神殿の謀略
「カイ?」
長雨の時期でそもそも曇りがちだが、それにしてもまだ外は真っ暗という時間、物音に目を覚ましたロキは体を起こして小さな火を点ける。
カイが腰に剣を提げているところだった。
「家の前に二人います」
「……患者ではなく?」
「だといいんですが」
叩き起こされなかったということはカイにもまだ判断はついていないのだろうと察して、ロキは一応くらいの気持ちで起きる。
灯りを点けたからか、二人のやり取りの声にか、アズールも目を覚まして体を起こす。
「……どうしたんですか?」
あくびをこぼしながらそう言った直後、ドンドンドン!とドアを叩くような大きな音が聞こえて肩を跳ねさせる。
『先生!』
三人顔を見合わせる。
「やっぱり患者か?」
「みたいですね」
「……こんな時間に?」
ロキとカイが一応というように行こうとしているので、アズールも一緒に部屋を出る。
その間にも何度もドアを叩く音と中に呼びかける声がしていて、三人はそんなに大変な状況の患者が?となる。
『トールさん! サクラさん!』
一階に降りたところでそんな呼びかけが入って、三人はもう一度顔を見合わせた。
「サクラはわかりますけど、王子様も?」
「というか今の声、レオか?」
「レオって、神殿の見習い魔法使いの人でしたっけ?」
「ああ」
あれ以降も何度か魔法を教えてほしいと頼みにきたときに勝手に自己紹介していった。
オルバが起きてくるまで待つつもりだったが、自分の名前も呼ばれたのでロキはドアを開ける。
「トールさん!」
やはりレオだった。
そしてすぐには気付かなかったが隣にいるのは神殿にいた兵士だった。
剣も持っておらず服装も普通だったので、すぐにあのときの兵士だとわからなかった。
こんな時間なこともあってその恰好も、同じ神殿で働いているのだから一緒にいることも三人とも不思議に思わず流すが、すぐにその兵士の表情が険しく歪んでいることに気付く。
「患者か? お前は大丈夫そうだが」
「俺じゃなくて、エイデンが」
「どうされましたか!?」
オルバがばたばたと起きてきて、サクラとラナも二階から降りてきた。
「お願いします、エイデンを診てください! ヒアリに噛まれたんです」
レオは泣きそうな声で言いながら、頭を下げる。
みんなレオの隣をバッと見た。
その表情が、激痛に耐えるものだと、気付く。
「……レオも知っているだろ、ヒアリの毒は聖魔法ではないと効果がない。私にはどうにも」
サクラはロキを見る。
治せることはもうわかっている。
だが、聖魔法しか効かないはずのものを治してしまうリスクは当然サクラもわかっている。
ましてや神殿で働く者が相手となると。
「一先ず中で話を聞こう。ヒアリの巣は俺が焼いたはずなのに今更ヒアリに噛まれたやつが出てくるのも不自然だ」
確かにと、医者たちやアズールやラナもそこに気付く。
「そうですね、とりあえず中に。そのままだと風邪まで引いてしまう」
オルバはタオルを持ってきて二人に渡す。
「着替えた方がいいんじゃないですか?」
アズールは、タオルで拭いた程度でどうにかなるびしょ濡れ具合じゃないと、二人に言う。
「乾かしてやるからさっさと経緯を話せ」
室内なのに温風が吹いて、二人は目を見開いてロキを見る。
「こ、こんなことをしていただくわけには……」
そこで初めてレオの隣に立つ男、エイデンと言うらしい……が、しゃべる。
「たいしたことじゃない」
「……たいしたことじゃない」
呆然と反芻する。
「言っただろ、トールさんは途轍もない魔法使いなんだ」
「弱風を向けてやった程度で大げさなやつだな」
「魔法大国では普通のことなのかもしれませんが、ヘルシリアでは途轍もないことなんですよ。甥の魔導士もそんなことはできません」
二人に椅子をすすめて、オルバが言う。
また一人魔法の感覚を狂わされてしまった人が……とサクラとアズールは思った。
「魔導士は魔法が強いやつだからな。また話は別だ」
そんなやり取りをしている間も周囲から風は吹いていて、エイデンは奇妙な感覚になる。
自分はいったい今何を体験してしまっているのか。
「ヒアリに噛まれたと言うが、お前たちですら大金を払わないと聖医には治してもらえないのか?」
カイがそう聞く。
「私は嫌われているので……」
タオルで拭いたので雨ではなく、新しく流れた脂汗を滲ませながら、エイデンは苦笑をこぼす。
