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カステルの事件 1

 怪我人や逃げてくる人の流れに逆らって歩いていたら、街の外に出るというところで引き留める声をかけられる。


「今そっちに行くのはやめた方がいい、魔獣が出たそうなんだ」


 同い年くらいの青年のその声は震えていて、ではなぜこの人は逃げずにここにいるのだろうとサクラは疑問に思う。


「神殿の魔法使いだな。お前は早く行くべきだろ」


 ロキにそう返されると青年は目を泳がせる。


「……俺は、見習いで」

「神殿は見捨てたのか」


 その指摘にビクッと肩を跳ねさせる。


「…………はい」


「勝手に動いているなら神殿の紋章が入ったローブは脱いでおいたらどうだ」

「あっ」


 青年は慌ててローブを脱ぐ。


「ちょうどいい、魔獣のところまで案内してくれ」

「は?」


 言葉としての意味は当然わかるが、しかし意味がわからないという反応だった。


「お前は見捨てられなかったからここにいるんじゃないのか。結局、ただここで逃げてくる怪我人を見ているだけか? 魔獣が目の前を通り過ぎて街に行っても、見ているだけか?」


 青年は震える手を上げて、指を差す。

 三人はそっちに魔獣がいるのだと思って、指差す方に向かった。


「厳しい」

「あいつの街だろ」


 青年は、三人が見えなくなる寸前、覚悟を決めた顔をして、一緒に来る。

 街を出てすぐというとこで、開けた場所に出る。


「池……泉?」


 まず目に入った泉、しかしサクラがその綺麗な泉に感動していられたのは一瞬だった。

 三十メートルほど先の氷でできたような角を持つ鹿に気付いたのはそこから飛んできた氷がもう目の前、というときだった。


 サクラは目を大きく見開き、そして二度パチ、パチ、と瞬く。

 氷の粒は目の前にできた水の壁に阻まれる。

 しかしその水壁が凍りついていき、地に落ちて砕けるのを見て、サクラは水魔法は氷魔法に相性が悪いという意味を理解した。


「信頼してくれるのはいいが、気を抜きすぎだ」

「そういうわけではなかったんですが、でも気を引き締めてもどうしようもないと思うので今度からは気にせず気を抜こうと思います」

「開き直りが過ぎる」


 まだこの場に留まっていたのは五人、全員男、二十代から四十代くらい、氷鹿(ケライス)を倒そうとしていたというよりしんがり役だろう……というところまでカイは考えて、二人の呑気なやり取りに苦笑をこぼす。

 神殿の見習い魔法使いの青年は大きく目を見開いてロキを見ていた。


 呆然と氷の礫と水の壁の攻防を見ていた五人は、二人を見て、さっきとは違う意味で呆然となる。


「あ、あんたたち何者だ」

「神殿……にこんなやついたか?」

「魔法使いなのか!?」


「旅の魔法使いだ」

「旅費のために炎犬(フラーモ)の退治依頼を受けたかったんですが先を越されてしまって、そしたら同じC級の魔獣が出たって聞いて。そちらで解決できるようなら無理に首を突っ込んだりする気はないんですが、お困りならどうですか?」


