ヘルシリアの内情
「クラウスさん、一番強い酒あるだけ」
カウンターの端の席に座るなりそんな注文をしてきたヴェルメリオに、クラウスはビールをとりあえずほどほどのグラスで出す。
「お疲れさん」
「そう思うなら酒」
「アリサが心配してたぞ」
他の客の応対をしながらちらちら見てくるアリサに、ヴェルメリオはそっちに集中しろと手で払うような仕草をする。
「あいつここに置いていくんで面倒見てやってください」
「おいおい、冗談だろ」
「そもそも部下なんていらないんですよ」
「魔獣がいないなら部下は必要だろ。何ならアリサの方が強いんじゃないのか」
クラウスのその言葉にヴェルメリオは顔をしかめる。
「冗談はやめてください。あり得ませんよ」
「そりゃあお前が街を焼けるならそんなことはあり得ないさ。でも無理だろ」
「言っておきますけど俺は普通に戦えますからね」
ヴェルメリオの周りに火の玉が三つ浮かぶ。
「百分の一くらいに弱体化して普通にとは笑わせるな」
「……十分の一くらいです」
その火をどうにかするような能力はなく、すぐに消した。
「だいたいしばらくここにいるんじゃなかったのか」
「気が変わりました」
「何かあったか?」
「何かってなんですか」
「魔色石はどうした」
「持ってますよ」
「お前の魔色石はほとんど姫様から贈られたものだろう」
「返しました」
「……は?」
「すべて返しました」
「……なんの冗談だ」
「今すごく酔いたい気分なんですよ」
「……何がどうなってる」
「魔導士に戻ってから聞いてください」
クラウスはため息を吐いてその場を離れる。
置いていったグラスの中身は喉が焼けるような酒だが、心配するだけ無駄なのでもう瓶も一緒に置いていった。
一杯目をすぐに飲み干して二杯目を注いでいるときに空のグラスを横に並べられて隣に座られ、ヴェルメリオは眉間にしわを寄せる。
「空気の読めない人間だな、一人で飲みたいのがわからないか」
注がれなかったことには気にした様子もなく、フードを目深に被った男は自分で瓶を持って酒を注ぐ。
「なぜ雪蝶を使った」
「暇人だな、よくこんなすぐに探しにくるもんだ」
「それが俺の仕事だ」
「それが暇人だと言ってる」
グラスの横に置かれた小さな箱に、ヴェルメリオはグラスを持ってその中身を隣の男にかける。
しかしお酒は男にかからず水の壁に飲み込まれる。
火の玉が続けて飛び込んできたのを見て男は風で空気を流すと出した水で火を包み消火する。
「……正気か。自分が飲んでる酒の度数を考えて火を出せ」
「火の気配を感じるのが面白くてアルコールを気化させて遊んでいたのを思い出す」
「……俺はたまにお前が本当に人の形をしている魔獣に思える」
「魔獣の方が器用だ」
「そうだな」
「少しはフォローしようかと思えよ」
ヴェルメリオの魔獣が恐ろしく器用な種であることと、魔力は多ければ多いほどコントロールが難しいという二つからそもそもフォローする必要のない当然だと思っているのだが、どうも本人は偏りきった自分の魔法の才にある種のコンプレックスのような認識でいるらしく、指から垂らした水にため息を吐いている。
そしてそんな姿に男はもっと深いため息を吐いた。
そんな膨大な魔力があってなぜ水一滴出すのに眉間にしわを寄せて頑張らなければいけないのか理解できないが、もはや火の精霊に好かれた代わりにそれ以外からは嫌われていると言われても納得してしまいそうだ。
「受け取れ」
箱を開けるが、ヴェルメリオは箱側の腕で頬杖を突いてあからさまに視界から外す。
「魔色石を持たない魔導士がどこにいる」
「持ってる」
「雪蝶のペンダントとグライフさんの形見以外に何を持ってる」
「扇の飾りなんて似合わねぇもんはとっくに手放した」
とんでもないことをなんでもないように言い放つヴェルメリオに男は絶句する。
「……お前、師匠の形見を、なんてやつだ」
「俺が持っているべきものではないと思った」
「カースヴェルデ辺境伯はお前だから譲ったんだぞ!?」
