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ピアス

「ピアス穴をあけるんだろう?」


 ベッドに腰かけて隣をぽんぽんと叩くロキに、サクラはそこに座って髪を耳にかけるとロキの方を向く。


「なんだか緊張しますね。前世でも穴をあけていなかったので初めてです」

「左右一か所ずつでいいか?」

「はい、お願いします」


「……そんなに見られるとやりづらいんだが」


 耳に手をやれば、当然だが至近距離で、なぜかじーっと目を見てこられる。


「本当に黒曜石のような美しい瞳だなと」

「……気に入ってくれたならよかった。同じ色のアクセサリーをいくらでも身に付けてくれ」


 今からあけるぞ……と意気込めば怖いだろうと、ロキはそんな会話の中で両耳同時に水魔法と氷魔法の併用で穴をあける。


 突然の痛みに、サクラからは言ってよという文句は出なかったが痛みに顔はしかめられた。


「ありがとうございます」

「うっかり治すなよ」


 サクラはそれは考えていなかったという顔でロキを見た。


「……無理では? 鎮痛目的で軟膏を塗っても抗菌目的でチンキを塗っても怪我を治す効能もあるんですが。薬用茶を飲んで治ったりしませんよね?」

「治りそうだな」


「ピアスを付けた状態で薬を使うとどうなるのか興味が出てきました」

「……嬉々として人体実験をしようとするなよ」


 サクラはロキにコップにお湯を入れてもらい、そこに数滴魔力を込めたドクダミ……ジュウヤクチンキを垂らし、魔法で渦を作って混ぜる。

 ピアスを付けて、それを飲んだ。


「鎮痛作用もあるので痛みはなくなりましたね。それ以外はよくわからないです。抜いてみましょうか」

「……もうこれでいいだろ。治癒魔法使いもピアスは付けることができるとわかったんだ。今までの薬で俺の穴も塞がってないし、気にする必要はないだろ」

「定着している穴も魔力込めて薬塗り込んだりしたら塞がるんでしょうか」


 そんなことを言うサクラにロキはちょっと距離を取る。

 塞がれてしまったらもう一度あけなくてはいけなくなるのは避けたい。


「……何かしてほしいことがあったんじゃないのか」


 サクラは言われて「あっ」と思い出すと今日買ってもらったビニールをロキに渡す。


「熱圧着で袋を作れないかと」

「もう少し詳しく」


 ビニールを適当な大きさで切り、半分に折ると、サクラは二辺を指でなぞる。


「こことここを熱でくっつけることで袋状にできないでしょうか」

「……それはまた難しいことを言ってくれる」

「ヴェルさんみたいな火は出てないけど焦げてるみたいなのって難しいんですか?」

「普通にやれば難しいな。俺は氷魔法でなら可能だ」


 手を差し出されるのでサクラはロキの手に手を重ねる。

 再会したときにおでこに当ててもらったときのようにその手は冷たかった。


「氷くらい冷たくするのも可能ですか?」

「ああ」

「ヴェルさんの冷たい版みたいな感じですね」

「お前も治癒魔法は難しくないだろ。特殊な魔法はそういうものなのだと思う。氷魔法で何か、となれば難しくなってはくるんだが、水に指をいれて凍らせるくらいはまったく難しくない」

