ペーパーでも薬剤師
「……あの、カラントは薬用植物ではないんですが」
カステルに着いたところで、カゴ一杯に摘まれたアカカラントにサクラがそう言ったら、四人に「え……」という反応をされる。
「……どうしてみんな摘んでくれるんだろうと思ってたんですが、やっぱりそうだったんですね」
あくまで道中見かけたらちょっと採るというだけだったのだが、ちょっとが繰り返された結果カゴ一杯になってしまった。
「言えよ」
「言ってないよ」
薬用植物ではないことを言えよというアズールの言葉に、そもそも薬用植物だと言っていないと返す。
「売るか」
「たぶんすごく安いと思いますよ」
そのカイの予想通り、まずギルドに行って聞いてみるが、とても安かった。
「まあ、使い道がないなら腐らせるだけだから金に換えてもらった方がいいとは思うが」
受付で苦笑とともに渡されたアカカラントの採取依頼の紙を手に、ロキがサクラを見て言う。
「銀貨三枚は悲しいですね」
「そう考えるとサクラの薬破格だったな」
まさかそんな値段で売っていたのかと、ロキとカイは信じられない目で見る。
「ジャムにでもします?」
「当分野宿の予定はありませんが」
カイに日持ちする食材は必要ないと言われる。
「いっそ自分で売りますか」
「薬用植物じゃないんじゃなかったのか」
「風邪予防や美肌にいいそうです。本当に効果があるかは知りませんが」
「……詐欺紛いだな」
「ビタミンCが豊富なのは確実ですから大丈夫ですよ。ビタミンC自体にそういう効果はありますから」
「ビタミンという名称がこの国にあればいいがな」
「……なさそうですね」
「まあ、お前が売れば売れるんじゃないか?」
「どうしてですか?」
村でなら効果を期待してくれる気もするが、知らない人相手には医者だと信じられるかも怪しい若い女でしかないのにと首を傾げれば、ロキの手がほっぺたに触れる。
「美肌効果、ありそうだろ」
「フード取っていいんですか?」
「その問題があったか」
「俺もう何も突っ込みませんよ」
「……せめてアズールが突っ込んでくれ」
自分の主に対してむしろ女性には一歩引いて避けてるくらいだと認識していたカイはなぜだと思うものの、そういえば兄たちの側近やヘルメアや自分の妹にはそんなことはなかったかもしれないと思い出し、しかしそれは絶対ない相手は気にせず接していたということで、運命の相手をそのカテゴリーに置かれては複雑な心境だ。
「そういえば聖属性を持つものは綺麗な者が多いというのは事実だろうか」
「毒素に対して強いなら事実じゃないですか? ニキビとかできなさそう。それこそ美肌かも」
「ならお前もそういう理由か?」
そういえば前世のような手入れはあまりしていないのにそういう悩みが今世まったくないことにサクラは今更思い至る。
洗顔料も化粧水も乳液も近くのドラッグストアで手軽に買える……なんて世界ではまったくないため、サクラが特別適当だったわけではなく村での普通だったために意識することがなかっただけだが、それにしては肌や髪質が前世よりむしろよくなっているのは普通に考えると不思議だ。
「……てっきり若いからかと」
「……十七の台詞ではないな」
大人が若い人を見て言っているような言葉が、十代の少女本人の口から出るとおかしく聞こえる。
「でもそういえばこのくらいの年齢ってニキビに悩む年頃でしたね」
自分の頬に手を当てそう言うサクラにそれも不自然な言葉になってしまっているぞとロキは言おうか迷う。
「一旦持ち帰って考えましょうか」
苦笑をこぼして、カイはサクラを食堂の方に促す。
不思議そうな顔をしている受付の女性に「また来ます」と言って一先ずギルドで夕食を摂ることにする。
エルベでのことから思わずアズールは周囲を見渡した。
「ちらほら魔法使いはいるがみんな魔力量は平均程度だ。お前たちが一番だな」
お前たちに自分も入っていることに気付いて自分の話題にラナは少しどきっとする。
「美肌は盲点でした。お金の匂いがしますね」
「どこの商人の発言だ」
「トールは悩んでなさそうですけど、悩んでる人は多いですよ」
「……お前が言うか」
サクラは一切悩んでいなかった人間だ。
「ユキノシタなら探せばありそう」
「カラントじゃなくてそっち探せばよかったな」
確かにとなってしまうが、それを言ってしまうと本当に徒労に終わってしまうのでやめておく。
「ハトムギもいいですよね」