「ヴィルヘルム、俺は今日久しぶりに働いて疲れたんだ。酒くらいのんびり飲ませてくれ」
「ヴェルメリオ、毎日働いている俺に酒をぶっかけて何をふざけたことを言っている」
「かかってないだろ」
「屁理屈を」
「何度も言ってるが俺はこれを受け取れない」
琥珀色に染まった魔色石のペンダントが入った箱をヴィルヘルムの方に押す。
「何度も言っているがそれをお前に渡すのが俺の仕事だ」
「わがままに魔導士が付き合うな」
「お前にだけは言われたくない」
正直ヴィルヘルムも受け取られると思っていなかったため、おもむろにペンダントを手に持ったヴェルメリオに目を丸くする。
それと同時に空気が張り詰め、ヴィルヘルムは思わず自分たちを見張る者たちに視線を少し向けてしまいそうになるがヴェルメリオの目に制される。
「初めて言うが」
ペンダントを持った動作に比例するようにもったいぶった言い方に、ヴィルヘルムは自然真剣な表情になる。
「俺は手癖が悪いんだ」
今度はヴェルメリオが酒をぶっかけられた。
そして水の壁に阻まれるようなことはなくぶっかかった。
「……何をするヴィルヘルム卿、俺は水魔法が使えないんだぞ」
「何を言うかと思えば!」
冗談めいた口調も流されてしまった。
「よく聞け、手癖であって女癖ではない」
殊更大真面目なその顔に、ヴィルヘルムは今度は心から水をぶっかけてやりたくなった。
「当たり前だ! 女癖の悪い魔導士が王女様の護衛をしていたなんて考えたくもない!」
「初告白だろ」
「浮浪児だった人間の手癖が悪いなんて話がもったいぶってされるような話か」
「俺がそうして過ごした時間より買われてからの時間の方が長くなっても、俺がそういう人間だったという証は消えない」
「何が言いたい」
「師匠が、俺とお前を双子のようだとよく言ったよな」
なぜそんな話を突然と隣を見るがただ手の中の魔色石に視線を落とすだけで何も読めなかった。
ただ久しぶりにその手の中にその色の魔色石が収まっているのを見て、心のどこかで、安堵のようなものを感じる。
「ヴィルとヴェル、それも六文字の長い名前というのもあって、名前が双子より双子らしいとよくおっしゃっていたな。グライフさんだけじゃない。俺の父も、カースヴェルデ辺境伯も、クラウスさんたちにも言われた」
隅の席とはいえドタバタと魔法でやりあっているので気付いているだろうその人の方をちらっと見る。
「名前以外にそんな要素はないが」
「お前は黒い髪に赤い瞳で、俺は空色の髪に青い瞳、色だけでなく単純に容姿も別に似ていない」
「ゴミ漁って生きてきたような人間と双子のようだと言われても、お前は怒らなかったな」
「……魔法の勉強をしている同じくらいの年頃の子どもで名前が似ていたからそう言われただけだ。誰も俺を辱めるような意味で言ってたわけじゃない」
「伯爵家の人間が俺に握手を求めた」
「それは俺の本質を表すエピソードじゃない。俺が握手を求めたお前は普通の恰好をして魔力がすごく多いと称賛され、魔導士から紹介された人間だ。汚い恰好をしている子どもを躊躇なく抱き上げられたのは、お前を知ってたからだ。そんな汚れは風呂に入って着替えれば消えるもので、その子がゴミを漁って生きていたのはその子の本質がそうだからではなく国や大人のせいだ」
「俺はあの頃、ヘルシリアのために魔導士になろうと思った。この国のせいであんな生活をしていたのに、この国のおかげでこんな生活を送れるようになったのだと錯覚した」
「……どちらも、正しいんじゃないのか」
“普通の平民”には魔法の勉強も豪邸の綺麗な部屋も日常的な豪華な食事もない。
ヴェルメリオは確かに特権を得ていた。
「王に買われて、いつ死んでもおかしくないような生活から救い上げられたとき、俺は国から生きる権利を得たのだと思った。そのときまで、平等に与えられるはずの俺の生きる権利がなぜかなかったのだということに、気付かなかった」
伯爵家に生まれ、不自由なく暮らしていた人間にはもう、言える言葉はなかった。
