エルベの事件 3
「三人で行くか?」
雑貨屋で入手した情報から見つけた森の中の小屋に、ヴェルメリオは三十メートルほど離れた場所で一度止まってそう言う。
アズールとサクラが戦えそうにないのは今までで察した。
もう昼は過ぎてしまったが、途中までカステルへの道を進み森の奥に少し外れただけなので、夜までには問題なく宿に着きそうな場所ではある。
あくまでスムーズに片が付けばの話ではあるが。
「いや、片方は残る。何かあったら困る」
「俺が行きます」
「そうか、じゃあ俺が残る。気を付けろよ。まあ、ヴェルがいれば大丈夫だろ」
「そうですね」
「だから俺が魔導士じゃない前提で一応話してくれる?」
ロキとカイのやり取りに複雑な顔をしながらも、カイがさっさと行くので三人を残して小屋の方に行く。
「何かあったら困るは、あの医者の子か?」
「それを聞いてどうする」
「お前はトールの従者だろ。そう見える。なのにさっきサクラの前に出たトールの前に出ようとしなかった」
雑貨屋での話を出す。
「必要ない」
「まあ確かにな。相当な腕の魔法使いだ。だがそれ言ったらあいつにお前は必要なくなるだろ」
「俺からも一つ聞いていいか」
「なんだ」
「そう見えるは、自分と重ねた意見か?」
「一つ言っておくべきことがある」
小屋の前に着いて、タイミングを理由に質問を無視すること自体には追求をする気はなかったが、わざとらしい口調でそんなことを言ってくるのでカイは少し眉間にしわを寄せる。
「なんだ」
「俺本当に強くないからあてにしないでくれ」
「非魔法使いにそれを言える魔導士が存在すると思ってるのか」
「冗談ではなく、真面目に」
初めて魔導士を否定しなかった。
その上で本当に冗談ではなさそうなヴェルメリオに、カイの眉間のしわが深くなる。
「強くない魔導士なんて聞いたことがない」
「お前ここがどこだと思ってるんだ」
「……森の中だな」
「目の前を見てみろ」
「……小屋だ」
「木製に見える」
「俺にもそう見える」
「ごめん、俺、今無能だから」
「……は?」
「申し訳ないと思ってる」
「わかるように説明しろ」
「端的に言うと、火の海にする以外の能力がない」
「…………」
「小屋を燃やしたくなったら言ってくれ。大得意だ。ただし俺に消火は求めるな」
「……最強と無能が同居してやがる」
カイはロキがどれほど有能な魔法使いか改めて深く実感した。
魔力の高さ以上にあの多様さと精度が素晴らしい。
「更地でしか戦えない魔導士とか存在価値ねぇよな」
別段自嘲するふうでもなくヴェルメリオはまるで他人事のように言う。
「……お前の手」
「ん? ああ、あれな、あれ自分」
「…………」
「自分の火で火傷した。クソダセェから普段は隠してるんだ」
そう言うと手袋を外し、適当に上着のポケットに突っ込む。
雑貨屋では片方しか外していなかったが、両手ともに酷い火傷痕で、カイはそれがあまりにも不自然に見えた。
火魔法の特訓で火傷したなんて話自体はありふれた話で、戦闘に魔法を使う魔導士はそれだけ威力が大きな魔法を扱うため危険も伴う。
しかしそれは両手を燃やし、すぐに治療せず放置したかのような火傷痕だった。
指を火傷した、髪の先をちょっと燃やしてしまったなんてよく聞く話とはあまりにも違っている。
「いいか?」
ノックするジェスチャーをしたヴェルメリオに、カイは考え事をやめ今に集中し直すと、剣の柄を握って頷く。
三度ドアをノックし、何も反応がない小屋にヴェルメリオがドアを開けると、小屋の中にいた二人の男の片方が剣で切りかかってきた。
「……おい、今日会った人間を信用するな」
ヴェルメリオの前に剣を出して相手の剣を受け止めたカイは、自分がいなかったら切られていたヴェルメリオに苦言をこぼす。
「一応防御の姿勢は取った」
「取れてない」
剣を素手で受け止めようかという体勢のヴェルメリオに思わず突っ込む。
ヴェルメリオは特に反論することなく、徐にカイと剣を交わしている男の腕を掴む。
途端男は叫んで剣を落とすと手首を押さえてうずくまった。
「……ご、業火の、ヴェルメリオ」
もう一人いた男は短剣こそ構えていたが、縛られて床に座っていた少女より後ろに下がり、斬りかかってくる様子もない。
「なんで俺こんなに有名なんだ?」
「有名人だからだろ」
カイは男が落とした剣を小屋の外に蹴り出す。
「あ、それ人違いだから。俺の名前は」
「まだ言うか」