「……こいつこういうところたくましいな」

「……いいことだと思いますよ」


 今から思えば安すぎる金額ではあったが村でちゃんとお金を取っていたことにロキは感心してきた。

 医者としては安すぎても子どもの小遣い稼ぎとして見ればいい収入だっただろう。


「どうって……」

「依頼しないかってことか」


 そんなやり取りをしている間にもまた氷は飛んできたが、すべて水の壁に阻まれる。

 そして今度は凍りつくことはなく、逆に飲み込まれた氷が溶けていく。


 考えるまでもなくこの魔法使いが強いことは五人ともわかった。

 もう魔獣に襲われている状況でここから依頼なんてと言えないことも。

 一緒に魔獣に襲われているわけではないのだ。

 自分たちを置いて帰ってしまえることもわかってしまった。


 さっきまで死を覚悟してすらいたのに、今は気を抜いてしまっている。

 彼らの緩い空気に吞まれてる。

 それはこの場において圧倒的な存在が氷鹿から目の前の魔法使いに移ったからだ。


「……炎犬は二十三枚だったな」


 五人の中で一番年上の、この街のギルドマスターでもある男が呟く。

 悩むのはバカだと思っている。

 少しでも安くなんて頼める立場ではないこともわかっている。

 しかし依頼が出ていない以上、ここで頼むということは、自分たちが依頼者になるということは、報酬は自分たちで払わなければいけないということだ。

 あまりにも、大金だった。


「……十五ま」


「十枚でどうでしょう」


 三十代くらいの男が十五枚で頼めないだろうかと頭を下げようとしたとき、サクラが両手を前に出してそう言った。


 ギルドマスターとその男はぽかんとサクラを見た。

 十を示す両の手と、笑顔を視線が行ったり来たりする。


「ほ、ホントにいいのか?」


「話はまとまったか? 怪我人がいるようだが、とりあえず氷鹿をなんとかするからそれから」

「待って!」


 半ば叫ぶような制止に、ロキとカイは目を丸くし、五人と見習い魔法使いはビクッとする。

 さっきまで緩い雰囲気だったサクラの強張った表情に、自然六人も強張る。


「火は駄目です」


 まずそれだけを伝えると一度深呼吸する。

 ギルドマスターより少し年下くらいの四十代ほどの男性の靴から足首の上辺りまでが氷で覆われているのを見て、サクラは必死に凍傷の知識を思い出す。


「なぜ火が駄目なんだ」

「凍傷は火で温めてはいけないんです。それに一度溶けかけて再度凍ってしまうと悪化します」


「俺のことは気にせず火魔法を使ってくれ。使えるんだろ」

「親父!」

「火を使わないでどうやってあいつ倒すんだ! 悪化がどうのなんて言ってる場合か!」


 息子なのだろう二十前半くらいの男性の制止を一蹴する。


「凍傷は酷い場合は患部を切断しなくてはいけなくなります」


 当人だけでなく他の人たちも、表情が凍る。


「医者の言葉は聞いた方がいい。安心しろ、火は出さない」


「だが、それでどうやって」

「何も倒さなくてもいいんじゃないのか。追い払うとか」

「追い払うのも火じゃないと無理だろ」

「俺たちを逃がしてもらえばいいんじゃないのか。パブロさんが離れれば火を使っても」

「それだ!」

「いやでも離れれば守ってもらうのが難しくなるんじゃ」


「できるなら魔力を残しておいてください。お湯を出せるあなたがいるのといないのとでは治療に大きな差が」


 水壁越しに見えた光景にサクラは目を見開く。


「心配ない、もう終わった」


 役目を終えた水壁が地面に落ちる。


 氷鹿は泉から伸びた氷の棘に貫かれて倒れることもできず絶命していた。


 五人は魔獣の脅威が去ったことに対しての安堵も出てこず、ただ呆然と氷に貫かれた氷鹿を見ている。


「後始末は俺がしておくのでお二人は怪我人の方を」


 後始末?と尋ねたい気持ちはあったが、それを聞くのは後でいいとサクラは怪我人の前に膝をつく。

 男性の左足は足首の少し上の方から靴まで氷漬けになっており、サクラは状態を診ようとして伸ばした手が止まる。

 凍傷は組織が凍結することで生じる傷害。

 長時間寒冷にさらされることで起こるが、液体窒素などがかかってしまった場合は短時間でも起こる可能性がある。

 では、人体が氷で覆われた場合は?

