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ヘルシリアの運命

「エイデンさんは休むのわかるけど、レオも休んでていいのか?」


 同い年の平民同士ということで気安く接するようになったレオにアズールはそう尋ねる。

 レオは、ロキが王子と知ってしまったからには以前のように魔法を教えてくれと付き纏うわけにもいかなくなったので、オルバの家でエイデンと一緒に雑用をして過ごしている。


「しばらくエイデンは休みますって言いに行ったときに俺も看病で休むって言ったら笑って許可出たよ」


 レオは鼻で笑って言う。


「今頃俺が苦しんでると思って笑ってるんだろうな」


 元気なエイデンは苦笑で言う。

 エイデンは十九で一つ上なので、アズールはエイデンには敬語だ。


「てか今日はなんでみんないんの?」


 オルバとカイはともかく、ロキとサクラが家にいることにアズールはそんなことを言う。

 ラナはアズールの隣に座って魔色石を握って念じている。

 アズールの手の中にも魔色石はあるが未だ進歩は見えない。


「カイさんが長雨が明けそうって言ってたから、出発する準備をしようと思って」


「そういえばじめっとした暑さが出てきましたね」

「あー確かに、長雨が明ける前兆って感じする」


 雨の涼しさに暑さが上回りそうな空気感に、エイデンとレオもそう言う。


「サクラとラナは今日は涼しそうだな」


 シュシュで髪をポニーテールにしている二人に、アズールはそう言う。


「見てこのサラサラ、私この商売でやっていけるかも」


 ラナの髪をサラーっと触って、サクラはそんなことを言う。


「サクラ様には感謝してもしきれません」

「いいのいいの、実験に付き合ってもらってるんだから」


「……治癒魔法どこに使ってんだよ」


 サクラが作った洗剤や化粧水の類にも効果が発揮されたということなんだろうなと、アズールは察する。

 初めてラナを見たときとは比べ物にならない。


「ロキはいつも涼しそうだね」

「俺は暑さにも寒さにも強いから、あまりわからないな」


 テーブルの上のコップの中のお茶に氷が浮かぶ。

 少し慣れてきたが、レオもエイデンもやっぱりこの人とんでもないなと改めて思った。


「そういえばヴェル様も寒さにも暑さにも強いって言ってましたね。夏でも汗かいてるとこ見たことない」


「あいつはやっぱり特殊な炎魔法使いなんだろうな。体質にそうやって現れるのはそうじゃないと考えられない。ただ性質が火なだけのやつではそうはならない」


「……やっぱりヴェル様すごい人なんだ」


 そんなやり取りを横に、サクラは薬鞄の中身をテーブルの上に並べる。


 ガラス瓶の大が五本、小も五本、極小が一本、細長い瓶が十本、ナイロン袋が多数、軟膏瓶が三つ、大中小の竹筒を一本ずつ。


「こうやって見るとたくさんあるな」


 そりゃ重いわけだと、荷物持ちのアズールはどこか納得する。

 採取のためのカゴや、タオルや包帯や布などは軽いが、なんせ煎じるための鍋まで入っている。

 カステルではそこに魔色石の砂時計も増えた。


「大瓶が、ジュウヤクチンキとヨモギチンキと、キンギンカ酒とレモン酒とグミシロップ」


 カビが発生したりしていないことを確認して、サクラは大瓶を鞄の横に移動させる。


「チンキもお酒で作るんだろ? ヨモギチンキとキンギンカ酒の違いってなんだ? ヨモギ酒でキンギンカチンキにはならないのか?」


 アズールがそんな疑問を出す。


「私の場合は全部同じ蒸留酒で浸けてるから、ただの感覚だね。ヨモギはお酒として飲まないけど、キンギンカはお酒として飲むってだけの違い。別にヨモギチンキをヨモギ酒として飲んでもいいし、キンギンカ酒はチンキ剤としても使うし」


