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カステルでの買い物


「あっ」

「遍歴商人だな。覗いていくか?」


 村に来たときはその荷を見るのが楽しみだった。

 そのときと同じように見かけて思わず反応してしまったサクラにロキはそちらに向かう。


「何度か村に来たことがあります。通るときにちょっと寄ったって方が正しいかもしれませんが」

「彼らの医者でもあったわけだな」

「はい。子どものときは面白がって本をくれる人とかもいましたよ」

「あんな村で医療関係の本に目を輝かせる子どもがいればその気持ちはわかる」

「この世界本が安いのがありがたいんですよね」

「安くはないだろ」


 平民が安いと言って王子が安くはないと言う不思議な逆転が起こっている。


「紙がそんなに高くなくて驚いたって言ったじゃないですか」

「ああ……もっと高額だと想像していたらそうでもなかったということか。この光景も、お前の言う、時代が交ざっている光景か?」


 その話のときに言っていたことを思い出して、ロキは並ぶ商品にそう言う。


「私からするとビニールがこの風景の中に浮いています」

「その感覚もよくわからない」


 昨日今日開発されたものでもない。


「あとなんて言えばいいのか難しいんですが、物質はあるけど製品はないんですよね」


 並べられた商品を見て、サクラはそんな感想をこぼす。

 ビニールは食品用ラップのようなサイズで巻かれた状態で本当にただビニールを売っている。


「この世界の技術でできそうなものがあればぜひ案を出してくれ。アマルテアはそういう面では決して進んではいない国だからな」

「あれ、私薬医として求められているんですよね?」

「魔法産業は賢者も無関係じゃない」


「傘とか欲しいですね。日傘ではなく雨傘」

「必要ないだろ」

「私の国は傘が必需品だったんです」


 世界では、とは言わなかった。

 前世、外国人はあまり傘を差さないイメージがあった。


「いやそういう文化の話ではなく。俺も別に濡れても構わないとは言ってない」

「ではどういう話ですか?」

「雨が降ればわかる」

「はあ、では長雨に入る楽しみの一つにしておきます」


 昨日今日この世界にやってきたのではなくこの世界に生まれて前世の記憶があるわけで、この世界の雨なんてもう何度も体験しているサクラはロキのそれに首を捻る。


「それで欲しいものはあったのか?」


 サクラはビニールを指差す。


「これの袋が欲しいです」

「……お前の無茶振りは特殊だな」

「私の瞳の色の宝石を使ったネックレスとか言った方がよかったですか?」

「それはあまり難しくない」

「……冬にサンフラワーの花束が欲しいとか?」

「それは定番の断り文句だな。季節外れのレインフラワーやスノウフラワーバージョンもある」

「悲しいですね」

「……一応言っておくが俺の経験談じゃないからな」


 声に同情が滲んでいてロキは微妙な表情になる。


「あ、輪ゴム! トール、輪ゴムあった!」


 ビニールは一先ず置いておいて、端から順に見ていったサクラは馴染みあるオレンジ色ではなかったからすぐには気付かなかった白い輪っかを手に持った瞬間、その手触りにハッとして、伸ばしてみて目を見張る。


