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運命

「熱だね」


「……すみません」


 ベッドに腰かけたラナがふらっとしたのをサクラは慌てて支える手を出す。


「気を張っていたのが緩んだんじゃね」


 部屋には入らずドアのところからアズールがそんな声をかける。


「解熱薬はあるから大丈夫だよ。私が看病するからみんなは」

「大丈夫です! サクラ様は街に行ってください」


 大きな拒否の声にサクラは目を丸くする。


「俺が見ていましょうか? 今日の予定は急ぎの用ではありませんし、カステルにいる間にすることもあまりありませんし」


「私は大丈夫ですので、皆さんは皆さんの用事をなさってください」


「そちらから頼めないのはわかるが、こちらからすると言っていることは受け入れておけばいいんだ。魔法を教えてくれとは頼めるのになぜ看病は拒む。単純に必要ないということなら患者の意見より医者の意見を優先すべきだろう」

「……じゃあもう俺が見てます。元々ラナは俺が面倒見るって話でしたし、サクラが薬出してくれるなら後はもうホントにただ横で様子見てるくらいで十分だろうし。カイさんやトールだとラナも休まらないでしょ」

「……あの、ここに一応医者がいるんですが」


 なぜ誰が看病しようという話になるのだと。


「いや、せっかくだから神殿で診てもらおう」


 ロキがいいことを思いついたというふうに言う。


「そんなお金私にはとても」


ラナがあり得ない提案に目を見開く。


「俺が神殿の見学をしたいだけだ。お金は俺が出す。これから十数日宿と食事のお金を出してやるんだからそのくらいの協力はいいだろう」

「……気付かれると面倒ですから気を付けてくださいよ」

「……気付かれないというのは難しいんじゃ」


 さっさと神殿に行く準備を始めてしまう三人にぽかんとしているラナに、アズールは苦笑をこぼしてラナの前で背を向けて屈む。


「もう完全にその気で遠慮しても無駄だからおぶっていってやるよ。ふらふらしてるくらいだからだいぶ熱あるんだろ」

「……神殿に行くほどでは、まったく」

「いやあの人たちたぶん本気で神殿行きたいと思ってるから。別に看病遠慮するラナに強硬な優しさ出してるとかではなく。だから迷惑だと思ってねぇよ。むしろ熱出して貢献したと思うくらいの気持ちでいい」


 アズールに急かされ、戸惑いながらその背におぶさると、三人に続いて部屋を出る。

 本当に迷惑そうではなく、むしろ神殿に行くのを楽しみにしているようで、なんだかラナは自分の強情な申し訳なさがバカバカしく思えてきた。

 アズールの背で、力を抜いて体を預ける。


「神殿に行くの初めてです」

「俺もヘルシリアの神殿に行くのは初めてだ」

「そもそもこの国の医者に会うのも初めてなので」

「初めて会う医者がまともであるといいな」

「……さすがに神殿にいる医者は」

「優秀さとまともさは必ずしも同居しないからな」


「てか神殿って貴族専用じゃないんだ」


 今更だが、アズールはそう思っていた。


「どっちかって言うとお金持ち専用じゃない?」

「どう違うんだ?」

「誰が行っても門前払いはされないと思うよ」

「行ってみればわかる。門前払いされたなら今度こそサクラが診てやればいい」

「え、トールかカイさんが身分証明してとかはしないんですか?」

「そういう立場では見えないものが見たいんだろ」


 首を傾げるアズールを置いて、ロキは探す必要もなく見つかった大きな街に見合った大仰な神殿に向かうのでアズールも慌てて階段を上ってついていく。

 いくらラナが痩せて軽くてもさすがに人を背負って階段を上がるのは大変だったが、三人はアズールのペースに合わせて、荷物も今日はカイが持ってくれた。

 こういうときにアズールは貴族に持っていたイメージとのずれを感じる。


 神殿に入ろうとしたところで入り口にいた兵二人に止められる。


「医者に診てもらいたいのだが」


 一人は困ったような顔、一人は同情のような目になるが、すぐに一人が中に入って呼びにいってくれる。


「なんか変な反応ですね」

「予想通りの反応だ」


 小声でカイに言ったらそう返ってきて、アズールはまた首を傾げる。


 まったく急ぐ様子もなく三十前後くらいの男性が出てくると、ラナにはちらっと視線をやっただけでそれよりカイとアズールをじろじろ見て、フードを被った二人には眉をひそめた。