「私も特に区別せず同じ蒸留酒を使ってますね。薬として使うときはチンキと言って、趣向品として飲むときはお酒と言ってます」


 棚の薬を整理していたオルバもそう言う。

 そんなもんなのかと、医者以外のみんな思った。


「あ、薬用酒には砂糖入れることもあるけど、チンキには砂糖は入れない」


 小瓶に砂糖入りとなしで一本ずつ作ったナツメ酒を持って、サクラはそう言う。


「あ、確かにそうですね。チンキを作るときに砂糖は入れないです」


「こっちはナツメチンキって言ってもナツメ酒って言っても間違いじゃないけど、こっちはナツメ酒で、ナツメチンキって言うと間違い」


 サクラは右手に砂糖と乾燥ナツメのアルコール浸けを持ち、左手に乾燥ナツメのアルコール浸けを持って言う。


「なんで砂糖入れるんだ?」

「飲みやすくなるし、熟成が早くなる。これはロキがお酒好きって言うから飲み比べ用に二種類作っただけでそれ以上の理由はないけど」


「飲んでいいのか?」


 キンギンカ酒は飲ませてくれなさそうだったのに。


「一口あげます」

「……一口ね」


「これはユキノシタチンキとシコンチンキです。次の街に着いたらこれで化粧水作るんです。日焼け予防もできるんですよ」

「お前は必要ないだろ。たぶん日々の諸々の摂取に治癒魔法が作用して特別な何かをしなくても綺麗だ」

「自分で試せないことだけが悪いところ」


 せっかく化粧水を作れるのに、テンションが下がりながら、サクラは小瓶で二本ずつ作ったナツメ酒とサンシュユ酒を買ったときに入っていた木箱に入れて大瓶の横に置く。

 そして試験管サイズの細瓶で二本ずつ作ったユキノシタチンキとシコンチンキ、ピンクに染まった魔色石を水に沈めたもの計六本と空瓶が四本入った革のケースもその横に並べる。


 サクラは次にロキに作ってもらったナイロン袋を取る。


「ビワ、ネトル、ツユクサ、キンギンカ、ハリギ、スイレン、ウミスイレン、ユキノシタ」


 自分で採取して乾燥させた生薬を確認してナイロン袋を紙袋に入れる。

 買った生薬を入れた方の紙袋は、昨日ウィルマの店でまた買ったときに以前までのものも一緒に確認してあるので、そのまま鞄の横に置く。

 宿でもらったジャコウソウもここだ。


「紫軟膏と、赤軟膏と、黄軟膏」


「だいたいそれ塗っときゃ治るみたいなとこあるよな」


 村にいたときもよくお世話になった軟膏に、アズールはそんなことを言う。


「私の国でよく効くって有名な軟膏と似た配合で作ってるから、いい薬なのは間違いないけど、私基本軟膏以外は生薬単体で使ってるから、もしかすると私の治癒魔法で生薬を複数混ぜた薬はすごい効果発揮してる可能性も」


「……絶対それだろ」


 ヘルシリア出身という話ではなかったっけ? とオルバとレオとエイデンはサクラの言い方に何度目かの少し違和感を持つ。


「サクラ様が魔力を込めてからどのくらい治癒魔法の効果は持つんでしょうか。長期持つならすごいことですが」


 カイは、ロキが銃の暴発で負った怪我を一瞬で綺麗に治したのを頭に思い浮かべながら言う。


「まだよくわかってないんですよね。一応水は魔力が残留しやすいということなので、私の魔色石を浸けた水で薬を服用すれば治癒魔法の効果は乗るんじゃないかというのを試してみようとはしているんですが」


「カイに持たせておいてみるか。サクラが近くにいるから正確な検証結果とはならないだろうけど」

「そうですね、試してみましょうか」


「軟膏の容器ならこれをどうぞ」


 オルバから手のひらに乗る小さな容器をもらって、サクラは礼を言って受け取る。


「カイさんどれにします?」

「どういう違いがあるんでしょう」

「被っている効能もありますが、それぞれ代表的なのは、火傷、虫刺され、捻挫ですかね」

「では火傷を」


 サクラは紫軟膏を容器に移す。


「一応魔色石入れます? 蓋閉まるかな……」


 サクラはエルデで買った魔色石を一つ持って困る。


「砕けばいい」


 ロキはサクラの手から取った魔色石を容器の蓋に置いて、漆黒に染める。ピシッとヒビが入り、砕けた。


「「……うわぁ」」


「……なんだその反応は」


 サクラとアズールの反応にロキはなんだか悪いことをしてしまった気分になる。


「王子様絶対勇者じゃなくて魔王の方ですよね」

「魔王は父親だ」

「……それ否定じゃなくて肯定に近いんですけど」


 そんなアズールとロキのやり取りを横目に、サクラは砕けた魔色石の中から比較的大きいサイズのものを取ってピンクに染め直すと、詰めた軟膏に埋め込み、軟膏にも魔力を込めてからカイに渡す。