「ハトムギは貴族の女性の間でもよく使われていますね。化粧水だったりお茶だったり」
「なんでそんなこと詳しいんだ」
「妹がいますので」
「いそう」
「お兄さんっぽい」
アズールとサクラのそんな反応にカイは苦笑をこぼす。
「全然お兄さんしてないけどな」
「……それは認めます」
「あとイトウリでしょうか」
「ああ、それも聞きますね。バラもよく聞きます」
「アカカラントもバラも結局ビタミンCが豊富ってところに行き着くんですよね」
「CがあるならAやBもあるのか」
「ありますよ。DやEもあります」
「何が違う」
「何が違う、と言われると困りますね。最初に言っておくと私は専門家ではありませんので」
「それは医学に関してもお前はそう言うだろ」
小さな村で少数の本を読んだだけの知識、サクラ本人も趣味と言っていた……その程度のはずの医学知識を、なぜロキやカイが信用しているのか、アズールは今更になって不思議に思えてきた。
知識は治癒魔法とはまた別なはずだ。
そして旅に出てからのサクラの口から出る知識はとても少しの本を読んだだけの村娘の知識とは思えない。
「ペーパー薬剤師なので」
聞いたことのない肩書に、アズールとラナはいっそ困惑の表情になる。
「そもそも詳しすぎる話なんて聞いてもわからない」
「ビタミンというのはすごく簡単に言うと栄養素です。栄養は適量摂るべきです。だから過剰に摂るとこういう病気になります、不足するとこんな病気になりますというのがビタミンAやBでそれぞれあります」
「たくさん摂っても駄目なのか?」
「摂りすぎては駄目です。ただし症状として重いのは不足している方です。ものによっては過剰症は特にないってものもありますし」
「……重いとはどれくらい」
「この国の本で見たことがあるもので恐らくそうだと思われるのが……囚人病」
スプーンがお皿に当たった音が響いて、どれだけ市井に紛れても所作の綺麗さはやはり貴族だなと思わせるカイの珍しいらしからぬ所作に、アズールも一緒になって食事の手が止まる。
「あれはこの世界では原因不明です。それに囚人に多い病気の総称だったはずですが」
「症状からして壊血病や脚気だと思います。えっと、私の国ではそういう名前の病気です。他にもあるのかもしれませんが、囚人病のいくつかの原因はそれだと思われます」
「どうしてカイがその病気について詳しいんだ?」
「……詳しくは、ありませんが」
「兵にも多いから、じゃないですか?」
カイはもう完全に食事を中断して斜め前のサクラの方を向く。
「疑っていたわけではありませんが、あなたの知識は本物ですね」
「……そう思われるのは困ります。ご存知のように私の知識は“ずれ”がある可能性があるので」
「アマルテアは兵の病気で困っているわけじゃないんです」
「では船員ですか?」
カイはもう笑ってしまう。
再度、この医者は本物だと強く思った。
「そういえばそんな話を聞いたな。囚人病と同様の症状だったのか」
まさか囚人に多い病気と船乗りの病気が同じものだとは思っていなかった。
ロキは完全に別物の話として聞いていた。
「これらの病気がビタミン不足が原因であると気付いた経緯は、兵にしても船乗りにしても、下級の人ばかりが病気になったんです」
それにはロキもカイも顔をしかめた。
「身分がいい人はいいもん食ってるってのがわかりやすく出たわけだ」
アズールがそんなことをぼそっとこぼす。
「ではどうすればいい、全員同じ食事というのは無理だろう。そもそも兵や船乗りというのは環境によってどうしようもないところがある」
「船員ということは壊血病、えーっと、歯茎から血が出たりする病気ですか?」
「はい」
「それならビタミンC不足です。すごく簡単に解決策を言うとレモンを食べればいい」
「……だけ、ですか?」
「オレンジジュースとかでもいいですよ」
あまりにも簡単な解決策に、言葉を失う。
原因不明、今まで多くの者を苦しめてきた病の特効薬が、そんなものだったとは。
「ヘルシリアではあまりないみたいなんですよね。たぶん柑橘が豊富で日常的にみんなビタミンCを多く摂取してるからだと思います。あとアセロラ、ビタミンCならこれが最高。こんな一粒でレモン一個食べるより多いビタミンCが摂れます」
指で丸を作ってこのくらいの小さい実でと見せる。
「……ヘルシリアでは少ない理由がそこにあるとは思わないじゃないですか」
「……気付かなかったアマルテアの医者たちは仕方ない」
