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一番であるということ

 小屋の前でヴェルメリオと別れ、振り返っても姿が見えなくなった辺りでロキがフードを取ったのでサクラも一緒に取ってそこでちゃんと向き合ってラナに名乗る。

 そういえば名前さえ言ってなかったとアズールも名乗れば、ラナからもそこで「よろしくお願い致します」と挨拶があった。


「普通もうちょっとなんかそこに至る何かみたいなのないですか?」

「お前も成り行きでここにいるようなものだろ」

「……そういえば王子様そういうとこ適当な人だった」


「王子様?」


 首を傾げたラナに、アズールはしまったという顔になる。


「王子様が愛称の人間ダサいな」

「それはちょっと否定しがたいですね」


 そんなやり取りをしている正真正銘本物の王子とその魂の片割れに、側近は苦笑をこぼす。


「……トールが依頼受けたんだから話とか」

「お前に任せる」


 アズールはちょっとそうだとは思っていた。


「とりあえずあの人がこんなかで一番偉い人ってことだけわかっとけば大丈夫」

「は、はい」


 三人が仕えている家の当主のご子息様か何かだろうかとラナは受け取った。


「お前もだいぶ適当だな」

「ていうか普通に受け入れちゃってましたけど、絶対おかしいですよ。魔法使いってみんなあんなとんでもないんですか? トールがすごいのもカイさんが強いのも知ってはいましたけど」

「……トールとヴェルを基準にするとおかしくなるから忘れておけ」

「……アズールはたぶん規格外から見ちゃってる気がする」

「炎犬で感覚が狂った気がする。ついこの間までこんなこととは無縁の世界で生きてたのに」

「よかったな最初に狂っておいて。これから平然といろいろなことを受け止められる」

「……いや今日も別に平然としてたわけじゃないんですけど」


 ロキやカイがあまりにも平然としすぎて、それにも感覚が狂わされている気がする。


「あ、あの、皆さんは、アマルテアの方なんですか?」


 ロキもカイも答えないので、偽らず答えていいのだとアズールは受け取る。


「トールとカイさんはな。俺とサクラはヘルシリア」


 一緒じゃないことに疑問が生じるが、深く聞くというのはラナにはまだ難しかった。


「もうちょっとなんかここに至る何かみたいなものは、いいのか?」


 さっき自分が言った言葉そのままで、アズールはロキのそれが自分へかと思ったが、立ち止まって振り返った視線の先が隣で、アズールも隣、ラナを見る。


「まあ、保護者に売られたと聞いてショックを受けている様子がないからそれが想像できる扱いを受けてきたんだろうが、それにしたって誘拐されて、自警団でもなければ知人でもないやつらに助けられて、魔法使いになればいいと放り出され、よく、わかりましたとなったな」


 フードを被っていたときはただ魔法使いらしさを感じただけだが、今は別に怒られているわけでも睨まれているわけでもないのになんだか委縮してしまう雰囲気をまとっているその人に、ラナは自然目が逸れ、覚悟を決めてから今までの人生で初めて出会う真っ黒の瞳と目を合わせる。

 真意、いや単純に心境を尋ねるようなその言葉が、漆黒の瞳に見据えられるだけで心を見透かされたような気分にさせられる言葉になる。


「い、今、しがみつかないと、本当に放り出されてしまう、気がして」


 こんな森の中で放り出されるのと、カステルで放り出されるのではまったく話が変わってくる。

 払うのが当然、という金貨一枚も、あの魔導士だから払われたのだと思うし、この人たちだから請求した先が自分ではなかったのだろうともラナは思っていた。

 自警団でもなければ知人でもないが、実際助けてくれたのはその人たちではなくこの人たちだったわけで、であれば、助けてくれたというその事実に、その人たちの提案にわかりましたと頷くのが最善だと信じた……いや、縋った。