 足が氷漬けになったときの知識などサクラにはない。

 氷魔法のない前世ではこんな状況まずあり得なかった。


 そもそも、“医者”ではないのだ。


 これは凍傷か。

 そうではないのか。

 何を聞いて何を調べたら判断できる。

 判断して、その後は。

 薬剤師はそういう役割じゃない。


「お湯出せばいいのか?」


 上から降ってきた言葉に、サクラは固まっていた体が解けてロキを見上げる。

 患部を見ていたロキは、サクラの視線に気付いたというにはあまりにもタイミングよく、まるでわかっていたかのようにサクラに視線を移した。

 目が合った漆黒は、別に安心させるように笑んでくれることなどない。

 当たり前だ。

 この状況で頼られる側がどちらで安心させるように微笑む側がどちらかなんてわかりきっている。


 この世界では、サクラの技術と知識は医者足り得る。

 そもそも、サクラが助けてほしい“医者”なんて、この世界のどこを探したところで存在しない。

 サクラは自分は医者だと言い聞かせて、患者を見る。


「すぐに温めた方がいいですが、解凍時とても痛い場合があります。中途半端にするくらいならこのまま診療所に行った方がいいです。どうしますか」


「こんなときにまで選択させるのか。すぐに、が正しいならそうした方がいいんじゃないのか。素人にそんな判断はできない」


「私が医者を名乗ったところで誰がその腕を信用するんだって言いましたね」

「……言ったな」

「免許がなければ普通そうです。ここでちゃんと自分でわかった上で選んでもらわないと中断してしまったら悪化するかもしれない。火傷のときとは状況が違います」


「言ってしまえばお金ももらってないし別にサクラにこいつを治療してやる理由はない。氷鹿の退治依頼は達成したのだから、放置して帰るか」


 本当に帰ろうとするのではなく、どうするんだ、という言葉だ。


「金なら俺が払う。手当てしてやってくれ」


 ギルドマスターがそう言う。


「お金の問題じゃありません。この人間を信じられるかという問題です」


 サクラは自分を指差して言う。

 成人もしていない歳の、少女と言っても間違いではない見た目の者だ。


「あんな芸当できる人たちだ。ただ者じゃない」


 ちらっと氷鹿を見て、苦笑をこぼして言う。


「頼む」


 当事者が頭を下げる。


「お風呂くらいの温度でお願いします」

「……相変わらず難しい要求だな」


 ロキは水の塊を作ると、それに手を突っ込む。


「二つお願いします」

「はいはい」


 もう一つ水の塊を作る。

 その光景に五人は目を丸くするばかりだ。


「このくらいでどうだ?」


 サクラも手を突っ込む。


「ちょうどいいです」


 下げて、というジェスチャーにロキはそれを地面すれすれまで下げる。


「どうぞ、足を入れてください。組織……体の中の氷が溶けるときに酷い痛みが伴う場合がありますが、大丈夫なのでそのままで」


 わかりやすい言葉を使って説明する能力は薬剤師にも求められるものだが、一度も勤務することなく世を去ったサクラには経験値が少なすぎる。

 薬局と病院での実務実習はもちろんしているが、寒い地方でもなかったので凍傷患者を相手したことは一度もない。


 覚悟を決めて足を湯に浸ける……感覚としては突っ込む……が、痺れるような感じはあるが酷い痛みというほどのものではなく気が抜ける。


「他の方は大丈夫ですか? 温かい季節なので氷魔法の近くにいても涼しい程度ではあったと思いますが」


 周囲を見渡して、所々季節外れの氷は見えるが、現状別に寒くもない。


「氷触ってちょっと冷たいくらいだな」


「じゃあ他の方はこちらをどうぞ」


 もう一つの水の塊を手で示す。


「別に一回金貨一枚なんてぼったくったりしないから医者の言うことを聞いておけ」


 ちらっとロキを見たらそんな言葉を出されるが、そういうことではないのだがと思いながら恐る恐る手を突っ込む。

 そしてその温かさにいっそ感動が出た。


「……魔法使いってこんなこともできるのか」


