エルベの事件 2
「そういえばまだ名乗ってなかったな」
雑貨屋に行くまでの道中、ヴェルメリオが言う。
「「ヴェルさん」」
「……だからせめて名乗らせろよ」
カイとロキ以外の二人からも別にもういいと言われてしまった。
「ヴェル様!」
もう雑貨屋に着くというところで昨日頭の上でお盆をひっくり返されそうになったギルドの食堂で働く女性が駆け寄ってきて、額を押さえて俯くヴェルメリオに四人の視線が刺さる。
「ヴェルメリオが本名でヴェルが偽名?」
「……ギルドのプレート見せようか?」
「サラと同じで珍しい名前だから偽名を使っているプレートだろう?」
全然違う名前が書かれたプレートを見せるがカイにばっさり言われる。
「……同僚のアリサ」
ため息をこぼしながら紹介されたアリサは一緒にいたのが昨日の四人で……あっ……という顔をした。
「あ、昨日は、申し訳ありませんでした」
とりあえず昨日失礼をした店員として頭を下げる。
「同僚に様付けされてる人庶民の中にはあんまいないですよ」
貴族間のことはよくわからないが、アズールはそこは思った。
「そこに関しては本当に話を聞いてほしい。俺だって同感だ。こいつがやめないんだよ」
「同僚?」
「魔法使いではあるが魔力は3だな」
魔導士の同僚?というサクラの疑問に、ロキが否定する。
「本当にすごいな。そんなに感知が得意なやつはそういない」
ヴェルメリオが感心したように言う。
「……あの、ヴェル様、報告してもいいですか?」
「開き直るなよ」
「お前はもう開き直っていいんじゃないか?」
「問題があるだろ」
暗に認めてしまっているような言葉だが、カイはそれに納得したような顔になる。
「それは悪かった、ヴェルは便宜上の呼称のようなものだ、気にしないでくれ」
「いやこっちで呼べよ」
プレートをカイの眼前に突きつける。
「そういえばトールも本物だったら何かの任務中で他のことはできないって言ってたな」
「魔導士のヴェルメリオさんがここでこういうことをしていたってなると問題ってことかな」
アズールとサクラもいつまでも認めないヴェルメリオの問題がある、をそう受け取る。
「あの! 報告が!」
「なんで報告なんてあるんだよ。手伝えってか? それとも何か任務か? 今忙しいって言っとけ」
「何が問題だ。お前ただ仕事サボってるだけじゃないか」
報告なんてあるはずがないという言い方に、カイはさっきの納得を返せと。
「もう一人いなくなってるんです!」
もうアリサは無理やり報告する。
全員の視線が自分に向いてアリサは思わずちょっと後ろに下がった。
「どういうことだ」
「まだ誘拐と確定したわけじゃないですし、お母様と一緒に子どもがいる家を回って話を聞いていたんです。誘拐ならそれはそれで他の子どもも心配ですし。そしたらラナという十三歳の女の子だけ姿が見えなくて。その子、両親を病気で亡くして母方の叔母夫婦の家に住んでいるんですが、その夫婦はラナは家出だって言うだけで。でも近くの家の人が今朝その子を見たって言ってて、遠くに家出をするような恰好じゃなかったと」
「……スタンダードな方も起こってんじゃねぇか」
ヴェルメリオは思わずそんな言葉がこぼれる。
「魔力の多い子どもの売り買いを国が容認していることには賛成しているようなのに、そこには問題もあると認識しているんだな」
「問題ないわけねぇよ。でも容認されているから探す人間がいて、探してもらえたから助かった人間がいる。たとえお前ほどの魔力の持ち主でも、それを教えてくれる人がいなければその事実はなかったのと同じで、教育してくれる人がいなければその価値はないに等しい」
「それは当然、そうだな」
お前ほどの魔力の持ち主、という言葉に、カイはヴェルメリオの顔を見る。
「だが根本的にヘルシリアではよくあることでアマルテアではそうじゃないというのは、不幸な子どもがヘルシリアの方がはるかに多いということだ。そこを見ないで容認されているから救われた人間がいるとだけ言ってしまうのは問題だろ」
「民が言う言葉であって国が言っていい言葉ではない。魔導士はどちらだ、という話だな」
「……一応俺が魔導士じゃない前提で話してくれる?」
「……あ、あの、どう、されますか? ヴェル様が動かれるようなことではないですが」
ヴェルメリオとロキのやり取りに躊躇しながらもアリサは上司に問う。
「お前はクラウスさんに報告してこい。俺は確認したいことがある」
四人の中に上司を一人残していくことに少し迷いながらもアリサはギルドの方に走る。
「……あの、私も一つ思うことが」
「どうした?」
控えめに切り出したサクラにロキが発言を促せば、サクラはピンクに染まった石をみんなに見せる。
「これ、さっきの人に借りたお子さんの魔色石なんですが、なぜか私の魔力で染まったんです」
ヴェルメリオはロキを見る。