「それはすぐ壊れるからあまり使い道はないぞ」

「劣化した輪ゴム感あります」

「たぶん不良品ではない」


 しかしサクラは楽しそうに前世より質の悪い輪ゴムを見る。


「ビニール手袋も欲しいけどゴム手袋も欲しいー」

「……難しい要求だ」


 繊細な刺繍やレースの飾りが施された絹手袋なら用意できるが、サクラの望むものはどこを探して誰に頼めばいいのかも見当がつかない。


「トール、これ魔色石です」


 ロキが悩んでいる間にサクラはもう次を見ている。


「砂時計か。装飾品以外の魔色石は珍しいな」


 うっすらピンクに変わっている砂に、ロキも興味深そうにサクラが持つ砂時計を見る。


「そうなんですか?」

「魔色石の用途的にな。花瓶を見たことがあるが、それ抱えて戦う姿を想像したら恐ろしく間抜けだった」


 思わず想像してしまったサクラは抱えるという言葉で大きな花瓶を想像してしまいロキと同じ感想しか出てこない。


「……魔法を使う職人さんが作業台に置く用とかじゃないんですか?」

「職人は魔力が高くない者がほとんどでなおかつ毎日魔力を消費するから魔色石に溜まる余裕がないと聞く」

「でも魔力が満タンじゃないときでも魔色石持ったら染まりますよ?」

「触れたところが薄っすらな。それ以上にはならない」

「あ、確かにエルベで買った魔色石透明なままです。じゃあ魔色石を魔力貯蔵庫の目的で持つのは魔導士だけなんですか?」

「いや魔法使いにもいろいろいるから。どんな理由であれ魔色石を持たない者はいないだろうが。魔色石を通した方が魔力の使用が……サクラ、なぜまだ透明なままなんだ」


 フードに視線は遮られていたが、砂時計から自分の方に向いたロキにサクラは反射的に目を逸らす。


「えっと、あの男の子にあげたから?」

「五日もあれば大抵魔力は完全に戻ると言っただろ。身体が弱っていれば戻るのが遅いとは言うが、お前はもう治っていたはずだろう? 石一つ分程度消費したところで魔色石が透明というのはおかしい。まさかラナに自分の魔力を使ったのか」

「……たぶん」

「なんのために俺の魔色石を渡していると思ってる」

「恐れ多くて使わなかったとかではなくてですね、ただ自然と自分の魔力が減ったというか」

「とても当たり前のことを言っているな」

「……私単純に魔法使いとして未熟なので」

「……そうだったな」


 しかも独学だから普通これができたらあれもできるはずだろうというのも通用しない。

 ロキは失念していたことにため息をこぼし、しかし解決策はわかっているのでそこに行こうととりあえず商人を呼ぶ。


「これとこれと、これを」


 ビニール一巻、砂時計、最後に輪ゴムを指差して「いくつ?」とサクラを見る。


「えっと、じゃあ二つ。あのでも砂時計も?」

「戦闘ではこんな魔色石持っていても邪魔だが治療では机に置いておけるだろう。魔力を溜める用途だけならただの塊でいいが、お前の部屋は綺麗に物が置かれていた。果実酒も色で並べる順を考えているようだった。ただの塊ではなくこういうものの方がいいかと思ったが、でもそうだな、だから趣味に合わないという方もあったか」

「……その考察はなんだかちょっと恥ずかしいですね」


 今更ながらに部屋の中をじっくり見られていたことに恥ずかしさが出てくる。


「それで?」

「一分のものが、欲しいです」


 ビニールと輪ゴムはそのまま手に、砂時計は箱に入れて渡されただけあってそれなりに高価だった。


「……なかなかいいお値段がしますね」


「あんたたち旅人かい?」


 お釣りを用意しながら、商人は変わったものを買う二人に面白そうに声をかける。

 だいたいの者が見るようなものには目もくれなかった。


「ああ」

「どこから来たんだ?」

「南からだ」

「それなら物珍しいものが多いんじゃないか? 俺は北から来たんだ。あの砂時計はユークラント製でな、木枠に彫られてた模様がユークラント製の特徴だよ」

「ああ、あの図形的な」

「幾何学模様みたいな」


 ぽろっとそうこぼしたら不思議そうな顔をされて、慌ててその場を後にする。


「……村にいたときはそこまで感じなかったんですが、私思ってたよりこの世界からずれてたみたいです」

「そのずれを喜んでいる人間がここにいるが、何か問題か?」


 大真面目なトーンで言われ、サクラはふふっと笑う。


「いいえ、全然。そうだ買ってくださってありがとうございます。ビニールなんですが、熱圧着で袋に」

「それは帰ってから言ってくれ」


 背に手を置いて促され、サクラはよくわからないまま店に入る。


「宝飾品店?」

「神殿があるような街ならヘルシリアでも魔色石は普通にこういう店に並んでいるはずだ」


 ザッと見渡して、右端のスペースに見つけロキは他は素通りでそこに行く。

 街ではフードを深く被っていてもちらちら見られることはあっても不審者というような視線は向けられなかったが、高価な物を置いているからかここの店員は疑うような警戒するような目で見ていたのを魔色石が目当てだとわかると納得したような表情になった。