 またロキによって感覚が狂ってしまった人が……とサクラは思ったが、一番狂わされているのは自分な気がしたので何も言わないことにした。


「あ、マッサージとかはしないでくださいね」


 考えを読まれたかのようなタイミングで止められ、患者はしかめた顔で手を握り締める。


「叩いたりも絶対しないでください」


 言われていたように、痛くなってきた。

 その痛みを紛らわせる行為をことごとく禁止される。

 様子に気付いた息子が背中をさすってくれたことでほんの少し気がまぎれる。


「……神殿で雇われてもいいくらいのことをしている気がする」


 氷を湯に入れれば当然温度は冷える。

 ロキは繊細な温度調節にそんな言葉がこぼれた。


「この調子で点滴とか輸血もできるようにお願いします」

「お前に見合った優秀な助手になれそうだ」


 しかしため息はこぼれた。


「でも冬じゃなくてよかったです。低体温症の心配もなさそうですし」


 そういえばとサクラはちょうどさっき買ってもらったものを思い出し、リュックを下ろして砂時計を取り出す。


「一応心拍数を測っておきましょうか。心拍数が正常でも軽度の低体温症の可能性はありますが、軽度なら毛布を被って温かい飲み物を飲めば治る程度なので」


 手を差し出しても不思議そうな顔をされるだけだったので、サクラは「こうやってください」と手のひらを上にして手首を見せるように出す。


 全員正常値ですね……と言ったところでアズールが現れた。


「アズール、ちょうどいいところに」


 とりあえずサクラに薬鞄を渡したアズールは、氷鹿を探し、離れたところに見つけたそれにぎょっとする。

 切羽詰まった状況ではないだろうと魔獣のところに行くのにたいして覚悟を決めてなどもなく普通に来たが、予想通りだったようだ。

 倒し方は想像以上だったが。


「オルバさん……あそこの医者からこれ」


 ブランケットを渡せばサクラはそれをすぐに一人の肩にかける。

 よくわからないまま受け取ってきたが医者同士説明がなくともわかったらしい。


「えっと、この人誰?」


 五人は氷鹿に襲われていた街の人だとわかったが、一人同世代だろう男性に、アズールは二人に尋ねる。


「まあ気にするな」


 ロキからの返答に、疑問は何も解消されなかった。


「水お願いします」


 ロキにコップを差し出し水を入れてもらい、サクラはそれを怪我をしている人に渡す。


「傷口を洗い流してください」


 傷口を洗ったらガーゼを傷口に当ててまず止血をする。


 ヨモギチンキの瓶を出し、ピンセットでガーゼを浸し、それで傷口にチンキを塗る。

 新しいガーゼをあててその上から包帯を巻く。

 みんな小さな切り傷はいくつかあったが、一人深そうな傷を負っている人がいてサクラは難しい顔になる。


 ガーゼをあて、強く抑えて傷口を心臓より高くすることで無事止血できたのでホッとする。

 後は同じ処理をする。

 というよりサクラにはそれくらいしかできない。


「お湯お願いします。えっと、お風呂くらいじゃなくて飲む用で」


 今度はコップに熱いお湯を入れてもらい、そこにヨモギチンキを数滴垂らす。

 少し迷ったが、その数滴には魔力を込めた。


「ヨモギです。体を温める効果と鎮痛効果があります」


 まず凍傷の疑いのある患者に渡す。

 痛みで強張っていた体が、温かい飲み物によって少し力が抜けた。

 それだけではなかった。

 嘘のようにすーっと痛みが消えていき目を丸くする。


「他の人も」


 四人にも飲んでもらう。


「他に気になるところはありますか?」


 完全に一息ついてしまっていた人たちはサクラにそう聞かれ慌てて……もう大丈夫、ありがとう……と頭を下げる。


「それでは一応全員診療録を書きますので」


 紙を五枚出して、鉛筆を握り、どうやって書こうと考えるがこんなところではどうしようもなかったので、サクラは三角座りすると膝の上で頑張って書く。


 今日の日付、全員の名前と年齢、性別、住所はとりあえずカステル(ヘルシリア)と書いた。


 症状と処置を書いたところで一度止まり、正直カルテの書き方なんてよくわからないので薬剤師的なやり方でいろいろ質問する。

