業火
「すまないな」
隅の席で頬杖を突いてぼーっとギルド内の様子を見ていた赤眼の青年は、ギルドのマスター直々にテーブルにグラスを置かれ、頬杖をやめてマスターの方に向き直る。
「何の謝罪ですか」
「店員がミスって」
「そいつ俺の部下なんですけど。まあどうしても欲しいって言うなら置いていきますけど」
「ヴェル様!?」
マスターの横で小さくなっていた女性はバッと顔を上げる。
「その呼び方で呼ぶんじゃねぇよ」
注文した覚えはないがサービスならありがたく受け取るとグラスを手に取って口を付けた青年は顔をしかめて一口でグラスをテーブルに戻す。
「……ジュースじゃないですか」
「仕事中だろ」
「無駄に魔力だけはあるんで一杯や二杯飲んだって変わりませんよ」
「魔導士が無駄にと言うなよ」
「無駄でしょう。魔法の才なんてない人間です。魔力がもう少し少なければ決して魔導士になんてなれなかった。十段階評定で10あると言われる人間なのにそれでもヘルシリアだから魔導士になれたと言われる人間ですからね、俺は」
無駄どころか、と思った部下はしかし口を挟めばまた怒られそうだと思ったので黙っておく。
「親友がさっさと抜けたからっていつまで拗ねてるんだ」
「向いてないんですよ、戦うことくらいしか能がない人間にこんな任務」
「まあ、俺も向いてるとは思わないが、ヘルシリアの魔導士部隊はいつも人手不足、仕方ない」
「こういうのはアルドの方が向いてるのに」
すぐ置いたわりに結局また持ってちびちびと飲んでいる上司のぐだぐだとこぼしている様子に、ジュースがお酒に見えてきてしまうなんて思っていたら心を読まれたように頭をぐりぐりとされて、女性は戦うしか能がないと言うが脳筋というより獣が頭に浮かぶ。
「いっそ戦闘狂にでもなったらどうだ。少しは魔導士でいる意味もできるだろ」
「別に戦いたいわけでもないんですよねー」
また頬杖を突いて、今度はギルド内をぼーっとではなく、遠くの空席をじーっと見る。
「本当にヴェルより魔力が多かったのか? 魔力だけはヘルシリア一と言われる業火のヴェルメリオより?」
「それ褒めてませんね」
よくない方の噂で有名になってしまっている異名で言われ、ヴェルメリオは少し顔をしかめる。
「自分でも魔力だけはと言っているだろ」
「俺意外に感知はまあまあなんですよ」
「自分で意外と言ってしまっているな」
「……え、ヴェル様感知なんてできたんですか」
思わず驚きの言葉をこぼしてしまった女性は上司の視線が自分に向いて咄嗟にマスターの後ろに隠れる。
「何度も言ってるだろ、自分より多いか少ないかはわかるって」
「感知は魔導士でも全然できない人は普通にいるからな。ただヘルシリア一の魔力を持つやつが自分より多いか少ないかがわかっても正直意味はない。そんなもの感知するまでもなく全員自分より下だ」
「……自分より少ないしか言わないからてっきりそのヘルシリア一を誇って言っているのかと」
まさか感知した情報として言っているとは思っていなかった。
「俺がなんでこんな国中ぶらぶらさせられてると思ってるんだ。俺より魔力多いやつ見つけて勧誘するためだろ」
「部下に堂々と嘘をつくな」
嘘だったんだ……という顔をした部下に信じるなよと呆れた顔になる。
「みんなに疑われてましたけど、ちゃんとローランシアのネロ王子と会ったときはわかりましたよ」
「自分より上に初めて会ったときの感想は?」
そう聞かれ、ヴェルメリオはグラスを置いて空気を変える。
「身体の中に、化け物を飼ってる。そういう感覚だった。アマルテアの雷帝とも違った」
やる気のない様子がいつもの上司の真剣な表情に、間接的にそれを想像させられてゾクッとする。
「アマルテアの雷帝って」
「魔狼を保持するアマルテアの魔導士、雷帝ヴォルフ・ローウェル。アマルテア最強の魔法使いだ」
「……アマルテア最強って実質世界最強みたいな」
「あの異名、いつも不思議に思ってたんですよね」
「何代か前のアマルテア王の異名を授けられたって話だろ。だから王子三人とも魔力も多くて強いって話なのに王子じゃなくて平民出の魔導士が雷“帝”と呼ばれてる」
「いやそっちじゃなくて、アマルテアっていえば蒼狼もいるじゃないですか。魔狼の主でも、陽狼や月狼の主でもない人間がなんで蒼“狼”なんて異名付いてるんですかね」