偽名が書かれたプレートを出そうとしたら短剣を振り回して突っ込んできて、倒そうとしたというより二人の後ろのドアから外に逃げようとしたのだろうが、ヴェルメリオに手首を掴まれ背中で固定され床に倒される。
倒れていた方の男がその隙に逃げようとするが、カイに顔の前に剣を突き立てられて悲鳴を上げ、降参の意思を示した。
「戦えたのか」
魔法を使わなくても武器を持った男を制圧したヴェルメリオに危なげはなかった。
「魔導士は魔法に頼り切っているやつが多いのに、か?」
「大半は、そうだろう」
「そりゃお前、俺基本魔法使えないから」
「……そうだったな」
「それで、俺のことを誰に聞いたんだ?」
取り押さえた男に問いかけるが、無言が続く。
その無言が叫び声で強制的に終わらせられると、カイは呆れた顔になる。
「お前それは拷問だぞ」
「俺は火加減が下手なんだ。自分の身体が焦げる前に口を開け」
顔の前、床に人差し指が触れ、そこから煙が上がると、ツーっと指が引かれた跡が黒く焦げており、男は引き攣ったような悲鳴を喉の奥からこぼす。
「こ、この話を持ってきたやつに言われたんだ! 今街に魔導士がいるって!」
「俺が聞いてるのはそいつに俺の情報を話したやつだ」
「知らない、そいつも人から聞いたみたいな言い方だった。本当に知らないんだ!」
「ヴェルに限定せず、同僚もしくは元同僚の魔導士の情報を流しているやつがいそうだな」
「俺に限定されてたまるか。そんな怨みを買った覚えはない」
村一つ焼け野原にしたという噂の真偽を尋ねてみたくなるが、これ以上は知らない方がいい範囲の話になりそうでカイはその問いは飲み込む。
「トールに凍らせてもらうか、もしくは縄でも探すか」
「探せ」
「たいした消費じゃないだろー」
「自分の魔力量が常識外だということを知れ」
俺よりあっちの方がというヴェルメリオの視線は素知らぬ顔で流される。
ヴェルメリオはあっさり見つかった縄をカイに投げると、怯えも消え去って目を丸くしていた少女の猿轡を外し、縄を焼き切る。
「もう大丈夫だよ」
ぽん、と頭の上に手を置かれ、さっきまでの様子を見ていた少女はビクッとするが、その手はただ温かく、助かってホッとしたことに加え、とても久しぶりに享受した優しい言葉と温度に涙が出てきそうになる。
「ん? 君瞳の色がもう一人の誘拐された子と同じ淡い空色だな」
縄で男たちを縛っていたカイもその言葉で少女を見る。
「確かに魔色石の色と似ているな。そんなに多い色じゃないと思うが」
「あ、あの、誘拐、同じ瞳の色の子、もう一度」
男たちが話していたことを思い出して、伝えなければと慌てて話す。
「お前ら間違えて誘拐したことに気付いていたのか」
顔を逸らした二人に、ヴェルメリオは二人の前に移動する。
「焦げたいなら早くそう言えよ。どこから行く?」
「誘拐した後魔力を確認したんだ!」
近付いてくる手に、恐怖に怯えた顔で叫ぶ。
「なぜそのまま計画を続けた」
「……他のやつらは気付いてなかったから」
「お前らも今回の件で声かけられただけのやつらかよ。なんもわかんねぇじゃねぇか」
自分たちが売る方の少女は間違いなく魔力が多かったから、今回のことで手を組んだだけの他のやつらのことは知らないと。
「どうしてもう一度誘拐しようと考えた。お前たちに奴隷を売りにいく伝手はないだろう?」
カイの問いかけに、男たちは目を逸らす。
「……俺たちにこの話を持ちかけてきたやつは、魔力が多い人間の魔色石を求めてたんだ」
「魔力が溜まった魔色石を渡して、外れだったら売っていい、その伝手は用意してやるって。だからすぐに売りに行かないでここに。たぶんもう一人の方もすぐに港には行ってないと思う」
「外れ?」
カイは当然引っかかったその部分を追求する。
「話を持ってきたやつがそう言ってたんだ。そいつの上にまだいるような感じだった」
「詳細は聞かなかったのか」
「俺たちは魔法のことは全然……でも、魔色石売ってたやつが、魔力の相性がいいやつを探してるんじゃないかって」
カイとヴェルメリオの眉間にしわが刻まれる。
「だ、だから、ターゲットが同じ瞳の色だったときに、この二人がもうセットなんじゃないかって。運命の相手だから同じ運命に翻弄されるんだって。間違えたのも、そうだと思ったんだよ。あいつらに黙って、二人そろえて、セットで売れば」
縄の残りに突然火が点いて、少女はビクッとする。
縄の火を踏み消したカイはハッとしてヴェルメリオの腕を引いて男たちから離そうとするが、寸前遅くヴェルメリオは男たちの首を掴んで倒す。
「ヴェル!」