「確かに私も治癒魔法を使うときは魔力を込めるという感覚で難しいことをしている感覚じゃないです。でも火魔法って特殊な魔法じゃないですよね?」

「確かに不思議だな。もしかしてあいつのそれは特殊なのかもしれないな。炎魔法とでも呼ぼうか」

「なるほど」


「まあ、お前の魔力を使えば……なんとか」


 そう言うロキはしかし難しい顔だ。


「どうぞどうぞ」


 サクラは今日買った腕輪三つをピンクに染めて渡す。


「何度も言うが治癒魔法は俺の魔力を使えよ。繊細な魔法ではないんだから、扱いづらい俺の魔力でも十分だ」

「治癒魔法なんてすごく繊細そうなのに」

「今は基礎をしているだけで難しい応用があるのかもしれないけどな」

「応用も何も治癒魔法の他の使い方が思い浮かびませんが」

「薬が魔法の薬になるなら、毒も魔法の毒になるのか、とは思うが」


 サクラはロキを見る。

 火力が強すぎたらしくビニールは溶けて破れていた。

 一発で成功するとは思っていなかったらしいロキは特に凹むようなこともなく次のビニールを出す。


 サクラも輪ゴムと布、そして裁縫道具を持ってくる。


「どうなんでしょう。でもただ作用が強くなるだけなら副作用だって強くなるはずですし、少量だから、作用が弱いから、普段なんともないだけで大量に摂取すれば害になるようなものは身近なところにもたくさんあります。そういうことがないのは以前話したように、やっぱりこれが魔法だから……ということなんだと思います」

「ならトリカブトも治癒魔法を使えば毒性は現れず薬としての効果だけが出るんじゃないか? サクラはウミスイレンを使えば……と言っていたがそんなことはせずとも」

「消えるわけじゃないと思うんですよ。だから治癒魔法を使ってもトリカブトの毒性が一緒に強くなることはなくても、別に弱くなるわけでもないんじゃないかなって。試してみたい気もしますが」

「……絶対にやめろ」


 失敗したビニールを横に除けて、ロキは新しくビニールを切る。

 淡々と積み上がる失敗作と、次を取る手の淀みのなさに、サクラはロキのとても繊細で細かい技術が詰まった魔法を身につけるまでの課程を少し見た気がした。


「ロキのいない私はたいしたことはできないですが、それでも街に欲しがられるくらいの医者ではあるのかもしれません。でも国に欲しがられるほどではないように思います」

「そう考えるなら運命の相手が俺だったのはよかったのかもしれないな。ネロだったら戦争になっていたかもしれない。俺なら他国は諦めるだろう。いくら治癒魔法使いのためとはいえアマルテアの王子を一緒に捕まえて牢に入れようと思う国はない」

「……私はアマルテアに滅ぼされる覚悟をしてまで欲しいものでは絶対にないです」


「あのスイレン、夢の効能だと言っていたが、上手くいきそうか?」

「まだなんとも。毒って一口に言っても害をもたらす原因は様々なんです。たとえばトリカブトの毒成分はアコニチンで心停止により死に至りますが、フグの毒成分はテトロドトキシンで呼吸障害によって死に至ります。どちらも一つの薬で解毒できるって言うのは普通に考えれば不自然だと思いませんか?」

「それは確かにそうだな。ではやはり夢は夢と言うことか」

「でも元々水神様の泉にだけ咲いていた花というのが気になるんですよね。魔獣の定義って魔法を使えることって言ってたじゃないですか。現実的に考えるとそんな夢の花ないだろうと思うんですけど、以前魔法のない世界にいた者としては、この世界で現実的を語る方が不自然というか」