「確かに不思議だな。蒼狼には会ったことないのか?」
「名乗る人には会いませんでした。いや普通に交ざってた可能性はありますけど。あの国異常なんで」
「……そうだったな」
「異常?」
「特殊な魔法を使う魔導士が客にお茶入れてたり魔力の相性がいい相手いる魔導士普通に紹介されたり、王子も魔獣を持ってるんですよねって話したら彼らも持ってますよとなんでもないように言われたり。とんでもないやつらが普通にいる国なんだよ。そもそも王族からして王、三人の王子、王弟、王弟の子ども、先王、先王の二人の妹、全員魔力8より上って話だ。そら妖精の子孫なんて言われるわ」
「ローランシアの王子もその“妖精の子孫”だしな」
「……それもう妖精の子孫ってホントなんじゃ」
引き攣った笑いをこぼしながら言ったら二人に、バカか冗談に決まってるだろうと言われなくて、ますます表情は引き攣った。
「魔力8ある第二王子が平凡だって言われるんだから、ふざけた一族だよ」
「それでもうちの王女様より上っていうね」
「平凡なのは第三王子じゃないんですか?」
そう言ったら上司に呆れた顔をされる。
「アマルテアの第三王子はローランシアの第二王子と並んで魔力が桁違いと言われてる人間だぞ」
「だから王族なのに第三王子の結婚話だけ出ないんだ。妖精の子孫なんて言われるくらいみんな魔力がすごく多いのが普通のアマルテア家でさえ、扱いに困るほどなんだろう。政略結婚で他国の人間と結婚するようなことは絶対にないだろうな。先代の賢者のようにそもそも結婚なんてものはしないかもしれない」
「ローランシアの王子のように妖精の恩恵を得られるかもしれないから他国は欲しいでしょうけど、アマルテアは絶対に外には出さないでしょうね。第二王子ですらなさそうです」
「ローランシアの悲劇があったからな」
「ローランシアの、悲劇、ですか?」
「ローランシアに嫁いだアマルテアの先王の妹は殺されたんだよ」
「……え」
「ネロ王子が生まれてすぐ、そのあまりの魔力の多さに、アマルテアに内側から王家を支配されそうで怖くなったという理由だった」
「……それって、でも、そもそもアマルテア家の魔力が欲しくて結婚したんじゃ」
「バカな話だと思うだろう? たぶん、化け物を見たのさ。ヴェルが身体の中に化け物を飼っていると感じたように、生まれた赤子の中に、化け物を見てしまったんだ」
女性からすれば魔導士は全員化け物、元魔導士というその人はもちろん、ヘルシリア一の魔力を誇る上司なんて正直魔獣より恐ろしい。
その人たちが化け物と口をそろえる人間の存在に、背筋が冷えて足が震えた。
「今でもネロ王子は国内の人間に命を狙われているそうだからな。ローランシアの人間からしたらネロ王子は妖精の子孫、ローランシアを滅ぼすんじゃないかと恐れる民も少なくないとか」
「滅ぼそうと思えば国力の差は歴然、そんなことがあってもそれでも友好的に接してるっていうのに、ローランシアの人間はアマルテア王が本当に魔王にでも見えてるんじゃないですか?」
「アマルテア王が魔王に見えているのはヘルシリアも同じだ。いや、本当に魔王なんだよ。あの国はそれほどの戦力を保有している。まあちょっと抜けてるというか、呑気……のんびりした人が多いような気がするが、それもなんというか絶対的な大国であるがゆえだろうな。あの国は脅威がないんだよ。周囲六国が手を組んだって勝つのはアマルテアだろう。雷帝と王子たちが一国ずつ滅ぼすからな」
「……笑えねー」
「さすがに笑ってくれ」
「ネロ王子も、アマルテアに生まれてたら幸せだったんでしょうね」
一人ローランシアで孤独に妖精の子孫となってしまったから怯えられ命を狙われるなんてことになってしまったが、一家全員魔力が多く、そんな王家が国民の誇り、そんな国に生まれていれば……そう思ってなんとなくこぼした言葉だったが、二人には複雑な顔をされる。
「ローランシアでは手に余る、アマルテアの王女を死なせてしまった詫び、ローランシアにいては争いの火種になる……そういう理由でネロ王子をアマルテアにって話もあったらしい。人質って言うより将来の戦力としてだな」
「だがしばらくして生まれた第三王子がネロ王子と同じくらいの桁違いの魔力を持っていたからその話は流れた」