「ああいうことを言ったからですか?」
サクラは神殿に行ったときのやり取りを差して尋ねる。
「それもあるでしょうし、そもそも我々やレオのような庶民は、今のような神殿の在り方をよく思っていませんので、そういう空気感が滲んでしまっていて、向こうからしても不快、ということでしょう」
「聖医の中に同じように思っている方はいないんですか。こっそり治してもらって部屋で寝込んでいる振りをするとか」
「聖医全体の中には、いらっしゃると思いますよ。魔導士にも派閥はあるようですし、聖医や神殿というのは、賢者の管轄ですから。ですがここの神殿には……」
「あいつら、エイデンに、普段お金を払えない庶民を追い返しておいて、自分はタダで見てもらうのか?って言いやがったんだ! 自分たちは普段から何の仕事もしてないくせに!」
「……知りたくなかった事実すぎるんですけど。この国大丈夫なんでしょうか」
アズールはぼそっと隣のカイにこぼす。
「まあ、あんな大金設定していればほとんど仕事をしていない、ということにもなるだろう」
「他の街の金額なら、兵士として神殿で働いてるエイデンならそのくらいのお金は払えたんだ……あんな、おかしな金額じゃなければ、無償で治してくれって言ってるわけじゃないのに」
レオは膝の上で手を握りしめて俯く。
「それは今まで俺が追い返していた人たちも同じことだ。みんな、タダで診てくれと言っていたわけじゃない」
エイデンの方は、治してもらおうとは思っていないように思えて、みんななんとなくレオが諦めきれなくて連れてきたんだなと察する。
「ヒアリに噛まれたというのは確かなのか?」
ロキがそこを尋ねる。
エイデンはロキの方を向いた。
「ヒアリの巣が焼かれたという噂を聞いて、確かめてこいと指示を受けまして」
「ああ、俺が焼いた」
サラッと言われた事実にエイデンは目を丸くし、レオは顔を上げる。
「トールさんだと思ってました」
「まあ、今この街でそんなことできるやつは俺かお前くらいだろ」
「……俺はやっと水魔法をまともに使えるようになってきた程度で」
「確認をしに行った夜から痛みが」
「「それはおかしいです」」
医者二人の言葉が重なって、みんな二人を見る。
「ヒアリに噛まれればその瞬間痛いです」
「直後から激痛ではありませんが、直後から痛みはあるはずです」
「確かに」
「痛かったですね」
「巣の確認をしているときは意識を向けているから、気付かなかったとは考えにくい」
「……え、皆さんご経験が?」
レオは、まるで知っているかのように言うアズールとラナとカイに、戸惑いの視線を向ける。
「仮にトールが焼き切れていなかったとしても、ヒアリは雨のときは地中から出てきません。通り雨ならともかく、今は長雨の時期です」
「その通りです。長雨の時期にヒアリの被害なんて聞いたことがありません」
オルバがサクラの言葉に続いて言う。
「……つまり、どういうことですか?」
レオが、困惑した様子で尋ねる。
「聖医に嫌われているんだろう? そういうことだろう」
「聖魔法とは状態異常魔法のことだ。毒を盛られたということだろう」
ロキとカイにはっきり言われ、レオとエイデンは言葉を失う。
「聖魔法って状態異常魔法のことなんですか!?」
反応をしたのはアズールだけだったが、ラナも思った。
「医療などに応用できるから聖魔法となっただけで別に元来それに特化した魔法というわけではない。治癒、結界、浄化などができるわけでもなく。だから聖医とは言っても聖人や聖女とは言わないんだ。こんな世の中なのも相まって、神殿に聖人はいないなんて皮肉を込めてよく言われる」
ロキの説明に、アズールとラナはなんとも言えない顔になる。
「聖魔法の練習のために神殿にはヒアリの毒が置いてあると聞いたことがあります。その毒が使われたのではないでしょうか。だから噛まれたわけではなくて、噛まれた瞬間の痛みというのもなかった」
オルバがそう言う。
「そういえば俺、前にヒアリ捕まえてきました。聖医見習いの練習に使うからって。そのときはもし噛まれても治してやるからって言われて」
レオが以前を思い出しながら言う。
「なんだあのヒアリの巣はわざと残してあったのか。だったら神殿の立て札でも立てておいてくれないと」
「……いえ、焼いてくださってこの辺りの者たちはとても感謝しています」