「あとは特殊な……腺白と、春殻」

「……竹筒開けてセミの抜け殻出てくんの嫌だな」


 大中小の三本の竹筒の容器のうち、小を開けて中の確認をしたサクラは、アズールのそんな呟きはスルーして次に中の筒を開ける。


「紙を入れてるのか?」


ロキは覗き込んで不思議そうに言う。


「ウミスイレンの散剤、粉薬です。乾燥させて粉末にしたものですね。それを小分けして紙に包んでます。ヒアリみたいな毒ならいいですけど、即効性のある毒を盛られて、今からウミスイレン煎じてきますねってわけにもいかないので」

「……なんで毒盛られる想定なんだよ」


「これはいいですね。この折り方はサクラさんが考案されたんですか?」


 オルバは、降っても散剤がこぼれる気配のない個包装に、興味深そうに言う。


「考えたのは私ではないですが……田舎の方では何かと不便なので、そういうやり方が」


 薬包紙に散剤を一回分ずつ包んで折るやり方は、実はサクラが薬剤師になったハイテクな時代でも、薬学部で必ず教わる。

 それは過去の遺物を歴史として教わるというわけではなく、災害などがあって機械が動かなくなったときに困ったという経験からだ。

 なので一定以上の年齢層と、一定以下の年齢層の薬剤師は薬包紙で分包でき、中間の年齢の薬剤師は何事もなければ普段機械でしか分包しないので薬包紙での分包時の折り方がわからないという、状況が生まれている。


