世界と自身にとって
「勉強熱心で、私の話も興味深そうに聞かれるのに、一度も往診に一緒に行こうとはしなかった理由が、わかりました」
最後にと、同行させてもらったサクラは、長雨が上がり家から人が出てきて賑わう街を眺めていたのを、隣のオルバの方を見る。
ロキは後ろを歩いている。
「そのつもりがなくても、魔力が勝手に作用してしまうようで」
「夢の力だとは思いますが、いざ現実になると、難しいものですね」
「……そうですね。でも私は、ロキがいるので、気楽に考えているのだと思います。ロキがいなければ、葛藤で苦しんでいたかもしれません」
「世界にとっても、それは幸運なことでしょう。絶対的な庇護下にあるからこそ、あなたはその絶対的な価値を使える」
「世界にとっても……ですか」
オルバはちらっとサクラを見る。
***
「……ヴェル様は、ギゼル王太子派についたということでしょうか」
椅子に座り、膝の上で両手を握りしめ、レオは絞り出すように言う。
それが誰に向けて聞かれたかは明白で、エイデンも、アズールもラナも何も言わない。
「どちらでもない、としか言えない」
レオは顔を上げる。
「どういうことですか? ではどうして姫様から離れて」
「魔力の相性が合えば、その相手を呪える」
アズール以外の三人が目を見開く。
「ただし相手の魔力の入った魔色石がなければいけない」
その付け足された言葉に、レオとエイデンはカイを見る。
「では……いや、しかし、誰の意思で手放したのかにも」
エイデンはまだ答えはわからないと結論を押し黙る。
「ヴェルメリオはどちらでもないんだ。なぜならヴェルメリオが選んだ瞬間、決着は付くからだ」
それには四人とも首を捻る。
「ヴェルメリオがその気になれば国すら焼くだろう」
「「…………」」
「ヘルシリアの戦力なんて、酷いものだ。魔導士の実力も酷い。ヴェルメリオがただ一人別格だ。内戦なんて起こらない。正確には、起こった瞬間、ヴェルメリオが付いた側の勝利だ。曖昧な状態なんてのは、絶対的な力が曖昧な立場を取っているから起こっているだけで、そいつが答えを出せば終わりだ」
王子の側近が、魔法大国の人間が言うそれが、アズールには、背筋をひんやりさせた。
いつか言っていた、災害が意思を持って襲ってくるという言葉を、思い出す。
一人の人間が本当に一国を滅ぼしてしまえるというのか。
「ではどうして、ヴェル様は……」
「ヘルシリアという国の中で、派閥争いは表面化していない。それはミレーナ王女が積極的に王になろうとしていないからだ。王になりたがる人ではないようにも、思う」
「……そうですね、姫様はそういう人です」
じゃあ“姫様”がそういう人じゃなかったらどうなったんだろうかと、アズールはそんなことを思ってしまった。
いやそもそも、ヴェルメリオが、権力を望む人だったり、なんでもなく人を殺してしまえる人だったら。
力を持って生まれた人が、とんでもない人だったら。
それこそロキが、そういう王子だったら。
才を持って生まれた者が、極悪人だったら。
そんな“不運”で、国が、国なんてものが、滅びてしまう可能性があるのかということを、信じたくない。
一人が、一個人が、大きな力を持つことの危なさを、ただの平和な村で一般人をしていたときには考えなかったことを、アズールは考えた。
気付いた。
もしサクラが、治癒魔法の才を得た人が、あの神殿にいる聖医たちのような人間だったら。
もしその治癒魔法使いと魔力の相性が合った魔力の膨大な魔法使いが、他国を攻めることも攻められることもない大国の王子じゃなくて、ずっと戦争をしているような国の人間だったら、もし平民の声に耳を貸してくれて、平民の治癒魔法使いの意思を尊重してくれるような人じゃなくて、もっと……
アズールは、幸運だったのだと、気付いた。
その力を得たのがサクラとロキだったのは、世界にとって幸運だったのだと、気付いた。
「ミレーナ王女はヘルシリア王家には珍しく魔力が高く、また転移魔法という希少な魔法を使えるため、政略結婚の駒として育てられてきたという事情がある。しかし魂の片割れなんて見つかってしまえばそれは適わなくなる」