「アズールもこの決断力を見習ったらどうだ?」

「すみませんね!」


 あっさり終わった問答に、ラナは拍子抜けする。


「ところでお前わかっているのか?」

「何がですか?」

「お前はその子と同じくらいの魔力量だ。つまりヘルシリアでなら魔導士を目指すのも無謀ではない」


 アズールは改めて言われてその事実をちゃんと認識した。

 ラナは間接的に魔導士を目指せると言われ、胸に手を当てる。

 魔力量が多いと言われても、何もわからない。

 今までそれを指摘されることも意識することもなかった。


「魔力量だけで魔法の才は決まるものではありませんが」

「それはそうだが、魔力が少なければそもそもどうしようもない。そして魔力が高い者には皆、努力次第と言うだろう」

「魔導士になるほどの者は結局特殊な魔法を使う者や魔獣を保持する者がほとんどですが」

「夢のない言い方をするなよ」


「アマルテアの魔法使いには、夢があるんですか?」


 サクラのそれが、今のやり取りではなくヴェルメリオの言葉に対してであることはわかりきったことだった。

 アズールとラナもロキとカイを見る。


「ヘルシリアでは多いがアマルテアでは少ない理由を、彼はそもそもそういう子どもの数が少ないからだと言っていましたが、大きな理由がもう一つあるんです。アマルテアでは、厭わないんですよ。養子にすることも、結婚相手に選ぶことも」

「ヘルシリアでは養子にしたりすることはないんですか?」

「ないわけではないですが、少ないです」

「それにアマルテアでは平民出身の魔導士も貴族の家の魔導士も対等だ。それは立場でも心情でも。ヘルシリアではあからさまに差がある」

「ヴォルフ・ローウェル子爵は元は平民ですしね。彼を国に縛るための叙爵ですが、ヘルシリアではあり得ません。ヘルシリアで今A級以上の魔獣を保持しているのはヴェルメリオだけだと思いますが、彼に爵位が与えられることは今後もないでしょう。ヘルシリアにはもう一人A級の魔獣を保持していた魔導士がいましたが、賢者になることもなく、叙勲されることもなく」


「……亡くなられたんですか?」


 魔導士を辞めたのかとアズールが尋ねる前に出されたサクラの質問に、カイの言葉のニュアンスがそちらであることに気付いて、アズールはヘルシリアの魔法使いには夢がないと言ったヴェルメリオの言葉がもっと闇深いものであることに気付く。


「戦死だ」

「……それ何年前の話ですか?」


 アズールが生まれてからヘルシリアで戦争が起こったことはない。

 しかし言ってから、魔獣退治や今回のような犯罪者との争いでという可能性に思い当たる。


「そんなに昔の話じゃない。五年、くらい前だったと思うが」

「六年前の長雨の時期です。アマルテア王太子の成人直後だったのでよく覚えています」

「ああ、そうだった。ミ……ず、魔法と、風魔法が得意な魔導士で」


 何か口走りそうになったのだなとサクラとアズールは察したが、変な言い方をしたロキにラナは首を傾げた。


 なんとなくそこでその話題は終わり、今回はあまり道草を食うことはなく無事夜までに宿に着く。

 ヘルテからエルベに行くときの宿とあまり変わらない内装や食事でラナだけがきょろきょろと興味深そうにする。

 利用者数の差か、部屋数だけは今回の宿の方が多かった。

 今回は男女で部屋を分けたが、あとはもう寝るだけだがまだ寝るには早いという時間、女性陣の部屋をノックしたロキはサクラの返事にドアを開け、自分の腕を見て目を丸くしているラナに今がどういう状況か察する。