 思わずジェネリック医薬品の希望まで聞いてしまいそうになって慌てて笑顔で誤魔化したら、全員の視線が向いていることにそこで気付いた。


「どうかしました?」

「細かいな」

「あ、状況に応じて省略するようにしますね」


 前世とは異なった環境だ。

 ましてや今は旅をしている。

 その途中で治療するというのは特殊な状況が多いだろう。


「いや、そういうことではないのだが」

「オルバ先生?に引き継がないといけないので詳しく書いておいた方がいいかなと思って。今見た感じ重くはなさそうですが、凍傷は数日様子を見ないと断定はできないので」


 氷が完全に溶けたのを確認して、靴を脱がせる。


「すぐに街を出るのか? お金を用意するのに少し待ってもらいたいんだが」


 カステルのギルドマスター、マクエルがそう言うが、それが引き留める言葉であることは仲間内ではすぐにわかった。

 優秀な魔法使いと医者、できるならもう少しこの街に留まってほしい。


「長雨が明けるまで滞在するつもりだが、俺たちは金目当てに旅してるわけじゃないから依頼されたって受けるとは限らないぞ」

「もしまた魔獣が出たら」

「約束はしない」


「金目当てじゃないなら金に困ってるわけじゃないんだろ。雰囲気からして裕福そうだし、そもそも魔法使いも医者もほとんど金持ちだ。なのに金取るのか」


 そう言ったのは五人の中で一番年下……とは言っても下二人は同じ二十二歳だが……のミゲルだ。

 五人の内訳は四十代二人、三十代一人、二十代二人で、歳が上の者からマクエル、パブロ、ハンス、エリック、ミゲル。パブロとエリックが親子だ。


「俺たちがいなければお前たちは死んでいたかもしれない。なのにその言い様か。俺たちは勝手に助けて後から金を出せと脅したのではなく、先に話をしたはずだ」


 お金持ち相手だとそう言いたくなる気持ちもわかるとアズールは思ったが、ロキの言葉がおかしくないこともわかるので口は挟まない。


「すまない、お金はちゃんと払う」


 マクエルがミゲルの頭を下げさせようとするが、ミゲルはその手を払う。


「魔獣被害は災害だって聞いた。災害で助け合うのはお互いさまだろ」

「その通りだな。それでお前はいつか俺を助けてくれるのか?」

「……は?」

「助け合うとはそういうことだろう。そうではないのならお前は一方的に助けろと叫んでいるだけのことを助け合いなどという綺麗な言葉で騙しているだけだ」


 その言い様に、怒りで力が入る。

 叫んでやりそうになったが、それより先にロキが言葉を続けた。


「なぜいつかの話をしない。今は何もできないが、いつか助けられる人間になるとは言わないのか。いや、魔法使いや医者ではなくとも、困ったときは助けると言うことは簡単だろう。俺はそれを助け合いと言うことに対しては否定する気はない。だがお前は助けてもらうだけのつもりだろう」

「だから金持ちは嫌いなんだ。なんでも利益、対価、無償無欲なんてもんは絶対にない。だから金持ちになれるんだよな」


 今までの言葉にも、吐き捨てられた言葉に対しても、ロキは怒る様子もなく淡々としている。


「確かに特権には義務が生じる。貴族社会には特権はそれを持たない者への義務によって公平となるという考え方がある。そしてその義務を果たさない者に対して特権を持たない者は糾弾する権利を持つ。だが俺はお前の国の特権者ではない。貴族には魔法使いが多い。それは確かに学び習得するための金や時間があるからだ。だが戦争が起きたときは貴族だからとは守られない。剣や魔法を扱えるがために前線に出ることも多い。それが特権に対する義務だ。俺はお前に対して義務を持つ立場ではない。お前は訴えているのではなくただ喚いているだけだ」


「っそんなの言ってるだけで守ってないじゃねぇか! 糾弾する権利持つって言ったって、言って貴族がわかりましたなんて言わねぇだろ! 本当にお前が言う通りなら、神殿があんな高価なわけないじゃねぇか! それに貴族が個人で優秀な医者雇うせいで庶民は医者不足だ! 本当にそんな義務あるなら貴族はその医者で俺たちのことも治せよ!」