「子どもが熱を」

「診察料大金貨十枚をお払いください」


 ロキの言葉を遮って、男はそう言う。


「……銀貨の聞き間違いか?」

「それなら良心的だね」


 サクラも驚いた様子がない。

 アズールはやっと理解してきた。


「子どもなら十枚、大人なら十五枚、イタズラが多いんだから君たちで先に払う気があるか確認してくれと言っているだろ」

「……我々はそういうことはわかりかねますので」


 兵がそう言ったら大きなため息が吐かれる。


「ただの熱だと思うんだが、治療費はどのくらいになるだろうか」

「最低でも大金貨一枚です」


「神殿の見学に大金貨十一枚も必要だとは思わなかった。カイ、どうするべきだと思う」

「あなたの思うようになさってください」


 そんな二人のやり取りに男は不審げな顔をする。


「ラナ、連れ回して悪いがやっぱり神殿はなしだ」

「はい」


 ラナは笑って了解する。


「なぜ神殿の医療費が高額か知っているだろうか」


 そんなことを言うロキに、神殿の人間である男はあからさまにイライラした顔になる。


「暇じゃないんだ。イタズラならよそでやってくれ」


 ロキはふっと笑う。


「おかしいな、俺にはとても暇に見えるんだが」


 踵を返して階段を降りていくロキに、怒りの言葉がいくつもぶつけられるが、本人もカイも何も言わないのでサクラとアズールも気にせず帰ることにする。


「暇ですよ!」


 大きな声で叫ばれた言葉に、その場がシーンとなる。

 まずアズールが驚いて振り返り、サクラとカイ、そしてロキも階段の途中で足を止めて振り返った。


「医者を必要としてる人はたくさんいるのに、ここは暇です!」


 最初に同情を浮かべた方、右側に立っていた兵士の緊張と恐怖と勇気が交ざったような表情に、アズールはこの国の闇を見た。

 どんな覚悟で叫んだのか、ロキに何を期待したのかはわからないが、この街の神殿が腐敗していることだけはアズールにもわかった。


「そうか、覚えておこう」


 それが現状に対してか言葉に対してか訴える者の存在に対してか、それは兵士にもアズールにもわからなかったが、それだけでもう階段降りていくロキにそれでも深く頭を下げた兵士をもう一度ちゃんと見て、ロキと兵への雑言を後ろにアズールも階段を降りる。


「神殿って、何なんですか」

「国の医療施設だ」

「あんなの誰が医療受けてるんですか! 貴族ですか!?」

「お前が大きな声を出すとラナに響くぞ」


 ロキにそう言われ、アズールは出しかけた言葉を飲み込む。

 表情でこのモヤモヤしたものを訴えるが、こちらを見ていないので伝わるはずもない。

 次はサクラに聞こうとしたところで、階段を下りきったところにいた十歳くらいの男の子二人がまるで自分たちを待っていたかのように見てきて、自然四人は足を止めた。


「お前ら旅人か?」

「いいお医者さん紹介してやろうか」


 サクラとロキは顔を見合わせる。


「どうする。これ以上連れ回さない方がいいかと思っていたが」

「いいお医者さんなら任せてもいいと思いますが」


 本当にいい医者かどうか情報がないのでサクラは判断できない。


「あの、カステルのお医者さん、当たりだって聞いたことあります。私はどちらでもいいです。利用してくださった方が、お金を出していただけることを受け取りやすいです。だから、お二人の思うように」


