罪を焼く炎
「ヴェルメリオ! なぜ俺たちを攻撃する!」
「そりゃ神殿か、自分の心にでも聞きな」
魔導士を三人一瞬で倒したカイと剣を交えながら、ロキと魔法でやり合うヴェルメリオに、サクラ、アズール、エイデンは、これが一国の最強……と、あまりの規格外さに呆然とする。
何よりサクラとアズールは、いつも余裕だったロキとカイの焦りや緊迫感に、危機感を煽られる。
ロキが以前、災害が意思を持って襲ってくると言っていたのを、思い出してしまった。
「ヴェル様! それは誤解で」
「レオ下がってろ! ヴェルはそんなことわかってる! こいつは、俺が誰かわかってるんだから!」
「「……え」」
レオとエイデンはロキを見て、ヴェルメリオを見る。
そうだよなとは、アズールも思った。
ヴェルメリオは、当然察していたはずだ。
「トールだろ」
「お前自分が何をしているかわかっているのか」
カイは剣を振り下ろそうとして、噴き出した炎の熱に剣を戻し後ろに下がる。
「ヴェルメリオ様やめてください! この方たちを攻撃すれば大変なことになります! この方はアマルテアのっ」
火炎が近くで上がって、エイデンは熱に咄嗟に腕で顔をガードする。
熱だけで死の恐怖を感じるとともに、しかしエイデンは焼けたはずではとも思った。
そして、魔法を使わないカイや、防戦一方のロキ、それでも蹂躙はしないヴェルメリオに、違和感を持つ。
カイとロキは、まだ戸惑っている。
それは、ヴェルメリオに殺気を感じないからではと思った。
「ヴェル様本当に水神様がいないんですか!?」
「…………」
「っやめてください! 水神様がいないとあなたはっ」
ロキとカイはハッとする。
ロキの水流がヴェルメリオを飲み込むが、すぐに蒸発してしまう。
ヴェルメリオは動かそうとした剣が地面から盛り上がった土に埋まってピクリともせず、その動きの隙に、即座にカイに倒され、左肩と右腕に手を置いて地面に押さえつけられる。
ヴェルメリオはロキの方をちらっと見る。
「もうやめろヴェルっ」
カイの悲痛な声に、レオとロキ以外も気付く。
「どっちが先に焼けるか、我慢比べでもするか?」
夏の日差しの下の鉄を触っているかのような熱さに咄嗟に手を離そうとしたカイは、顔をしかめて力を込め直す。
「借りものの力じゃ相殺しきれねぇよ」
カイの手首に巻かれた銀の組み紐が光る。
A級の魔獣の水魔法で相殺しているのに、ヴェルメリオに触れる手は焼けそうなくらい熱く、カイは表情を歪める。
「もうやめろ! お前が先に死ぬぞ!?」
ヴェルメリオの体に、火傷が広がる。
「本当に甘いな。どうしてさっさと殺さない」
「お前はどうして俺たちに殺されようとしてる!」
カイのその言葉に、エイデンはすとんと何かが腑に落ちた。
周囲は炎に囲まれ、兵士の姿はもう遠い。
「ヴェルメリオ様、あなたは、ギゼル王太子派の人間としてアマルテアの王子を攻撃し、死ぬつもりですか!」
みんながエイデンを見て、ヴェルメリオを見た。
ヴェルメリオだけが、ただカイを通り過ぎて空を見上げる。
「ミレーナ王女から離れて、接触もせず、魔色石も手放して、ギゼル王太子の命令で動くあなたがロキ王子を害せば、それはギゼル王太子の責任になる」
「……だがお前は、子どもの頃からのミレーナ王女の従者だったのだろう」
カイは戸惑いの目でヴェルメリオを見下ろして言う。
自分の行動に必ずロキの名前が付いて回るように、ヴェルメリオもそうなら、昨日今日ミレーナからギゼルに鞍替えしたかのような行動を取ったところで、と思う。