「でもこの辺りの国ってザワークラウトが家庭料理の定番じゃないですか? あれって治療には足りないですけど予防には十分な食事の代表ですよ。あれ食べてたら壊血病にはなりません」
「普通に平民食べてる料理じゃん」
「飽きたとか言って食べないやつも多いけどな」
「……まさか病気になった人とならなかった人の違いそれじゃないでしょうね」
「あ、大事なことを一つ、加熱しちゃ駄目ですよ。ビタミンCって熱に弱いので。だからカラントにはビタミンCが豊富って言いましたけど、じゃあジャムにして航海中食べればいいってわけじゃありません。それとこれは薬を煎じるときにはよく言われることですが、銅製の鍋も使わない方がいいです。銅と反応してしまって普通に熱したときより更にビタミンCが失われます。乾燥させても減るので乾物もあまり効果はないです」
ザワークラウトはそのまま食べず料理に使う場合も多い。その際加熱することはよくある。
「つまり生の柑橘ジュース飲めってことだな」
「まあ言ってしまえば。でもそんなに短期間で発症するようなものじゃなかったと思うんですけどね。貨物輸送ですよね? 半年船の上とかなんですか?」
「いや、そんなには」
「じゃあたぶんその人たち船に乗る前から栄養不足だったと思いますよ。乾物は駄目だし熱しても駄目だし長期保存できるものでどうやってビタミンCを……って考えるより、単純に船に乗っていないときに万全にしておけばいいと思います」
「一回出航十日前から毎日柑橘食べさせて船の上の食事でたまにザワークラウトを出すという程度で試してみよう。それで一人も症状が出なければ無理をして保存食を考える必要はない」
「一度カステルで連絡を入れるつもりでしたが、それも書いておきます」
「え、それ真面目に聞いてくれる人います?」
「簡単に試せることだからな」
「あー、まあ、確かに?」
「それに父はサクラが優秀な医者だと知ってる」
「……それとこれとはまた別なんですが」
治癒魔法使いだと知っているという意味で受け取ったが、それを根拠にされても困る。
「熱しちゃ駄目ならそれジャムにして食っても駄目じゃん」
アズールがカラントを指差して言う。
「じゃあ美肌効果って何なんだろう」
「……生で食べるものではないと言わなかったか? あの酸味で生で食べろと言われても困るが」
「まあそういう健康食品的なものってだいたいがそうですしね」
「……やっぱり詐欺じゃないか」
「一応明確な基準が決められているんですよ。それを満たしているから効くとは言っていませんが」
「お前今自分で詐欺って言ったからな」
「イトウリとハトムギ探しましょう」
「……ここで商売でも始める気か」
「この辺りにはないかと」
カイがそう言えばサクラはがっかりするが、まあそうだろうなと自分でもちょっと思ってはいた。
「そんなことよりこれからどうするんですか。長雨明けるまでこの街に滞在する予定だとは聞きましたけど、ラナも一緒ですか?」
会話に入ることもなく静かにそーっと食事をしていたラナはアズールの言葉に少しびくっとする。
「とりあえず今日は一緒の宿に泊まればいいんじゃないか? 必要経費としてもらったお金はまだ残っている」
カイの言葉にラナはホッとした顔になる。
「神殿に行くかどこか働かせてもらえる場所を探すかそれは好きにすればいい。それに付き合ってやることはできないが、俺たちがカステルにいる間は宿と食事代くらいは出してやってもいい。ここで放り出したところでどうしようもないだろ」
街に着けばそこで放り出されると思っていたラナは驚いた顔でロキを見る。
「あ……ありがとうございます」
「アズールは買い物だよね?」
「おう」
「カイさんはどうされるんですか?」
「アマルテアに一度連絡を」
「図書館は雨が降った日にして明日は街を見たらどうだ。エルベにはなかったものがたくさんあると思うぞ」
「あ、そっか、長雨の間ずっとこの街にいるんですもんね。じゃあそうしようかな」
「今から楽しそうだな」
「すごく楽しみです」
結局アカカラントは売ってしまい、得た銀貨三枚はロキとカイが自分たちはいいと言ったので残りの三人で一枚ずつ分けられることとなった。
「……え」
「これはラナの分」
笑顔のサクラに手に握らされた銀貨一枚を、ラナは胸元で両手で大事に握りしめる。
たかが銀貨一枚、しかし初めての自分のお金だった。
「ところでアズール、魔色石に魔力は溜められるようになったのか?」