「どっちが幸せだったんだろうな」
「どっちも地獄でしょ。命を狙われるのも、兵器になるのも幸せなはずがない」
結局飲み干したジュースに、マスターは今度は酒を注ぐ。
「……あの、さっきの人、本当にヴェル様より魔力多かったんですか? でもそれってつまり……」
「一番いいのはヘルシリアの自覚のない誰か。二番目はネロ王子。三番目はアマルテアの第三王子、ロキ王子。最悪なのはその二人以外の魔法使い」
「自覚があるのに表に出てないってのは何かあるに決まってるからな。まあそんなやつが気付く恐れのある人間がいる可能性があるこんなところに来るわけないから四択目は自覚のない他国の誰かだろう」
「どうして二番目がネロ王子で三番目がロキ王子なんですか?」
どちらも同じじゃないのかと首を傾げる。
「それはお前、ローランシアの王子よりアマルテアの王子の方が何かあったとき恐ろしいからに決まってるだろ。うっかり怪我でも負わせてみろ、そいつの首が飛ぶぞ」
そう言われて女性はサーッと青ざめる。
「あの、私、その人の頭の上でグラスをひっくり返そうと」
「こんなところに王子様がいるかよ。王子様の確認じゃなくて、王子様じゃない確認だ」
「もし王子様だったらどうするんですか!?」
「お兄様方と同じような人なら頭から酒被ったくらいのことは許してくれるんじゃね?」
「……許してくれなかったらどうしてくれるんですかぁ」
そもそも失敗してそうなってないのになぜ泣きそうになっているんだとヴェルメリオは呆れる。
「ネロ王子を見たときは身体の中に化け物を飼っているかのような恐ろしさがあったんだろう? そういう感覚はなかったのか?」
「あー……なんていうんですかねー、魔火竜近くで見たときみたいな感覚でした。伝わります?」
「ああ、なるほど……圧倒的な存在、畏怖はある、しかし襲われる心配もなければ害もない」
「でも黒髪黒眼かどうかを確認しろって、お二人がそうだからですよね? それってその“三人目”がたまたま一緒の可能性もあるんじゃないですか? だって黒なんていくらでも」
ギルド内を見渡して、そう言う。
「見ればわかる」
「え?」
上司ではなくマスターからのその言葉に、マスターを見る。
「ロキ王子を見たことがある人がそう言っていた。あの黒は違う、見ればわかると」
「青や赤なら違うというのはわかりますけど、黒なんて一緒だろうと思ってましたが、確かに見てわかりました。同じ色だと言われるネロ王子の黒は確かに違った」
「……それ、魔導士じゃない私が見てもわかりますか?」
「そういう違いじゃない。単純に色が違うんだよ」
「……黒に違うも何も」
「だから見ればわかる」
意味がわからないという顔をするが、二人はそれ以上説明をしてくれない。
「一応登録名はわかるが」
「一般人でも適当に登録しまくってるやつに何の信憑性があるんですが」
そう言われてしまえばマスターは苦笑するしかない。
「えーっと、顔を出してた金髪碧眼の二人がカイとアズール、二十三と十七、フード被ってたのがトールとサラ、二十と十七。サラだけ女で、アズール以外の三人が魔法使いだな」
「そこからおかしいんですよ。なんでこのギルド今こんなに魔法使いごろごろいるんですか」
「あくまで意図的に魔力を使ったことがあるというだけの魔法使いだから、おかしいのは魔力が十より上の人間が二人もいた方だ」
「私はトールさんよりカイさんの方がやばい人に見えたんですけどねー」
上司の空いたグラスにお酒を注ぎながら、独り言のようにぼそっとこぼす。
「どういうところが」
そういうところの感覚はこの部下を信頼しているので流さず聞く。
「だってあの人一切隙ないんですもん。絶対普通の人じゃないですよ。アルド様もそうでしたけど、柔和な笑顔の一見優しげな人は絶対裏が」
「お前上司の同僚そういう目で見てたのか」
「優しげなお兄さんが本当に優しいなんてことはないんですよ。世界の真理です。だから全然優しくなさそうなヴェル様の方がまだ」
「お前はもう一生ギルドの食堂でウェイターやってろ」
「ええ!?」
「前々から邪魔だとは思ってたんだ。この機会に」
「酷い!?」
「ずっと気になってたんだが、ヴェル……魔獣はどうした」