「お前は、アマルテアや俺に期待していたわけでもないのか。ただ、ただ一言、アマルテアの王子が、ギゼルは王に相応しくないと言ってくれれば、それだけでよかったんだな。お前は、俺ならミレーナを責めないと思ったんだろう。別にアマルテアに介入を期待したわけじゃない。助け船を出してくれることを期待したわけでもない。ただ一言でよかったんだ。たかが第三王子の、一言で、十分だったんだ。それだけでミレーナはギゼルに勝てるほど、ギゼルには力がなく、ミレーナには力がある。お前はそれをわかってた」
「……たったそれだけのために、命を懸けたんですか?」
アズールには、理解できない行動だった。
国のために死ぬような人ではないと思っていたからこそ、余計に。
「……そんなのは、何の力もない俺のような名もない兵士のやり方だ。あなたなら、業火のヴェルメリオなら、もっといくらでも、やり方も、できることもあるはずなのに!」
「この国に」
ぽつりと、呟くように、言った。
カイはヴェルメリオを見るが、ヴェルメリオはカイを見ない。
「俺を殺せる人間がいなかった」
カイの表情が歪む。
英雄のような存在だったヴェルメリオのその苦しみの声に、レオは、なぜだか、涙がこぼれて、自分でもよくわからない感情を噛み締めて俯く。
「お前たちなら、俺を殺せたはずだ」
だからサクラを狙ったのかと、アズールはそこで理解する。
サクラを狙った方が、ロキは本気になると思ったから。
「どうしてお前は、それほどの力を持ちながら、それを使って自分の望む未来を作ろうとしない。お前がミレーナを選べば、それがこの国の答えで、未来だ」
「ミレーナ様の未来に、俺はいない方がいい。ギゼルと俺が消えて、それで、幸せだ」
「そんなわけない! 姫様はヴェル様のことが大好きなのに! そんなこと、あなただってわかってるはずじゃないですか!? 姫様の願いは、あなたが一生そばにいることで、あなたがそれを約束したから、国のために生きる不自由な王女の人生でも、姫様は笑っていられたんだ! あなたは! 何も望まない姫様が唯一望んだものだった!」
火傷が広がっていく。
このまま焼け死のうとしている。
レオは何かに祈るように両手を握り、俯き、涙ながらに訴える。
何も答えないヴェルメリオに、エイデンは焦りから、ロキとサクラの方を見る。
魔法使いと医者を見る。
「……ヴェルメリオ、どちらの魔力が先に尽きるか、試してみるか?」
ロキは周囲に氷と水を出す。
サクラが治したところで、自分で死のうとしているのだから、いたちごっこになるだけだ。
ヴェルメリオの魔力が尽きなければ、治療はできない。
「もう、手遅れだ」
「ミレーナ王女はいつか、あなたのいない明日を楽しみに思える日が来るのでしょうか」
ヴェルメリオ以外がサクラを見る。
最後に遅れてヴェルメリオがサクラの方を見た。
「医者なのに、死に際にかける言葉がきつい」
「死んだ後にかけても、意味がないですから」
サクラはヴェルメリオのそばまで行くと、膝をつく。
カイは、元々抵抗もなかったヴェルメリオから離れると、立って見下ろし、引いて見た今の状態に表情を歪める。
なんだか二人の様子が、最期を看取るときのようで、レオは呆然とする。
「あなたは、ミレーナ王女から、魂の片割れ、運命の相手なんてものを、消してあげたかったんですね」
「……君が、初めてだ、そういうことを言ったのは」
「私はもしかしたら、世界で一番、あなたの気持ちがわかるのかもしれない」
ゆっくりサクラが座る側に顔を傾けて、ヴェルメリオは笑顔を見せる。
その表情に、たいしてよく知りもしないはずの相手からそう言われたことによる不快さはなかった。
「どうしてそう思う」
「私の魂の片割れが、アマルテアの、王子様だから」
レオとエイデンが目を見開いてサクラを見る。
しかしどこか、納得感もあった。
ヴェルメリオは少し目が大きくなる。
サクラ越しに、ロキを見た。
ミレーナも、あんな顔をしていたような気がした。
「そうか、大変だな」
「王宮に行ったりしたら、大変そうですね。私はまだカイさんしかわからないので」
