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解毒薬の検証

「染まらねぇな」

「変わりませんね」


 ベッドの横に持ってきた椅子に座ったアズールと、ベッドに座ったラナは、薄っすら色がついただけの魔色石を手にそう言う。


「……まあでも、トールが、一瞬で染めるやつもいるけど、そこの速さと魔法の才能は全然比例してないって言ってたし」

「トール様やサクラ様も時間がかかったんですか?」

「サクラは魔色石使わずに魔法使えるようになって、トールは魔力高すぎて魔色石砕いたって言ってた」

「……規格外」


「神殿、行くのか?」


「……行きたく、ないです」


 アズールは苦笑をこぼす。


「……あんなの見たらな。魔獣が出ても何もしてくれないし、それって、国が国民見捨てたってことじゃねぇのかよって、思っちまうんだけど」

「魔導士のヴェルメリオ様に助けていただいた私は、国に助けられたということになるのでしょうか」

「……それは、笑っちまうな」


 国に対してあんなことを言うような人なのに、それでも肩書は魔導士、国の戦力だ。


「ギルドには魔法使いはいないそうですし」

「じゃあやっぱエルデが特殊だったんだな。ギルドマスターが元魔導士の街って安心感すごいな」


 こんな大きな街なのに、C級の魔獣が一体出たらもうどうしようもない。

 元魔導士がたった一人でもいれば、それでもう大抵の魔獣の脅威は消える。


「でもエルデのお医者様は軽い症状しか診てくれないです。怪我や病でカステルまで行くという人も珍しくなかったですから」

「……そりゃトールとサクラに街に留まってほしいわけだ。こんな大きな街、オルバさん一人じゃ大変だろうし」

「トール様とサクラ様はとてもすごい方です。どこの街に行ったとしても一日でも長く居てほしいと言うと思います」


 アズールは、アルドがサクラを優秀な医者だと言ったのを思い出して、ラナの言葉に、そうなのだろうなと、心の中で返す。

 村は、その存在の有難さを理解していなかった。


「カイさんが言ってたけど、魔力が高い人は水出せるだけで雇ってくれるところはいくらでもあるんだってよ。それで水出すだけなら、すぐできるようになるって。よかったな、ラナ、生きていけるよ、お前保護者なんていなくても、自分の力で生きていけるようになるよ」


 だから頑張ろうなと、全然染まってくれない魔色石を持って、笑って言うアズールに、ラナは無性に涙が込み上げた。

 希望が目の前にある。

 終わりの見えない苦しい日々の先に、こんな未来が待っているなんて、夢にも思っていなかった。


 ***


「わあ!」


 薬屋に入ったサクラは、店内を見渡して感嘆の声を上げる。


「薬屋に来るのは初めてだが、案外開放的なんだな」


 ロキも店内を見渡す。

 限られた人しか来ないようなひっそりとしたイメージがあったが、隣の八百屋とたいして変わらない雰囲気に利用客だった。


「ヘルシリアは医者があまりにも高額なのでセルフメディケーションの意識が高くなっているんですよね。怪我の功名とでも言いますか」

「セルフメディケーション?」

「自分で怪我や病気を判断して薬を使って治すことです。もちろん素人の自己判断は悪い結果に繋がることもありますが、なんでもかんでも医者に診てもらいにいくとパンクしてしまいますから。この街がオルバさん一人で耐えられているのもこの薬屋があるからでしょうね。これで神殿もちゃんと機能すればカステルはすごく医療が充実した街になりそうですけど」

「相変わらずお前はその視点が素晴らしいな」


 治癒魔法を除けば医者としては未熟、というのは謙遜ではなく事実でも、その知識からの視点だけで価値があるとロキは改めて思う。


「薬剤師はセルフメディケーションに密接に関わる立場なんですよ。相談に乗って、薬を選んで薦める。村でもそういう比重は大きかったです」

「医者ではなく、薬を売っている人間と言っていたしな」


「うーん、欲しいものはたくさんありますが、薬鞄はもうほとんどスペース空いてないですしね。適当に道中集めてきてしまったものをカステルに滞在している間に整理しようかな。とりあえず今回は紫軟膏の材料だけ買って……トールは何か欲しい薬はありますか?」