 縄が擦れ赤くなり、縄で縛られた痕がついていた腕は綺麗に治っていた。


「夜の散歩でもと誘いに来たんだが、今日はやめておくべきか」

「いえ、お付き合いします」


 悩むことなくすぐに立ったサクラは、薬鞄を見てそこで悩むと、カゴは持たず行くことにする。


「あ、あの、ありがとうございました」


 ハッとして、ラナはなんとか治療のお礼だけは伝える。

 それに対して返された笑顔に、なんだか少しホッとした。

 部屋に一人になって、緊張がやっと解けると、もしかして気を遣って少し一人にしてくれたのだろうかと思い至る。



「怪我はあれだけではなかったんだろう?」


  宿を出たところでロキの手のひらの上で火が灯り明るくなる。


 サクラは無言は肯定だと思い、ただそれだけを答える。

 ロキはそれ以上は聞かなかった。


 今回はキンギンカのような目的はないが、二人はなんとなく道を外れて森に入り散歩をする。


「そういえば、お店で助けていただいてありがとうございます」

「ん? ああ……俺たちの間でそういうことは今更だろ」

「それはまあ、そうかもしれませんが」

「怖くなかったのか?」


 思い返してみて、特に怯えた様子のなかったサクラに、あんな状況慣れていないだろうと。


「ロキがあまりにも頼もしすぎるので」

「それはよかった」

「すごく大丈夫そうな人たちの隣にいるとなんだか大丈夫な気がしてくるものですね」

「今日はヴェルもいたしな」

「そんなにすごい人なんですか?」

「A級の魔獣を保持しているというだけで他国にブラックリストに入れられる。それにあいつは魔獣の複数保持者だ、間違いなくヘルシリアの最強だよ」

「複数持ってる人ってそんなに珍しいんですか?」


 一体でもすごいならそれは当然そうかとサクラは自分で言いながら思ったが、しかし雪蝶(フォルヴェジュ)のような最下級の魔獣ならその複数でもすごいのだろうか?とも思う。


「一部特殊な例はあるが、それ以外では極めて珍しい。ただたまになぜかすごく魔獣に好かれるやつというのがいる。魔力が心地いいらしい」

「ロキとは反対ですね」

「……おい」

「でもそういうのって魔力が低い人だと思ってました」


 ロキの魔力は高すぎてB級にすら気持ち悪がられると言っていたカイの言葉を思い出し、ロキの12が桁違いでも十段階で10ではなく11と言われるほどの魔力の持ち主がE級の魔獣を保持していたのは今思えば違和感がある。


「傾向としてはそれで間違いではない。ただ魔力が低い者がA級以上の魔獣を保持するような前代未聞というほどのことではない。あれほどの魔力の持ち主が雪蝶を持っているのは違和感のある光景ではあるが」


 魔法関係にとても詳しいロキも違和感があったらしい。


「複数ってだいたい二体ですか? それとも」

「それともの方だな。前にB級の魔獣に好かれたというそれだけで魔力が低いのに魔導士になった者の話をしただろう。あいつがまさにそれだが、三体保持している。あともう一人、最も有名な魔獣の複数保持者はユークラント王太子の婚約者、アマルテアが把握しているだけで五体保持している」

「……五体」


 それはもう全然詳しくないサクラもすごいのだとわかる数字だった。


「ユークラント王太子の婚約者は民に聖女様と慕われているそうだ」

「この世界に聖女という存在がいたんですか」


 勇者はいないのにと思ったが、そういえば魔王も賢者もいた。

 どちらも前世のファンタジーでよく見た設定とは少し違ったが。


「聖女の肩書を持つ人間はいない。国も聖女と崇めていたりはせず出生もその能力も奇跡的なものを語ったりはしていないが、聖女のような方ということで民がそう呼んでいるんだろう」

「すごい魔法使いなんですが?」

「いや、本人の個人的な魔法は並以下だそうだ。魔獣もすべてC級以下」

「では、なぜ」


雨蛇(レーペント)雨蝶(フォルリュブ)雨鳥(ウヨウ)、それが彼女の保持する魔獣だ。ユークラントの聖女シャラが祈れば雨が降る。別に奇跡的な力ではなく、魔獣が降らせる」