宿に行く途中、ロキがその話題を出すとアズールは微妙な表情になる。
「……何かコツとかないんですか」
「体の中の魔力を流し込むイメージだ」
「体の中の魔力がまずイメージできません」
「お前はおそらく水の性質だから血管のように魔力が流れている管でもイメージしてみればいい」
「それもし水じゃなかったら?」
「実際そうなのではなくただのイメージの話だから別にもし風でも関係のない話だ。ただ他の属性の魔法を使う際に今後少しややこしくなるだけで」
「全然よくないんですけど」
「その心配が無駄にならなければいいな」
「……確かに」
今からそんなところを心配するだけ無駄だと、アズールは言われたようなイメージでやってみることにする。
「あの! 私にも魔法を教えていただけませんか!」
意を決したようなラナに、アズールは目を瞬かせる。
「長居するとは言っても教えると言うほどの段階のところまでいくとは思えないが。アズールに聞いて一緒にやる分には好きにすればいい」
「……俺まだ第一段階すら終わってないんですけど」
聞かれても石に魔力を溜めるらしいとしか言えない。
「ラナも水かな?」
サクラは空の魔色石を一つラナにあげる。
「可能性は高いな」
「……全員水じゃん」
「お前にも話せることがあるじゃないか」
魔色石が染まるのは瞳の色、瞳の色によってだいたい魔力の性質が予測できる、多いのは何の性質、全員使える属性は四つ、四つ以外の特殊なものにはどういうものが、魔力量の基準、魔獣について……この数日の間にもすごく知識が増えていることにアズールはそこで気付く。
「世界って、案外簡単に広がるものですね」
「自分の世界を広げることが難しいんじゃなくて、狭い世界から一歩踏み出すことが難しいんじゃないか?」
「……かもしれないですね」
「そうだサクラには聞くなよ。独学だからまったく参考にならない」
わからないことがあったときラナはきっと自分ではなくサクラに尋ねるだろうと、ロキはあらかじめ忠告しておく。
「え、あ、はい」
「独学者は尊敬するもので参考にするものではない」
カイ以外からの三人の視線にロキは「なんだ」とほんの少し眉をひそめる。
「なんて双方を思った言葉でしょう」
「……褒めてないな」
「上手いなと」
参考にならないものをサクラに遠慮して言葉を濁しても二人のためにはならない。
バッサリ言いながらもサクラも下げない言い方だった。
「俺は型にはまりきった魔法だからな、独学で自分の道歩いている者にはそれだけで尊敬の念がある」
「はめようとしても溢れ出す魔力量の人が何言ってるんですか」
「独創性が欲しい。カイみたいな唯一には誰だって憧れるだろ」
「……人の剣で功名するの例になりそうな俺に独創性」
人の褌で相撲を取る……みたいなことだろうかとサクラは思ったが、この世界に相撲がなさそうだったので黙っておいた。
「そういえば同類の気配があったな」
「……同類?」
「アリサ」
カイは顔をしかめる。
「二度と会いたくないですね」
「そんな次会ったら殺し合いになるみたいな反応するなよ」
「殺気は一切感じなかったんですけどね」
「彼女とそうなるってことは十中八九ヴェルとそうなるってことだぞ。彼女以前にあいつに全員殺されそうだが」
「そのときは俺アリサなんとかするので、トール頑張ってください」
「いや逆にしよう。俺がアリサなんとかするから」
「俺には荷が重いです」
「俺も無理だ」
よくわからないやり取りをしていた二人がそろって自分を見て、アズールは思わず一歩下がる。
「いいのがいました」
「アズールにアリサを任せて俺たちは二人でヴェルの相手をしよう」
「それが一番可能性があります」
「……あの、俺その辺のチンピラより弱いんですけど、あのアリサさんって人、普通の女性ですか?」
「予想通りならたぶん魔導士くらい強い」
「絶対無理ですよ!? 瞬殺!」
「まあヴェルが敵になるようなことがあったら怒る魔火竜の前に立ってしまったと思って潔く諦めよう。人間、災害はどうにもできないものだ」
「……数秒頑張って盾になるのであなたはサクラ様連れて頑張って逃げてください」
「……あの人そんな化け物なんですか?」
「ヴォルフと同レベルならそのくらいだな。ヴォルフが起こす魔法は災害だ。災害が意思を持って襲ってくる」
「「……災害が意思を持って襲ってくる」」
アズールとサクラは想像もできないその光景にとりあえずどうしようもないことだけを悟った。