「政略結婚なんて、王位争いが起こった今となっては王太子派の望む結果じゃないですか。むしろ、国一番の魔導士が魂の片割れだったなんて、王女派からすれば最高の展開で」
その瞬間ヘルシリアに答えは出たはずだった。
しかしなぜかまだ曖昧なままだ。
「王女は王になりたいとは言っていない。政略結婚は受け入れていた。ヴェルメリオにとって、ミレーナ王女の幸せは、政略結婚をする先にあるんだろう」
「「「…………」」」
「表面上は何も起こっていない。だからおそらく、ヴェルメリオは王女を呪える存在になってしまったことで護衛の任を解かれ、王女の魔色石を手放し、王都から離れた場所に行かされた。バカげた話だが、おそらくそれは王女ではなくギゼル王太子側の命令で。何も、おかしくはないな。王女を呪える存在への対処としてはそれが普通だ。国一番の魔導士なのだから国外追放なんてことをするわけにもいかない」
「お、おかしいに決まってますよ!?」
レオは叫ぶ。
「ヴェルメリオはこの国にとっての自分の価値をわかっていないんだ。だから何もしないことを選んだ。このままギゼル王太子が王になって、ミレーナ王女は政略結婚して、自分は国に飼い殺されて、それでいいと思ってる」
「……姫様は、ヴェル様のことが大好きなのに。なんでヴェル様はそれがわからないんだよ……」
***
ウィルマもやってきて、ささやかながらご馳走も並び、半分お別れ会のようなものも兼ねたラナの魔法使いの第一歩の祝いをした次の日、出発の日の早朝、オルバとウィルマとラナには診療所の前で見送られるが、レオとエイデンは街を出るところまで見送ってくれということで一緒に行けば、出入り口のところで神殿の者たちが大勢集まっていて足を止める。
「聖魔法を使い違法に対価を受け取った医者サクラと、魔獣を街におびき寄せた魔法使いトール、その手引きをした疑いのあるエイデンとレオ、お前たちを拘束させてもらう!」
みんなぽかーんとなった。
「まさか俺のせいにされるとは」
「てか王子様の顔見てわからないんだ」
ロキは今はフードを被っていない。
「この方は」
カイが前に出て話をしようとするが、兵士の後ろから火の玉が飛んできて反射的に剣を抜いて火を薙ぎ払う。
エイデンも剣の柄に手を置いて集中する。
サクラとアズールとレオは目を丸くした。
「誰に攻撃したかわかって」
「やめろカイ、お前がわざわざ出るほどのことじゃない」
兵士たちが氷の壁に囲まれる。
「……あなたがわざわざ出ることの方がおかしいんですが」
「え、この状況なんですか?」
アズールはロキを見る。
四方から火の玉が飛んできて、アズールとレオは「うわっ」となる。
ロキの水の壁によって守られる。
「ロキ様、魔導士です」
「みたいだな」
攻撃を受け流しながら、ロキはため息を吐く。
「な、なんで魔導士が三人も」
「ロキ王子、カイ卿、この状況はあまりにもおかしいです」
「アマルテア王国第三王子、ロキ・アマルテアだ! ヘルシリアに来ているという話は聞いているはずだが!」
攻撃が止まない。
「ロキの威光でなんとかなるという話だったのでは」
「おかしいな。とりあえず紋章を見せて」
「先に黙らせます」
ふわりと水の壁を飛び越えると、呻き声が聞こえ、静かになる。
ロキが水の壁を消すと、カイが剣を鞘に戻すところだった。
レオとエイデンは呆然とカイを見る。
「カイさんってマジで何者ですか」
アズールはロキに聞く。
「一応騎士だ」
「……一応」
「黙らせてしまうと後がないのでは」
先にとは言うけれどと、サクラが言う。
「まあ……あれだな、ヘルシリアがアマルテアを攻撃するとこうなるということで」
ロキは軽く言うが、エイデンとレオはゾッとする。
「ロキ様、増援が来そうです。どうしますか」
「……話通じなさそうだし、もういいか。ああいや、でもこいつらの疑いは晴らしてやらないといけないか」
「それなら魔火竜の森まで送ってくださいませんか!」
レオにそんな頼みをされる。
「俺たちはそもそもそこに行くつもりだったから、それは構わないが」
「ありがとうございます!」
「お前はその後どうするつもりだ?」
「そこまで行ければ」
「とりあえず街を出ましょう。増援も来ましたし、そこも頑張ってます」