「師匠は、魔法使いになれば、魔導士になればなんでもできると言った。買われたからって、一生そこに居続ける必要なんてない。本来、自分の所有権は自分のもののはずだ。逃げればいいと言った。自分は自分の意思でカースヴェルデ辺境伯のところに居続けているだけだと。好きな方を選べばいい。選ぶ権利も、力もある。魔法使いになれば得られる」
「……ヴェルメリオ」
言葉も用意できていないのに、何かを言わねばならないという感情は口を開き、そして名前を呼ぶことしかできなかった。
「俺を買ったのはこの国の王だ。俺はどうやって逃げればいい」
「…………」
「ヴィルヘルム、俺はヘルシリア王国なんてどうでもいい。お前らがどこ目指してるかなんてどうでもいいんだ。王子もどうでもいい。だがあの人が俺の飼い主だから仕方なく従っている。王宮に近付くな、魔色石を捨てろ、漣鳥を預けろ。王子がそう言うからその通りにした。そこに俺の意思はない」
「……だから意味もなく魔力を消費しろと言われても従うのか」
「俺がそこに意味を求める必要性がない。従う以外に選択肢はないんだから」
「王子はお前が死ねばいいと思ってるんだぞ! 魔獣も魔力も奪って、お前がどこかで死んでくれればいいと思ってる」
「俺に剣を向けて、殺されるくらいならと反逆されるのが怖いんだ。力を奪って祈ることしかできない。いつも俺に怯えている。だがヴィルヘルム、王子を殺してしまえば俺は終わりだ。だから、死んでもいいと思える状況になれば俺は王子を殺すが、それまでは従い続ける」
「……お前の幸せはどの選択肢の先にある」
ヴェルメリオの手の中の魔色石が一瞬でヴェルメリオの瞳の色に染まると次の瞬間ガラスにヒビが入るような音がして粉々に砕け、箱に欠片が降る。
「ヴィルヘルム、これが俺の返事だ。王女の魔色石はすべて手放せ、王子にそう指示されている」
酒代を置いて、席を立つ。
「今アマルテアのロキ王子がヘルシリアに来ている」
その場から離れようとした足が止まり、ヴィルヘルムを見下ろす。
「お前には伝えるなと、王子の指示があった」
「この国のどこかにいると聞いて探しにいくくらいなら、とっくに隣国まで会いにいってる」
「だからなんだと言うわけじゃない。お前が王子に従うと意思を示したように、俺は自分の意思を示しただけだ」
「精々王都に引きこもっているんだな。王子にお前を殺せと言われても、俺は従う」
「ああ、わかってる」
「ヴィルヘルム、あいつには上手く言っておいてくれ。笑っていてくれることを願ってる」
「無茶を言うな」
最後にぼそっと言われた言葉に大きなため息を吐く。
ヴェルメリオがギルドを出ていった後、もう一度ため息をこぼしてグラスに手を伸ばすが、まったく好みではないお酒に手が止まる。
別のお酒が入ったグラスが置かれ、ヴィルヘルムは顔を上げる。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです、クラウスさん」
ヴェルメリオが置いていったお金を渡そうとすれば「今日は奢りだから次に会ったときに返しておいてくれ」と言われ、ヴィルヘルムは渋々預かる。
次に会うときが殺し合いの場でなければいいが。
「しかし漣鳥が本当にいないかの確認のためとはいえ、よくお酒なんてかけたな」
「あれはあいつがそうしろと言ったんですよ。いや言ったはおかしいか。示した?」
首を捻っているヴィルヘルムに、クラウスはぽかんとした後苦笑をこぼす。
「思えばヴェルが喧嘩を売るのは珍しい」
「基本無気力なやつですからね」
「無気力というか、無防備、というか無抵抗?」
「あいつの怪我はもはやすべて自傷だと思ってますからね。無抵抗の末の怪我は自傷ですよ」
「根本の意識が駄目なのはわかるが、あいつの戦い方どうにかならないのか」