 カイが思うようにと言ったように、ラナもそう言う。


「ならこの街の医者に頼むか。話も聞けるだろう」


 その言葉でもう歩き出した子どもたちの案内で神殿を後にする。


 場所はひっそりと、と言える街の隅だったが、二階建ての、周囲の家よりは少し大きな建物だった。


 子どもたちが先に中に入ると、すぐに出てきて説明しておいたと言ってそれだけで立ち去った。

 本当にただ純粋に医者を紹介してくれただけだったらしい。


 中に入ると、子どもたちがどう説明したのかはわからないが医者だと思われる五十代くらいの男性に何も言わないうちから奥の診察室に案内される。

 男性がベッドの横のカーテンを開けたのでアズールはそこにラナを下ろす。


 最初の質問にサクラが答えたので保護者だと認識したらしく数度続いた質問はすべてラナとサクラに向けてされる。

 男たちは一歩下がったところで黙ってそれを見ていた。


 薬を飲ませ、ベッドに寝かせると、水を入れた桶を持ってきて手ぬぐいを浸す。


「ぬるい水しかなくて申し訳ないね」


 それで意図を察したロキは、桶に手を入れる。

 突然のロキの行動に驚いた様子だった医者はロキの指先が水に触れたところに氷の塊ができて目を見開いてロキを見た。


「これでいいか?」

「魔法使いなんですか!?」


 それに肯定の言葉を出そうとしたとき、建物に人が入ってきた音にラナ以外がそちらを見る。


 医者は冷えた水で濡らした手ぬぐいを絞ってラナの額に乗せるとサクラたちに一言断って診察室を出ていく。


「患者みたいだけど、俺らここにいていいのか?」


 壁越しに聞こえるやり取りの声から患者が来たようだとわかるが、診察室に自分たちがいたままでとアズールが言う。


「一人でやってるみたいだから普段は入ってすぐの部屋で診てるんじゃない? ベッドで寝かせるためにラナはこっちで診ただけで」


 入ってすぐのところで診察しているという状況は前世を考えるとあり得ないが、受付や看護師がおらず一人でしているなら奥の部屋にいると無人の空間になってしまうため仕方ないようにも思える。

 今先生は診察中なので少しお待ちくださいと言ってくれる人がいればそんな心配もないが。

 しかし他の人の前では診察や治療しづらいのも当然で、ここはそのための部屋だろう。

 手の怪我なら人前で治療できてもたとえば背中なら誰が入ってくるかもわからない場所では服をまくって治療するわけにもいかない。


「あの医者はどうなんだ?」

「どんな薬を出したのかもわかりませんしなんとも。そもそも私に医者の優秀さを判断するような能力はありませんが」


 そんな話をしている間にまた患者が来たような音が聞こえる。


「ここは忙しそうだな」

「大きな街ですしね」

「こういう医者がいては国は立つ瀬がないな」

「いなくても、ありませんよ」

「……その通りだ」


 冷たい声に、ロキは苦笑をこぼす。


「国が認めた医者、整った設備、そこでしか受けられない医療。神殿と、民間の診療所、どちらも同じ値段なら、どちらに行く」


 アズールが何に対してなぜと思っているのか察するカイは、そんな言葉を出す。


「そんなの全員神殿行くに決まってますよ」

「では神殿だけでその街や周囲の神殿のない街や村の人たちを全員見れるか?」

「それは……無理、だと、思います」

「金額を上げることで患者の数を絞った。神殿が高額なのはそれが理由だ。神殿という場所を医療施設にしておいてと思うかもしれないが、慈善事業じゃない。一日百人しか治療できないなら、高いお金を出してくれる百人を選ぶのは仕方のないことだ。国が認めた医者、整った設備、そこでしか受けられない医療……しかしそれらを用意するためにはお金がいる。少ないお金で毎日限界まで患者を受け入れて医者を働かせて、薬を買うため、設備を維持するためにお金を使った、医者に払うお金がない、それでも患者のために働いてくれは無理だ」

「……だから神殿には聖人はいないってことですか」

「違う」


「その言い方の聖人がいないは労働の対価としてのお金を正当に要求してる医者を責めてる。食事屋で料理を食べたらお金を払う。物を買ったらお金を払う。それは当たり前のことでしょう? それが医療になったらどうして慈善や奉仕を訴えられなければいけないの? 私はその医療を提供するために身に着けた知識と技術には高額を求める権利があると思う。医者が高いお金を請求するのは正当な権利だよ」


 神殿には聖人はいない。

 ここに案内されるとき子どもたちが言った言葉だった。

 だからアズールはそう言ったのだろうと、ロキとカイはサクラがアズールの方を向いてそういう言葉を続けたことに少し驚く。


 しかし、アズールは、無意識に、目が逸れた。

 村で、その知識が高度なものであるとわかっていたのに、サクラに慈善や奉仕を求めていた。

 自分でも意識していなかったそれを、見透かされていた。


 相手が子どもだろうと関係ないのだ。

 サクラには治療の対価を求める権利があった。

 それを子どもからもお金を取るのかと思ったことがあった。

 サクラは医者だと名乗ってはいなかったが、村はサクラを確かに優秀な医者だと認識していたのに、その医療を受けていたのに、安すぎる治療費で、それでもそんなことを思っていたことにゾッとした。