「お前らも二人同じ黒眼じゃねぇか。俺に同じ火傷痕同じ場所につけられた運命の相手にしてやろうか? お前らが言ってるのはそういうことだ。お前らに誘拐されたのが運命の理由なんかになってたまるか」
「落ち着けヴェル!」
引き剥がそうとしたら、ヴェルはあっさりと手を放す。
そしてカイの腕を掴んだ。
「俺は冬になると重宝された」
「……夏は鬱陶しいだろうな」
熱いくらいの温度ではあったがそのくらいだった。
男たちの首も少し赤くなっている程度だ。
しかし男たちは怯えきって震えていた。
「だいたい魔力の相性がいいことに瞳の色が一緒なんて条件はねぇよ」
ヴェルメリオは少女を促して小屋を出る。
「カイ?」
突っ立ったままのカイを振り返れば、何かを言いかけた様子で、しかし「なんでもない」と隣に来る。
「お前のそれ、応用、ではないのか?」
手袋を嵌めているときに言われたそれにヴェルメリオはまだ素手の左手を見て、近くの木の枝をぽきっと折る。その枝はすぐに煙を上げ始める。
「これか?」
「……火の魔力が強すぎてそんなふざけた所業を可能にしてるのか」
「もうちょっと言い方あるだろ。確かに繊細なコントロールでやってるわけじゃないが」
「魔力が多いのとはまた別の才能か?」
ヴェルメリオは……さあ?……という感じで、なんで本人がよくわかっていないんだと言いかけたカイは、それ以前に魔導士とはと言いたくなる。
「お、早かったな」
ヴェルメリオが空に向かって腕を伸ばせば、雪蝶がそこにひらりと舞い降りる。
「……綺麗」
ぽろっとこぼれたその声に、ヴェルメリオは笑顔で少女に雪蝶を見せる。
「そうだろう。フィーラは、おう……」
「「……?」」
明らかに不自然に言葉を途切れさせたヴェルメリオに、カイと少女は不思議そうにヴェルメリオを見るが、苦笑で誤魔化すと雪蝶から書簡を受け取る。
ヴェルメリオの適当にその場で紙に書いて丸めただけだったものとは違って形式ばったものだった。
「もう一人の子どもも保護したってよ」
「それは何よりだ」
それだけ言うとロキたちと合流しに行くカイに、ヴェルメリオは今回のことで聞いてみたいことが喉元まで出て来るが、ふっと笑うと飲み込む。
首は突っ込まない方がいいかもしれない。
それはお互いの共通見解な気がする。
*
「それじゃあ後始末はこっちでやっとくから、お前らも元気でな」
「待て待て待て、なに全部終わったような空気にしているんだ」
小屋での出来事を話して、じゃあ!と右手を上げてさっさと別れの挨拶をしてエルベの方に行こうとしたヴェルメリオに、カイは引き留める。
「いやまだ終わってないけど、だから後始末はこっちで」
「この子はどうするんだよ」
まだこの人たちはいったい誰だろうという段階にいる少女はただただ困惑という顔で五人のそばにぽつんといた。
「神殿に行って自分は魔力が多いって言えばたぶん保護してもらえるはずだ。このお兄さんたちに送ってもらうといい」
「おい」
「カステルに行くんだろう? ついでに送ってやれよ。それとも自分を売った保護者のところに帰れって言うのか?」
「……言葉を選べよ」
売ったとはっきり言ったヴェルメリオに、カイは小声でそう言う。
「エルベに帰りたいって言うなら俺が送るが」
少女は俯く。
わがままも言えないが、帰りたくもないというのが見て取れた。
「金貨一枚で送ってもいい。必要経費だ」
「……あ、私、お金は、全然」
しかしロキが手を差し出したのはヴェルメリオに対してだ。
「まあそうだよな」
「当然だろう。お前たちが最後まで面倒を見るべきことをこちらについでとはいえ頼むのだから」
「じゃあとりあえずこれで」
金貨を二枚ロキに渡す。
「もう一枚はなんだ」
「俺はギルドから報酬受け取るつもりだから。そうなるとお前らが無償ってのはおかしいだろ? だからとりあえず俺が立て替えた」
「……払われるか?」
「払われるさ、魔導士動かしたことになる方が面倒だ。ギルドの依頼だったってことにした方が話が簡単で安くつく」
「ただ働きにならないことを祈っている」
金貨はありがたく受け取って、ロキはカイにそれを渡す。
「神殿にと俺が言っておいてなんだが、もし合わなかったら弟子入りさせてくれる優しい魔法使いでも探してくれ」
「お前がなってやれよ」
「俺に教えられると思うか?」
「……自信満々に言うな」
確かに向いていなさそうなのはこの短い付き合いでもわかったカイは、それ以上は強く言えない。
「まあ、そうだな、じゃあアマルテアの人間には教えられないことを一つ。ヘルシリアはどこまでいっても庶民はしょせん庶民、魔法使いに夢なんてものはない」