「魔法は科学ではなくゆえに原理を解き明かすことも不可能なんて言われ方もするしな」

「それはますます夢が出てきますね」


 ロキは半分に折って二辺を熱で溶かしてくっつけ袋状になったビニールをサクラに見せる。


「それっぽくなった」

「それです! さすがロキ! ありがとうございます!」


 いろいろできるようになっても散々無駄な技術と言われてきた。

 ロキは満面の笑みで袋を受け取るサクラに少し、笑みをこぼす。

 雰囲気が柔らかくなったと言われた。

 あんな状況と比べればと返した。

 だが確かに根本的に、変わったのかもしれないとも思った。


「何に使うんだ?」

「乾燥させた生薬を入れようかと思って」


 種類ごとに小袋に入れ、乾燥剤と一緒に大袋に入れる。

 そんな説明に、つまり大量に作れということだなと悟ってロキは無言で次のビニールを手に取った。


「そういえば軟膏の材料は手に入りそうか?」

「薬の材料を売っているお店があるそうなので明日行ってみようと思います」

「楽しそうだな」


 サクラは今から楽しみという感情が溢れ出している。


「そういうところに行くのは初めてなので」


「それで、それは何を作ってるんだ?」


 さっきより上手くできたビニール袋を、積んだ失敗作の横に置く。


「シュシュです」


 サクラは思っていたより上手くできたそれをロキに見せる。


「初めて聞く」

「ヘアゴム……えーっと、こういうものです」


 リボンや紐で髪を括っている人はいるが、ゴムを使っている人は見たことがなかったので、サクラは説明に困って自分の髪を後ろで一つに括ってみせる。


「ああ、髪飾りか」


 納得したようなロキのその言葉に、サクラは目をパチパチとさせた。


「髪飾り」

「違うのか?」

「いえ、違わない……ですね。これから暑くなるしせっかくだからとしか思ってなかったので、なんというか、そういう飾るという思考ではなくて」

「だがわざわざ布を買って凝った形を作ってる」

「あのゴムそのままで髪を括ったら髪が絡まって痛いんですよ。昔母がシュシュを作ってくれたことがあって、作るところを見ていたのでできるかなって」


 その“母”は、前世の母親だ。


「お前は編み込んだりしないのか?」

「私はあんまりしないですね」

「それは残念だ。一度してみたかった」

「……ロキは根本的に細かい作業好きですよね」

「そうかもしれない」

「湖出せる人なのに手の中で花を作っている方が好きそうです」

「死ぬまでに一度でも湖を出すことを求められるとも思えない」

「それはそうですが」

「だがそんなことをして許されるのは恋人にくらいだな」

「将来奥様にさせてもらってください」

「……だから俺は結婚できないんだって」


 ***


 朝、起きてまず一階の洗面所に行ってからまた二階の部屋に戻ってきたロキは、最初に起きてもうすでに準備を終えているカイからの視線に、カイの方を見て首を捻る。


「なんだ?」


「いや、ロキ様がそういうピアスをご自分で選ばれるのは意外だったので」


 魔色石を買ってきたというのは聞いていたが、カイは意外なチョイスに感じた。


「ああ、これか。これはサクラが選んだんだ。お互い一つ選び合おうって言って」


 耳で揺れるピアスに触れて言う。


「……そんな恋人みたいな要素積み重ねてどうするんですか」

「本当にな。もうどこからどう見ても恋人だぞ」


 右手人差し指の指輪を見せる。

 指輪はすべて互いの魔力を溜めたものにしたので、そこにはピンクの桜が咲いている。

 右手の薬指と子指につけたシルバーの指輪は魔色石が内側に隠れているのでピンク色は見えていないが。


「誰がそんな人口説けるんですか。運命の相手がいるなんて知らない人からの可能性もないですよ」

「サクラに言ってやってくれ」

「俺はお二人の結婚願ってるので」

「……そうだろうな」


 仕えている王子が、一生独身か運命の相手との結婚かの二択しかないならそっちを願うに決まっている。


「揺れるピアスは気になって嫌だったのでは?」


「まあ、いいかと思って。氷柱らしい。透明のときならともかく、あいつは真っ黒に染まることを忘れているのか」


 笑って言うロキに、カイは、サクラに何度目かの感謝を思う。

 親しかった従兄に殺されかけて、サクラとこうやって今旅に出ていなかった場合のロキは想像もしたくない。


 *


「……本当にロキ様以外と結婚しようという気はあるのか」


 部屋の前の廊下で会ったサクラの耳に雪の結晶を模したピアスがつけられているのを見て、カイはそんな言葉がこぼれる。


「おはようございます」


「おはようございますサクラ様、ロキ様がサクラ様が選ばれたピアスを付けていらっしゃいましたが、サクラ様のそれはロキ様が?」


 サクラの耳元を指差すのではなく、カイは自分の耳元を指差して、ピアスの話をする。


「いえ、これは自分が。ロキに買ってもらったものではありますが」

「……そうですか」


 そうですか、自分で選んだんですか、そのデザインを……と、カイはさっきぼそっとこぼした言葉を、今度は心の中で投げかける。


「ロキに選んでもらったのはこれです」


 左手の小指につけられた黒一色の指輪を指差す。

 同じ手の中指には白に挟まれた黒の指輪があり、右手の人差し指には黒い桜が咲いていた。


「ロキ様そういうところ全然冒険しないんですよね」

「シンプルですよね」


 サクラはふふっと笑って指輪に触れる。


「……無理だろうなぁ」


 カイはこの二人も先人たちと同じように、そこで結婚するか誰とも結婚できないかの二択の人生だろうなぁと確信を持つ。

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