カイは走ってくる兵士たちを指差した後、氷の壁を砕こうとしている兵士たちを指差す。
「そうだな」
増援の兵士たちの足を地面に氷漬けにして止め、ロキは街を出ていく。
「カイさんも意味わかんないけど、この王子様も意味わかんない」
そうは言いながらも、慣れてきてしまったアズールは後をついていく。
「ロキ、凍傷になってしまうから氷魔法はほどほどに」
「ちゃんと気を付けたさ。靴を少々凍らせただけだ」
「追ってくると面倒ですから、もっとしっかり足止めしておいてほしいところですが」
「なら壁でも作っとくか」
街の外に出た瞬間氷の壁ができて、レオとエイデンは絶句する。
ロキたちはなんでもないように歩いていってしまっている。
「……魔法は、距離が離れれば離れるほど魔力を消費するのに、あの距離を、あれだけの氷魔法を使って、平然としているなんて」
エイデンは呆然とロキの背を見る。
「……それだけじゃない。魔力は多いほどコントロールは難しいのに、ロキ様はこれほどの魔力量でありながら、コントロールまで」
離れていってしまって、ハッとして二人は追いかける。
いや、追いかけようと、した。
「だから言っただろ」
長雨が明けて夏が始まっても、今は早朝、そして氷魔法によって涼しさから寒さに片足を突っ込みそうになっていた。
それが、一瞬で熱に空間を支配される。
ロキは背後から聞こえたたいして大きくもない声に振り返る。
流れた汗が冷や汗によるものか、熱さによるものか、わからなかった。
「お前らじゃ相手にならないから、引っ込んでろって」
氷壁が融けて崩れ落ち、大きな音が辺りに響く。
「ヴェル様!」
「レオっ!」
駆け寄ろうとしたレオの腕を咄嗟に掴んで止める。
エイデンも、なぜそうしたのかわからなかった。
ただ……味方の雰囲気を感じなかった。
「エイデン?」
「レオお前、神殿の見習いがなんで神殿に追われてる」
「誤解なのに話聞いてくれなかったんです!」
「そうか、じゃあ俺が話しておいてやるよ」
「ホントですか!?」
「だから街の中に戻ってろ。俺はお前だけ避けてやれるほど、上手くない」
「……え」
背後から火が上がったのがわかった。
ゆっくり、振り返る。
ぽかんと立ち尽くすことしかできなかった。
「っ!?」
バッと振り返ったエイデンの横を何かが通り過ぎた。
炎に飲み込まれたかのように見えたが、すぐに消火され、中から無傷の三人が出てきてホッとする。
ホッとした後、三人?となる。
「何をしているのかわかっているのか!」
今度は剣がぶつかり合う音が辺りに響く。
カイとヴェルメリオが剣を交える光景を、レオは呆然と眺める。
ヴェルメリオが剣を持っているのを初めて見た。
もう何がなんだか、意味がわからない。
「どうして本気でやりにこなかった」
カイが後ろに飛び退いた瞬間、二人の間に炎の壁ができる。
「ヴェルメリオ!」
「あの程度の関わりで情を感じてくれるのか。脅威がないと平和ボケするんだな」
「……本気で俺たちとやる気か」
「俺はもう、始めている気だが?」
周囲に火柱が上がる。
氷から解放された者たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「ヴェルメリオ!?」
「やりすぎだ!」
「カステルを焼け野原にする気か!?」
「あー……お前ら焼けたくなけりゃ街に入ってな。街は焼かないように気を付ける。一歩でも外に出れば、まとめて焼かねぇ自信はねぇ」
青ざめて街の中に逃げる魔導士たちに、エイデンはゾッとする。
普通の人間からすれば、魔導士とは化け物だ。
それが、ヴェルメリオからは、青ざめて、逃げるのだ。
「カイ! 代われ! お前じゃ殺し合いになる!」
「一人ずつ相手をしてやると、誰が言った」
火の玉が飛んでいく。
さっきの魔導士のものとは、速度も大きさも、あまりに違った。
「……え」
自分に飛んできた、とサクラが思ったときには、水球の中にいて守られていた。
アズールは、今サクラにピンポイントで攻撃が行かなかったかと、疑問に思う。
ロキは自分でも全体でもなくサクラを狙ったことを怪訝に思った。
そして水とぶつかったときの様子に、ただの火魔法ではないことに確信を持つ。