「でもこの世界って、魔法使いが水を出せるから水不足問題ってないですよね?」


 前世なら自由に雨を降らせられるなんて聖女と言われるのも当然だと思うが、今世なら大量の水を出せる人間は国に数人、桶一杯くらいならその辺にいそうだ。


「……さすがに雨や川の代わりはできないだろ。アマルテアやヘルシリアではあまりそういうことはないが水不足の問題がある国はある」

「え、そうなんですか? この世界治水はあんまりな気がしたので、それでも水に困っていないのはそういうことだとばかり」

「まあ、生活用水はだいぶ魔法に頼ってるところはあるが、水出すのに魔導士が全力出してたら他何もできないだろ」

「気付きました、私ロキを基準にして考えてしまっています。各国ロキみたいにいくらでも水出しまくれる人何人もいるなんてことないんですねそういえば」

「……昔母に私はこの国に貯水湖を生んだのかもしれないと言われたことを思い出した」


 複雑な表情で言うロキにしかしサクラは笑ってしまう。


「存在するだけで国のためになるなんてさすが王子様ですね」

「……アマルテアは魔水竜(アグワ)がいる限り水不足になることはないが」

「聞けば聞くほどアマルテアが大国である理由に納得です」


 逆にアマルテアの悩みはなんなのだろうかと思えてくるほどだ。


「六年前に戦死したヘルシリアの魔導士の話をしただろう」

「はい」


 何があるというわけでもないところで足を止めたロキに、サクラはなぜその話をとロキを見る。


「六年前、ウェナヴィアにシャラが誘拐されるという事件が起きた。当時すでに王太子の婚約者だった」


 サクラは目を見開く。

 誰がどう聞いても国際的な大事件だ。


「どうしてヘルシリアの魔導士が?」

「奴隷にするためを装ってさらったからだ。シャラと一緒にヘルシリアとユークラントの国民が数人ずつ船に乗せられていた。だから両国が対応に当たり、魔獣が引く船に追い付けるのがその魔導士一人だったため結果的にユークラントの王太子の婚約者のためにヘルシリアの魔導士が命を落とした形になった」

「ウェナヴィアはどうして」

「ユークラントやウェナヴィア、カノルサの辺りは水不足に悩まされている地だ。雨を降らせる聖女が欲しかったんだろう」

「……でも王太子の婚約者をさらうなんて」

「水不足問題の解決に役立つ人間の中で、シャラだけが強くない」

「魔導士やロキやネロ王子と比べたらってことですか……」


 普通は、それほどの人間は魔法も強い。

 しかしシャラだけが精々C級の魔獣を連れている少女だった。


「シャラは平民だしな。さらわれて以降は厳重に守られるようになったらしいが」

「平民が王太子の婚約者に?」

「水不足の国で雨を自由に降らせられる少女はこれ以上ない価値を持っている。結果的に聖女と民に慕われるほどの人間になった」

「魔力の相性がいいなんて迷信じみた理由より、よっぱどまともな平民が王族と結婚する理由ですね」


 そう言うサクラに、ロキは苦笑をこぼす。

 お前も、聖女と慕われてもおかしくない治癒魔法使いだろうと、心の中で言う。


「そのときウェナヴィアの領海に入ってしまっていたことに対してウェナヴィアの人間がヘルシリアの民をさらったのは事実だから問題にはしない、そういう終わらせ方をされたことにユークラントは当然怒ったわけだが……偶然王太子の婚約者がさらわれたなんてわけがあるはずもないからな。船を引いていた魔獣がウェナヴィアの魔導士が保持するものだったことからウェナヴィアの民が起こした事件ではなくウェナヴィア王国がユークラント王国の王太子の婚約者をさらおうとしたという大事件というのが各国の見解だが、それを証言した人間が亡くなってしまっていたことからウェナヴィアは魔獣は見間違い、そのときその魔獣の保持者はまったく違う場所にいたと言い張っている」