 薬学部のカリキュラムを考えた先生方もまさかこの状況は想定していなかっただろうけれど、おかげでサクラは分包機がなくとも分包できることに感謝した。


「いえいえ、都会でも便利ですよ」


 感動しているオルバに、サクラは折り方を教えてあげる。


「そういえばこの辺りの国って折り紙文化ってあるんですかね」


 ふと思って聞いてみたら、みんなに不思議そうな顔をされる。


「私の国では、病気のお見舞いには折り鶴を千羽折って回復を祈るんですよ」


 鶴を折って見せれば、目を見開かれた。

 サクラは、これ前世でよく見た海外で驚かれる日本の文化の定番のやつだ……とちょっと感動する。


「……なぜここからそうなる」


 ぺらぺらの紙を持ってぴらぴらさせながらロキが言う。


「魔法使いにも驚いていただけて嬉しいです」


 サクラはその鶴をラナにあげる。

 なんだかすごいものをもらってしまったかのような顔をされてしまって、それにはちょっと申し訳なくなる。

 ただの折り鶴だ。


「あ! それ姫様も折ってらっしゃったことがあります!」

「へーじゃあヘルシリアの貴族の間の文化なのかな」


 サクラはヘルシリアの人間と言うが、エイデンはそんな文化知らないが……と思っていたが、レオの言葉で、平民の自分は知らなかっただけかと納得する。


 しかしサクラとロキとカイは顔を見合わせる。

 ロキとカイはそれをサクラの前世の文化だと察していた。


「業火のときも思ったが、やっぱりヴァルカンのようにミレーナのそばに」


 そこまで言って、ロキとサクラはハッとする。

 ロキは絵本を取りに行く。

 サクラとカイ以外が、急に部屋を出ていったロキに不思議そうな顔になる。


 戻ってきたロキは絵本を開いてテーブルに置く。

 オルバは、そういえば最初の頃に絵本の話を聞かれたことを思い出す。


「お前オンド村出身なんだよな?」

「え、はい」

「村にヴァルカンが来たことがあるんじゃないか?」

「……?」

「魔色石作家だ。赤い瞳の女と一緒に旅をしている」

「ああ! はい、来たことがあります」

「ここに……漣鳥の保持者にこの場所に埋めたものを届けてほしい……と書いてある」


 文字が黒く浮かび上がってきて、一度見ているサクラ以外が目を丸くする。


「え……あ、ここは、水神様、漣鳥の住む湖だと思います。この大木もあります」

「漣鳥の保持者とはつまりヴェルメリオだよな?」

「はい」


「ヴェルメリオはミレーナの護衛でアマルテアに来たことがある」

「あ、はい、あると思います。いつもミレーナ王女と一緒にいらっしゃったので」

「兄が、王子を焼いた魔導士というのは君かとヴェルメリオに尋ねたら、業火が焼くのは罪人だけですとミレーナが答えた」

「…………」

「業火には罪人を焼く地獄の炎という意味があるらしい。しかし俺はそんな意味を知らなかった。サクラが、そう言った。ヘルシリアの人間も知らないようだった」


「……え、まあ、でも、俺田舎の村からほとんど出たことなかったような人間だし」


 ヘルシリアの人間も知らなかったの根拠が自分だと気付いて、アズールは自分はそもそも知識がある人間ではないと言う。


「私も初めて聞きました。勢いの強い炎というような意味では知っていますが」

「……自分も聞いたことはないです。業火のヴェルメリオ、というのは聞いたことがありますが、自分もその業火はオルバ先生が言うような意味だと」


「ヴェルメリオは、王女から称号を賜った覚えはないと言った。ヴァルカンの妻のカエデはサクラと同じ国出身だ。つまり、ヴェルメリオを業火と称したのはミレーナではなく、カエデか、その知識を得たヴァルカンだった。二人は、ヴェルメリオが村一つ焼け野原にし、王子を焼いたと言われるそのとき、そこにいたんじゃないのか?」


「…………」


ロキとレオのやり取り、いや、ロキの言葉を受けて無言になるレオに、みんながどこか緊張する空気感の中で視線を向ける。


「王子を焼いたと言われているヴェルメリオに対し、ミレーナが、業火が焼くのは罪人だけだと言ったということは、つまり……」


 オルバとエイデンとラナは目を見開く。


「……ギゼル王子が、魔獣を呼んだんです。たまたま、オンド村の近くで、それで魔獣がオンド村を襲って、王子は、そんなつもりはなかったって、魔獣を呼べることを知って、ほんの出来心で、遊びのつもりだったって。俺は直接その場にいたわけではありませんが、村の者で聞いていた者がいて、オンド村の人間は全員知っています」


 予想はしていたが事実となってしまって、ロキとカイは自然とため息がこぼれる。


「姫様とヴェル様もギゼル王子と一緒に来ていて」


「当時ヴェルはまだ魔導士じゃないだろ」


「ヴェル様はずっと姫様の護衛でしたよ? お二人はいつも一緒で」


ロキとカイは顔を見合わせて首を捻る。


「じゃあヴェルが漣鳥に気に入られて、漣鳥が魔獣を?」

「いいえ、ヴェル様が魔獣を倒して、漣鳥が村の火を消してくれたんです」

「……ヴェルは当時十三くらいだろ? 何の魔獣かは知らないが」

「火熊です」

「……C級の魔獣を、十三の子どもが?」


「……十三ってラナと同じくらいじゃん」

「……C級って氷鹿と同じだね」


「お前は一度もカステルに魔獣が現れた不自然さを口にしなかった」

「っ……」

「お前は氷鹿が、オンド村の火熊と同じように、呼ばれたものだとわかっていたんじゃないのか?」


 オルバとエイデンが目を見開いてレオを見る。


「……ギゼル王太子派とミレーナ王女派に分かれているという話があって、俺は詳しくないですけど、だから王太子派が王女と関わりの深いカステルを攻撃したのかと思ったんです」


「王女派なんて話を聞いて不思議に思っていたんだ。ミレーナは争いを生んでまで王位を望むような人間じゃない。兄より自分の方が優秀でもそんな素振りは一切なかったはずだ」