「サクラの魔力量は5だ」
「それだとおかしいだろ」
「色が昨日会った子どもと同じ色だ。もし髪色も瞳の色も一緒で歳も同じくらいなら、間違えた可能性がある。昨日の子どもは8だった」
「……なんで次から次へと話がややこしく。魔力が多くなくても港を素通りすることはないと思うが、魔力が多いという情報で探してるんだからおかしくなるだろうが」
「一度ギルドに戻るか?」
もうすぐそこに雑貨屋が見えているが、報告しにとカイがアリサの行った方を見て言う。
「いや、もういいわ。俺から直接港とそこに行くまでに通る街に連絡入れる」
服の下に入れていたペンダントを出すと、ペンダントの赤色の石を握る。
何をするのだろうかと見ていたサクラとアズールは、さっきまではいなかった大きな蝶が目の前に現れて目を見開く。
「雪蝶だな」
「詳しいな」
一目見てすぐにわかるロキに、ヴェルメリオはもうさすがだなというふうに苦笑をこぼす。
紙に情報を記し丸め、雪蝶に差し出すと、垂れ下がった飾りのような下の羽の一部がそれに巻き付く。
その光景に、サクラとアズールはただの大きな蝶ではないことを実感する。
「フィーラ、よろしく」
紙に巻き付いていない方の羽飾りでヴェルメリオの手に一度触れると、雪蝶は飛んでいく。
「可愛らしい名前ですね」
サクラがそう言ったら、ヴェルメリオは少し渋い表情になる。
「……まあ、そうだな」
「言うほどか?」
「ネモフィラという白、空、青色の可愛い花があるんです。そこから取ったのかなと」
その説明で三人も理解する。高さが三十センチはあるかという大きな蝶の綺麗な羽はそういう色だった。
「今のがA級?」
「Eだ」
アズールが小声でロキに尋ねるが、見た目通りのランクが返ってきた。
「じゃあ行くか」
「待て、そんな正面から堂々と行く気か」
「店に行くのに正面以外から行ったら問題だろ」
それには納得させられてしまい、結局カイの引き留める手は途中で止まり次の言葉を出す前にヴェルメリオは店に入ってしまう。
店員の男はヴェルメリオを見た瞬間笑顔で応対しようとしていた表情が強張り、ほぼ反射的に店の奥へのドアに手をかけるが、なぜか開かないそれに絶望を浮かべながら焦ったようにドアをガチャガチャとする。
「本当にすごいな」
隣から聞こえたその声に男は尻もちをつき、離れるように後退った。
「もっと雑にならこういうことをできるやつもいるが」
綺麗に凍ったドアの淵を指でなぞりながら感嘆すると、ヴェルメリオはまだ店の入り口にいるロキを見る。
「それだけが長所だ」
「バカを言うな、こんな芸当気軽にできるのはお前くらいだよ」
「気軽に、ね。お前も同じだろ」
ロキは魔力量を気にせずという意味で受け取った。
「俺は火加減が下手くそでね」
ヴェルメリオは魔力量を気にしないでいいくらい魔力が多いのにコントロールも優れているのは、という意味で言った。
手袋を外した手がドアに触れると煙が上がりその場所が黒く焦げているのを見て男は悲鳴がこぼれ、その手が自分に近付いてくるのを見ると半狂乱で逃げようとする。
「必要以上に脅すのはやめろ。話が聞けなくなる」
逃げ道を防いだカイが呆れたように言う。
「俺はいつからこんなに有名人になったんだ?」
「まるで魔獣にでも会ったかのようだな」
「安心しろ、魔獣は持ってない」
それが嘘か真実かはともかく、それを聞いてもっと怯え始めたのには四人にはおかしな光景に見えた。
そして怯える男に、ヴェルメリオの目が鋭くなる。
「お前その話をどこで聞いた」
「し、知らない」
「俺の話を誰から聞いた!」
「俺は何も知らない!」
頭を抱えて叫ぶその男に、カイはヴェルメリオとの間に立ってヴェルメリオに少し距離を取らせる。
「どうやらただの誘拐事件じゃなさそうだな」
「俺が魔獣を持っていないと聞いて怯えるのは一部の人間だけだ。そのほとんどが、魔導士」
険しい顔で言われた事実に、カイの表情も険しくなる。
「それはこの件に魔導士が関与していることになってしまう」
「元、かもしれない」
「それは事態が少しマシになるだけだ」
「そいつはどう考えても何かあることが確定したわけだが、ヴェルの件は一先ず置いておいて、今回のことを聞かないか」
ロキの言葉で、ヴェルメリオはカイに任せてロキたちのいる入り口のところまで離れる。
「この街で子どもが二人いなくなった。何か知っているな?」
男は何も答えない。
黙秘しているというよりただただ怯えているという様子だった。
「本当に魔獣に会ったかのようだな」
「噂っていうのは大抵尾ひれがつくものだ」
「事実ではないと」
「魔獣がいない方が恐ろしい人間がいると思うか?」
「普通に考えればあり得ないな」
「そうだろ」
ロキは普通に考えれば、という言い方をしたが、ヴェルメリオは何もないかのように返してくる。