「無理ですよ。漣鳥が守ってたせいで自衛の意識が欠如したままここまで来てしまったんですから。だからさっきも腕で庇うようなこともなく酒をぶっかけられた。漣鳥がいればあいつが水害に遭うなんてことはあり得ないですからね。土砂降りの中だろうと濡れずに歩く男ですよ」
「……A級以上は神のような存在にたまに思えるよ」
雨の中、それでも衰えず燃え盛る炎に、これは人間の相手できるものではないと思った。
魔導士といえば一般人にとっては化け物に思えるほど強い存在、しかしクラウスはそのときしょせん自分は人間だと思った。
自分の魔法はしょせん人間の起こす事象、ヴェルメリオを見て、化け物とはこれを言うのだと思った。
「だから、王子はヴェルメリオをぞんざいに扱うのだと思います。神を従えるあいつが自分の下にいる人間であることを自他に証明するように」
「自他、か」
周囲だけではなくそこに自分も入っているのが小さい人間である証明ではないかと、思っても、口には出さなかった。
王子への礼ではなく、立場に対してただ口を噤んだだけだが。
「グライフさんが亡くなったとき、王子と王女はアマルテア王太子の成人祝いでアマルテアにいた。一番速く行ける自分が連絡に飛びました」
「そうだったな」
「今すぐヘルシリアに帰らせてほしいと訴えられたミレーナ様に、アマルテアは了承してくださった。それどころか魔獣を使って送ろうかと」
「アマルテアはそういう国だな」
「ミレーナ様の懇願を、アマルテアは当然だと受け取られた。しかしヘルシリアは王女のわがままだと受け取った。よりによって王子が、慕う人を亡くしたばかりの妹に、こういうときのための人材だろうと、呆れた顔で言った」
グライフが亡くなった当時の感情がよみがえってきて、クラウスは少し表情を歪めた。
「ミレーナ様をアマルテアの王子と結婚させたかったヘルシリアはアマルテア王太子の成人祝いを放りだそうとしているミレーナ様の行動はあり得なかった。大国アマルテアの王子の相手にふさわしい完璧な王女、そこから外れる妹を叱る言葉、それはわかっても、ヘルシリアでA級の魔獣を保持するただ二人の魔導士のうちの一人を失ったのですよとおっしゃられたミレーナ様に、どちらも本来ならすでにゴミの中で死んでいるはずだった命だと言い捨てたのは、許せなかった。悲しかったからじゃありません。何もわかっていない王子にただ失望を覚えただけです。こんな人間が王太子でヘルシリアは大丈夫なのかと、今までもあった不安が確信に変わってしまった」
「グライフが亡くなったと聞いて純粋に悲しかっただろうその感情からの言葉ではなく、王族として冷静に言葉を出されていたのは姫様の方だったな。子どもの頃に王子がヴェルメリオに奴隷のようなものだと言ったときも、奴隷制度のない国で王族がそのような発言をするのは問題だと冷静におっしゃられていた」
「グライフさんの死を軽く扱ったことが悲しかったのではない。憤りを覚えたのでもない。いや、それは当然あった。しかしそんなものはしょせん個人的な感情です。我々はそんな感情で動いたわけではない。ヘルシリアの人間として、この王子では駄目だと思った。ヴェルメリオをヘルシリアの切り札だと思わず、殺せてしまうこの人では駄目だと」
「王子はヴェルに忠誠を誓われて国一番の魔導士を従える姫様が妬ましいんじゃないか? だから壊して二人とも自分の手の上だと笑ってやりたい」
粉々に砕けた魔色石をちらっと見て、クラウスはそう言う。
「自分はあんなやつ手の上で転がしたくないですけどね。手が焼け爛れますよ」
クラウスは吹き出して笑う。
ヴィルヘルムが冗談の口調ではなく大真面目な言い方なのも余計に笑えた。
「しかしこんなところで話す内容じゃないな」
ギルド内に知らない顔は見えなかった、近くの席に人もいない、しかし周囲を見渡して、もう隠居の自分はともかくとヴィルヘルムを見る。
「自分はもう宣戦布告してしまっているので」
「……それは大丈夫の理由ではないな」
「自分じゃなくてヴェルメリオの方に行ったみたいです」
ヴェルメリオが出ていってすぐに一組出ていったのを思い出して、クラウスは眉間にしわを寄せる。
