運命の相手
「それで特別に溢れた王子様、そろそろ諦めて認める気に」
「残念だったな、俺の祖父の妹も氷魔法使いで、黒い瞳だ」
「……そこまで一致しているならもう妖精の血が色濃く出ているということなのでは? 先祖返り的な」
魔力が特に多い者がそろって氷魔法が使えて黒い瞳なら、それはもう枠にはまった特別などということではなく、妖精の先祖返りという特別に思える。
「俺の方は振り返った。次はお前の方だ」
「だから、私は今まで何人も何度も手当てをしたことがあって、こんなことはなかったんですよ。だったらもうそちらが理由じゃないですか」
「知り合いに花魔法使いがいる。便宜上花魔法と名付けられたが過去に例がないからよくわからない、というくらい珍しい魔法だ」
「そうですね、初めて聞きました」
サクラは突然何の話だろうと首を捻りながらも、話は止めずに相槌を打つ。
「部屋に飾っている花がやけに長持ちする。庭の花が、その人が水をあげた一画だけ早く咲いた。そういうことがあった。自分がそういう魔法を使えると自覚する前から、思えば、ということがあった。自覚した今は冬に夏の花を瞬く間に咲かせる」
「…………」
「探知魔法使いは、お前やその花魔法使いのように魔法を使えたわけでもないときから、魔力に敏感だった。お前が俺に怯えないように、魔法を使える者でも魔力が多いか少ないかがわかるかどうかは得手不得手があって特訓すれば必ずしも上手くなるというわけでもない。だがそれは魔法を使えるようになって初めてわかるものだ。探知魔法使いは魔法を使えないはずのときから俺に怯えた。俺の中の魔力がわかったんだ」
「……私もそうだと?」
「お前は今自覚した。お前が治癒魔法使いなら、これ以降の“治療”は奇跡のような現象になる。俺の傷が別の理由で治ったのなら、以前までと変わらない」
ロキは火傷したままの右手をサクラに差し出す。
苦笑のような、どこか困ったような笑い方で、サクラを見る。
精霊や妖精の加護だと言うなら、こういう怪我も治っているはずで、サクラが治療した場所だけが治っているのが答えではないのかと、そう言っている顔だった。
そういえばアマルテアの第三王子は少し年上だったなと、サクラはその諭すお兄さんのような顔のロキに初めてそんなことを思う。
「……火傷の薬を持ってきます」
立ち上がろうとしたサクラをロキは手で止める。
「朝でいい」
サクラは真っ暗の洞窟の外を見る。
確かに今山道を降りるのは大変だろう。
「そういえばお前家族は大丈夫か? 若い娘がこんなところで夜を明かして……ところで何歳だ?」
それにサクラは笑う。
まだそんなことも知らない関係なのに、ずいぶん深い部分を話した気がする。
「十六です。王子様は十九ですよね?」
「ああ」
「両親はそもそも今家にいないので。近くの街に買い物に行っているんですよ。近くとは言っても往復で数日はかかる距離ですが」
「おかげで療養というのは必要ないが、しばらくここにいさせてもらってもいいか?」
「え……はい、どうぞ?」
家にいさせてくれ、ではなくここにと言われたので、サクラはいくらでもご自由にという感じだ。
「お金は払うから食べ物を」
「ああ、そういうことですか。それはもちろん」
「魔力がほとんど残っていないんだ」
「それってどのくらいで戻るんですか?」
「普通なら五日もあれば完全に戻る。体が弱っていたら長引くが」
「お元気そうです」
「不思議なことにな」
「……そうですね」
「三日もすればそれなりの量は溜まるだろうから、そんなに長居はしないつもりだ」
「魔力って多い人でも溜まるまでに時間がかかったりしないんですね」
不思議そうに言ったサクラに、ロキはサクラに向き合って胡坐をかいて座り直す。
「たいした礼もできないから、独学だというお前に魔法のことを教えてやろう」
それにサクラは目を輝かせる。
「いいんですか!」
アマルテアは魔法大国、アマルテア王家はそれを象徴するような魔法に優れた一族だとは隣国どころか世界中に轟く名声だ。
「これはうちの魔導士の理論だが……魔導士はわかるか?」
「国家公務員みたいな」
「……前世の例で納得されてもそれがあってるかの判断ができないんだが」
サクラは逆にロキによくわかったなと思った。
「国に認められた一部の強い魔法使い」
「まあ……間違ってはない。よく勘違いされるが、優秀な魔法使いではなく、強い魔法使いだな」
優秀な魔法使いが必ずしも魔導士になれるわけではない。
魔導士の絶対条件は強いことだ。
「アマルテアの魔導士ともなると世界で一番強い魔法使いですか?」
「ああ」
悩むことなく肯定されてしまって、サクラは戸惑う。
「……さすが魔法大国」
「その今世界で一番強い魔法使い、ヴォルフ・ローウェルという男の理論だが、魔力の量とはみんな等しいんだ」
サクラは首を傾げる。
ロキは近くに置かれていた桶を引き寄せる。
「みんな等しくこの量だとする。俺もお前もヴォルフも持っている魔力の器は同じ大きさで、入っている両も同じだ」