「カイは基準にならなさそうだ」
「だから、共同戦線を結びませんか?」
「……同士でか?」
「あなたはヘルシリア最強の魔導士で、これから国王になるかもしれない王女様の魂の片割れ、そんな人の後ろ盾があるのは素晴らしいことです」
「君の片割れがアマルテア以外の国の王子だったらな」
「私はヘルシリアの庶民なので、それ単体と比べると」
「……まあ」
「私の価値はこれからお見せします。これは互いに利のある取引です」
「君の価値は、君の片割れがそいつってだけで、もう世界に通用するよ」
「あなたは、ロキが私の声を聞いてくれると思うんですね。ヘルシリアの、庶民の、聖医でも薬医でもない民間の医者でしかないのに」
「…………」
「ミレーナ王女も、あなたの声を、聞いてくれたんですね」
「…………」
火傷が、顔に広がっていく。
ヴェルメリオの目の焦点が合っていないことに気付いて、レオは思わず一歩出るが、ロキに止められる。
「私は、カエデさんと同じ国の出身です」
「……懐かしい名前だな」
「私の国では、結婚すると、左手の薬指におそろいの指輪を付けます」
いったい何の話を、とみんな焦燥の中見守っていたとき、昨日出た話を思い出して、ハッとする。
「…………」
「知っている人のほとんどいない国の文化です。ミレーナ王女は、きっと、あなたがいて、あなたと一緒に指輪をして、自分以外の誰もその本当の意味を知らなくても、その願いが叶わなくても、きっと……それで、生きていけた。でもそれは、妥協した先の、自由にならない立場に諦めた先の、幸せです」
「…………」
「ミレーナ王女は本当に、政略結婚の価値が壊れてしまう魂の片割れが見つかってしまったことが、不幸だったんでしょうか。運命は、残酷なことも多いけど、あなたがミレーナ王女と魔力の相性が合ったことも、そうだったんでしょうか。それは、この国の不幸だったんでしょうか。あなたの……不幸だったんでしょうか」
ヴェルメリオは腕で目を覆おうとして、動かないことに気付く。
ただ、空を見上げた。
「君は……医者なのに、最期に、かける言葉の選び方が、下手だな。未練を、消して見送ってくれよ」
サクラはロキを振り返って頷く。
ロキは頷くと、四方に氷壁を作る。
「運命は残酷なことも多いが、時に、微笑んでもくれる。俺はそれを身を以って知った」
水に沈んだ瞬間、ヴェルメリオは死んだのかと思った。
ただ、遠くでレオの叫ぶ声が聞こえて、それが妙にリアルで、次の瞬間、さっきまでの青空が視界に広がっていた。
いや、さっきまでは、もう、自分の目はこんなに、視界は鮮明ではなくて。
ヴェルメリオは目をパチパチとさせて、横を向く。
「お加減はいかがですか?」
笑顔で尋ねられる。
「……今までの人生で一番の水風呂だった」
「それは何よりです」
「ヴェル様! ヴェル様よかった……」
レオに縋りつかれて、ヴェルメリオはやっと状況を理解し始める。
ロキとカイが座り込んで、息を吐いて脱力する。
「さすがにだいぶ魔力持っていかれたな」
握るサクラの手は震えていた。
それでも、患者に、微笑んで見せた。
ロキは最初に会ったときの笑顔を思い出す。
自分を、患者を、安心させるように微笑んだ医者を思い出す。
強いんだ、自分の魂の片割れは、運命の相手はと、ロキは少し笑みがこぼれる。
「……治癒魔法とは、これほど」
エイデンは、呆然とヴェルメリオとサクラを見る。
ヴェルメリオは確かにもう手遅れのところまで、行ってしまっていた。
「お前一回死んで生き返ったくらい綺麗だぞ」
「……何の話?」
「たぶん次王女様に会ったら羨ましがられるなって話」
「はい?」
ヴェルメリオはカイに理解不能という顔をする。
「ヴェルさんはあんまり差がなくて検証結果としては微妙ですけどね。氷魔法使いも炎魔法使いも外的要因にも内的要因にも強い気がします」