 魔導士という職があったり神殿で働いていたり魔力が高い方が喜ばれたりということはあっても魔法使いのどことなく怪しい雰囲気はこの世界でもそうなのだろうかとちょっと不思議に思いながらサクラも他の宝石は通り過ぎて魔色石のスペースに行く。


「透明な石ばかり並んでいるのちょっと変な光景ですね」


 他のスペースは鮮やかだ。


「昔はもっと顕著だったらしいぞ。今は普通のアクセサリーと変わらないデザインの凝ったものも多い」

「確かに」


 結婚指輪と見せられても何も疑問に思わないような銀にちょこんと小さな石が付いた指輪やねじれた金にどこに石が付いているのかパッと見わからないみたいな指輪まである。

 正直魔力貯蔵庫としてはあまり意味をなしてなさそうだが、塵も積もれば山となる、お金ではないが一銭を笑う者は一銭に泣くとも考えれば無駄とも言えないだろう。

 たくさんつける中の一つにアクセントとしてあまり魔色石が目立たない、色の違うものをつけるというのもお洒落的に見るとありかもしれない。


「指輪の魔色石を通して魔力の使用を目視することで魔法を安定させることができる。緻密なコントロールが必要な魔法を使うときは必須だ」

「魔力の目視、なるほど」

「別に指輪である必要はないが、指先や手の上で魔法を使うことが多いというのと理由は同じだ。サクラも手から薬に魔力を込めているだろう?」

「はい」

「あれは別に手を使う必要はない」

「……理解はできますが難しいです」


 ロキが体から離れた場所に水や火を出せるように、可能だということはわかる。


「魔力の節約という意味では必要だが」

「ペンダントを握って魔力を使うのはできても、首にかけたままでというのは難しいです」

「自分の魔色石はペンダントだろうと髪飾りだろうと魔力が減れば魔色石から体内に戻るだけだから、緻密なコントロールのための魔力の目視という意味だけだが、他人の魔力は使えても体に入るということはないから、そもそも使用するのに技術がいる。手で持っていれば難しくないが、毎回ペンダントを外すというのも面倒だろう。ペンダントなんて握りながらでは場合によっては邪魔だしな」

「あと単純に忘れて自分の魔力使ってしまいます、絶対」

「指輪の魔力を使うことを意識していれば自然と俺の魔力を使うことが癖づくだろう」


 指輪だと必然的に魔色石は小さくなって使える魔力も少ないが、指輪の魔力を使う癖を付けさえすればその魔力を使いきっても次に腕輪やペンダントの魔力を使えばいいだけだ。

 治療するときに必ず目に入る場所に魔色石があるのもいい。


「基本的に使うのは指輪の魔力だけにしておけよ」


 使いきれば次に他の魔色石、とサクラが思っていたら釘を刺される。


「いくらトールの魔力でも少なくないですか?」

「軽い怪我程度なら自分の魔力を少し込めただけで消してしまえるやつが何を言ってる。旅の間はなるべく隠しておくべきだ。それに俺の魔力はそんなものではない、普通に魔法を使うだけならそれで十分だ」