焼いてはいけなかったのか、と言うロキにオルバは焼いてくれてよかったと言う。
「ならヒアリの毒ではあるんですね」
噛まれたわけではなく毒を盛られたということならヒアリの毒ではない可能性もあったので、サクラがそこを言う。
「……ヒアリの可能性が高そうでホッとしています。ヒアリの毒なら死ぬことはないでしょう」
激痛ではあるが、死なないという安心感は途轍もない。
「でも今だって、もうすごく痛いんだろ!? それなのに、まだ痛みのピークじゃないんだろ……」
「庶民なら耐えるしかないものだ。別に俺だけの不幸じゃない」
「トール」
「待て。お前のやりたいようにさせてやりたいが、その前に一つ確認したいことがある」
治せることを知っているアズールとラナはサクラをちらっと見てはいたが、口を出せる立場でもない。
サクラも、自分一人の勝手で決めていいことではないと相談しようとするが、ロキはそう言って止めると二人の方を向く。
「本当にそれは度を越した嫌がらせか? お前たちは何か思うところはないのか?」
「……高貴な方の中には平気で残酷なことをする人がいますから。この街の神殿にいる聖医は貴族ばかりですし。平民を同じ人間だと思ってないんですよ」
魔導士も、神殿の見習い魔法使いも、そんなことばかり言う。
アズールとラナはもうこの国のどこに希望を見ればいいのかわからなくなってくる。
「いや……そういえば、少し前に神官や聖医が野良の医者に聖魔法を使う者がいるって話しているのを聞きました。もしかしてサクラさんをそう疑われたのではないでしょうか。氷鹿を倒せるほどの魔法使いと一緒におられる優秀な医者。オルバ先生のところに滞在していらっしゃるというのは神殿にも伝わっていますし、レオはオンド村出身でオルバ先生と親交がありますから、レオと仲のいい自分を毒にして、その旅の人たちの中に本当に聖魔法を使える医者がいれば、レオが自分を連れていくだろうと考えて」
「……え、じゃあ俺のせいでサクラさんが疑われて」
「聖魔法って、聖医以外が使っちゃいけないんですか?」
アズールが、単純にそこに疑問を持つ。
「そんなことはありませんよ。聖医は国に認められてなるものなので勝手には名乗れませんが、聖魔法を使うこと自体は特に禁止されていません」
オルバが答える。
「医者ではない聖魔法使いだっているしな。そもそも魔法を使うこと自体を禁ずるというのは無理なんだ。四大魔法以外の特殊な魔法の素質を持つものは無意識に使っていることが多い。聖魔法使いは聖医でなくともヒアリに噛まれたときの痛みが少ない。それをヒアリに噛まれたのにお前は苦しんでない、聖魔法は聖医以外が使うのは禁止だ、捕まえろ……は、無理があるだろ?」
ロキの説明に、アズールは確かにとなる。
「じゃあなんでサクラが疑われたって話になるんですか?」
「聖魔法を使って医療行為を行い対価を得る行為は禁止されてるからだよ」
サクラが答える。
「あ……それは駄目なのか」
「結果的にあなたの疑いを晴らせたのならよかったです。あなた方はこの街の恩人ですから」
「サクラは聖魔法使えないから、そこを疑われても別に構わないが、問題はその野良の聖魔法を使う医者がおそらくサクラのことだろうということだな」
ロキのその言葉に、レオとエイデンは首を捻る。
聖魔法を使えないと言った直後だ。
ユヴァはあの後この街の神殿に来て治療してもらったはずだ。
サクラが渡した痛み止めが効いてしまっていたなら、その話を聞いた聖医は野良の聖魔法使いだと思っても不思議ではない。
完全に治さなかったのも、技術不足で治せなかったか、もしくは疑われないためにその程度に留めたか、と。
「なんにせよ、長雨が明ければすぐに出ていった方がよさそうですね」
「まあ、もともとそのつもりだったしな」
カイとロキの言葉に、レオとエイデンは本当に出ていってしまうのか……という顔になる。
「それでは、どうやって治しましょう」
レオとエイデン、そしてオルバは……え……とサクラを見る。
聞き間違いかと思った。
「別に普通に治しても構わないが。俺の医者だと言えば勝手に聖医だと勘違いされるだろ。俺の威光で違法を通すのはよくないが、別にお前は本当に聖魔法は使えないからな。聖医ではなかった、でも聖魔法はそもそも使ってなかった、からどの道違法ではない。俺は身分を隠して旅はしたいが、身分を隠してこの国を勝手に旅しているわけではない。神殿なら俺のこともわかる」