「怒っているのは、ユークラントだけなんですか?」


 そこが、引っかかった。

 亡くなったのはヘルシリアの魔導士なのに。


「亡くなった魔導士をグライフという。貴族に買われた浮浪児だった。こういうときのためのそういう人材だろうと、ヘルシリアはそういう考えらしい」

「……死んでもいい人材ということですか」

「だが俺は当時ヘルシリアの魔導士といえばグライフとヴェルメリオくらいしか知らなかった。ヘルシリアにとってグライフを失うことは大きな損失……だと俺は思うんだがな」


 魔導士側に肩入れしてしまっている自覚があるからか、苦笑をこぼしながらの言葉だった。


「そんな人でさえそういう扱いで、他の平民出身の魔導士は国のために頑張ろうなんて思うんでしょうか」

「思うわけがない」


 ヴェルメリオがまさにそう見えた。


「……ヘルシリア唯一のA級の魔獣を持ってるヴェルさんがあんな感じで、ヘルシリア大丈夫ですか?」


 魔獣を持っていそうだったレイも、とても王家に忠誠なんて誓っていなさそうだった。


「元々少なかったのにグライフが亡くなって何人も辞めたらしいしな。エルベのギルドマスターもその類かもしれない」

「ただの平民出身者はそれができても貴族に買われた平民出身者はそれができないんじゃないですか? それこそヴェルさんが言ってたように国外に逃げるとかしないと」

「ヴェルが言ってただろ、感謝している、奴隷のような扱いなんて受けないって。貴族に買われて家から魔導士を出したという名誉のために魔導士になったタイプは魔導士辞めたって家に帰ればいいだけだ。グライフの主は辺境伯で力も強くその家はグライフ以外にも何人も魔導士を出していた。グライフの死後全員に魔導士を辞めさせた。それに続くように国に簡単に使い殺されてはたまらないと辺境伯に賛同するように魔導士を辞めさせた貴族が何人も出た」

「すごく酷い対応だったことだけはわかりました」

「魔導士とは国の戦力、その仕事に危険は付き物だ。だが国の英雄とされていてもおかしくない人物の死を軽く扱ったことが、そんな事態を招いてしまった」

「平民の命を軽く扱ったことで、貴族からも反感が出るとは思わなかったんですね」

「グライフの魔獣が今はユークラント王太子のもとにいるというのも皮肉というかなんというか」

「……ヘルシリアを出てしまったわけですか」

「それも元は魔火竜(セキア)の棲む場所にいた二体の鷲獅子のうちの一体で、ヘルシリアの魔獣として有名だったものだ」

「二体?」

「一体は嵐を起こし一体は嵐を鎮める風魔法を使う魔獣だ。人を乗せて飛べる魔獣の中では一番速く空を駆けるらしい。天馬とどっちが速いかで喧嘩してるやつがいたが、グライフなら付き合ってくれてもさすがにユークラント王太子にそんなしょうもないことやらせるわけにいかないしな」