「いや、特には」


 ロキは商品を見ていたのをやめてサクラと一緒に店員のところに行く。

 本当にただ見ていただけで、それが欲しかったのでも、欲しいものがあって探していたわけでもない。


 サクラはムラサキとトウキの根を、五十前後といった女性の店員のカウンターの前に置く。


「珍しいね、こういう材料を買う人は……ん? もしかしてあなたたち? 昨日魔獣を倒したっていうのは」


 フードを被った二人組に少し不信感を出していた女性は、誰かから話を聞いていたのか一致する情報に表情を明るくさせる。


「あ、はい、彼が」


 サクラは生薬を入れた紙袋を受け取りながら、お金を払っているロキの方を見る。


「じゃああなたが医者ね。すごく若そうだけど……」

「あ、十七です」

「十七!?」


 他の客がみんな振り返るくらいの声だった。

 女性は苦笑いで謝りながら、なんでもないと手を振る。


「勉強中の身で」

「いやいや、オルバがすごく的確な処置だったって言ってたわよ」

「もうオルバさんから話を?」


 知り合いなのは当然として、昨日の今日で?とサクラは少し不思議に思った。

 昨日は一日すごく忙しそうだったが。


「あれ、聞いてない? 私、オルバの妻のウィルマ」

「え!? あ、それは、申し訳ありません、勝手に滞在を」

「いいのいいの、私元々半分はこっちに住んでるし、むしろありがとうよ。あ、ちょっと待って、すぐ戻るから」


 まだ帰らないで、と手でジェスチャーをしてウィルマは店の奥に行く。


「……奥様がいらっしゃったんですね」

「カイはいるだろうと言っていた。ずっと忙しそうだったのに、家が綺麗で、まともな生活ができていそうだったから。食事も作る暇なんてなさそうだったがちゃんとしたのが出てきたから、恐らくあの人が作りにきてくれてたんだろう」

「……全然気付きませんでした」


 すぐ戻ると言った通り、ウィルマはそんな話をしている間に戻ってくる。


「腺白、もらって」


 ちょうど単三電池サイズの小瓶をカウンターに置いて言う。


「もらえませんよ!?」


 ウィルマはカウンターに乗り出すとサクラに顔を近付ける。


「自分で薬作る医者は多いけど、さすがに腺白は作れないでしょう? うちはオルバが使う分だけを店で買って、売ってないの」

「特別に売っていただけるというならそれは有難いです。お金を払います」

「いいの、お礼よ」

「……こんな高価なもの」

「魔獣が街を襲ってたら大変なことになってた」


 真剣な顔でそう言って、サクラの手に小瓶を握らせる。

 サクラはそれ以上断れず、お礼を言って受け取る。

 また何度か来ますと言って、笑顔で手を振ってくれるウィルマに会釈をして店を出る。


「それはそんなに貴重な薬なのか?」

「とても高価なんです。作るのが大変で」

「どんな薬なんだ?」

「ナンヨウヒキガエルの白い分泌液を集めて乾燥させたものです」

「……ヒキガエル」


 ロキはセミの次はカエル……となる。


「前世にも似たものがあってセンソって言ったりしましたね。この世界では有名な局所麻酔薬です。だから聖医は必要ないんですよ」

「麻酔と言うと手術で使うものだろう? お前はそういうことはしないタイプの医者なんじゃないのか?」

「まあ、何かあったときのために。ミズドクグモの毒出すために切るときとかにいいかもしれません」

「ピアス穴あけるときとか?」

「……ちょっと遅かったですね」

「残念だったな」


「あ、ピアス穴すぐ固定されたみたいなんですよね。やっぱり治癒魔法の効果でしょうか。せっかくなので街でのんびりしている間はこのピアスにしてみました。スタッドピアスは野宿したりするときに使おうかな」