桶の中には水が入っている。
「では何の違いが魔力は多い少ないと言われる要因になっているんですか?」
「濃さだ。濃度」
「濃度?」
「俺はすごく魔力が濃いから、一滴で大きな火を出せる。魔力が薄い者は、大量に消費しなければ大きな火が出せない。同じ大きさの火を出して、俺は一滴分しか消費していないからまだまだ魔法を使える。魔力の濃度が薄い者はもう魔力が残っていないから魔法を使えない。そういうことだ」
「なるほど、それなら魔力が多い人も少ない人も魔力を消費してから戻るまでの時間が同じことに納得がいきます」
「が、これはだからなんだと言われればそれまでの話だ」
「……そうですね。別に多い少ないの言い方で困ってないです」
そういうことを研究することに意味を見出す人がいれば、どうでもよくねと言ってしまう人もいる。
前世仮にも薬学部に通っていたサクラは一応前者側だが。
「これは魔色石を使うときに意味が」
「ましょくせき?」
もうすっかり手放して地面に置いてしまっていた剣を手に取ったロキは信じられないという顔でサクラを見る。
「……魔色石を知らないで魔法を使う者を初めて見た」
「……それは失礼しました」
「魔色石とはこれだ」
革紐に、親指の第一関節分くらいの透明な楕円形の石が付いたペンダントと、剣の鞘に埋め込まれた透明な粒を見せてから、剣を横に置いてサクラの手にペンダントを乗せる。
途端、薄っすら、透明な石がピンクに滲む。
「え、すごい!」
「瞳の色に染まるんだ。だから瞳の色は魔力の色だと言われる。青い瞳の者は水の性質、赤い瞳の者は火の性質の者が多いというように相関性がある。絶対ではないが」
「私ピンクですけど水の性質です」
「俺も黒だが水だ」
「……あくまでそういう傾向があるというだけですね」
サクラは、火の性質の者は多いが、赤色の瞳の者はそんなに多くないというところに気付く。
「魔色石に溜めた魔力は自然に体内に戻るんだ」
「溜めてみろ」と言われたのでサクラは魔力を込めてみる。
そうすると透明だった石は完全にピンクの石になった。
ロキがペンダントを取っていくと石はピンクのままだが、サクラの手の上に戻すと自然と色が薄くなっていく。
「戻ってるんですか?」
「戻ってる」
「不思議ですね」
「これを利用して魔法使いは平時に魔色石に魔力を溜めて有事に使える魔力を増やしている」
体内に魔力が満タンのときに魔色石を身につけていると自然に溜まっていき、有事の際に使える魔法の最大容量が増えるという仕組みだ。
「挿絵とかで魔法使いが大きな石の付いた杖を持ってたりアクセサリーじゃらじゃら付けたりしてるのってそれで」
てっきり魔法使いのイメージとして描かれているだけだと思っていた。
「魔導士は仕事のときは大量に所持してる。それ以外の魔法使いも一つや二つは所持しているのがほとんどだとは思う」
「あ、つまり魔力が多い人は少ない人より同じ大きさの魔色石に溜めた魔力で使える魔法の量が多かったんですね。でも人によって差があるのが魔力の量ならそこに差ができるのはおかしい。でも魔力の濃さに差があるなら、しっくりくる」
「そういうことだ」
「じゃあ魔力は多い少ないじゃなくて高い低い、もしくはもっと直接的に濃い薄いと言うのが適切なんですね」
「アマルテアの国の魔法使いの間ではもう高い低いが一般的だな。多い少ない、濃い薄いも場合によっては使い分けるが」
ロキも最初サクラに対して自分の魔力は多いという言い方をした。
その使い分けにサクラはややこしいではなく、専門用語を専門外の人に向けて使うときに言い方を変えるのはよくあることだと納得する。
「その理論を知らなくても、魔力量を十段階で表すことを知っている人はそこを差して高い低いとはもともと言いますしね」
「その理論の提唱者であるヴォルフもイメージとして魔力を量として認識した方が使いやすからか、多い少ないとは今でも使ってたりはするな」
表現が統一されないのはよくあることだなと、サクラは前世を思い出す。
pHをピーエッチと読むかペーハーと読むか、ドパミンとドーパミンなどもそうだが、薬剤師としては何より薬の作用で、遮断、阻害、抑制、拮抗、ブロックというのが、薬学部の低学年の頃は最初異なるものだと思ってややこしくさせられた思いがある。
これがまた絶対遮断と言う場合と絶対拮抗と言う場合と絶対阻害と言う場合などもあれば、別にどれでもいいよーという場合もある。
「面白い石ですね」
サクラはピンクと透明を繰り返している石を見て不思議そうに見る。
魔色石に魔力を溜めるのが魔法を使うための特訓の第一段階なんだがと、ロキは魔法が使えるのに不思議そうに魔色石を見ているサクラを不思議なものを見る目で見る。
「やろうか? そんなに高いものでもないから礼には安いが」
「え、でも王子様困……らないんですね」
「困らないな、魔色石に溜める以前に自分の体に魔力が溜まってない」
「でも私も魔力が足りなくなって困るから溜めておきたいって思うほど魔法使うことないですしね」