「猛獣を飼うのも大変ですよ。いつ鎖を焼き切って噛みついてくるか恐ろしくて夜も眠れない魔獣ならなおさら。一度焼かれてなおまだ従えようと思うところだけはさすが王族だなと思いますけど」
「いつから気付いてたんだ」
「最初から。雪蝶を使って目立つ行動をすれば呼んでいるようなものです」
「……お前たちここを使うなよ。俺はもう魔導士をやめたんだぞ」
「場所くらい提供してくださいよ。若者置いてさっさと引退したんですから」
「……耳が痛い」
「クラウスさん、アマルテアの第三王子に会ったことはありますか」
クラウスは突然のそんな質問に不思議そうな顔をする。
「いや、会ったことはないな。いろいろ噂は聞くが。そういえばお前はグライフの連絡のときに会ったんだったか」
「俺は黒という色に氷を思い浮かべたのは初めてでした。あの黒には冷たさを感じた」
「冷淡さみたいなことか?」
「王子はアマルテアの第三王子が大嫌いなんですよ。あれ以来アマルテアに行きたがらないのは第三王子に会いたくないからです」
「アマルテアの王太子が傑物だって話はよく聞くが、第三王子? そのときまだ十二、三の少年だろう?」
「あのときのヴェルメリオと同じ目だったそうです」
「あのとき?」
「焼かれたときでしょう」
「……何をそんなに怒らせたんだ」
「要は十三の少年に怯え、恐ろしくて会いたくないということですよ」
「……ヴィルヘルム、大丈夫か?」
話し相手をしている自分が言えることではないがと思いながらも、クラウスはもう一度ギルド内を見渡す。
聞かれているとは思わない。
聞かれていてもそう問題がある者もいない。
しかし、こんな他に人もいる自由に出入りがある空間で話す内容ではない。
「自分は、これでも一応貴族です」
「そうだな?」
平民とも気安い関係を築いているが、クラウスはもちろん忘れているわけではない。
魔導士時代は場によっては相応の接し方に変えてもいた。
「貴族の魔導士の中では、自分が一番強い」
「間違いなくそうだろう」
「カースヴェルデ辺境伯派の人間だから次期賢者にと名前が強く挙がらないだけで、実力ではどう考えても自分が一番相応しい」
「貴族の中でB級の魔獣を持っているのはお前だけだしな」
「自分が殺されれば、理由ができます」
クラウスは目を見開く。
「どんなことでも、一歩目が最も難しく躊躇する。王子は十年前にすでに足を踏み外している。殺しにきますよ。あの人は必ず俺を殺そうとする」
「……ヴィルヘルムが死ぬ損失は軽くない。お前も今自分で言っただろう。賢者に相応しい人間だと」
「貴族の中での話です。ヴェルメリオがなるべきだ」
「平民の立場から言わせてもらうが、俺はお前がなるべきだと思う。ヴェルは向いてない。俺たちが求めているのはそういうことじゃない。貴族にその席をどけと言っているんじゃない」
「魔導士は国の戦力の象徴です。そのトップが弱いなんてあり得ない。クラウスさん、賢者に最も求められるべきは強さです。勇者や聖女のような奇跡に見紛う力を持つ存在だったはずです。語られる勇者や聖女に身分などという要素は条件にありましたか? 賢者に身分など必要ない。ヴェルメリオは確かに向いていない。ですが、資格がある者が一人しかいなければ選択肢もない」
「……カースヴェルデ辺境伯は何を見ている」
「もしウェナヴィアやカノルサと争いになったとき、アマルテアが助けてくれると思いますか? ローランシアとアデオナの争いにアマルテアが介入する気配はない。ヘルシリアに助ける価値がなければ、見捨てられますよ。アマルテアの王子たちは三人とも自分と側近だけで一国と渡り合うと言われる。それが冗談ではない可能性を、自分たちは知っているはずです。自分の損失を軽いとは思っていません。しかしそれは人間の戦争の場合です。すべて蹂躙してしまえる存在がいるんですよ。あなたは六年前で止まっている。街一つじゃない、ヴェルメリオは国一つ焼きます」