「これでどれくらいできますか?」


 小さな石がついた指輪を指差す。


「お前を飲み込んでしまえるくらいの水は出せる」

「……さすが本体は貯水湖」


 サクラは十分だということを理解した。


「そういえばお前ピアス穴あいてないが、どうするんだ?」

「あ、どうしましょう」


 指輪と同じで魔力を溜めるという意味ではピアスもたいした容量にはならないが、ロキの魔力なら小さな石でもバカにはできない。

 そもそも桜のアクセサリーの中にもピアスはあった。


「あけてやろうか?」

「正直前世と比べてすごく怖いんですが」


  この世界にはピアッサーもなければ病院に行ってあけてもらうこともできないし、と思ってからサクラは……あ、自分が医者だった……と思った。


「聖魔法で痛覚を麻痺させてやることはできないが、俺なら針を使わなくてもあけられる。菌が入る心配もない」

「あ、ピアッサーはなかったけど魔法はあった」

「……?」

「じゃあお願いします」


「最初はシンプルで重たくないものの方がいいな」

「これとかどうですか?」


 小さな一粒の石のスタッドピアスを指差す。


「いいんじゃないか? それと次の街にも魔色石がこのくらい売っている店があるかわからないからもう穴が安定してから使うやつもここで買えばいい」

「一組で十分ですが」

「ピアスは失くす」

「……失くす前提」

「普通に生活してるならともかく旅なんてしていれば余計に」

「それを言われると絶対失くしませんとは断言できませんが……」


 落としてしまえばもうどこに探しに行けばいいのかもわからなくなりそうだ。


「何か気に入るものはないのか?」

「うーん……前世でピアス付けたことがないので、憧れはあるんですけど、あんまり大きいのはハードルが高いと言いますか」

「魔色石の用途的にはなるべくデカいに越したことはないが」

「……ですよね」


「ブレスレットは?」

「二個あるからいいです」


 旅人にもらった方は透明にして、エルデでロキにもらった魔色石と一緒に布袋に入れているが、レイにもらった方はそのまま腕につけている。

 ロキに頼めば透明にしてもらうことは可能だが、お守りとしてくれたものをそうすることは躊躇した。


「つけていない方ラナにでもやればどうだ。タダのお古なら受け取りやすいだろ」

「あ、確かに」

「それで俺はそっちを黒にしてしまいたいんだが」


ローブに隠れている手首を指差す。


「これはお守りですよ。魔導士の魔色石は魔獣からのお守りってカイさんが言ってました」

「俺の方が魔力は高い」

「でもトールの魔力は魔獣に好まれないから効果がありません」

「…………」


「お決まりですか?」


 女性の店員が、笑顔でそう声をかけてくる。


「……これを」


 最初に言っていたスタッドピアスを指差して言えば、店員はすぐに手に取る。


「あ、私これがいいです」


 銀細工の雪の結晶のピアスを指差して言う。

 雪の結晶からチェーンが垂れ下がった先に雫型の魔色石が付いている。


「花モチーフとかじゃないのか?」

「トールが桜の指輪つけてますし、私も氷的なのつけようかなって」

「……そうか」


 ますます恋人みたいになってしまうがいいのかとは、もはや言いづらくなってきた。


「あ、でもこっちもいいかも」


 今度は逆に丸い魔色石が耳元にあってそこから垂れ下がったチェーンの先に月と星の金細工が付いており、星の部分にも小さな魔色石が付いている。


「ではこれも」

「え、いや、どっちかで」


 どうしますか、という店員の視線にロキは構わないから二つともとジェスチャーを返す。


「……トールは買わないんですか? 穴はあいてますよね?」


「これを」


 魔色石だけのリングピアスを指差す。

 店員は目が輝いてきた。

 買ってくれる客だ。


「あとこの腕輪を三つ」


 完全に魔力貯蔵目的の、魔色石だけでできたシンプルな腕輪も買う。


「指輪はどうしましょう」

「好きなものを好きなだけ買ってくれればいいが」

「……もはや嬉しさ通り越して恐ろしいですね」

「そんな高い宝石買うわけでもないんだから」


「えー……えーっと、じゃあこれを」


 石がちょこんと付いているタイプではなく、シンプルな形状で白、透明、白という三列になっている指輪だ。透明な部分が魔色石で、白い部分は魔色石より細い。


「あとこれをサイズ違いで二つ」