 ロキが来なければ、サクラはずっと村でそうだった。

 大人になったら、きっと働きながらだ。

 とてもではないが生活できる収入ではなかったはずだ。

 もっと高い金額でいいと、正式に村の医者になってくれと、誰か言っただろうか。

 誰も、言わなかっただろう。

 しかし、サクラが治療してくれなくなったらなぜだとは言っただろう。


 村は、サクラを聖女様にしていたことに、今気付いた。

 なぜか魔法が使える。

 なぜか医療の知識を持っている。

 なぜか田舎の小さな村で誰から教えられたわけでもないのに特別なことができるようになっている。

 その奇跡を安いお金で施してくれる心優しい少女。


「神殿には聖人はいないというのは、大金を要求して民を助けない神殿の者に対して聖魔法が本当は状態異常魔法のこと、ということをかけた皮肉だ」


 アズールはそこで初めて聖魔法がどういうものかを知った。


「それは仕方ないことって話じゃないんですか」

「だが神殿は今暇だそうだ。全員は治療できないから高額にしたのなら、適度な人数は来るくらいの金額でいいはずだろう。誰も来ないほど高額にする必要はない」


 ロキのその言葉で、アズールはみんなが問題視しているのは高いことではなく高すぎることであることを理解する。


「優秀な医者が安いお金で治療してくれるなら、お金を持っている者もそちらに行く。そうなると神殿は神殿でしか受けられない医療を目当てに来るお金を払えるごく一部しか利用しないようになる。しかし神殿もお金は必要だ。そうなるとどんどん高額化していくようになる。この街の神殿はそういうことだろう。そういう状況を生んだのは元々高すぎたからではあると思うが」

「いや高すぎたなら安くすりゃいいじゃないですか」

「プライドがある」

「……しょうもねぇ」

「否定はしない」


 カイはそれを貴族に対しての言葉だと受け取って、それでもそう言った。


「神殿が高すぎる結果、貴族は医者を個人で雇うようになった。払えるとはいっても貴族でも高いと思う額だ。アマルテアでは高くなりすぎないように国で一律に決めているが、ヘルシリアはそれぞれに一任されている。医療費問題はヘルシリアほどではなくともどこの国も頭を悩ませている」

「なんでヘルシリアでは一律じゃないんですか」

「まあ、何事にもメリットデメリットがあるものだ」

「あれ本当にそういう範疇ですか? ただの悪政になってません?」

「俺に訴えられても困る」

「アマルテアの方が強いんじゃないんですか」

「ヘルシリアは属国じゃない」

「ヘルシリアの王子と知り合いとかじゃないんですか」

「お前が魔導士になって王子の前まで行けばいい。俺はどこまでいってもアマルテアが絶対優先の立場であることを忘れるな。ヘルシリアを変えたいならヘルシリアの民であるお前がまずどうすればいいか考えろ」

「……ただの平民にどうしろって言うんですか」

「ただの平民でなくなればいい」


 言うのは簡単なそれを生まれた瞬間から特別な王子に言われて、アズールは顔をしかめる。


「サクラ様は、どう思いますか? あなたの国は制度が整っているように思える」


 カイがサクラに意見を求めると、ロキとアズールもサクラを見る。


「私の国にも同じような問題はありました。とは言っても全然異なる医療体制なのでそのまま当てはめることは不可能ですが、この辺りの国ではもっと簡単なことだと思います」

「簡単とは、問題の理解に対してか? それとも、解決策に対して?」

「神殿の診察料は金貨十枚でも二十枚でもいいと思います。大金貨十五枚はやりすぎだとは思いますが、一先ずそこはそれでいいでしょう」

「お前はそれを不当だと言っていたんじゃないのか?」


 エルベでサクラは神殿に対して不当に搾り取っているという言葉を使った。


「熱を出した、足首が腫れてきた、お腹が痛い。医者に診てもらって、ただの熱だろう、捻挫、さっき食べたものが少し痛んでた。それは神殿に行く必要ないですよね?」

「ああ」

「でも同じ金額で治療してもらえるなら全員神殿に行く。それだと神殿だけじゃ回らない。だから金額を上げた。あまりにも高くなりすぎて今度は誰も神殿に行けなくなった」


 行かなくなった、ではなく、行けなくなった。


「高過ぎず安過ぎず、適度な料金にするのが最善、という見解だ。あくまで現状は」

「でもそれには問題点があります。トールがあくまで現状の最善という言い方をしたのは、他の解決策が見つからないから今はそういう方針を取っているということですよね?」

「ああ、その通りだ」


「問題点?」

「高過ぎず、と言っても患者の数を絞るという目的で設定している以上、高くて利用できないと思う者もいる金額だ。神殿でしか受けられない医療、それが結局裕福な者の特権になってしまっているのが現状だ」


