル様は好かれますけど」


 ヴェルメリオが足にしがみつく火猫を抱っこしてやれば、少し落ちついたようだった。


「やっぱり量じゃなくて質の問題でしょうか」

「……サクラ」


 そんななんでもないやりとりの和やかな空気は、新しく雨宿りに来た魔獣によって終わる。

 全員思わず息を殺した。

 魔獣はロキの隣に腰を下ろす。


「カイ、魔獣が俺に近付いてきた」

「……魔獣が近付いてきて喜ぶのあなただけですよ」


 ロキは魔獣を撫でるが、嫌がる素振りもなければ喜ぶ素振りもない。

 カイが、少し気にしながらも夕食の準備を始めるので、ロキ以外がちらちら見ながら手伝う。


「……ちなみにその魔獣は何級」


 サクラは、答えを予想しながらも一応尋ねる。


「「S級だ(です)」」


 ですよねーとサクラとアズールはちょっと遠い目になる。


「……想像してた魔火竜より小さいです」

「こいつはまだ成獣じゃない。竜は五百年くらい生きるんだが、そのうち百年ほど同時に二体存在する時期がある。魔火竜は今がそうなんだろう。魔水竜は湖から滅多に出ないから、たぶん成獣の魔火竜の方は山だろう」

「どのくらいで成獣になるんですか?」

「生まれてから三年くらい? こいつが今どのくらいかはわからないが、たぶん半年後には倍くらいになってる」

「……倍」


 すでにライオンくらいのサイズはある。


「動じなさというか、気にしなさすごいですね」


 人が七人もいるのにどうでもいいとばかりにあくびをして目を閉じる竜に、アズールはマイペースにもほどがあるだろうと思った。


「自分を脅かす存在がいない生物だからな。だが竜は襲ってくることもないから、竜のそばは最も安全な場所でもある。竜の縄張りはそもそも安全ではあるが、今日は気を抜いて寝られそうだな」


 ヴェルメリオはそう言うが、サクラもアズールもレオもエイデンもさすがにS級の魔獣の隣では……と思って、しかしぐっすり寝た。

 それはもうぐっすりと。

 そして竜は朝になってもそこにいた。


 もう気が抜けてきて、みんな竜を気にせず朝ご飯を食べて、そして洞窟を出る。


「ん? お前も出ていくのか? まだ雨は降ってるぞ」


 竜も一緒に外に出るのでロキが言葉をかければ、そのままどこかに行くのではなくロキの横から動かない。


「雨に濡れずに移動する方法を理解したんですね」

「賢いですね」


 カイとサクラがそう言う横で、ロキは複雑な気持ちだ。

 好かれたわけではなかった。


 ただまあ、竜に会うという目的は達成されたので、それはよかった。

 ぬるっと出会ってしまって、成獣ではなく幼体でと、いまいち感動は薄かったが。

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