「毒でも飲ませてみます?」
軽い提案のノリで言われたその言葉に、男たちが全員サクラを見た。
「話してくれたら解毒薬をお渡ししますよって言って」
「「「…………」」」
「心配しないでください、ちゃんと後遺症のない毒にしますから」
フードに隠れて顔がよく見えなかったからこそ、笑顔の口元だけが際立ってより恐怖を煽られる。
「どの毒がいいですか? 好きな色とかあります? あ、香りがいいものにします? ふふっ楽しいですね」
「「「…………」」」
言葉通り楽しげに毒を選ぼうとするサクラに、男はほぼ無意識に縋るように隠してあった箱に手を伸ばし、震えた指がそれを取り損なって店の床にぶちまけられる。
「……金貨」
足元に散らばった金貨に、アズールは絶句する。
金貨はスルーして、カイとヴェルメリオは紙を拾う。
「トールの予想通りですね。魔力が6である自分より多い者の情報がまとめてあります。組織の一人というよりお金をもらって情報を渡していただけのようですから話を持ちかけられ乗っただけで詳しいことは本当に何も知らないのかもしれないですね」
「ほとぼりが冷めるまで子どもを隠しておける場所の提供もしてるから、ここに子どもがいてくれるといいが」
カイに釣られてロキの方に報告するように紙を見せたヴェルメリオは、自分で俺はこいつの部下かと内心突っ込んだ。
しかしなんとなく、この感覚には覚えがあった。
絶対的に上に立つ人間に自然と従ってしまうようなその感覚。
「この話を持ちかけて来た者から彼の話を聞いたのか?」
ロキの問いかけには答えず目を逸らすが、そうだと答えているようなもので誰もそれ以上の追求はしなかった。
「あとは自警団に任せて俺たちは子ども探しにいくか」
「そこまで付き合う気はない」
「でもお前らカステルの方行くんだろ? ちょうど同じ方向だし」
「そこも自警団に」
話の途中で剣の柄に手をかけたカイにヴェルメリオも気付くが、二人が動くこともなく、男がサクラに投げた、魔法で火が点けられた商品は水の塊で防がれる。
「魔女が! クソ女!」
続けざまに燃える商品が投げられるがすべて同じようにサクラの前に現れた水の塊にぶつかって消火され床に落ちる。
男はもう一周回ってやけくそのようだったが、ヴェルメリオを視界から消して弱い女だけを見た強気だった。
水の塊が凍っていき槍の先のような形になると、今度は逆にそれが男の方に飛んでいき男の服を縫い付け壁に刺さる。
「子どもの誘拐に加担して金を稼いでいたやつにクソだと言われる筋合いはない」
「トール、凍傷にならないように気を付けて」
壁にはりつけのようになりながらどんどん凍る範囲が広がって身動きが取れなくなっていっていたのが、その声でぴたりと氷が止まる。
「溶かしてやろうか?」
ヴェルメリオがそう言ったら男は悲鳴を上げて必死に氷から逃れようとするが、自分の火魔法で溶かすという冷静さはまだ戻ってこないようだった。
「溶かしてほしくないそうなのでもうこのまま放置して後は自警団に任せましょう」
カイに外に促されロキとサクラは店を出る。
お金が散らばっているままというのにどうも落ち着かないものがあって一応箱に戻したアズールは、それを男から離れた場所に置いてから店を出た。
「しかしその子何者だ? 魔法使いじゃないのか?」
「医者だ」
「聖魔法使い?」
「そういうわけじゃない」
「え、皆さん信じたんですか? 毒なんて持ってませんよ」
あっけらかんと言われたその事実に、男たちはまた沈黙する。
「……お前らがなんかマジな雰囲気出すから」
それに釣られたのだとヴェルメリオは主張する。
「……毒の一つや二つ持っていても不思議ではないかと」
「桜の葉には毒素がありますしね」
「冗談か」
「いえ」
「…………」
「大量に食べなければ問題はありません」
「……そういう問題か?」
サクラなんて植物はあっただろうかとヴェルメリオは思い、アズールはほらこういうところが変わってるんですとばかりにカイを見る。
「全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ……という有名な医学者の言葉があります。桜の葉に含まれる毒素、クマリンは香り成分でもあり、シナモンにも含まれているんですよ。ですからシナモンも過剰に摂取すると肝障害を起こす恐れがあります。また毒と薬は表裏一体とも言うように、シナモンは薬にもなります。有名な毒草であるトリカブトも薬になるんですよ」
すらすらとそんなことを話すサクラにヴェルメリオは目を丸くする。
「……この子何者だ?」
「医者だ」
ヴェルメリオとロキはもう一度同じやりとりをする。
「……クマリン」
「キノリンもありますよ」
「残念だがサクラ、その情報を俺たちが今後活用することはないな」
「それは残念です」