 アズールの疑問にカイが答える。


「……それは正直庶民からするともうそういうもんだって割り切ってますけど。裕福な者の特権なんて、そこに限らず溢れてるでしょ」

「それはお前が医者に困ったことがないからだ。大切な者が大怪我を負い、神殿でなら助かるのに、大金貨十枚を請求されたとして、こういう事情があるから高いのは仕方ないんだと言われて、それなら仕方ないと思えるか? 今困っていないお前は仕方ないと納得したかもしれない。しかしそのときもそう思えるか?」


 思えるわけがなかった。


「……王子様に言われると変な気分ですけど」

「俺が、特権は当然だろう庶民に医療を受ける権利はない諦めて死ねと言ったらその国は終わりだろ」

「……すみません、確かにそういうことになりますね。それは終わりだ」


 現状仕方ないと言うのと、解決策を模索せずこの問題自体もうどうしようもないと言うのはまったく違うことだ。


「サクラ様、続きをどうぞ」


 話が逸れてしまったのをカイが戻す。


「あまりにも高熱で点滴をした方がいい、骨が折れていた、腹痛の原因がわからない。そういうときは紹介状を書いてもらうんです」

「紹介状?」

「私の国では正式には診療情報提供書と言います。この患者さんはどういう人で、どういう症状で、どういう薬を使って、どういうことを調べました。その結果、神殿の高度な医療が必要だと判断しました。こういうことを調べてほしい、もしくは手術してほしい、などの目的も書いて、患者さんに渡します。患者さんは紹介状を持って神殿に行く。紹介状を持った患者さんの診察料は安くするんです。そうすれば患者の数も絞れて、なおかつ神殿の高度な医療が必要な人に行き届きます」


 ロキとカイが何も言わないシーンとした空気に、アズールはこれは言葉を挟んではいけないタイミングだと察して一緒に黙る。


「神殿で治療してもらって、あとは街の医者でも大丈夫となれば途中で戻ってもいいと思います。調べてたいしたことがないと判断されれば治療は街の医者にというのもいいでしょう。そうすることで神殿が神殿にしかできない医療に専念できて、その医療を受けたい人をより多く診ることができます」


「……なぜ誰も思い浮かばなかったのか不思議なくらい簡単な解決策だ」

「……それぞれで医療費を設定しているヘルシリアでは反対も出るかもしれませんが、そもそも国が決めて一律だったアマルテアならすぐにでも実践できます」


「たとえば貴族が街の医者になんて行くくらいなら高いお金を払うというなら、それは払ってもらえばいいと思います。でも魔獣に襲われて大量に出血して今すぐ輸血してもらわないと危ない、という状態のときにまで紹介状がないから高い診察料を払ってもらいますとなればそれは結局仕方ないと言う範囲が小さくなったというだけで解決策とは言えなくなります。そういうときは後から、街の医者を飛ばして神殿に来たのは適切だったと判断されれば安い診察料にするという特例を設けてもいいと思います。協議するのは他の神殿の人や魔導士や紹介状を書ける医者などで。それと紹介状を書ける医者は神殿側が定めた方がいいと思います。誰が書いた紹介状でもいいなら適当に自分で書いてもいいということになってしまうので。ただあくまでこれはこの辺りの国の制度を詳しく知らない私の現状の見解です。そのまま解決策にできるとは思いません」

「ああ、それは参考にするにしても賢者や神官長や聖医や薬医と話し合ってもっと詰めて……つまり俺は今サクラと議論できなければいけなかったわけか」


 ロキは自分に対してのため息を落とす。


「……いや誰でも一度持ち帰ってじっくり考えてからでないと何も言えないと思いますよ」

「連絡すると言っていたの俺も一枚書いていいか」

「ええ、もちろん」

「これで本当に優秀な医者になってしまった気がするな。すでに二つもアマルテアがサクラを欲しがる理由があるのに、また増えてしまった」


 王子と魔力の相性がいい、治癒魔法使い、というだけでも相当なのに、囚人病や神殿の医療費問題に対して解決策を出したとなれば、連れ帰れませんでしたなんて言えるわけがない状況になってきた。