 一見銀のシンプルな指輪で、内側が魔色石になっているものを指差す。


「……トールそういうのばっかりじゃないですか?」

「俺は魔力貯蔵目的でしか買ってない」


「あ、じゃあ最後に一つお互いに似合うと思うものを選び合いましょうよ」

「構わないが」


 店員はもうとんでもなくにこにこして見守っている。

 たくさん買ってくれる客がすごく微笑ましいやり取りをしているというダブルの理由からだ。


 二人は悩むことなくピアスと指輪を指差す。

 すぐに決まった。


 店員の満面の笑顔と喜色が滲む声に見送られ、店を出る。


 店の外、大量の小箱を布で包んだものを両腕で抱えて、サクラは隣のロキを見る。


「アクセサリー大量買いする人いるんですね」

「一つ一つは安かっただろ」


 どれも一級ではなく二、三級だったのもあったからか、確かに大量買いしても目玉が飛び出るくらいなんて値段では全然なかった。


「すごい雑に買ってしまった気がするのは気のせいでしょうか」

「気のせいじゃないな」

「……さすがにどうかと思いますよ」

「たぶん旅から帰る頃には紛失と破損で半分なくなってる」

「……アクセサリー使い捨て感覚はやばいです」


「他に行きたいところは?」

「あ、布が欲しいです」

「医療用?」

「いえ、服とかの」

「服ではなく?」

「布です」


 ロキが向かいの服屋を指差したら、サクラがその隣の仕立て屋を指差すので、ロキはフードの下で不思議そうな顔をする。

 何に使うのか聞く間もなく、サクラはさっさと買い物を終えてしまう。


 そして店の外の雰囲気に、ロキは聞こうとしていた言葉が消える。


「街がざわついているな」


 え?……と問う声がこぼれるより前に、二人の前を男が駆け抜けていってサクラは目を丸くする。

 周囲を見渡したらざわめきが伝染して街に広がっていっているかのようで、不安を浮かべて話す人たちの姿が目についた。


「何かあったんでしょうか」

「一度診療所に戻るか」


 一応、というくらいで特に慌てることもなくだったが、診療所に人が集まっているのが見えると二人は自然と足が急いだ。

 診療所に人が一度に大勢来る状況なんて何か悪いことが起こっているに決まっている。


 一人が肩を貸して、二人の男がちょうど入ろうとしていたところで、ロキとサクラは横に避ける。

 入れ替わりでカイとアズールが出てくると、カイは少しホッとした表情になった。


「お二人がかかわっていなくて安心しました」

「何があった」


 そう言っている間にもまた次が来るので、四人は邪魔にならないように診療所から少し離れる。


「魔獣が出たそうです」


 ロキの眉間にしわが寄る。


「……魔獣ってそんなに頻繁に現れるようなものではないと思っていたんですが」

「珍しくが重なる場合はあるとは思うが、少し気になるな」


「姿を見た者の話を聞いた限りでは氷鹿(ケライス)ではないかと」

「氷鹿なら神殿にいる魔法使いでなんとかできるだろ」

「どうでしょうか、ここはヘルシリアですから。魔獣被害が少ないということは必然的に知識不足、経験不足です」


「避難とかしなくていいんですか?」


 アズールはそれをのんびりと聞いている自分もなんだか変だなという自覚はあった。

 だが仕方ない。

 この数日で魔獣が恐ろしいという知識は得たが、ロキとカイが余裕でいるときはちゃんと大丈夫という経験も得た。


「どうなのだろうな。ヘルシリアではどうすべきなのかは俺たちにもわからない。魔獣は街の外のようだが、対処できる者がいるなら避難までする必要はない魔獣だ。できないならそれは当然今すぐ神殿にでも逃げ込むべきだろう」


「D級ですか?」

「C級だ」

「……神殿にいる魔法使いってそんなに強いんですか?」


 C級とは魔導士なら大丈夫だろう程度だと言わなかったっけ?とサクラは表情を曇らせる。


「どうだろう」

「どうでしょう」


「「…………」」


 無言になったサクラとアズールにロキとカイは咳払いする。


「魔法使いはだいたい二つに分かれる。戦闘職種と技術職種。勉強して軽く使えるだけの者や魔色石に意図的に魔力溜められるだけくらいのは便宜上魔法使いと呼ぶことがあるだけでまた別だ。カイが自分のことを非魔法使いと言うように。戦闘と技術両立してる者は珍しい。サクラがまったく戦えないように。医療に携わる魔法使いは技術側だ」