「魔色石には面白い効果がいくつかあるんだが」
サクラの魔力が体内に戻って石が透明なタイミングでロキはそれを取ると、黒く染める。染めようとした。
実際は薄っすら滲んだだけだった。
あまりの魔力のなさに顔をしかめてサクラの手に戻す。
「魔法を使ってみろ」
サクラは不思議そうにしながら桶の上で水を出す。
拳大の水の塊が桶に落ちた。
「え! すごい! 人の魔力でも使えるんですか!?」
「………………使えないだろ」
ロキは用意していた言葉をだいぶ遅れて出した。
「使えましたよ?」
「使えないんだよ」
「……使えましたけど」
「そんなはずはない。無意識に自分の魔力を使ったんだ」
「私水は数滴しか出せません。王子様の高い魔力だからあんなに出たんです」
ロキはサクラの持つ魔色石を指差して魔力を溜めるようにというジェスチャーする。
石がピンクになる。
桶の中の水が凍る。
「「…………」」
二人で桶を凝視する。
続けて色が薄くなった魔色石も凝視する。
サクラは氷魔法を使えない。
状況はロキがサクラの魔力を使って魔法を使ったことを示していた。
「……使えないんだよ」
「使えてますね」
「一緒にアマルテアに帰ってもらってもいいだろうか」
「私禁忌にでも触れました!?」
野放しにしておけないほどのことをしてしまったというのか。
ロキが魔法を使えと言うから使っただけなのに。
「普通は他人の魔力は使えないが、極まれに互いの魔力を使える者たちがいる」
なんだいるんじゃないかとサクラはホッとする。
つまりあり得ないことが起こったなんてわけではない。
「相性がいい人がいるってことですか?」
「そうだ」
「それは王子様の相性がいい相手が私で申し訳ありませんでした」
「そういうわけじゃない」
その否定にサクラは首を捻る。
「つまり人間魔力貯蔵庫みたいなことができるということですよね? それなら魔力が高い人の方がよくて、身近にいる人の方がいいという話では? 魔力が低くて他国の私は最悪。まさに今みたいな魔力が空、魔色石も空、みたいなときにいいという話で……うん? じゃあ奇跡的な幸運なのか?」
だがロキはそういう感じではない。
「魔力が低い者の方が繊細な魔法が使えるんだ。だから魔力が高い者と低い者で相性がいい方が互いにメリットがあっていい」
「でも私と王子様これっきりの関係だからそういうメリットの話をされても」
あ、だからアマルテアに一緒に帰ってくれという話かとサクラはやっと少し納得する。
「違うんだ、そういう話じゃないんだよ」
「どういう話なんですか?」
納得したのに違ったらしい。
「魔力の相性がいい者は魂の相性がいいとも言われる。そしてそれは魂の片割れだからだと」
「へー、なんだか運命の相手みたいですね」
「そうだ」
「へ?」
「俺たちは運命の相手だ」
「……わあ、そんな口説き文句みたいなことを王子様に言われる人生になるなんて」
サクラは強張った顔になる。
「……笑い話の迷信じゃない。貴族の間では強く信じられた話で、決して恋人の類には魔色石は贈らないんだ。それは運命の相手ではない証明の石になってしまうからだ。さっき話したヴォルフは魔力の相性がいい者が見つかった瞬間、山ほどあった結婚の話がすべて消えた」
「…………」
「だが運命の相手だとわかった瞬間、相手が好ましく思えてくるなんてことはあり得ないわけで、急に愛してるよなんてテンションにもならないだろ」
「当たり前ですよ」
実際サクラは急に目の前のロキが愛しくなったなんてことはない。
「何組か知っているが、結婚している者もいればしていない者もいる」
「それって必然的に一緒にいる時間が多くなるからそこから関係が発展することもまああるだろう、でもならないことも当然あるという話なのでは」
「そうだな」
「じゃあやっぱり魔力の相性がいいというそれだけの話で」
「だが選択肢は魔力の相性がいい相手と結婚か、一生独身だぞ」
「……なぜ」
「それはお前、運命の相手がいる人と誰が結婚したいと思うんだ」
「…………」
「……本当に申し訳ないことをした。殴ってくれていい。本当に」
ロキは心から申し訳なさそう顔で言う。
「前世で結婚してないから今世はしたかったのに!? どうしてくれるんですか! 運命の相手が王子様だったら実質私の選択肢一生独身しかないじゃないですか!」
「……俺でよければ結婚するが」
「王子様が何言ってるんですか!」
「いやまあ俺も特殊な立場で」
「……十七の誕生日を目前に今世の一生独身が決定してしまった」
「……まだ諦めるなよ」
サクラはハッとした顔でロキを見る。
「幸いなことにこのことを知っているのはお互いだけです。なかったことにしましょう」
「……いや、それは」
「どうせ数日の付き合いで、もう一生会うこともないんですから」
「治癒魔法使いが村で平凡に過ごせると思っているのか?」
真剣な顔で言われ、サクラは思わず目が逸れる。
「……まだ、わからないですから」
「そうだな……それは確定した後に話そう」