「アマルテアは空席みたいですけど、ヘルシリアの賢者ってどういう人なんですか?」


 しかし本人は状況を理解していない。

 ロキとカイはサクラが自分の存在の重さを自覚しているか心配になる。


「……ヘルシリアの賢者は兄曰く象徴、ヴォルフ曰く雑魚」

「……トール、ヴォルフ卿の方は控えてください」


「対極な印象ですね」

「言い方が違うだけで同じだ。要するに弱いのに身分で賢者になっているということだ」

「でもアマルテアも王族がなるんですよね? そういう立場に身分が影響されるのは仕方ないことなんじゃないですか?」

「いや、ヴォルフがなりたいと言うなら王も俺も承諾したが」

「それにアマルテアは王族が魔法大国の象徴ですからね。王族だから賢者になるのではなく、単純に身分と強さを両立した存在が賢者になっているだけです。その点ヘルシリアは……まあ、率直に言って、現賢者は一国の魔導士の頂点としては、相応しくはないかと」

「ヴォルフから見れば全員雑魚だろというわけでもないからな。あいつはアマルテアの魔導士に対して自分より弱いと言うことはあってもそういう言い方をすることはない。つまりアマルテアじゃ魔導士になれないくらいの魔法使いということだ」

「じゃあもう王女様がなればいいんじゃないですか? 魔力俺と同じくらいで俺は魔導士なれるくらいなら王女様もそのくらいってことですよね?」

「それは無理だ」

「なんでですか?」

「王女は生まれたときから政略結婚の駒と決まって育てられている」


 その言い方にアズールは顔をしかめる。


「そりゃ王族なんてみんな政略結婚でしょうけど……」

「そうじゃない。魔力が高い王女には重い期待がかけられているという話だ。幼少期から厳しく育てられ魔法使いとしても相当な腕だと聞く」

「それってつまり」

「アマルテアの王子と結婚させたかったんだろう」

「……やめてくださいよ」

「……なぜお前がそういう意見だ」


「……アズール、二番目の方だ」


 ロキではなく、第二王子の方、とカイが補足する。

 魂の相性がいい者がいるロキと結婚するなんてことになったら自国の王女様がさすがにかわいそう、というのはカイにだけ伝わった。


「でもそんな話聞きませんね。アマルテアの第一王子の婚約くらいです」


 王女がアマルテアの王子と婚約なんて話は聞いたことがないとサクラが言う。

 もうどちらも結婚適齢期のはずだが。

 第一王子は国内の貴族の令嬢が相手だった気がする。


「ヘルシリアは結婚させたくてもアマルテアはヘルシリアを選ぶ意味がないからな」

「それはヘルシリア国民として残念ですね」

「お前にもそんな感覚があったのか」


 驚いたようにロキに言われ、自分はどんな人間だと思われていたのかとサクラはちょっと複雑になる。


「……ヘルシリアとしてはアマルテアとの仲が強固になるのは重要なことじゃないですか?」

「俺の医者にならない理由に自分はヘルシリアの人間だからとは一度も言わなかっただろ」

「まあ愛国心は薄いとは思いますが」


「そんなところに望まなくてもサクラ様が訴えればそれなりのことは叶うと思いますけどね」

「……そういう恐ろしいこと言わないでくださいよ」

「何を条件にされるかわかったものじゃないから王に望むのはやめておけ。俺ならすべてお互いさまだ」

「……王子様ですでに過分です」


 俺で十分だろうとばかりに言われるが王子がもう相当な相手だ。


「しかしもう諦めればいいのに、このままではヘルシリアの王女はアマルテアの王子と一緒に仲良く結婚適齢期を過ぎてしまうぞ」

「まだ十九歳なのにもうそこ確定なんですか」


 前世より平均初婚年齢は低いが、それでも二十歳でまだ結婚しないのかと親にため息をつかれたりはしない。


「まあ久しぶりに魔力が高くて、しかも転移魔法を使えるというのだからアマルテアに嫁げる期待をする気持ちはわかるが……」


 ロキは自分で出した言葉にある可能性が浮かび、考え込む仕草になる。

 サクラもそこでその可能性に気付く。

 二人はどこか困ったような表情で顔を見合わせる。


「……気付いてはいけないことに気付いてしまった気がする」

「……まだ一応ただの憶測です」


 ロキは重いため息を吐く。


「カイ、少し外で話してくる」

「そのまま街を回られてはどうですか? これはそういう旅でしょう?」