「それつまり強くないってことでは」

「ただ神殿には大抵一人や二人魔力が高い戦える魔法使いが配備されているものだから」

「問題があるとすれば普通神殿にいるのは水魔法に秀でた魔法使いということです。氷魔法とは相性が悪い」


 全然大丈夫じゃない気しかしないんだけどと、アズールは思ったが、それを言わなかったのは自分が選択肢のない人間である自覚があったからだ。

 助ける助けないの選択肢を持つのはそれができる人間だけ。

 そして幸運なことに逃げる逃げないの選択は必要ない立場だから、だから……怪我人が次々と診療所に入っていく光景を、ただ眺めている。


「助けてあげてくれと言えば、俺は助けるが?」


 その言葉に、アズールはロキを見る。

 同じように診療所の方を見ていたサクラも、一拍遅れて、ロキを見た。


「助けてと助けてあげては全然違います。助けてあげては範囲外です」


 そんな言葉にロキは苦笑をこぼす。


「心が痛そうな顔をしているから。単純にそれだけが理由で言ったんだがな」

「自然災害で大きな被害が出ているのを見る人は大抵こんな顔です」

「俺を使えばいい」

「あなたがえいってやって解決することなら頼みますよ。でも危険が伴うことなのに対価なく魔獣を倒してきてって頼むんですか。喉が渇いて死にそうになっている人がいるから水を出してあげて、とかなら頼みますけど」


 ロキは目を丸くすると、笑いだす。


「確かにその通りだ。己なら助ける理由はただの善意で十分だが、他者に頼むならそれでは不十分だ。それは優しさをはき違えている。仕事や立場による義務ならまた別だが、ここはヘルシリアで今俺にそんなものはない」


「それにロキは水魔法使いじゃないですか」

「ん? まあ、そうだな。カイならえいってやって倒せるかもしれないが」

「……俺がいつそんな超人になりました」

「でもカイは動きたくないだろ?」

「やれと言うならやりますが」


 消極的な返事だ。


「対価があっても危険が勝るときと対価があれば全然その程度の危険は気にしないということもあるかとは思いますが」

「論点はそこだな。だが俺は氷鹿には興味はない。自分が氷魔法を使えるから」

「私は氷鹿の角には興味がありますが」

「それを早く言え」


 リュックを渡されてアズールは反射的に受け取るが、「えっ」とロキを見る。


「そんな理由で結局行くんですか!? 今までのやり取りなんだったんですか!?」

「特定の魔獣の欠片なんて大抵そのときを逃せば手に入らない。俺に氷鹿を持っている知り合いはいない」

「ちょっと興味があるだけですよ!? そんなのを理由にされても困ります!」


 サクラは引き留めるようにロキの腕を掴む。


「いやたぶん認識にずれがあると思うのだが、深刻に考えてくれるのはB級からでいい。当然魔獣相手ではE級でも危険は絶対にないとは言えないが、C級以下なら軽く頼んでくれても」


 その言葉にサクラとアズールはロキを見る。


「……魔導士なら余裕、でもないのに?」

「並の魔導士なら相性が悪くてもまあ大丈夫だろう、だな。基本的には余裕と言っても差し支えない」

「…………」

「……金貨十枚くらいで働いても俺はまったく構わない、程度だな」


 C級の魔獣退治の報酬の相場は大金貨二、三十枚。

 その上でのその言葉はつまり自分にとってはそんなにもらうほどのことではないということだ。


「たくさん買い物もしたことですし、では金貨十枚もらいに行きましょう」


 引き留めていた手が逆に引っ張っていく手に変わる。


「報酬なんてないぞ。ギルドに依頼が出ているとは思えない」

「そんなものどうとでもなります」

「……お前たまに思うが医者より商人らしいな」


「アズール、後で薬鞄持ってきて」

「のんびり来い」


 カイにもリュックを渡され、よくわからないままアズールは三人を見送る。


「なんだカイも来るのか?」

「何もないなら見学しています」


 それもおかしな光景ではなかろうかとサクラは言葉には出さないが思う。

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