 神殿の見習いの青年は俯く。


「そうですね」


 ロキの仲間であるはずのサクラが同意したことに、ミゲルはぽかんとなる。他の四人もぽかんとなった。


「この国の平民が貴族は義務を果たしていないと思うのなら、そうなんでしょう。そして彼はそのときは特権を持たない者は糾弾する権利を持つと言った。でも、それは彼にぶつけるものじゃない。たとえ彼が目の前にいる特権者でも、それは違います」

「……金に困ってないやつが、困ってるやつから大金取ろうとしてることにおかしいと思うのは普通のことだろ」


 サクラの穏やかな声に、自然とミゲルも少し落ち着く。


「災害救助って、大変で危険で苦しいものだと思うんですよ。それには見合った報酬が払われてほしいと思うんです。目の前に助けを求めている人がいて、それを助けるのは人として当然の行為だとして、それでも、払われるべきで、求めていいものだと思うんです。助けてもらった人のありがとうって笑顔だけじゃなくて、お金も求めて、どうして悪いんでしょうか」


 そう言って笑顔を浮かべたサクラには、今まで抱いていた金持ちの汚さのようなもの感じなくて、ミゲルは言葉に詰まる。


「そういう仕事には、国がお金を払うべきだと思うんです。だって天災は誰かが悪いわけじゃないじゃないですか。あの魔獣は、あなたたちが呼んだわけじゃないじゃないですか。国が呼んだわけでもないけど、こういうときのための税じゃないですか? 王様が豪華なお城で毎日豪勢な食事をして宝石山ほど買うために国民はお金払ってるわけじゃないじゃないですか」


 穏やかな声に諭されて、ミゲルは表情を歪め俯く。

 自分の怒りや不満が何に対してのものだったのかわかった。

 目の前の彼らにではなく、国に対してだった。

 彼らには当たってしまっていただけだったのだと気付いた。


「だから怒るなら、魔獣から助けてくれた彼にではなく、助けてくれない国に対してですよ。魔獣を倒してお金を求める行為は、正当なはずです」


「……悪かった、助けてくれたこと、とても感謝してる」


 ミゲルが頭を下げ、ロキもサクラも怒った様子のないことに他の四人がホッとした顔で謝罪と礼を重ねる。


「魔獣退治の報酬と治療費で十二枚お忘れなく」


 笑顔でそう言ったサクラに、ぽかんとし、そして五人はもう笑ってしまう。

 大金だ。

 しかし受けた行為の対価としては安すぎることも本当はわかっている。


「あ、五人の内訳は均等ではないんですが、それぞれに」

「いや、すべて俺が払うから構わないよ」

「そうですか?」


 何にいくらとはっきりさせておくべきだとは思うが、特殊な状況だしまあいいかと思うことにする。

 いやしかし問題か? とやっぱり悩むが、すべてちゃんとしようと思うとそもそも自分が医療行為を行っていること自体問題だしとも思えてきて、サクラはうーんと難しい顔になる。


「マクエル、本当に一人で払う気か? 俺たちも払うぞ」

「そうですよ、一人でそんな大金」


 パブロとハンスが心配そうに言う。


「いや、魔獣退治の方はギルドから払うんだ。治療費は俺が払うよ」


 それに四人は納得した顔になる。


「でもそれならなおさら治療費はちゃんと自分の分を」

「そうするとたぶんお前が一番高額だぞ」

「……うっ」


 その通り半分はパブロさんですとサクラは心の中で肯定する。


「お前が勝手に転んで骨折したというなら払わないが、結局は魔獣が原因だ」

「神殿の魔法使いが無料で魔獣倒して怪我も治してくれればいいのに。あ……あなたたちにはとても感謝していますが」


 エリックは慌ててそう付け足す。


「いや、先ほどの話はつまりそういうことだろう。この街の神殿がそうしてくれていたならお金を求める俺たちに頼る必要もなかった。そもそもちゃんと国が対策していれば怪我人が出る前に解決していたかもな」