「嬉々として付き合いそうな王子もいますが」

「ぜひ俺が騎乗役でやりたい」


 わざとらしいまでの真面目な顔で言うロキに笑えば、ロキも少し笑いをこぼす。


「冗談を言うタイプじゃなかったんじゃないですか?」

「自分で思ってたより抑圧されて生きていたらしい。本来はこういうタイプだったのかもな」


 灯りの届くぎりぎりの範囲に赤い実が見えてこの時期にいったい何の実だろうかと思っていたら、水に包まれ、目の前まで運ばれ、手を出したら水が弾け手の上に実が落ちる。

 枝の切り口が鋭利で、風魔法だろうかと、そう考えたところでサクラはロキが火、水、風の三つを同時に扱っていたことに本当にこの人規格外だなといっそ呆れてくる。


「……無精ですね」


 普通の人は、いやほとんどの魔法使いだってこんなことに魔法は使わず手で採りにいくはずだ。


「特訓だと言ってくれ。日頃からこういうことをしているから身についたんだ」

「もう身についているならいいのでは」

「さらに上を目指そうかと」

「……どこに到達する気ですか」


「それはなんだ?」

「アカカラントですね。食用ですよ」

「聞いたことあるな。食べたことがあるかもしれない」


 一粒差し出されたので素直に受け取って口に入れたロキは口の中で実を潰した瞬間顔をしかめた。


「酸味が強いのでそのまま食べることはあまりないです」

「……食わせるな」

「聞いたことがあって食べたこともあるような気がするのに見てもわからないのはジャムとかになってたからじゃないですかね」

「……イタズラするならもっとわかりやすくしてくれ。そんな何もなかったかのように流されたら反応しづらいだろ」

「梅干し見つけたら絶対一粒丸ごと食べさせよう」


 ワクワクした顔で言ってくるサクラのその言い方にイタズラをする楽しさのようなものが滲んでいて、ロキはまだ酸味が強く残る口内にプラスしてそれに顔をしかめる。


「言ってしまったら回避できる」

「大丈夫です、この世界ではウメという名称じゃないみたいなので」


 桜を探したときに一緒に桃や梅も調べたが誰にも通じなかった。


「毎回毒味させるぞ」

「笑顔で食べてみせます」

「……そんなことに身を切るな」

「毒のある実もありますから王子様が簡単に食べちゃ駄目ですよ」


 一粒取って、サクラも口に入れる。

 食べるのは初めてだ。

 美味しいかと言われたら酸味がきついとしか言えないが、こんな味なのかと興味深くはあった。


「……お前だからに決まっているだろ。そんな小さい子ども相手みたいな忠告をされなくても大丈夫だ」

「普段から全然警戒している感じがないので」

「カイがいるからだろ。俺の代わりにあいつが警戒してる」


「そういえば、どことなく似てましたよね」

「カイとヴェルが?」

「ええ」

「アズールも同じこと言ってたぞ」


 ロキは同意せず渋い表情なのでサクラは首を傾げる。


「ロキはそう思いません?」

「……お前らがそう感じたということはヴェルに胡散臭さを感じたということだろう」

「……ロキはカイさんのことそんなふうに思ってたんですね」

「俺は別にヴェルにそういうものは感じなかったが」

「私もそういう意味で言ってません。ただなんとなく、どことなく似ているものがあるなと」

「胡散臭くはなかったが、隠し事の多い人間だなとは思った」

「それは魔導士のことや名前のことではなく?」

「そこが隠せていないから騙されている気分になる。隠すことや偽ることが下手な人間、軽くて忠誠の欠片もなく魔導士らしくもない。カイに強くないと言ったそうだが、それが嘘をついているようではなかったというのが一番気味が悪い」

「悪い人ではなさそうでしたが」


 アカカラントをもう一粒口に入れて、そんな軽い意見を出したのはロキもカイもヴェルメリオに警戒している様子がなかったからだ。


「誰に対しての悪い人かで話は変わってくる」


 サクラが普通に食べるのでもしかして甘いものもあるのかとロキはもう一粒食べてみるが、やはり酸味はきつくて顔をしかめた。


「でもヘルシリアとアマルテアは友好国じゃないですか」

「しょせん他国だ」


 あまりにもきっぱりとしょせんと言われ、サクラは複雑になる。


「ヴェルさんは王家に忠誠を誓ったことはないと言っていましたが」

「ならあいつはどうして逃げないんだろうな」

「それは、確かにそうですね」


 ヴェルメリオがその話をしたときはサクラは最後の手段のように聞いていたが、ロキからグライフの話を聞いた今は確かになぜ、と思った。


「あいつが一番、この国に失望したはずだろう。いわばグライフは同士であり、そして自分の未来にも見えたはずだ。魔導士として国に尽くした先にあるのがそんなものだと見せられ、それでもなぜまだそこにいる」


「どっち側の人なんでしょうね」

「どっち?」

「国を守る側なのか、それとも」

「……お前恐ろしいことを軽く話すな」

「でもカイさんも言ってたじゃないですか。ヴォルフさんの叙爵は国に縛るためだって。一番の人って怖いですよね。二番目以降の人は止められる誰かがいるけど、一番の人は誰にも止められない。それが束になっても止められないような人なら、もしものために卑怯になってしまう気持ちはわかります」