ユキノシタチンキとシコンチンキが入っていた空瓶を持って言う。
「貴族令嬢が金貨積んで頼んできそうだが」
「いい宣伝になりそうですね」
スベスベの顔を無遠慮にべたべた触って言うロキとカイに、ヴェルメリオは気持ち悪げに振り払う。
「日焼け予防効果もあるなら、ヴェルさんだけ焼けないんだな」
「ヴェルが焼けないの面白すぎるな」
「周りは焼くのに」
アズールの呟きに、カイとロキはツボにはまる。
「これが、君の価値か」
ヴェルメリオは体を起こす。
びしょ濡れだったのがすぐに乾いて、アズールとエイデンは目を丸くする。
やっぱこの人もロキと同じように規格外の魔法使いだ……と改めて思う。
「治癒魔法使いです」
「……そういうのがあるのか。ミレーナ様も転移魔法使いで、確かアマルテアの賢者代理のタイラー卿の相方は獣念話魔法使いだったな」
「「獣念話魔法?」」
サクラとアズールはロキを見る。
そういえばそんな話を前にしていた気がする。
「動物と会話ができる」
「え、すご」
「すごーい」
「魔獣側にその意思があれば魔獣ともやり取りができるから、重宝されてるよ。元は王宮で馬の管理をしていたが、タイラーと魔力の相性が合ってからは魔術師として魔導士のサポートをしている」
「魔術師?」
「国に認められた優秀な魔法使いだ」
「魔導士とは違うんですか?」
「魔導士は戦闘員だ。魔術師は別に戦えなくてもいい。逆に魔導士は細かいことはできないってやつも珍しくない。聖医は魔術師の一種だな」
「あーなるほど」
「サクラ様がロキ様の魂の片割れということはわかりましたが、アズールは?」
ロキとも気安くやり取りして、サクラにいたっては敬語もなく呼び捨てだ。
「「荷物持ち」」
ロキとカイが言う。
「見習い」
アズールが付け足す。
「荷物持ち見習いってだいぶ下の役職な気がするね」
「仕方ない、俺はまだ荷物番もできないんだ」
結局エイデンとレオには何なのかよくわからないままだった。
「で、お前はこれからどうするんだ?」
ロキはヴェルメリオに尋ねる。
みんなヴェルメリオを見た。
「オンド村に寄ってから王都に行くつもりだ」
「オンド村?」
「俺の魔法の師匠の形見の魔色石をオンド村に置いてあるんだ」
「ならちょうどいい」
「ちょうどいい?」
ロキは絵本の話をする。
「心当たりはないが、まあくれるって言うならもらっとくか。魔色石は欲しいところではある」
手を開いて閉じてを繰り返し、首を回し、肩をほぐし、ヴェルメリオは立ち上がる。
「そっちは、これからどうするんだ?」
「当初の目的としては魔火竜の森だったんだが」
「オンド村に行くなら通るな」
「みたいだな。ここまで首を突っ込んでしまったからには、というところはあるし、お前と一緒にオンド村経由で王都に行くか……」
「姿を消せば俺はたぶんギゼルに裏切り者として指名手配されると思うが」
「どうでもいい話だな。俺がヘルシリアの指名手配犯と一緒にいた程度でどうにかなる立場だと思うか?」
「確かにどうでもいい話だったな」
「ヴェル様、俺たちも一緒に行きますよ!」
「……というか、たぶんもう、それしか選択肢ない」
「……カステルの神殿で見たことある顔だな。この度は災難に見舞われて……」
「……はは」
エイデンはもう笑うしかない。
「それじゃあ、兵士や魔導士たちが戻ってくる前に、行くか」
炎の壁を消していく代わりに、氷の壁を新しく作ってロキは言う。
「お前の魔力量どうなってんだ?」
「それに関してはお互いさまだな」
「……見習い魔法使いからすればお二人とも化け物ですよ」
レオがぼそっとこぼすが、カイもサクラもエイデンもそれぞれの立場から見ても化け物だ、と心の中で同意し、アズールは見習い以前のところから見ても化け物だよと思った。