 ロキの言葉に俯いた青年に、アズールはどういう立場の人かなんとなく察する。


「ところで皆さんどうしてここにいたんですか? 魔獣が出たと聞いて駆けつけたにしては武器とかも持ってないですし」

「元々今日は調査しに来てたんだ。そこに魔獣が現れた。ノコギリやハサミ持ってたやつもいるが、ほとんど丸腰みたいなものだ。まあ剣持ってたからって俺たちに魔獣倒せたとは思えないが」


 マクエルがサクラの疑問に答える。


「調査?」

「ハリギだよ。枝が枯れてしまっている原因を調べてたんだ」


「ハリギ?」

「名前の通り針のような葉を持つ木だ」


 ロキが小声で教えてくれる。


「針のような……あ、マツのことかな」


 その反応でサクラが知らないのではなく前世と名前がずれていてわからなかっただけとロキに伝わる。


「大事な街の産業だから困ってるんだ」

「知り合いに優秀な植物学者とかいないか?」


 ハンスがため息をこぼし、エリックが冗談の口調でそんなことを言う。


「それって五枚葉ですか?」

「そうだよ、この辺りはほとんどゴヨウハリギ。フタバハリギもないことはないけど」


 サクラの質問に、エリックが答える。


「もしかしてオレンジ色の斑点がありますか?」


 そう言ったら五人は目を見開いた。


「知ってるのか!?」


 ミゲルに肩を掴まれて、サクラも目を丸くする。


「五葉ハリギ類発疹さび病……ではないかと」


「確かに錆びているかのようだ」


 マクエルが木の症状と名前が一致すると言う。


「木の病気にまで詳しかったのか」


 驚いているロキに、サクラは困った顔になる。

 とても詳しいと言えるほどの知識は持っていない。


「どうやったら治るんだ」

「いやそもそも原因は」


 ミゲルとハンスからの言葉にもサクラは困る。

 決して樹木医などではない。


「えっと、葉っぱから枝、枝から幹へと広がっていく病気だったと思うので、たぶん、病気になった枝を切ってしまえばそれ以上広がることはないかと。でも幹まで広がってしまっていたらもう……」

「すぐに全部調べて……いや、みんな怪我してしまっているんだったな」


 マクエルは頭を抱える。


「てかよくわかったな。ハリギの病気ってそれだけじゃないだろ?」


 もはやサクラのそういう知識に対して驚き慣れているアズールがそう言う。


「いやそもそも私有名なの三つ、四つくらいしか知らないから。今回は、カラントがあったからそうかなって」

「カラント?」

「この病気、ハリギからハリギへは感染しないの。中間宿主を経由しなきゃならなくてね、その中間宿主がカラント類。私の国ではカラントって身近な植物じゃなかったんだけど、私がカラントのこと知ってるのはそれで」

「……十分詳しいだろ」


「あ、ハリギの葉っぱちょっともらってもいいですか? ハリギは体が冷えているときにいいのでハリギ茶作りますね。あ、余分に葉をもらう条件でタダでいいですよ」

「ああ……葉っぱくらい、いくらでも」


 マクエルは流されるように承諾する。


「サクラ、あまり離れるなよ」

「大丈夫ですよ、すぐそこですから。奥に行ったりしません」


 この場を離れられないロキは仕方なくというふうにサクラを見送る。


「変わった子だな。大金しっかり要求したと思ったらタダでいいと言ったり」

「いや大金と言っても相場よりは相当低いからな。そう考えるとずれているわけでもない」

「それもそうか、大金貨五十枚って言われててもおかしくないんだよな」

「神殿の医療費考えると合わせて大金貨百枚って言われててもおかしくないぞ」

「……大金貨十二枚くらい文句言わずに払わなければいけないな」


 パブロとマクエルのやり取りにロキは勘違いに気付く。


「俺たちが要求したのは金貨十二枚だが。大金貨ではなく、金貨」


「「「……え」」」


「庶民は普通大金貨なんて使わないだろう。だから大金貨一枚ではなく金貨十枚と言った……つもりだったのだが、伝わっていなかったようだ」


 五人全員言葉を失った。


「まあ、思っていたより安い分には構わないだろ」

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