 耳元で揺れるピアスに触れて言う。


「似合ってる。やっぱりそこはピンクの方がいいな」

「……ロキはさらっとそういうこと言う人なんですね」

「お前も散々言ってるだろ」

「ロキは誰が見てもとんでもなくかっこいいですもん」

「相変わらず薄っぺらいな」

「本心なのに」


「それでこの後の予定は?」

「ミツロウはあるので、あとは油を。それから昨日のハリギの林に行きたいです」

「スイレンの池じゃなくて?」

「はい」


 ロキは不思議に思いながら、材料をそろえるのに付き合い、そしてその足で昨日行った池の近くに行く。


「……おい、まさか」


 ロキは嫌な予感がしてきた。

 そしてその予感はサクラが足を止めた場所で確信に変わる。


「カイさんが見つけたって言っていて」

「……それは俺も聞いた」

「ロキが金貨一枚で焼いてあげればどうですか?」

「……そんなことならいくらでもするが」


 ヒアリ注意の札がかかったロープで囲われた区域の前でそんなやり取りをする。


「いいところに死なない毒があったなと思って」

「バカか?」

「大真面目です」

「それがバカだと言っているんだ!」


「耐えきれそうになかったら神殿の治療費を払ってください」


 いい笑顔で言うと小瓶を持ってロープを超えようとするサクラに、ロキは腕を掴んで止める。


「……正気か?」

「ヒアリって、案外その辺にいるんです。アマルテアではそうでもないかもしれませんが、ヘルシリアを含む一部の国では」

「……そのようだな」

「神殿は庶民には高いです。解毒薬があれば、苦しむ人が減る。漣鳥がいない、特別じゃない池で育ったウミスイレンでも効果があるなら、それはすごく大きな意味があります。まず私が試して、それで効果があるなら、他の人に試してもらいます。私以外でも効果があってはじめて、それは“薬”になる。効果がなければ治癒魔法で治しますので大丈夫です」

「そういう心配をしてるんじゃない、まずお前が試したときの話を」

「ロキ、前に言いましたよね。特殊な魔法の使い手のなんとなくは、直感的な理解だって」

「…………」

「なんとなく、できる気がします」

「……わかった、その代わりヒアリを捕まえるのは俺にさせろ」


 その要求にサクラは首を傾げる。


「どうせ私が噛まれるんだから、うっかり噛まれる可能性のあることは私がした方がよくないですか?」

「お前は自分の魔法使いをもっと使え」

「もう十分いろいろ頼んでる気がしますが」


 ロキはサクラの手から小瓶を取ると、ヒアリの巣に投げる。


「……あれヒアリ入ってくれます? それに回収するときにどうせ」


 サクラはふわっと、風を感じる。

 風に押されてヒアリが一匹小瓶に入ると、瓶が水に運ばれてロキの手元に戻る。


「……私の魔法使いなんでもできるなぁ」


 ヒアリの巣は焼き払われた。


 診療所に帰ると、キッチンにヒアリの入った小瓶と昨日作ったウミスイレンの煎じ薬が入った小瓶を並べ、その横でアマチャを煎じる。


「ではいざ」


 サクラは躊躇もせずにヒアリの入った小瓶に指を突っ込む。


「……心臓に悪い光景だな」


 昨日の銃の暴発を頭に思い浮かべ、サクラはお互いさまでは、と思う。

 指先に痛みが走って、瓶から指を抜く。


「噛まれたーって感じの痛みです。毒じゃなくて単純に噛む力強くて痛い感じの」

「何を呑気に実況してるんだ。早く解毒薬を飲め」

「この際だからアマチャも飲もうかなって」

「毒に毒を重ねようとするんじゃない! そっちは俺が飲んでやるから!」

「……それもどうかと」


 ロキにウミスイレンの煎じ薬が入った小瓶を握らされるので、サクラはコップに半量入れて飲む。


「どうだ?」

「痛みは消えましたね」

「おお!」

「でも今は弱い痛みだったので、本来ならどんどん強くなってくるこれからがどうなるか。今後も痛みが出ないようなら解毒薬と言っていいと思います。それに一つ不安点があって」