周囲の仲間が邪魔になるほどの戦い方をするときに必要になるはずの魔獣の所在を問えば、ヴェルメリオは顔を逸らす。
「……王子に取られました」
「はあ!?」
「危険だからと言ってましたが、ようは逃げないための枷でしょう」
「いや、危険だから魔獣が必要なんだろ……何考えてるんだ、何考えてるんだ」
「なんで二回言ったんですか。ちょっと距離取るのやめてもらっていいですか」
「魔獣持ってないお前は街に立ち入り禁止だぞ」
「どっちが危険生物?」
「危険度で言えば間違いなくこっちだ」
「……もういいですよ、出ていけばいいんでしょう、野宿しますよ」
料理代をテーブルに置いて立ち上がる。
「あ、ヴェル様!」
正式な従業員ではないがマスターの方をちらりと見たら笑顔で送り出してくれたので、すぐに奥に行ってギルドの裏口から外に出ると上司を探す。
「ヴェル様! 本当に野宿するんですか!?」
待っていてくれた気配はない上司を見つけて駆け寄る。
「おーおー野宿するからお前はギルドで泊まらせてもらっとけ」
「さすがに上司を野宿させて自分だけそれは」
「……いいんだよそういうところまとも装ってこないで」
「それ何の依頼書ですか?」
ギルドを出るときにもらってきたらしいそれに目を向ければ渡される。
「炎犬が出たらしい」
「ヴェル様がわざわざ動かなくてもクラウス様がいるから大丈夫じゃないですか?」
元魔導士のギルドマスターがいる街なのだから炎犬くらいでは心配はないんじゃないのかと言えば、報酬のところを指差される。
「臨時ボーナス」
「……魔導士が退治してももらえないんじゃなかったですか?」
「クラウスさんが退治したことにすればいい」
「そういうことしてるから怒られるんじゃ……」
「俺が今更優等生して何が変わるんだ」
「……それは」
足を止めた上司に同じように足を止め、目の前の建物に上司を見る。
「やっぱり宿に泊まるんですか?」
「この街で宿は一つだけ、街の人間じゃないのなら十中八九ここにいる」
「……さっきの人ですか?」
「放置するわけにはいかないだろ。お前連れていくのはさすがに不自然だから戻れ」
「駄目ですよヴェル様建物の中じゃ何もできないんですから」
部下からの実質無能宣言に眉間にしわが寄るが、そこは抑える。
「何も戦いに行くとは言ってないだろ」
「報告だけしてかかわらないでおきましょうよ」
「ちょっと話をするだけ」
「駄目ですよ!」
「だからただの確認……」
窓を開ける音に二人は顔を上げる。
三階、夜、とフードを被っていなくてもぼんやりとしか顔は認識できなかったが、ヴェルメリオは目が合ったと思った。
すぐに窓は閉まる。
女性は窓から上司に視線を移す。
「今の、さっきの人ですか?」
「ああ」
「……黒っぽかったような気もしますけど、さすがに」
「さすがにわかんねぇよ」
宿に入るのかと思ったら通り過ぎてしまった上司に、慌ててついていく。
「いいんですか?」
「そーいや俺真面目に働く意味なかったわ」
「……えぇ」
「上からなんか来るまでギルドの店員でもするかー」
「……ただでさえ魔導士が少ない国なのに真面目に魔導士してる人が少ないっておかしくありません?」
「それはお前、政府が無能だから」
「……またそういうことを」
「俺を飼い殺して満足してるような王子様が時期王なんてヘルシリアの未来は真っ暗だな。まあ、どうでもいいか」
***
「思ったんだが」
「「……はい?」」
部屋に入ってくるなり突然話に入ったロキに、カイとアズールはぽかんと顔を上げる。ロキの後ろからひょっこり顔を出したサクラもよくわかっていなさそうな顔だ。
アズールの手の上の魔色石がカイの青に染まっているのを見て、ロキはそれを漆黒に染める。
「……うわ闇落ちだ」
「お前たちは俺をなんだと思ってるんだ」
しかしその魔力はすぐにロキの体内に戻っていったため魔色石は元の透明に戻る。
「あ、なるほど、魔色石使って特訓すると魔力消費しないのか。カイさん魔力戻さなくてよかったんですか?」
魔力を溜めるだけ溜めて離れてしまったから魔色石に溜まったままになっていた。もはや聞いても遅いが。
「どうせ自分の魔力を使うことはないんだからどうでもいい」