「でもトールもカイさんもあんまり知られないようにみたいな感じだったじゃないですか」
「別に神殿が相手なら構わない。俺が誰かわかっている相手なら、俺のものを狙おうとはしないからな。俺の身分を知らない相手だとお前は宝が無防備に呑気にその辺歩き回ってくれているようなものだから、なるべく知られないに越したことはない。それに、お前はもう俺の医者だろう? それなら俺が守ってやれる。お前はいつまでも俺の相方であることを諦めないが、旅の間はいいが旅が終わってそれじゃあって言った瞬間誘拐されて一生監禁になってもおかしくないんだからな。お前が一生俺に守られる存在になる不自由を諦めるなら、お前は自由にその力を使えるんだ」
「そこは特に不自由ではないですけど」
「そうか、ならお前のしたいようにすればいい」
「むしろ聖医だと勘違いされている方がいいかもしれませんね。魔法大国の、王族の同行を任されるくらいの聖医、ということで多少の無理は通せそうです」
二人のやり取りが一段落ついたとこで、カイがそう言う。
「王子様が身分隠さないなら、もうサクラが治してやる必要もなくないですか? 王子様が神殿に治してやれよって言ったら終わりじゃないですか」
「それは私は嫌かな」
「なんで」
「だってロキにはどうでもいいことだもの」
困惑しながら話を聞いていた事情を知らないカステルの三人のうち、レオとエイデンはサクラの口からその名が出た瞬間、椅子から降りて床に膝をついて頭を垂れる。
いろいろなものが、頭の中で繋がる。
表情は強張る。
アズールとラナはその反応にビクッとする。
「別にロキが積極的に介入したいわけじゃないのに、他国の神殿に口を出させたくない。ロキが神殿の聖医に治療しろって言うのと、私が治療して神殿がそれは違法じゃないかって言いに来たとき身分を明かすのは全然違うことだよ」
「それは、確かにそうだな」
「エイデンさん、私が治療しますよ。治療費は頂きますが、とんでもない金額を要求することはありませんので」
サクラがそう声をかけるが、二人は頭を下げたところから動かない。
どんな言葉を発していいのかもわからなかった。
「まさか……本当に、アマルテア王国の、ロキ王子であらせられるのですか?」
困惑の表情に、どこか震えた声で、オルバは尋ねる。
「ああ」
その肯定に、二人はビクッと肩を震わせる。
ラナは目を見開いて凝視する。
貴族だとは思っていたが。
「……これまでの無礼を、どうかお許しください」
オルバも椅子から降りて頭を下げそうになるので、ロキはそれを止める。
「待て待て、そう名乗っていないときの振る舞いに謝罪なんて必要あるわけないだろ。今はただの旅の途中だ。これからも今まで通りでいい。お前たちも立て」
「……し、しかし」
「さすがアマルテアの王子様ですね」
「てかみんなそんなすぐ信じるんだ」
「確かに。アズールの反応が普通だと思ったけどな」
サクラとアズールのそんな呑気な会話に、レオとエイデンはやっとおずおずと顔を上げる。
「……トールさんがロキ殿下なら、あの魔法の実力も納得がいきます。瞳の色は黒だとも聞きました」
「……アマルテアのロキ殿下がヘルシリアに来られているということは聞いています。神殿にもいらっしゃるかもしれないということで、我々のような立場の者にも情報は」
「神殿には行ったな」
「「…………」」
追い返した事実に二人は青ざめる。
「まあそういう話はいいんだ。そろそろ夜も明ける。夜から痛みがあったなら、ヒアリの激痛も本格的にやばくなってくる頃だろう。まず治してもらえ」
「しかし、サクラさ……様は聖魔法を使えないなら、どうやって」
「あ、私はヘルシリアの平民なので、気にせず接してください。そういうのはロキとカイさんだけです」
カステルの三人がカイを見る。
「殿下の従者の騎士です」
三人は貴族だと察する。
「俺は正真正銘ただのヘルシリアの平民だから」
固まっているラナの頭を撫で回して、アズールは苦笑で言う。
「それがですね、オルバ先生、あのウミスイレン、やっぱり解毒効果があったんです!」
サクラは笑顔で言う。
「え、本当ですか!?」
一先ず治癒魔法のことは話さず、ラナとアズールの結果を話す。