「ギゼル王太子があまりにもボンクラでさすがにミレーナ王女を担ぎ上げる者たちが現れた、ということでしょうね」


ロキならまだしもカイが他国の王子をボンクラと言ったことに、サクラとアズールは目を丸くしてカイを見る。


「……えっと、つまり、どういうことですか?」


 突然始まった難しい話に、アズールは控えめな声で尋ねる。


「ヘルシリアは今、王太子のギゼル王子と妹のミレーナ王女で王位争いをしているということだ」


 カイが簡潔に最終結論だけを言うと、アズールだけでなくヘルシリアの者たちはみんな無言になる。


「一つ気になることがある」


「……あの、俺、オンド村出身で姫様やヴェル様とは仲良くさせていただいてはいますが、ただの神殿の見習い魔法使いなので、なんかそういう難しい話は聞かれても」


「そういうことではなく。俺は魔力感知は得意な方だが、ヴェルメリオに会ったとき、あいつからは火の気配しか感じなかった」


 カイ以外が首を捻る。


「ヴェルさんは特殊な、便宜上炎魔法と名前を付けるような魔法の使い手なのに、普通の火の気配しか感じなくて不思議だなって話ですか?」

「いや、それなら俺はサクラに治癒魔法の特殊な気配なんて感じないからな。そんなことまではわからない。かと言ってサクラに水の気配も感じない。アズールにもな」

「俺は魔法使えませんし」

「つまり使っていなければそこに気配なんてないんだ。サクラのようにたまにちょろちょろ水出す程度にしか使っていなくてもわからない。レオならわかる」


「あ、俺は神殿の水出し係なので、毎日水魔法はたくさん使ってます」


「ヴォルフは自分の性質としては風だが、一番使うのは魔狼の雷魔法なんだ。だから俺はヴォルフには雷の気配を感じる」


「ヴェルさんは自分の火魔法をよく使うというだけなのでは」


「それはおかしいと思いますよ。ヴェルは自分で焼くしか能がないと言って、コントロールも上手くない自覚がありました。A級の魔獣の漣鳥の水の気配を消してしまうほどの火魔法を日常的に使っているとは思えません」


「そもそもヴォルフくらいあからさまに雷魔法を一番よく使うなら雷の気配しか感じなくなるが、レオから聞く話では同じくらい火魔法と水魔法を使っているはずだから、火と水の気配がしたはずだ。なのに俺はあいつから火の気配しか感じなかった。だからヴェルの持つ魔獣は火魔法の魔獣だと思ったんだ」


 魔法のそういう詳しい話はよくわからないので、アズールやラナやオルバやエイデンは右から左に流れていく。


「それなら俺も一つ不思議に思ったことが」


 レオもそんなことを言い出す。


「なんだ?」

「漣鳥はヴェル様の魔獣になったのでもうオンド村にはいませんが、今でもオンド村の者に会うと顔を出してくれるんです。それなのに、ヴェル様が長雨前にカステルに来られたときには出てきてくれなくて」


 そういえばそんなことを言っていたなと、雨の中レオとエイデンが来た日のことをみんな思い出す。


「そういうときもあるんじゃないですか? 水神様とか、高位の魔獣とかって聞くと、なんか気まぐれでもおかしくない感じはしますけど」


 アズールの意見に、レオも、魔獣のことをよく知っているロキやカイからも否定は出ない。


「それが漣鳥の意思ならそうだが、そもそもそれまでも、保持者のヴェルがオンド村の者に会うときに漣鳥に顔を出させていたんじゃないか? それなら、なぜ長雨前に来たときには、ヴェルはそれをしてくれなかったのか、という話になる。ヴェルはオンド村にとって漣鳥が神と祀られるほどの存在だとわかっていたから、そうやって見せてくれていたはずだ」


 ロキの話に、不自然さの場所が違うのかとアズールは納得する。


「そういえば、いつもミレーナ王女とは一緒だったのに長雨前に来たときはなぜか一人だったとも言っていたな」


カイがレオの方を見て聞く。


「はい。姫様はオンド村が焼けてから、復興しても、何度も来てくださいましたが、いつもヴェル様が一緒でした。あ、一度だけヴェル様が体調を崩されたと一緒に来られなかったときがありましたが、ヴェル様が一人でいるのはそれまで見たことがなかったんです」


「王女から贈られたアクセサリーの何もつけていなかったと」


「……はい。姫様の護衛の方はみんな付けられていた姫様の魔色石の腕輪も、十八の誕生日に贈り合ったとおっしゃっていた内側が魔色石の銀の指輪も、北洋の遍歴商人から買われたという変わった植物がモチーフのピアスも、安物だからそんなのもう付けないでと姫様がおっしゃられても付け続けられていたのに」


 アズールは、ん?となる。

 思わずみんなの顔をちらちら見て反応を伺ってしまう。


「エルデでは魔導士ではない振りをしていたから魔色石を身につけていないことに疑問を持たなかったが……」


 ロキがぼそっとこぼす。

 カイもサクラも同じだった。


「つまり、ヴェルメリオは漣鳥を手放した。それですべて辻褄が合う」


 カイが出した結論に、レオとエイデンは目を見開く。


「A級の魔獣ですよ!? A級の魔獣を保持するのはヘルシリアでは現在ヴェルメリオ様ただ一人です! 世界でも多くはないと聞きます。ヴェルメリオ様がいるから、他国はこの魔法使い後進国のヘルシリアに脅威を見てくれるのだと、そう言われているのに……ヴェルメリオ様は、他国にまで名の通った唯一の魔導士で」