「不安点?」

「薬って普通こんな早く効かないです。つまり治癒魔法が働いてしまっています」


 薬物動態学苦手で再試験で通ったんだよなーなんて思い出しながら、サクラは言う。


「……まあ、どうしようもないよな。お前の魔力で満たされた体内に入るわけだから」

「私で効果があったらラナに治験頼んでみます」

「治験?」

「薬の効果や安全性を確認する臨床試験です。本当はもっと厳しくいろいろ決まっているものですが、それ言いだしたらこの世界の薬全部アウトみたいなとこありますしね」

「この世界の基準で考えろ」

「ですね」


「それで、これを飲めばいいのか?」


 鍋の中の煎じている最中のアマチャを指差す。


「……ロキも、毒と言っているのに」


 もう少し躊躇してほしい。


「そんなに危ない毒じゃないんだろ?」

「お茶として飲まれるものなんですが、濃すぎると嘔吐します」

「ふーん」


 手を出されるので、サクラはまずウミスイレン茶を淹れる。

 せっかくなのでサクラも飲む。


「美味くはないな」

「……ちゃんとした作り方をしたら美味しいのかもしれません。甘茶もそうです」


 次に濃縮されたアマチャの煎じ薬をコップに半量ほど入れる。

 ロキは躊躇せず一気に飲み干した。


「不味い」

「……濃いなんてものじゃないですからね」


「これで様子見か」

「そうですね」


 ***


「それで、なんともないんですか?」


「「この通り」」


 夜、男たちの部屋の方に五人集まって、今日の報告をしたら、カイに尋ねられ、ロキとサクラは体調不良など欠片も感じさせない顔で答える。


「では煎じ方を教えていただけますか? サクラ様以外が作った薬でも効果があるかが重要ということですよね?」

「え、カイさんが試すんですか? 私はアズールとラナにお金払ってやってもらおうかと」


 それを聞いてアズールはカイの前に出る。


「やるやる!」

「……そんな喜んで毒飲まないでよ」

「だってヒアリって噛まれてすぐは激痛じゃないんだろ。それで薬効かなかったら神殿の治療費出してくれるんだよな」

「ああ。俺たちは治療したくないと言い出したら俺の身分を明かしてやるから、安心しろ」

「こんな楽な金稼ぎある!?」

「……もうちょっと毒に躊躇してほしいところだけど」

「お前が言うなよ」


 すでに噛まれているサクラに、ロキは尤もな突っ込みを入れる。


「ラナは病み上がりだから」

「します!」

「そ、そう?」


 ヒアリってすごく怖がられてるものなんだけどなと、サクラは自分を棚に上げてみんなの躊躇のなさにちょっとどうかと思う。


 サクラの言う通りにカイが煎じ、まずラナが飲み、そして三人でヒアリに噛まれ、アズールも飲む。


「え、カイさん薬飲まないんですか?」

「激痛になってから飲んでも効くのかと」

「……それはとても気になりますが、身を切りすぎです」

「個人的な興味なので気になさらず」


 それでもサクラは薬を飲ませようとするが、カイに拒否される。


「……二人は今どんな感じ?」


「私は噛まれたときに痛かっただけで、今はなんともないです」

「俺は噛まれたときに痛くて、今もちょっと痛い。全然我慢できる範囲。我慢って言うほどでもないくらい」


「アズールはまだ薬が効いてきてないだけかな。ヒアリに噛まれてすぐの普通の症状って感じ。ちょっと様子見てみよう。ずっと意識しててもあれだから、魔法の特訓でもしておいて」


 そう言われたのでアズールとラナは魔色石を出す。


「まあ、気長にやれよ。いろいろ試行錯誤してたらどこかのタイミングで合ってそこから魔力を意識できるようになる」


 言葉通り、急かす空気のない緩い言い方のロキに、二人はなんだか肩の力が抜けるのを感じる。


 それから、二人は魔色石を手に特訓をして、三人はペンを持って紙に向かう。

 三十分ほどが経ってから、サクラがペンを置くと、ロキとカイも顔を上げた。


「アズール、どう?」

「へ? ああ……全然なんとも、どこも痛くもない」

「ラナは?」

「私もまったく」


「……カイさんは」

「痛いですね。まだたいした痛みではありませんが」


「明日の朝どうなっているかだな」


 ロキが今日はもう寝ようと解散の声をかけてしまう。


「カイさん、痛みが強くなってきたら薬飲んで私起こしてくださいね」

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