カイがなんとも言えない顔をしていて、アズールはそれを見て複雑な心境になる。
「……それなのに今後魔法を覚えるのが当然みたいに言うんですか」
「子どもが一人でどうやって生きていく。魔力が多ければ拾ってくれる人はいる。だがそれは当然魔法使いになるという前提で拾うんだ」
「だがお前は夢のない未来以外を選べない人生の者たちも感謝していたと語るんだな」
「逃げりゃいい。魔法使いになれればどうとでもなるさ。奴隷じゃないんだ。飼い殺されるわけじゃない。自分の意識の外で売った買った大金払ったなんて、そんなこと知ったことか。自分の所有権は自分のものだろ。恩を感じたなら恩を返し続ければいい。そうじゃないなら魔法使いになった後逃げればいい。それだけだ」
「その逃げればいいは、たいてい貴族が相手だろう。そう簡単なことじゃない」
「なぜ国に未練がある」
国を出るなら貴族が相手でも逃げられる。そういう生い立ちで国に未練なんてないだろうと、しかし国のために存在する立場で言い切ってしまった。
「……お前は本当に魔導士か?」
「王家に忠誠を誓った覚えはないな」
同じ国の王族と魔導士ではないが、ロキとヴェルメリオのやり取りにアズールは少しひやひやする。
「あ、あなたは、でも、逃げないんですか?」
少女のその言葉で、その場がシーンとなる。
なんとなく、みんなどこかでヴェルメリオが売られた人間だと察してはいた。
「ここは一応、俺は恩を感じた人間だからと言っておくべきか?」
「……似たような立場だと思うならもう少し真面目に答えてやれ」
はぐらかすような言い方に、カイは控えめに言う。
似たような立場であるわけがなかった。
野垂れ死にそうな子どもを拾ってお金持ちに売り、その子どもはその家で魔法使いとして働く代わりにまともな環境が与えられる。
だからこそ許容されているのだ。
その過程に子どもが縛られて無理やり連れていかれるなんてものがあって許されるはずがない。
しかし、少女が似たような立場として何か言葉を求めているのは明白だった。
そこに君とは違うと答えないのが大人だ。
そして求めている言葉が今後の希望であることも、明白だった。
「ラナ、という名だったか?」
カイの言葉の意図を受け取って、渋々といったふうだったが、ヴェルメリオは少女に向き合う。
少女はこくりと頷いた。
「自分を不幸だと思うか?」
今度は、視線を少しさまよわせ、少し悩んだような間を空けた後、小さくうなずいた。
ヴェルメリオはそれに笑う。
「大人だな。世間の空気感というものをよく知ってる。不幸だと言えば人の恵まれているところを勝手に挙げてどこにいるのかもわからないもっと不幸な者を出して説教してくるやつがたくさんいる。確かに自分の不幸を喚くばかりのやつがうざったいのはその通りだ。不幸を嘆くばかりの人間だから幸せになれないってのもその通りかもな。でもこんなことになったばっかで、さっきまであんなことになってたお前のそれは不幸に決まってる。不幸だって言っただけでそれを怒るようなやつは俺は好きじゃない。不幸の競争をしたってしょうがないっていうのは上にも下にもだろ」
「あなたは、不幸だと、思いましたか?」
過去形で聞かれた。
ヴェルメリオは当時を思い出すように少し上を見てから、改めてラナを見る。
「不幸はよく知ってるが、幸せとはなんだろうと子どもの頃よく思った。俺を買った人の子どもに聞いてみたことがある。自分とは正反対の環境で生まれ育った誰もが羨むような、誰かは恨んでいるような、そういう子どもの語る幸せとは何なのだろうと」
ロキやカイのような立場の者だろうと思って、サクラとアズールは二人をちらっと見た。
確かに、少し興味深かった。
庶民が羨む贅沢が当然の環境で育った者は、何を幸せと語るのか。
「明日が、楽しみだと思えたら、それは幸せなんじゃないかと言われた。そういう日々を送れたなら、それは幸せな人生だと。幸せとはそういうものだと思うと」
難しい顔をしたラナに、ヴェルメリオは笑う。
誰も、異論も持論もそこに重ねることはなく、長雨前の少し湿ったような風があまり手入れのされていない少女の長い髪を優しくなびかせるだけの静かな時間が流れる。
それ以上の問いを重ねることも、そこにひねくれた言葉を重ねることも、野暮だと思えた。
全員がそう思った。
「だから、そう思わせてくれたなら、そこにいて恩を返せばいい。そうじゃないなら、生きる術だけ得て逃げればいい」