 笑って言われたそれに、ロキも表情を和らげる。


「そうだな。じゃあ夜に戻る」

「ええ」


 フードを深く被り直したロキに、サクラは眠ってしまったラナの様子を見てから自分も同じようにフードを深く被って一緒に部屋を出る。

 フードを深く被った二人に他の患者には少し不審げな顔された。

 ずっと放置してしまっていたので催促に来たと思ったのか医者は慌てて立ち上がろうとしたが、ロキが……少し出てくるがもう少し寝かせてやっておいてくれないか……と言えば、少しホッとしたように了承が返ってきた。

 そんなやり取りをしている間にも患者がまた来て、邪魔にならないようにすぐ外に出る。


「神殿に行けない庶民が全員ここに来るのだとしたら、結局神殿からここに対象が変わっただけということになってしまうな」

「立つ瀬がない、ですか?」

「意味を失ってしまえば、もう国は民からただ高度な医療を奪っただけだ」


「カエデさんの手紙に、魂の相性がいいというのも運命の相手というのもわかる気がする、でもそれは恋愛的な意味ではなく人生的な意味でって書かれていて」


 ロキはサクラを見る。

 サクラもロキの方を向く。


「魔力の相性とは魂の相性、そしてそれが合う者は運命の相手だと言われる。俺が将来賢者になる立場で、サクラがそういう知識がある者であったことが、確かに、運命に思える。俺ならサクラの知識を真に有効活用できる」

「そう、ですね」

「神殿一つで街の人全員が診れないのに、サクラ一人で国の人全員が診れるわけがない。俺の医者になったところで結局治癒魔法使いが王族の特権になるだけ」

「そうですね、そう思います」

「だがその知識で国全体の医療を改善したなら、それは国全員が治癒魔法使いの恩恵を得るに等しい。俺は、王族の特権としての治癒魔法使いを求めているわけじゃない」

「今までも?」


 ロキは苦笑をこぼす。

 自分とサクラのフードを少し上げて、正面からその目を見る。


「今までもそのつもりではあったが、今それが明確な形になった。それに価値あるものは奪い合われる。だからサクラの所有権は当然サクラのものだが、誰かの権力下に在ることで守られるものもある」

「あなたのではなく、王家や王の医者であることを求められませんか?」

「俺たちは互いに特別で唯一だ。それは王子や治癒魔法使いは別にしても。俺はサクラを助けるしサクラは俺を助ける」

「そうですね?」


 以前も話したことだ。

 すでに共通の見解となっていることの繰り返しに、サクラは相槌に疑問符を付ける。


「俺の医者であれば、俺の許可が必要になるだろ。俺を通さずお前が利用されることはない。そしてお前は俺への拒否権を持っている。そうだろう?」


 最後の言葉は笑って言われる。

 サクラは今までロキの医者になることを拒否してきた。

 そしてロキはそれを権力で従わせるのはではなくその拒否を受け取ってきた。


治癒魔法使い(わたし)があなたを特別扱いするのも、第三王子(あなた)が私を特別扱いするのも、魔力の相性がいいというそれだけで許されるんですか」

「とても都合のいい枷だろう?」

「私は一応、ヘルシリアの人間です。あの村に思い入れはあっても国にはたいしてありませんが。でも、アマルテアにも当然そんなものはない。アマルテアの力が一番強大で、どこかの国が守ってくれるというなら最良はアマルテアでしょう、でもそんなものを理由にはしたくない」

「あの村くらいなら守ってやれる。アマルテアならそれは容易く可能だ」

「理由がありません」

「お前の村だ」


 悩むこともなくそれを答えにしたロキにサクラは笑う。


「私も、あなたの国だから、その理由で十分な気がしてきました」


 ロキは目を見開く。


「ロキ、私の魔法使いになってくれますか?」

「もうなっているつもりだった」

「そこはちょっとさらっとオッケー出してほしかったです。返事が重たい」

「それ俺たちの間で言いだしたらすべて重たいだろ。行き倒れてたところ助けられて」

「……前世の話とかして」

「お互い唯一で」

「呪い殺せる人」


 二人で苦笑をこぼす。重くもなる。


「サクラ、俺の医者になってくれるか?」


「喜んで」

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