「素晴らしい! ヒアリの毒だけでなくスパイダーリリーの毒にも効くはずですし、本当に夢の毒消し草です!」
「……あの、でもその話では、もう毒が体に回って痛みが強くなった後では効かないということでは」
レオが控えめな声で言う。
オルバは、あ……となる。
サクラはロキを見る。
ロキは頷いた。
サクラはレオとエイデンの方に向き直る。
「私は治癒魔法使いなんです」
二人は困惑顔になる。
「初めて、聞きます。治癒魔法というものが、存在したんですか」
オルバも困惑顔で言う。
「特殊な魔法を使う者というのはたまにいる。俺は氷魔法使いで、兄の側近は花魔法使いだし、俺の側近、カイは身体強化魔法使いだ。ヘルシリアの王女の転移魔法も歴史上で使い手は数人という希少さだろう。もちろん知られていないだけで使えた者も素質があった者も、もっとたくさんいたかもしれないが」
「……ヘルシリアの先代賢者様は霧魔法使いだったと聞きました」
ロキの話に、レオが以前聞いた話を思い出して言う。
「ああ、ヘルシリアの霧魔法使いの話は俺もアマルテアの先代賢者から聞いたことがある。他の魔法の応用で霧は発生させられるが、霧魔法使いはあまりにも簡単に大量に自由に霧を発生させるから、これが天性の才能か、と思ったとか」
「……アマルテアの賢者って、世界一の魔法使い」
「……それは、素なのか、嫌味なのか」
レオとエイデンは本気でどちらかわからない。
「治癒魔法もそういう特殊な魔法の中の一つだ。今までなかったことは、存在しない理由にはならない。変な魔法使うやつなんてたまに出てくるもんだ」
「変って言いました?」
「特殊で希少」
「すべての特殊で希少な魔法使いに謝ってほしいものですよ、まったく」
サクラは部屋に薬鞄を取りにいく。
レオたちからすれば、サクラが本当にヘルシリアの平民なのだとするなら、アマルテアの王子にその接し方のサクラはむしろ何者なんだ、という思いではある。
オルバは、ヘルシリアではなく遠い国の出身のような言い方をしていたのはなんだったんだろう?と遅れてそこを思う。
そして戻ってきたサクラから渡された小瓶の中身を飲んだエイデンは、あまりにもあっさり痛みが消え、ぽかんとすればいいのか呆然とすればいいのか、となる。
「ウミスイレンにそんなすごい効果があったなんて。やっぱり特別なんだな」
レオはそんなことを言っているが、エイデンやオルバからするとウミスイレンがすごいのかサクラがすごいのかよくわからない状態だ。
「やっぱり、というのは?」
カイはそこに引っかかる。
「あ、ウミスイレンは水神様、魔獣の漣鳥が住む湖にしか咲かない花で、オンド村にとっては漣鳥はすごく特別なので」
「漣鳥が住む湖にしか咲かないんですか!?」
それは話が変わってくる。
サクラはちょっとがっかりした。
「だがカステルの泉にも咲いてるぞ。毒消しの効果もあった」
ロキがそう言う。
サクラは、あっ確かに……と思う。
「カステルにはオンド村と関わりのある者が多いので、姫様とヴェル様……ミレーナ王女と護衛の、漣鳥の保持者のヴェルメリオ様がお忍びでたまにいらっしゃるんです」
「ヴェルの持つA級の魔獣とはやはり漣鳥だったのか」
「ヴェル様をご存知で?」
「カステルに来る前にエルデで会った」
「ああ、長雨前に神殿に来られたときにエルデに行くとおっしゃっていました」
「業火のヴェルメリオと言うから、どんな火魔法の魔獣を持っているのかと思ったら、水魔法の魔獣だとは思わなかった」
「漣鳥はヴェル様の火の鎮め役です。漣鳥がいなければヴェル様は辺り一帯火の海にしてしまうので、まともに戦えないそうです」
カイは森の中の小屋の前でのヴェルメリオとのやり取りを思い出して顔をしかめる。
ふざけていたわけではなかったらしい。
「……A級の魔獣の使い方が鎮め役だとは、規格外なやつだな」
ロキは間違いなくヘルシリア最強はあいつだろうなと、確信を持つ。
「王女の護衛がどうしてこんなところをふらついている」
カイがそう言えば、レオは少し目線が落ちる。
「ヴェル様は姫様の護衛で、側近で、いつも一緒で、なのに、長雨の前にカステルに来たときはお一人で、おかしいとは思ったんです……姫様が贈られたと言っていたピアスも指輪も腕輪も何もつけていなくて、漣鳥はオンド村の者には顔を出して見せてくれるのにそれもなくて」
「ヘルシリアは、本当に何か起こっているようだな」