アズールは自分の、という言い方に引っかかるが、他人の魔力が使えるのは特例中の特例、もしロキとサクラのようにカイがそうなら言うだろうし、カイと相性のいい誰かは一緒に旅に来ているのではと思ったので内心不思議に思うだけで質問まで行かなかった。
「さっきの、業火のヴェルメリオじゃないか?」
「はあ!?」
誰?となったサクラとアズールはカイの反応にビクッとなった。
「黒い髪に赤い瞳、ヴォルフが俺とネロと先代賢者以外で唯一自分より魔力が高いと言ったヘルシリアの魔導士」
「魔力は10だと言ったじゃないですか!? 俺はその時点で選択肢から消してましたよ!」
「……十段階なんだから最高は10だろ」
「12の人がそれ言うんだ」
「自分は十段階で12って言ったのに」
「11って言ってくれたら俺はすぐに気付きましたよ」
「9と10の差と俺とあいつの差は同じ程度じゃない」
「あなたは桁違い、異常、規格外をわかりやすく示しているだけの12なのでいいんですよそういうところちゃんと考えようとしないで」
「そもそも10と12の桁は一緒だろとなぜ誰も突っ込まなかったのだろうか」
サクラとアズールはそこで、自分で言ってたんじゃなくて周りが言うので合わせて言っていただけだったということを知る。
「でも魔導士ならよかったですね。ロキがヘルシリアに来てるの知ってるでしょうし」
「でもそんなすごそうな人なのになんで全然国民に知られてないんですかね。魔法使いが少ないイメージが強いヘルシリアなんだからもっとうちにもこんなすごい人いるぞってアピールしてもいいような気がしますけど。王女様みたいに」
「要するにそれが難しい人間だということだ」
「そういえばちょうど十年前ですね。十三歳の少年が村一つを焼け野原にして、たまたまその村の近くを通りがかった王子を襲い大火傷を負わせたという事件があったのは」
まったくそんな事件は知らないヘルシリアの二人が目を見開く。
「あれもおかしな事件だったな。王子を焼いて普通に今魔導士をしているのもそうだが、そんな人間が王女がアマルテアに来るときの護衛をしていたのはさすがに変だ」
「王子様会ったことあるんですか?」
「俺たちはないが兄から話を聞いたことがある。王子を焼いた魔導士というのは君かと尋ねたら、業火が焼くのは罪人だけですと王女が答えたとか」
「業火って」
「罪人を焼く地獄の火。そこからただの激しい火のことも言うと思いますが、そうじゃなかったということですか」
相変わらず同じ村で育ったとは思えないどこから知識を得ているのかわからない博識ぶりだなと、アズールはサクラに思う。
「王子の方は見えるところに火傷の痕はなかったと言っていたが、ヴェルメリオの方はいつも手袋をしていて昔手を火傷した痕が残ってるからと言っていたらしいし、しょせん他国のこと、真相はわからないな」
「火魔法を使う人が手袋をしているのは珍しいですから、何かあるのは確かだと思いますが」
「なんで珍しいんですか?」
「「「燃えるから」」」
三人にそろってそう答えられ、アズールは魔法は案外万能ではないと改めて思う。
「コントロール難易度が無駄に一段階上がる」
「私はそもそも無理です」
「でも王子を焼いたかどうかは別として、十三歳で村焼け野原にしたってやばくないですか。あ、そっちも真実かどうかわからないのか」
「そっちは別にやばくはない。魔法の才の有無は関係なく、魔力が莫大ならただ火を出すことしかできなくとも辺り一帯焼け野原にすることは可能だ。だから魔力が高いというのはそれだけで脅威、ヴォルフ卿より高いという人間なら十分あり得る話だ。ただ王子が相手なら話は変わってくる。当然護衛はいたはず、魔法使いも、魔導士もいたかもしれない。十三歳の少年が王子を焼くというのは考え難いことだ」
「じゃあやっぱりただの噂話」
「魔獣だ」
「……え」
「ヴェルメリオはA級の魔獣を保持している。何の魔獣かはわからないが、そう聞く」
「……ロキ様なんでちょっと楽しそうなんですか」
「楽しみだろ。さぞかし強力な火魔法を使う魔獣なんだろうな」
「ただの旅に“業火”とのイベントなんてありませんよ」
「……わかっている」
「でもどうしてこんなところにそんな人がいたんでしょうね」
サクラが不思議そうに言うが、全員さあ?となるだけだった。