「卑怯か」


 ロキは自嘲めいた笑いをこぼす。


「卑怯である自覚があったなら、もう少しヴォルフを取り巻く空気感のようなものは変わっていたかもな。周りが勝手に最強の魔導士に疑心を持って暗鬼を錯覚しているだけなのに、ヴォルフがそういう人間だから、そういう振る舞いだからと、そう言って鎖で繋ぐ理由をヴォルフのせいにした。それで国のために、王家のためにを求めるのはバカな話だ」

「同士だけじゃなかったのかもしれませんね」

「グライフが死んだことでヴェルメリオは国に恐れられる一番強い存在になってしまったわけか。ならあいつも何かに縛られているのかもしれないな。いや、こんな憶測の話はするだけ無駄か。すべて想像だ。ヘルシリアの問題に積極的に首を突っ込む気もない」


 ロキが宿に踵を返したところで、サクラは散歩という名の二人だけの気兼ねないおしゃべりはここで終わりと思ったのが、すぐに立ち止まったロキに危うくぶつかりかける。


「どうしたんですか?」


 戻るんじゃないのかと。


「一つ、気になることがある」

「……今日の総括としてはたくさんありますが」


 憶測の話は無駄と言ったが、憶測ではない部分でもいろいろ気になることはあった一日だった。


「魔力の相性がいい者に瞳の色が同じという条件はない……と、ヴェルメリオが言ったらしい」

「そうですね? 私とロキの瞳の色は全然違いますし」


 その通りなのではとサクラは首を傾げる。


「アマルテアだけに伝わっている話のようなものではなく、他の国でも同じように魔力の相性は魂の相性だとか、そういう話はある。そういう存在がいるのもアマルテアだけではない」

「まあ、私ヘルシリアの人間ですしね。アマルテアだけにしかないなら私はおかしいです」

「だがヘルシリアは過去いたらしいと、はっきりとは書かれていないがまあそうだろうという話はあるが、詳しい話は残っていない。タイラーとミリーをヘルシリアに紹介したときもヘルシリアの魔導士は初めて見たと言ったそうだ。ミレーナ、ヘルシリアの王女は夢物語じゃないのだなと言ったとか」

「魔法大国のアマルテアでも二組ですもんね。他の国は一組いるかいないかというくらいなんでしょうか」


「タイラーはオッドアイで片目はミリーと似た色だ」


 サクラはそこでロキの言わんとしていることに気付く。


「……他国に隠していただけで詳しい話は残っていた、なら王女様が夢物語だと思うわけないですよね」

「瞳の色が異なっていても構わないと推測するのは普通のことだ。あくまで一例を見ただけ、十組見てすべてそうだったというわけでもないし、片目は全然違う色でもある。しかしそんな条件はないと断言できるのは」

「瞳の色が完全に異なっている一組を知っている人だけ?」


「ヴェルメリオの持つA級の魔獣が何かをアマルテアは知らないように、友好国だからといってすべてを教え合うわけでもない。隠しているものがあるのは当然。しかしそうか、ヘルシリアは対等のつもりでいるらしい。隠すのは構わないさ。だが偽るのであれば話は変わってくる」

「……アマルテアの王は魔王、でしたね。それってつまり、その他すべてが手を取りあってやっと倒せるほど強大な存在ってことですよね」

「残念だがサクラ、この世界に魔王を討つ勇者はいない」

「それ悪役の台詞ですよ」

「では魔王の息子に囚われた治癒魔法使いはヘルシリアの王子に助けを求めてみればどうだ?」


 ロキの手が首に触れる。

 いや、左手の人差し指の先が、ほんの少し触れているだけだが、それでも魔法使いからのそれは剣を突きつけられているに等しい行為だ。

 冗談の脅しの手を掴むと、サクラはその瞳を見返して笑う。


「私を助けてくれるのはあなたでしょう?」


 ロキは苦笑をこぼす。


「他に譲ってくれるなよ」

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