 立ち上がってテーブルに手をついたエイデンは俯く。


「その評価は間違ってない。俺が今のヘルシリアで知っている魔導士はヴェルメリオだけだ。ヴェルメリオの戦力は間違いなくヘルシリア一だろう。A級の魔獣も、魔法大国のアマルテアでさえ俺の兄二人が持つ陽狼と月狼だけだ。A級の魔獣とはそれほどだ」


「そもそも魔獣って手放せるものなんですか?」


 サクラは今初めてそこが気になった。

 普通手放すわけがないものだから気にならなかった。


「無理だな」


 カイ以外が、え?となる。

 なら今の話はどういうことだ、となる。


「数日家に置いて出かけたなんて話ならともかく、入っている魔色石の魔力が薄くなると主のところに向かうはずだ」


「え……でも、昔、姫様が村に来てくださったときに、ヴェル様は体調を崩されたから来られなかったと言って、漣鳥だけ連れてきてくださって」

「そのときに漣鳥はミレーナに従ったのか?」

「え、はい、姫様が声をかけると魔色石から出てきましたが」


「……そういうことなのでしょう」


 ロキとレオのやり取りに、出ていた答えに丸がついた気分で、カイはぼそっとこぼす。


 ロキとカイだけが何かを理解した顔をしていて、他は首を捻る。


「飼われた魔獣は保持者以外が触ろうとしても噛みついてきたりはしないし、何なら俺は乗せてもらったこともある。だが魔獣は保持者以外には決して従わない。もしそれを可能にする者がいるなら、それは保持者と魔力の相性がいい者だけだ」


 ラナとオルバ以外が、その意味に目を見開く。


「ヴェルメリオはヘルシリア王女ミレーナ・ヘルシリアの魂の片割れだ」


 沈黙が落ちる。


「で、でも、それならなおさらおかしくないですか? 普通はお互いの魔色石身につけ合うものなんですよね? 逆に外してるじゃないですか」


 アズールはサクラを見た後、ロキを見て聞く。


「それはおそらく」


「私も一つ質問が」


 ロキの言葉を遮って、サクラは挙手して言葉を出す。


「あ、俺にですか? えっと、どうぞ」


「ヴェルさんは、指輪をどこに付けてましたか?」


 聞かれたレオ以外もみんな、なぜそんなことを?という顔になる。


「左手の薬指です。魔導士は魔色石をたくさん身につけているのが普通ですが、ヴェル様は指輪を一つしか付けていなかったので覚えています。姫様も同じ指に付けていたのを不思議に思ったんです。魔法使いは普通利き手の人差し指につけることが多いので」


「そうですか……ありがとうございます」


 確かに不思議だなと思ったロキとカイは、サクラがその答えで納得したようなことに引っかかる。


 雨の音が聞こえなくなって、誰彼ともなく窓の外を見る。


「今日出るか、明日出るか」

「今日にしましょう。なるべくヘルシリアを早く出るべきです」


 そんなロキとカイのやり取りに、サクラとアズール以外が、それぞれの感情で二人を見る。


「いや……明日にしよう。こういう日は祝わないといけないんだ」


 笑って言うロキにみんなきょとんとして、そして一斉にバッと立って一歩下がる。

 

 魔色石を握りしめた両手からドバドバと水が流れ出すラナは、焦って涙が引っ込むが、水は止まらない。


「心配するな。魔力がなくなれば自然と止まる。俺がどうとでもしてやれるから好きなだけ出せばいい」


 水が空中に線を描き、渦を作り、家の外に出ていく。

 ラナはホッとして椅子にぽすんと座り込む。


「感情で魔法が動く魔法使いは強くなる。もう、何もできず虐げられる子どもには戻らない。お前は強くなるよ。大丈夫だ」


 放り出されて一人になってしまう不安から、寂しさから、涙が流れたさっきとは違う涙がこぼれる。


「そうですね、初めて魔法を使えた日は祝わなければいけません。これは決まり事ですから」

「そういえば私も母がご馳走作ってくれましたね」

「では今日の晩ご飯はご馳走にしましょうか」


 カイがそう言えば、サクラとオルバもそう続ける。

 自然と出発は明日の朝に決まった。

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